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てんぐ探偵  作者: 大岡俊彦
六章 鞍馬へ
80/116

第七十六話 「お高い女」 妖怪「私の思っていることを当てて」登場



    1


     朱い仮面と黒い鳥 二人の天狗が闇を焦がす

     心の闇の奥底に たどり着くのはいつの日か

     てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



 その美人受付嬢を射止めたのは、足繁く通った営業マンだった。

「なぜあんな美人を、あんなブ男が?」と周囲の話題をさらった。

 東京から長野に戻ってきたと噂の彼女。東京ではモデルをやっていたと噂の彼女。スラリとした長身に、左右対称に整った目鼻立ち、透き通った茶色の瞳。長野には相応しくない、東京で金を稼げるクラスの美人だ。

 彼女――高嶺たかみね加奈かなは、誰にもなびかなかった。なにせ東京のハイクラスを知っているのだ。長野の男たちが束になってかかっても、彼女は誘いに乗らなかった。長野の男たちの冗談にも、冷静な顔を崩すことはなかった。

 その高嶺の花を射止めたのは、平身低頭で有名な営業マン、竹田たけだ直彦なおひこである。「ドブさらい営業」の異名を持つ竹田が、彼女のいうことを何でも聞くからなびいたのだと皆は噂した。

「わがままで振り回される得意先クライアントに比べれば楽勝」と彼は自慢した。だが本当の所は違った。彼女が本当は何を望んでいるかなんて、竹田には全く分からなかったのである。


「今日どこ行く? みっつほど仮予約してあるよ。ヘリでクルージングしてから最上階のヘリポートに着けて夜景フレンチ、信玄の隠し湯で日本酒、牧場でその場でしめた肉をバーベキュー。どれも五つ星だぜ?」

「……」

「あれ? どれも気にいらない?」

「私の思っていることを当ててみて」

「えーっと、ちょっと待って。『どうせネットで調べただけでしょ』?」

「いいえ」

「『私の思うデートプランはそこにはない』」

「……まあ近い」

「わかった。プランBだ。4DXの映画爆音上映、山がちの信州なのに海の幸三昧、初冠雪の富士山頂から直送氷のシャーベット」

「……私の思っていることを当ててみて」

「あれ? そこにもない?」

「どうして分からないの?」

「ちょっと待てよ? 君が満足するもの……君が満足するもの……」

「分んない?」

「ちょっと待って! そうだ、誕生日が近いじゃない? サプライズにしようと思ってたんだけど、今からティファニーの店に行こう!」

「本当に分かってないのね」

 加奈は、冷徹な目つきになり、踵を返した。

「ちょっと待ってちょっと待って! 怒ってる? 怒ってるよね? 俺が君の気持を察しないからさあ……」

 彼女は歩調を緩めることなくその場を去った。

「……折角の金曜なのに……」

 竹田はスマホを取り出し、彼女が家に着くだろう頃にごめんなさいメールが届くように段取った。機嫌を直してくれるかは分からない。正直、ここ最近の彼女の心が全く読めなくなった。最初は営業で接待に使っている店を紹介するだけで彼女は喜んでくれた。東京から来たばかりで長野の店を知らないこともあっただろう。「俺は君の心が分かるんだ」と胸を張り、加奈もそんな自分を尊敬してくれていた……と思っていた。

 彼女の心が全く分からない。なのに私の心を当ててと彼女は言うばかり。

 そんなの当てられねえよ。占い師じゃあるまいし。

 途方に暮れた竹田の目の前に、「占い師・いづな堂」の看板が目に入った。

 こうなったら、イチかバチかだ。彼女の気持ちを占いで当ててもらおう。入店しかかった竹田に、猫と烏を連れた二人の少年が声をかけてきた。

「やめといた方がいいよ。その店、インチキだぜ」

「はあ?」

「看板に『いづな』って書いてある癖に、飯綱いづなの術なんか使うとらんで?」

「飯綱の……術?」

 それはシンイチと光太郎であった。シンイチは嘆息した。

飯綱山いづなやまのふもとだというのに、飯綱の術はもう民間から廃れてるのかなあ」

「……だから飯綱の術ってなんだよ?」


    2


 信州飯綱山は、古くから修験道の盛んな山である。隣の戸隠山とがくしやまの戸隠修験とともに、少なくとも平安末期からあったと言われている。飯綱の名称の由来は、「食べられる土」飯砂いいずながあることからだ。藍藻類や糸状菌やメタン菌などの共生体が山の特定の地層に住み着き、数ミリの粒状となったもののことである。世界に類例がなく、科学的研究はまだ進んでいない。飯綱山の修験者はこれを「天狗の麦飯」と呼び、山籠もり中に食料としたそうだ。上杉謙信にちなんで、「謙信味噌」の異称もある。現在、長野県小諸市の飯砂は天然記念物指定され、許可のない採取は禁止されている状態だ。

