第七十三話 「大草原のちいさな獣」 妖怪「けだもの」登場
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朱い仮面と黒い鳥 二人の天狗が闇を焦がす
心の闇の奥底に たどり着くのはいつの日か
てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る
富士山が美しいのは何故だろう。空を飛んでみると分かる。富士は周りの山より頭抜けて高く、裾野が大きい。高いだけではなく、スケールが大きいのだ。ほかに何物をも寄せつけない単独峰であることがそれを際立たせる。最も大きいことは、最も孤独なことである。その絶対性に、火とは憧れるのかも知れない。
絵に描かれた最古の富士は平安時代、「甲斐の黒駒なる名馬で聖徳太子が富士山を飛び越えた図」だ(「聖徳太子絵伝」、秦致貞、法隆寺伝、1069、国宝)。
その頃から、霊山富士は信仰の対象であった。「富士講(浅間講)」と呼ばれる集団である。彼らは広く散り、富士を拝める場所に浅間神社を建て、関東最大の民間宗教団体となった。富士講の母体は修験の集団である。最も高く最も険しい修行場は、無数の修験者が訪れる聖地となったのだ。
「上空は風がキツイ!」
シンイチと光太郎は一本高下駄で飛び上がり、富士山を上空から見下ろしていた。火口は白い雪に覆われ、いち早く冬が訪れている。これから地上にかけて冬が広がってゆく、富士山頂は最も冬の早い場所だ。
「日本一の高い風が吹くんや! 日本一の向かい風やで!」
シンイチは風に流されそうになるが、光太郎は巧みに風を読み、巧みに風に乗ってゆく。
「ここにおわすのは日本一の巨大天狗、富士陀羅尼坊(富士太郎)や! 裏富士の小嶽には、小嶽正真坊さんもいてはる! ひとつの山に表側の町と裏側の町と、ふたつ発達した珍しいパターンやな!」
裏側、つまり甲府盆地をかつて治めた武将は武田信玄である。武田の忍びは素破と呼ばれ、山越えをして各地の情報を収集した。山越えに能力のある富士講の修験者たちが多く使われたそうだ。今でもスクープで「スッパ抜く」というが、素破はその語源である。
「武田の忍者の中にも、富士の天狗がおったかもな!」
風魔や素破など、修験道と関わりのある忍者がいたとは、シンイチにとって不思議だった。天狗と忍者、別のジャンルじゃんね。ついそう思ってしまう。両者をつなぐのは、修験道。
「日本一の大火山やから、金や朱砂もたっぷり出たやろな」
修験道とは、験(神通力、呪力、超能力)を修める修行だ。念力、天候改変、毒の操作、超人的体力、呪文、そして永遠の命を得ること。彼らは朱砂(辰砂。酸化水銀を主成分に含む。鮮やかな朱色を示す)を集め水銀を抽出する。秦の始皇帝の求めた永遠の秘薬である。アマルガム法で金を抽出する為である。古代錬金術では、水銀は金に錬成されると信じられてきた。金は永遠の象徴であり、仏教建築に多用された。もっとも、水銀を飲んでも水銀中毒で死ぬだけだ。しかし水銀中毒者の死体は防腐作用で腐りにくく、崩れないミイラになりやすかったという。即身成仏のミイラは、ほとんどが水銀を生前飲んで作られた。不老不死の復活を願い、永遠の物質となってゆく皇帝たちの気持ちはいかほどであろうか。
最も大きな火山は、永遠の命を生む、不死山と呼ばれたわけである。
「妖怪……あんまりいないね」
金の遠眼鏡「千里眼」を覗きこみながら、シンイチは「心の闇」を探す。富士の裾野、静岡県はのんびりとしたやさしい人たちが多いので知られる。富士に抱かれた安心感と、温暖な気候がそうさせるのかもしれない。
「でも、……なんだあれ?」
千里眼にうつったのは、毛むくじゃらの物体。目も鼻も口も見当たらない、ただの獣の毛の塊のような物体。巨大毛玉が人にくっついているだけ? いや、動いている。──妖怪だ。人の肩に、取り憑いている。
