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てんぐ探偵  作者: 大岡俊彦
六章 鞍馬へ
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第七十二話 「ぼくはガラス」 妖怪「ガラス」登場



    1


     朱い仮面と黒い鳥 二人の天狗が闇を焦がす

     心の闇の奥底に たどり着くのはいつの日か

     てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



「ずっと富士山が見えているのに、中々近づかないね」

「せやな。なんといっても日本一デカいからな。偉大なる者は遠くからでも近くからでも同じく偉大なんや」

「それ、誰の言葉?」

「ワシが今思いついた」

「なんだよ感心しちゃったじゃないか!」

 鞍馬への、天狗の山を巡る旅。その富士山の入り口。富士を背景とした、心臓破りで有名な箱根山系、足柄あしがら山(現金時山)に一行は来た。

「足柄山って金太郎の?」

「せや。南から順に箱根、足柄、大雄だいゆうさんと並んで山脈になっとるわけやで。大雄山には禅宗(曹洞宗)のボンさんから天狗にらはった道了どうりょう薩捶さったがおるはずや。いまおれへんな。下北沢シモキタ(分寺があり、天狗祭りで有名)にでもいっとんのかいな」

 光太郎は千里眼を覗きながら言った。

「足柄山は? 金太郎がいるの?」

「それより、ふもとの風祭かざまつり村や。ここに風魔ふうまの忍者がおったんやで!」

「忍者? 天狗じゃなくて?」

 足柄山でまさかり担いだ金太郎は、その後、みなもとの頼光よりみつ配下の武士となった。姓を与えられ、坂田さかたの金時きんときと名乗ったという。頼光らいこう四天王の一人となり、大江山おおえやま酒呑しゅてん童子どうじ退治に功があった。平安末期のことである(ちなみに頼光の弓矢は、のちにぬえ退治にも使われる)。

 戦国時代を駆け抜けた忍びたちの母体となったのは、修験道である。断言するに十分な資料はないが、傍証はいくらでもある。忍びの元祖、甲賀も伊賀もともに修験道の盛んな地域(甲賀は飯道山はんどうさん、伊賀は赤目あかめ四十八しじゅうはちたき)、忍びの術には九字くじ法があり、それはもともと民間密教、修験道の術だ。共に山駆けを得意とし、全国を遊行する(忍びは「足が速い」というイメージがあるが、アスリート的に速かったのではなく、山地の多い日本で、平地で遠回りするより山越えしたほうが早く着くことがあったと、筆者は考えている)。

 足柄、大雄、箱根の、いわゆる箱根山系の岩山を修行場にした箱根修験の一部が風魔の忍びとなったと考えられる。

「まあつまり、修験道を仲立ちとして、忍者と天狗はおなじ側におんねやな」

 風魔の忍びは、そこから目鼻の位置にある、小田原おだわら城を拠点とする北条ほうじょう氏に仕えた。

「そうなのか。で金太郎は?」

「ええ質問や。天狗の山とは何か。火山やったな。修験の山も火山や。火山ということはやな、金が出るんや」

「マジで?」

「正確には朱色の岩、朱砂すさ辰砂しんしゃ丹砂たんしゃとも)が出る。これを煮詰めたら水銀になる。これを使ってアマルガム法で金を抽出できるんや」

「え、じゃ金太郎って、金の出る山の人ってこと?」

「せやで? あんま知られていないけどな」

「だったら金山みたいなのが有名になっても」

「まあ、掘り尽くしたんやろな。だから修験者は山から山へ渡るんや」

「修験道の目的って、金探しなの?」

「不老不死の妙薬探しをとりあえずの目的にしてるうちに、体が鍛えられてホンマに不老不死になる。それが修験道。ちなみに火山はマグマが近いから温泉も出やすい。箱根いうたら温泉やろ。ドーンと本州にぶつかってきた伊豆も温泉だらけやで? マグマが湧くから、重金属も地表に出てくるんや」

「へえええ」

「火山を中心に、日本を考えるってことやな。そしてその王が天狗。『天狗経』に出てくる四十八天狗はほとんど火山の山にいてはんで?」

「……全然、知らなかったよ」

「誰もが知るこっちゃうわい。これからはどこに火山の山脈があるか、意識して過ごしたらええ」

 足柄山の麓、風祭村。富士山、箱根温泉、小田原城を臨むこの町に、「心の闇」に取り憑かれた高校生がいた。


    2


 ぼくはガラスだ。

 繊細で、傷つきやすく、脆い。とがったものや硬いもので突けば粉々になる。ちょっと落としたり振動があっても粉々だ。パリーンと割れて元に戻らない。

 ぼくはガラス。

 割れるから、家の外に出るのをやめた。

 ときどき、窓越しに外を眺めることがある。今日は窓からの日差しが心地よくて、思わず外を眺めていたんだ。このガラス窓も、ぼくと同じで叩けば割れる脆いもの。ぼくはガラスに守られて、脆いものに守られて、二度と触れることのない日差しを見ていた。