 飯綱の術とは、その飯綱山を発祥とした、予言の術のことである。

 管狐くだぎつねと呼ばれる白い手のひら大の狐(本当はキツネではなく、小型のオコジョが正体らしい)を竹の管の中に飼い、持ち歩く。狂暴な性格を修験の術で飼い慣らす。そのうち、術者の寿命と引き換えに、あらゆる予言を管狐がするようになるという。天狗の遠見とおみの術である。その者を飯綱使いと呼び、上杉謙信は飯綱使いに戦勝を占わせたという。飯綱の術は東日本全域にみられ、西日本には見られない民間呪術である。コックリさんなる狐の預言は、この末尾の系統だ。

 岩手の遠野の不思議な話をまとめた「遠野物語」に、管狐に命を取られずに飯綱使いから脱出する方法(飯綱落し)について書かれた篇がある。遠野十天狗の四、権現山ごんげやま飯綱神いづなしんは、飯綱使いの天狗だ。無限の命の天狗は、命をどれだけ取られても関係ないのである。


 シンイチが不満を言った。

「本物の飯綱使いが見れるかもって思って、せっかくこの店覗いたんだけどさ」

 光太郎もブーブー続く。

「めっちゃインチキ! イヅナのイの字もあらへん! 猫一匹おらなんだ! 飯綱と戸隠の天狗達に通報したろか! 謎の火事で燃え落ちるで!」

「……キミたち、一体なんだ?」

「あ、ごめんなさい、申し遅れました」

 シンイチは天狗の面をひょうたんから出し、慌てて被って竹田に告げた。

「あなたの彼女……妖怪に取り憑かれてるんです」


    3


「妖怪……『私の思ってることを当てて』か……」

 なにもかも思い当たることだらけで、占い師なんか特段必要なかったのだ。

 竹田は妖怪を見た。髪がソバージュで、紅い口紅がお高くとまった女のようだった。「私の思ってることを当てて」という名に心当たりのある竹田は、捕まった犯罪者のように白状しはじめた。

「最初は、彼女の心は手に取るように分かったんだよ。東京から来たばかりで、友達がいないとか、知ってる店が少ないとか。色々調べて店を紹介したり、友達になってやれば良かったんだ。ホラ、彼女美人すぎて『お高く止まってる女』に見られがちでさ。話してみると、意外と庶民的でごくふつうの女の子なのさ。今までアタックしてきた男たちは、彼女を高嶺の花扱いしすぎた。俺はドブ板営業マンだからさ、その人が何考えてるか、先回りし慣れた筈だったんだ」