「心の闇の名前は……『けだもの』」
シンイチと光太郎は地上に降り、妖怪の宿主──白衣の研究者を追った。
2
広がる裾野の広大な土地を利用して、大型加速器の素粒子研究所がある。半径8キロと、ヨーロッパのCERNに比べれば小型ではあるが、それでも様々な実験が可能だ。「物質は結局、何からできているか?」は、ギリシャ以来の人類の問いである。「これ以上分割できない」という単位で原子が定義されたのに、原子の中にはまだ素粒子がたくさんあることがわかった。それらは粒だと思われたが、量子力学はそれを波にまで分解してしまった。さらに細かく分解すると、質量のないニュートリノまで「究極」は分解していく。
刈谷武雄の勤める富士ヶ原第三素粒子研究室では、今日も加速衝突実験が5セット行われ、その結果を解析中であった。
アインシュタインの相対性理論により、素粒子ほどの小さな物体ですら、光速の90%に加速させてゆくと2・3倍に重くなる。どれだけエネルギーを膨大に使って加速させても、ここでは光速の95%が限界だ。それでも何度も高速で衝突させると、原子核の中の素粒子が飛び出てくることがある。その軌跡を追うことで、原子の中の結合理論が現実と合っているのかを確認していく。
刈谷は理論物理学者である。中学生の頃は天文部に入っていて、宇宙に憧れた。しかし体力がないので宇宙飛行士はあきらめ、「宇宙の果て」の謎を解こうと考えた。宇宙のはじまりはビッグバンだ。そこで何が起きていたかは、原子の最初がどう言う中身だったかという、究極の物質の中身が分れば分る。見えないものを見ようとして、刈谷は宇宙の果てを見ている。
しかしこんな話が合コンで受けるわけがない。
γ線崩壊や、スピン反転の話をしても、関心のない女の子たちにはちんぷんかんぷんであった。
彼女たちは今どんなファッションが流行っているのかとか、友達同士の噂話に興味があり、インフレーション理論の欠陥や白色矮星の重力崩壊に興味があるわけではないのだ。
「『理系男子』ってこんな感じ?」
退屈した二十八のOLが、本音を言ってきた。
「なんかメガネかけて白衣着てさ、素敵って思ったんだけど」
「だからメガネかけて白衣は着てるよ? 今は着てないけど」
「じゃ着て見てよ!」
事前に幹事から白衣持参で、と言われていたので、刈谷達男子は白衣を着た。
「いいじゃん!」
彼女は露出の多い服を着ていて、刈谷は最初からとまどっていた。白衣対露出服。ハロウィンは終わった筈だが。
二次会へ行こうと移動中に、彼女が腕を絡めてきた。
「このままいこうよホテル!」
「え」
「それが目的でしょ?」
「そ、そういうのは、ちょっと」
「なんだよ草食だなあ」
「そっちが肉食すぎるだろ」
「なんだよそれでもチンコついてんのかよ」
「……つ、ついてるさ」
「じゃあいこうよ。確かめに!」
「……いいよ、そういうのに興味ないんだ」
「私はあるの!」
無理に絡まれた腕が外れない。刈谷は思わずさけんだ。
「け、けだもの!」
「女かよ! 逆じゃんか!」
そこに、天狗の面の少年と烏天狗の面の少年が現れた。
「あなた、妖怪に取り憑かれてます!」
「は? ……なに?」
天狗面の少年、シンイチは手鏡を出し、刈谷の肩に憑く妖怪を見せた。毛むくじゃらの、獣の毛の集合体。
「妖怪『けだもの』。……獣のようなことを『けだもの』と嫌がる心の闇」
「くさっ!」
動物園でしか、刈谷は獣の匂いを嗅いだことがない。
3
「えー? 座ってしょんべんすんの? ヘンじゃね?」
翌日、刈谷についてゆき、研究所で様子を見ていたシンイチと光太郎は、かくれみのの中から思わず突っ込んだ。セキュリティの厳しい研究所内では、天狗のかくれみので透明になるしかないのである。
「なんでだよ」
男子トイレの中、誰もいないのを見計らって、刈谷は反論した。
「みんなそうするだろ」