 そこに天狗がいた。

「は?」

 その横は烏天狗だ。

「は???」

 よく見ると太った虎猫と烏もその脇にいた。

 しかも天狗と烏天狗は、こっちに向かって手招きをしている。

 ぼく、狂ったの? 幻? それともお迎えの時が来たの?

 天狗の少年が、面をとってぼくに叫んだ。

「キミは、妖怪『ガラス』に取り憑かれてる!」

 ──なんだ、天狗じゃなくて、天狗のお面だったのか。中の人は普通の子供で……妖怪「ガラス」だって?


 シンイチは鏡に写った妖怪「ガラス」を見せながら確認した。

 ガラスで出来た人型をしている。ぱっと見透明で分りにくいが、その向こうの景色が屈折するから、そこに何か異物が存在することは分る。輪郭を辿ると人の形になっている。シンイチは確認した。

「それで自分が粉々に砕けてしまうのが怖くなったので、引きこもりになったってことだよね?」

 「ガラス」に取り憑かれた高校生、松田まつだみのるはうなづいた。

「でもなんか奇麗だね」

 妖怪「ガラス」は、外の日差しを透かし、きらきらと光っている。局面に複雑に屈折・反射が起こっていて、表面はつるつるだ。妖怪にはとても思えないビジュアルであった。

「見た目は奇麗でも、中身は闇。それが『心の闇』の特徴さ」

 そんなものだろうか、と実は思う。

「しかし話を聞く限り、これは『ガラス妄想』そっくりの症例じゃな」

 お供の三千歳のデブ猫、知恵袋のネムカケが口を開いた。

「なにそれネムカケ?」

「中世のヨーロッパに実在した精神病じゃ。有名なのはシャルル六世かの。彼は自分の尻がガラスになってしまったという恐怖におびえ、生涯毛布で尻を包んでいたという。割れたら尻が砕けてしまう恐怖で生涯を過ごしたのじゃ」

「なにそれ。そんなの本当にあるの!」

「体の一部または全部がガラスになってしまったと思い込むこの奇病は、中世にたくさん報告例がある。もしかしたら妖怪『ガラス』が蔓延し、に取り憑かれておったのかも知れんの。症状は共通しておる。『触れられたら割れると思い込み、極端に人を遠ざける』じゃ」

「で、現代やと引きこもりになってまうというわけか」

 光太郎が横から入って来た。

「引きこもりは都会のモンやと思っとったわ。こんな田舎でも起こるんやな」

「都会も田舎もないだろ、人の心に」

「でも都会に多いのは事実やん。発達しすぎた文明が、人の心と乖離し始めた。それが『心の闇』の発生原因やとワシは睨んどったやけど、もっと根本的なことなんかも知れん。『心の闇』の正体について考え直さなあかんわ」

「心の闇の正体……」

 それはシンイチも考えることだ。天狗だって正体を知りたがっている。人の心に取り憑く謎の新型妖怪。旧来の妖怪たちを駆逐した謎の存在。大妖怪化の中にいる、青鬼という卵。空気中に青い粉になって散ってゆく青鬼。どこからやってくるか分からない、心の負のループ。アッパー型やダウナー型のタイプ。


「とりあえず、空気を吸いに外に出ようよ!」

 サッカーしようよ、と言いたい所だけど、ボールがぶつかっただけで粉々になったら、ボールが怖くなってしまう。ボールが怖いならサッカーは出来ない。

「引きこもりは一番良くない。ダウナー型の心の闇は増幅する一方だ」

「やだよ、ぶつかったらどうするんだよ!」

「ワシらが天狗の力で守るから安心せい。結界を周りに張り巡らしとけば、向かってきたものが全部避けてくで?」

 光太郎はねじる力を使って実演して見せた。

 木の葉が風に吹かれてやって来たが、突然ぬるりと光太郎を避けた。

「ホントだ」

「名付けて、ねじるバリヤー!」

 秋葉原での「グルグルミキサー」といい、光太郎は相変わらずネーミングセンスが悪い、シンイチはひそかに思う。


「どう、外の世界は?」

 最初は恐る恐る歩いていたものの、物がぶつからないことを実感した実は落ち着きを取り戻した。ただの田園風景を、一行はそぞろ歩く。

「すげえふつう」

「ふつう?」

「ちょっと前まで、俺、このふつうの世界にいたんだなって」

 普通。これは「心の闇」を深く知る為のキーワードだ。「心の闇」は「普通の心」に戻ることで宿主の心から外れる。普通の心に戻すことが「心の闇」を退治すること。シンイチはそう考える。だが普通って一体何? シンイチはいつも考えては分らなくなる。ネムカケと縁側で居眠りするような感じ?