「それが、急に彼女の心がいつから分からなくなったと」

「いつからか、もう分かんない。いつからか、彼女は不満そうな顔をし始めたんだと思う。そして口癖のように『私の思ってることを当てて』って」

「そんなん、ただのワガママクソ女やんけ!」

 光太郎は突っ込んだ。

「身も蓋もないことを言うなよ光太郎。彼女は妖怪のせいでそう言うんだ。彼女のせいじゃない」

「でも心に隙があったから、妖怪に取り憑かれたんやないかい!」

「多分、彼女は不安だったのではないかのう」

 長老のネムカケが解説した。

「不安?」

「ほんとうに私は愛されとるのかと」

「愛してるよ! 決まっているじゃないか!」

 竹田は強弁する。

「俺がどんだけデートコース調べるの苦労してると思ってるんだ! ティファニーだってグッチだって結構無理して買ってんのに!」

「それは伝わっとるのか?」

「……だから、彼女の心がもう分らないんだよ……」

「阿呆」と罵詈雑は一言でまとめる。四方から武田はフルボッコだ。

「じゃあ」

 あっけらかんとシンイチは言った。

「分らないんならさ、聞きに行こうよ!」

 この素直な行動力こそ天狗の資質だと、ネムカケはいつも感心する。



 手鏡で自分の肩に憑いた妖怪を見させられた美しき受付嬢は、「気持ち悪い」と、冷たい顔を崩した。

「……でも、この醜さが私の心の正体ってこと?」

「安心して」

 人の心を安心させる素直な笑顔で、シンイチは言う。

「あなたが悪いんじゃない。心の闇は誰にでもある。悪いのは、それにつけこむ妖怪のほうさ。でも……」

「でも?」

「なんか変だね。普通ここまで悶着があったあとだと、妖怪はだいぶでかく成長していて、巨大化して取り殺しかねない位なんだけど……」

「とりあえず、さっきの『正解』は何やったか、教えてくれへん?」

 光太郎はズケズケと尋ねる。

「?」

「デートの正解やん。あれもダメ、これもダメって言われたら、何が正解なんか分からなくて混乱するわいな」

「……」

 加奈は、竹田を見た。

「手つないで欲しい、って言いたかったの」

「はあああああ?」

 竹田は叫びながら転んだ。「吉本みたいや!」と光太郎は突っ込み、罵詈雑は「阿呆!」と続いた。

「『セプテンドール』の予約も、『ラ・パルティエ』の予約も、『料亭波多野』も、何の意味もないじゃんかよう!」

 竹田は涙目になる。

「なんなんだよ女ごころって! 全然分かんねえよ! 何が正解か、ヒントすらねえよ!」

「……ごめんなさい。私、自分のこと話すの苦手って、最初に言ったわよね」

「言った言った。だから俺、そういうの得意だぜって。営業マンの得意技だからって」

「違うわ。そうは言わなかった」

「?」

「『俺は君の心が分かるよ』って言ったの。今までそんなこと言う人、誰もいなかった。だから興味が湧いたの」

「え? 営業マンとしての、店知ってるとか、交際費使えるとかの手腕じゃなくて?」

「『俺は君の仲間だ』って言ったのよ?」

「……!」

 竹田は両目をつぶり、天を仰いで両手で顔を覆った。

「たしかにそれは、営業マンの心の奥義……!」

「加奈さん、めっちゃ美人やさかいな」

 光太郎は言った。

「誰もこの人の心の中に入る前に撃沈してきたんやな。アンタだけが図々しく心の中に土足で入れたんやね」

「……あっ!」

 突如、シンイチが思いついた。

「『二匹いる』かも!」

 妖怪「やすうけあい」の中には「認めて」がいた。「ちっぱい」の中には「逃げ道」がいた。

 彼女の妖怪「私の思ったことを当てて」が小さい理由。それは体内にもう一体、本体の妖怪がいるからではないか?

「ねじる力!」

 シンイチは左手を前に出してねじり、彼女の胸をねじり開けた。

「いた!」

 彼女の心臓の裏に、隠れるようにもう一匹の「心の闇」。

「妖怪『甘えたい』!」

「……甘えたい?」

 竹田は晴天の霹靂であった。

「こんな完璧な彼女が?」

 背筋ののびた彼女。遠くを見るような彼女。東京のハイレベルな暮らしを知っている彼女。誰にも触れられぬ気高い花のような彼女。スラリと背が高く、一緒に歩くとこっちが平身低頭になってしまう彼女。

「……私だって、女の子だもん」

 顔を真っ赤にして加奈は言った。

 その紅潮が可愛く思え、竹田は彼女を抱きしめた。

「あ、手つなぎたいんだった」

 慌てて手をやさしく握る。

「……私の思ってることを当てて?」

「……こうかな」

 頭をやさしく撫でる。

「当たり。あと私の思ってることを当てて?」

 竹田はポケットから使い捨てカイロを取り出し、彼女の頬に当てた。

「だいぶ冷えてきたもんね」

「当たり」

 急にしおらしくなった彼女は、竹田に甘えてきた。

「でも」

 加奈は顔を上げて再び言う。

「私が欲しい誕生日プレゼントまでは分らないでしょ?」

「えっ」

 竹田は困った。シンイチと光太郎に助けを求める。しかし二人に分る筈もない。ネムカケに視線を送るも、猫が知る筈もない。烏は論外だ。「阿呆」と罵詈雑は再び突っ込む。

「ヒント! ヒントくれ! 絶対当ててやるから!」

 竹田は食い下がる。

「俺が一番お前の味方なんだから、絶対当てる!」

「……」

 加奈は、竹田の瞳を覗きこむ。

「……最初に私にかけた言葉」

「? ……???」

 竹田は頭を抱えて考え込む。

「お世話になっております。下山さんとのアポで。……いや、そうじゃない。暑いッスねー、ここは冷房が効いてて……そうじゃない、めっちゃ美人で俺倒れるかと思った! ……いや、そうじゃない……」