「するわけないやんけ! ほんならあの小便器は何の為にあるんや!」
「だって、昔から母親にそうしつけられたし、飛び散るからって」
「飛び散るから小便器が朝顔型になっとるんやんけ!」
「ウチのトイレは洋式で一個しかなかったから、座ってしろって」
「チンコが上向いてたらどうすんの?」
「チンコは下に押さえつける」
「女かよ!」
「木の上からとか塀の上からどこまでしょんべん飛ばせるかとか、やったことないんちゃう?」
「あるわけないだろ」
「な?」
「な?って、それが必要なのかよ」
「必要やろ。そういうわーっとやる感じが、獣の遺伝子や」
「野蛮な」
「なんでや! わーって大声出してやったら、めちゃめちゃ気持ちええやんか」
「大声出すなんてとんでもない。怒ったり泣いたり感情に流されるのは、獣のやることだ」
「そうか……。野蛮な、って嫌うことが、この心の闇か」
シンイチは改めて妖怪「けだもの」を観察した。昨今増えているという草食男子。女の子に興味がなく、野蛮を嫌い、部屋に閉じこもり、趣味しかしない。多分ケンカもしないのだろう。生きるエネルギーや野性味も、野蛮なのだろうか。
「スポーツとかしないの? サッカーとか」
「体を使う行為は、全部野蛮だ」
「ほんなら人工知能にでもなって生きとけや!」
光太郎のツッコミに対して、刈谷は答える。
「それでもいいかもしれない。ずっと素粒子の方程式の世界にいられる」
光太郎は頭を抱えた。人間とは何か、哲学的な問いをしそうだった。
「こんなヘタレ、どないしたらええんや」
「野性を取り戻させればいい筈なんだけど……」
シンイチも考える。富士登山でもさせる? それで野性が取り戻せるのか? 静岡はサッカー王国なのに、サッカーに興味ないのは勿体なさすぎるとも考える。
「ほんなら、プロレスでも体験させてみようや!」
突然光太郎が言った。
「は? そんな野蛮の極致……」
刈谷は体がこわばる。
「罵詈雑! さみだれプロレスがこの辺巡業中やったやんな!」
光太郎はお供の烏、罵詈雑に尋ねた。
「阿ー!」
罵詈雑はひと鳴きして空に飛んでゆく。ぐるりと一周して、西の方へ「保ー!」と鳴いた。
「あっちに巡業が来てるらしいで! 一日入門頼みにいかへんか!」
刈谷は体をこわばらせたままだ。
「プロレスなんて、肉体を使う野蛮の極致だろ。なんでそんなこと……」
「ちゃうな」
光太郎は自信をもって言う。
「ただの野蛮やと思ってたら大間違いやで?」
「?」
「プロレスこそ、肉体を使った三次元のチェスやで?」
「???」
4
「さみだれプロレス」は、全国を巡業する中小プロレス団体である。光太郎と罵詈雑は大のプロレスファンであり、全国の巡業スケジュールはチェック済みだ。出来れば富士滞在中に試合を見に行こうと企んでいたのである。
富士ヶ原のイベント会場にリングを設営し、さみだれプロレスラー達は練習をはじめていた。明日の本番は青空興行。試合勘を失わない程度のライトスパーを始めていた。
そこへ少年が二人、ひ弱な白衣の男を連れてきて、一日入門を願っているという。荒くれ者どものまとめ役、渋谷剣、通称「シブケン軍曹」は事情を聞いた。
「いいかい子供たち、プロレスは生半可な気持ちでは体験できないぞ」
「受け身を教えたって!」
光太郎は軍曹に尋ねた。
「受け身を一種類覚えたら、いろんな技を受けられるようになるやんか。その技を相手にもかけられるようになるやん?」
「ほう」
竹刀を持った禿げ頭の軍曹は感心した。
「きみは小さいのに、プロレスのなんたるかを知っているようだ」
「あったり前やんけ!」
「阿ー保ー!」
と二人のプロレスバカは胸を張った。
「この人、妖怪に取り憑かれてるんです」
シンイチは真面目に言った。
「はあ?」
「こいつ……光太郎が、プロレスを知れば妖怪退治ができるって」
「なんだと? 妖怪退治にプロレスを教えるだって?」
白いパンツの軍曹は、体を揺らして体育館中に響く大声で笑った。