「ね、走れる?」

 シンイチは聞いた。

「……無理。怖い。転んだらどうしようかって考えちゃう」

「心が弱いから『心の闇』に取り憑かれるんや!」

 イラチ(関西弁ですぐイライラする人の意)の光太郎が切れた。

「もっと修行したらええんや! 滝にでも打たれて心の修行せえや! ここら一帯は修験の行場やから滝も一杯あるがな!」

「ダメだよ光太郎! 滝に打たれたら、滝の水で割れちゃうよ!」

「ああそっか! 難しいな! どないしたらええんやコレ?」

「……そもそもさ」

 シンイチは実の心に踏み込むことにした。

「いつからこうなっちゃったか、覚えてる? いつから『ふつう』でなくなったか」

「……」

 実は立ち止まった。何か言いたげに、ずっと黙った。

「実くん!」

 畦道の向こうから、手を振る女の子がいた。

「ほんとに久しぶりに見たわよ! 病気はもういいの? 学校きてよね!」

 自転車を押して、彼氏らしき人と歩いている。

「あ……私ね、今、外山とやまくんの彼女なの」

 彼女は手を振り去っていった。実はしばらく黙り、「普通」でなくなった日のことを語りはじめた。

「病気ってのは、引きこもる理由だよ。『普通』のとき、俺は『普通に』学校に通ってた。それがそうじゃなくなったのは、あの日からなんだよ」

 きっかけは、他愛ないことだ。キャラクターが三百人以上いる大長編人気漫画、「ブースター」の中で誰が好き?という会話だった。

「みんなヴィジョンとかサムライソードとか人気キャラだった。でも俺だけ旋風センプーって言ったんだよね」

「ヴィジョンとサムライは知ってるけど、センプーって誰?」

 シンイチも知ってるその漫画でも、旋風は知らなかった。

「そうだよなあ。連載する前に一回だけ読み切りがあってさ、そのときのキャラなんだよ。とらわれの姫を助けに行くヒーローキャラなのに、誰も知らないんだよ。しかも」

「しかも?」

「風魔忍者って設定が渋くてさ! ここは風魔の里風祭村だぜ? なのにみんなそんなことも知らないのさ!」

「意外と知らないもんなんだね」

「そうだよ! ただ、必殺技がただのパンチなのが地味なんだよね。キャラがアメリカン忍者のガリアルやドクターニンジャーと被るし、単行本未収録なんだよね」

「へえ、マニアック!」

「喰いつくね」

「そう?」

「クラスの奴は喰いつかなかった。知らないキャラには興味がないって」

「知らないから興味あるのにね!」

「で、溝ができた」

「なんで?」

「『変な奴』って、外山……さっきいたろ、あいつが言ったからさ」

「さっきの?」

「それって、ようある話やな」

 光太郎が溜息をついて言った。

「いじめがはじまったな?」

「うん。……そういうことだね。みんなから無視されたよ。外山がそうしろとも言わないのにさ。外山はいじめっ子だから。黙っててもみんなが言うこと聞くのさ」

 シンイチはかつてススムがいじめられていたことを見抜けなかった。いじめはバレないようにやる。ススムの気持ちを考えたら、彼の辛さはよく分かる。

「で、俺はこれ以上傷つきたくないから、引きこもったのさ」

「せやったんか。……しゃあないとはいえ、辛いのう。でもそんなんよくあることやで? いじめっ子なんて、一発殴ったら黙るで?」

「そうなの?」

「そうとも限らんけど」

「どっちだよ!」

「虫、いるやろ。蟻とか」

「うん」

「その気になったら、踏みつぶして殺せるやん」

「うん。やんないけど」

「もし蟻に強力な角があって、踏んだら確実に刺さる、って分ったら、踏む?」

「やだよ。痛いじゃん」

「それと一緒や」

「……」

「相手も同じ人間や。殴り返してくる、って分ったら殴りに行くやつはおらん」

「……」

「あ」

「なに?」

「今殴ったら拳がパリーンて割れてまうかな」

 シンイチは考えて、言った。

「どれくらいまでなら、触っても大丈夫なの?」

「?」

「ガラス窓だって触った瞬間割れるってことはないじゃん。どのくらいのガラスなのか、調べようよ」


    3