「そうやって他の受付嬢を口説くんだ」

「ちげーよ!」

 竹田は頭を抱えた。本当に思い出せない。

「現場に行けば思い出すかも!」

 シンイチは、再び天狗の行動力を見せた。


    4


 電気の消えた加奈の会社のエレベーターホールに、一行は忍び込んだ。

 シンイチがねじる力でガラス扉に穴を開け、光太郎が不動金縛りで監視カメラの時を止めた。

 加奈は受付ブースに立つ。

 夏の暑い日のように、竹田はジャケットを脱いで腕にかけ、ハンカチで汗を拭きながら入ってきた。

「いらっしゃいませ」

「あ、どうも」

「……」

「……………………」

「思い出した?」

「……多分、すげえ美人がいる、って思ったんだよ。スラリとしたモデルさんみたいだなあと思って」

「元モデルなので」

「あ! 俺、多分、呑まれちゃいけないって思って、逆にツカツカと君に向かっていったよ!」

「そう」

「それで、……それで何て言ったっけ……」

 竹田はツカツカと加奈に向かって歩いて行った。

「思い出した。……『俺と同じ身長ですね』」

「なんでやねん!」

 光太郎は思わず突っ込んだ。

「どんな声のかけ方やねん!」

「正解」と彼女は言った。

「正解なん?」

 と今度は光太郎が吉本新喜劇のようにこける。

「……あっ」

 竹田ははっと気がついた。

 慌てて後ろを振り返る。

 小さな靴屋があった。彼女が勤務しているとき、彼女はここでいつもそこを見ることになる。

「分ったぞ!」

 竹田は彼女の手を引き、向いの靴屋に連れていった。

「君の欲しいものは、ハイヒールだろ!」

「なんでなんや!」

 と光太郎が分からずに突っ込む。

 竹田は、彼女の完璧な髪、完璧なコート、完璧なハンドバッグ、完璧なスカートを、上から順番に指さしてゆく。そして完璧な……パンプス。

「ヒールを履いたら、殆どの男より背が高くなっちゃうからだよね? でも女の子だからヒールくらい履いてみたい。でも俺に『同じ身長ですね』って言われたから、ずっと俺に遠慮してて……受付にいるときも、デートの時も、一度もヒールを履いていない。だから君の欲しいものは、ハイヒールだ!」

「……」

 加奈の表情が変わった。

「正解なん?」

 光太郎は尋ねる。竹田が追い打ちをかけた。

「でもそれじゃ身長か一緒じゃなくなるから、この店で俺、シークレットブーツ買うよ!」

「ここは女物の店でしょ?」

 彼女は笑った。

「正解」

 こうして、妖怪「私の思ってることを当てて」と、妖怪「甘えたい」は、彼女の心から離れた。

「不動金縛りの術!」

 シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「一刀両断、ドントハレ!」

 二匹の心の闇は、紅蓮の炎に包まれ、清めの塩となった。

「占いなんて必要なかった。彼女の心を考えれば」

 と、竹田はようやく胸を撫で下ろした。



「モデルはヒール履き慣れてるかもしれないけどさ!」

 竹田は、隣を颯爽と歩く加奈に文句を言った。

「シークレットブーツなんて履くの、俺はじめてなんだからよう!」

 竹田の足はプルプル震えて、内股になっている。

「これじゃ生まれたての小鹿だろ!」

 加奈は笑った。

「同じ身長じゃなくていいから、靴脱ぎなよ」

 その言葉に甘えて、竹田は靴を脱いだ。

「物理的に、『お高い女』か」

 笑う加奈の手を、竹田はやさしく握った。



    てんぐ探偵只今参上

    次は何処の暗闇か







予告


 巨大妖怪「消えちゃえ」が妙高山上空に出現! 妙高天狗の足立坊とともに、一行は住人たちの「消えちゃえ」を退治しようとする。幻術を得意とする足立坊に、シンイチは何もかも消してしまおうと相談。受験、家族、部長、そして東京。全部大爆発したあとに残るものは?

てんぐ探偵第七十七話「世界の中心で阿呆と叫ぶ」に、ドントハレ!

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