「面白いじゃないか、やろう」
刈谷をジャージに着替えさせ、準備運動で体を温めると、軍曹は受け身をひとつ教えた。
うしろに尻もちをつき、両手でマットを叩く。柔道でも最初に教える後方受け身である。
「そう。そうやって衝撃を分散するんだ」
「僕は物理学者だ。これが力学的に合理なのはわかる。落下の直線運動を回転運動に変換することで制動距離を伸ばし、衝撃を分散して時間当たりの力積を減らす。衝突の逆を実に合理的にやっている」
「じゃあ話ははええな」
軍曹はいくつかの受け身をやってみせた。横に倒れながら、転がりながら。
「成程、なんと合理的な」
刈谷は力学の理解で受け身を真似した。
「うまいうまい」
「原理がわかれば」
「でもな、衝撃を分散する以外にも、マットをバーンと叩くのには意味がある」
「?」
「『技の威力がデカイ』ってお客さんに想像させることさ」
ウィンクしながら言った軍曹に、素直なシンイチは反論した。
「ええ? じゃあインチキじゃん!」
「ちゃうちゃう」
光太郎が珍しく解説する。
「プロレスはチェスや言うたやろ。お前の好きな将棋やサッカーと一緒やで?」
「はあ?」
「暗黙のルールがある」
「なに?」
「『一回かけた技は、受ける』いうやつ。だからプロレスの技は途中で外れるとかぐだるとかはない。絶対決まる。ショービジネスやからな」
「じゃ八百長じゃん」
「ちゃうねん。どっちが何の技をかけるかは、アドリブやねん。で、『技をかけた方が、技を決める』だけが決まりやねん」
「じゃあどっちが強いとかないじゃん」
「ちゃうねん。その時技をかける方は本気でかけんねん。ほんで受ける方は本気で受け身とんねん。プラマイで体力ある方が勝ちやねん」
「それのどこがチェスなんだよ。単なる削り合いじゃん」
「いつ、どういう技を、どうやって組み立てるかがチェスやねん」
「?」
「素早く決まる技は威力も低い。時間のかかる技はかかりにくいけど必殺や。でも気力があったら受け身をとりきれる。それをどうやったら受け身しきれんくなるまで相手の気力を削っていくか、という心理の組み立てなんや。いきなし飛車出してもあかんやろ。銀とかでチクチクいくやろ」
「穴熊に入られたら、こじあけるのに何手もいるみたいなことか」
「せや。軽い美濃囲いのまま攻め倒して、受け身取りまくる奴を削っていくこともある」
「試合展開そのものがチェスなのか」
「そういうことや。ほんでこの人は、そのために必要な、最初の受け身ができるようになったわけや」
軍曹はプロレス好きには優しかった。光太郎のプロレス論を、ニヤニヤ笑って聞いていた。好きなことを語られて嫌な人はいない。
「ようし、じゃあ俺に技をかけてみろ! 大外刈りならいけるだろ」
刈谷は教えられた通りに大外刈りを軍曹にかけた。軍曹は基本通りにバーンと派手に受け身をとる。自分の技が威力あるような気がして、刈谷は少し気持ちがいい。
「じゃあ俺がかけるぞ。受け身をとれ」
軍曹は刈谷を大外刈りに倒す。刈谷も受け身を派手にとる。
軍曹が受ける。刈谷が受ける。
互いに互いの技を受け、息があがってゆく。
「見てみい」
光太郎がシンイチに囁いた。
「だんだん刈谷はんの受け身の音が大きくなってるやろ」
「ホントだ」
「技同士の会話がはじまったんや」
技のかけあいは、いつしか二人のコミュニケーションになってゆく。これでどうだ。まだまだ。これならどうだ。今のは良かった。じゃあこれなら。全然効いてない。ここまで引っ張ったら。今のはいいぞ。
男二人が言葉も交わさず、ただマットにバーンと手をつく音だけでそれを表現する。
「これがプロレスや。相手の全部を受けきるんや」
光太郎は興奮しながら解説する。プロレス、ちょっと面白そうとシンイチは思った。
「あ!」
思わず刈谷は声をあげた。
技の入りのタイミングを誤ったのだ。無意識の慣れが気の弛みを生んだのだろうか。
「おっと!」
百戦錬磨の軍曹は、体を宙でひねって着地する。マットを打たない受け身であった。
「まだ教えてないけど、こういう受け身もあるよ」
「すいません」
「コントロールを失ったな」
「すいません」
「しょうがない。一日入門だからなあ」
「すいません……」
「コントロールするのは、理性だ。コントロールを失わせるのは、獣だ」
「?」
「俺たち人間は、理性ある存在であり、理性を失う獣でもある」
軍曹は刈谷の胸倉をつかんだ。
「やったなコノヤロー!」
その剣幕に刈谷は肝が冷える。しかし軍曹はすぐに笑顔に戻る。
「ここまでが獣」
そのあと流れるように奇麗な大外刈りをかける。バーンと大きな受け身をしなければならないほどの、今日一番の大きな投げだった。
「相手が全力で受け身をとれるほどの全力をコントロールする。ここまでが理性」
刈谷は息を切らせて起き上がった。
「俺たちは理性と獣を行き来する。相手を全面的に信用してな」
「それがプロレス」
「それがプロレス。狂気を理性で制御する」
汗を滝のように流し、肩で息をする刈谷はふと得心がいった。
「そうか」
受け身をとった両手がじんじんしびれていた。熱くなっている。
「獣が俺は恐かったんだ」
「?」
「獣は理性のコントロールを外れる。それが恐かったんだ。だって、未知で、制御できないんだもの」
「……」
「実験室は制御された空間だ。制御できないものは恐いからだ。でもプロレスは相手を信用してコントロールされた狂気をぶつける。相手も狂気をコントロールしていると信じて」
「そうだな」
「けだものは、自分の中にいる。そして、相手の中にもだ。その会話がプロレスなのか」
「そうとも言える」
「相手がいるから、人は人でいられるのかも知れない」
こうして、刈谷の肩にいた妖怪「けだもの」は肩から落ちた。
「いくでシンイチ! 不動金縛りの術!」
光太郎はいち早く烏天狗の面をつけた。
鞍馬光太郎は、烏天狗の面を被ると天狗の力が増幅する烏てんぐ探偵である。
「火よ在れ! 大鴉! からの真向唐竹!」
宙に浮いた妖怪「けだもの」を光太郎の燃える太刀が切り裂いた。シンイチはそれに遅れて、小鴉で破片を斬る。
「めでたしやん?」
「けだもの」は清めの炎に包まれ、真っ白な塩となって風に散った。
「今回オレなんもできなかったよ」
シンイチは光太郎に言った。
「光太郎のアイデアは面白くて、全然思いつけなかった」
「いやいや、シンイチのお陰かもしれんで?」
「?」
「前のワシやったら、テキトーに斬って済ましてたかも知れん。でもシンイチが毎回毎回『心の闇』に取り憑かれた人の心の奥底まで必死で考えとるから、それの真似をしてみたんやな」
「実はプロレスラーに会いたかっただけなんじゃないの?」
「ええやんけ! 最前列のチケットももろたんやから!」
さみだれプロレス富士ヶ原青空興行は、満場の観客で埋め尽くされていた。ブレーンバスターが決まる度に、バックドロップが決まる度に、ドロップキックが決まる度に、観客は沸いた。
勿論刈谷も見に来ていた。
後方で大声を上げて応援している女性に気づいた。昨晩の女だった。
「……」
「なに? ナンパ?」
「いや、そうじゃないけど……」
「はっきりしなよ、男でしょ!」
彼女は軽く刈谷の腕をはたいた。
刈谷はもんどり打って、派手に地面をパーンと叩いた。
「……」
「あはははは」
「あはははは」
大声で二人は笑った。理性でもなく、獣でもなく、二人は試合に両拳をつきあげた。
てんぐ探偵只今参上
次は何処の暗闇か
予告
その奇妙な公園では、子供たちは空を見て突っ立っているしかなかった。遊ぶことも何をすることも禁じられた公園では。
妖怪「禁止」に取り憑かれたPTA会長は、公園で何をすればよいと考えているのだろうか?
てんぐ探偵第七十四話「禁じられた遊び」に、ドントハレ!