 一行は実の部屋に戻り、少しずつ彼の「ガラスの体」に触ることにした。

「まず指一本で触れる?」

 シンイチは指を出した。

「トイレとか布団とか、ごはんに触れても大丈夫でしょ?」

「たしかに」

「じゃ、指を触っても割れない筈」

「……」

 おそるおそる、実はシンイチの指に指で触れた。

 なにも起こらない。ふつうに暖かく血の通った指で、ガラスのように冷たく固い指でもなかった。

 シンイチは掌を広げた。実はそれに指で触れ、次に掌で触れた。

「いけるね! そっと触ったぐらいじゃ割れない!」

「でも殴るのは無理やろ」

「気が早いよ、光太郎。そもそも殴られたら一発で粉々だし!」

「ううむ」

「……とりあえず、さっきの子に話を聞きに行こう」

「なんでや!」

「その原因になった男、外山と付き合っているって言ってたじゃん」

「話がややこしなってきた!」


「付き合いたくて外山と付き合ってる訳じゃないの」

 一人になった尚子をつかまえて、シンイチと光太郎は話を聞いた。橋本尚子は意外なことを言いはじめた。

「私だって、いじめられるのは怖いから」

 外山は市議会議員の親戚だ。逆らったら、この町で生きていけない。

「どうせ高校卒業までの仲よ。あと二年辛抱すれば」

 尚子は吐き捨てるように言った。

「二年は長いよ」

 シンイチは言った。

「実が引きこもった時間の、四倍もある」

「……」

「やっぱり病気じゃなくて、いじめのせいよね?」

 尚子は尋ねた。しかしシンイチは否定した。

「違うね。妖怪のせいだ! 人間の心が悪いんじゃない! 妖怪が悪いんだ!」

「……?」


「オレ、思ったんだけど!」

 シンイチは再び実の部屋に戻り彼に食い下がった。

「ガラスの本質って割れることだろうか?」

「? どういうことだ?」

「勿論ガラスはパリーンって粉々に割れる性質はあるけどさ、それは副次的なことじゃないかと思うのさ!」

「?」

「ガラスの第一の特徴は、『透明だ』ってことじゃないかと思って!」

「どういうことやねん」

 と、光太郎は訊く。

「いじめがあった。みんな見て見ぬふり。実くんは、『ここにいない透明な存在』になる」

「あ……」

「そうなんだ。心の闇『ガラス』は、『自分は見えていない』って恐怖なんじゃないかと思って!」

「……そうかもしれない」

 実は呟いた。

「いや、多分そうだ。俺は誰からも見えていないことが怖かった」

「じゃあ大丈夫!」

「?」

「尚子さんがさっき挨拶してきたじゃん!」

「あ。そっか」

「それにオレ達も実くんが見えてるよ!」

「……」

 実は拳を握った。シンイチは続ける。

「小さい所からでも、大きい所からでも、偉大さは同じだよ」

「? 誰の言葉?」

「今作った」

 シンイチは笑った。この少年の笑顔には、人を元気にする力がある。

「さっきのバリヤー、また出来る?」

 と、実は聞いた。

「いくらでも!」

「外山を一発殴れば、いじめは終わる?」

「わからん。でも『俺はここにいるで!』とは言えるんちゃうか?」

「……俺は、……ここにいる……」

 実は掌と掌を、パンと合わせた。次に、パンパンと柏手を打った。さらに、ぱちぱちぱちと拍手した。最後に、拳を固めてぱちんと掌にぶつけた。

 痛かった。でも「ガラス」は割れなかった。

「俺は、ここにいる……」


    5


 風祭高校の正門は朝からざわついた。

 実が登校してきたからだ。

 しかしみんなすぐ実を「見えない人間」として扱う。この視線が心の闇「ガラス」を生んだのだと、シンイチは確信した。

 木の上から、シンイチと光太郎は観察している。何かあったら乱入だ。外山と、クラスメイトと、尚子が結界の中に入った時点で、二人は周囲に不動金縛りをかけた。この空間の中だけで時間がすすむ。

「外山」

 実は呼んだ。

「外山!」

 叫んだ実に、外山はゆっくりと振り返った。

「なんだよ。誰だよお前」

「知ってんだろ。松田実だ! 今から俺はお前を殴る!」

「ハア? 何わけわかんねえこと言ってんのコイツ?」

「旋風はカッコイイキャラなんだよ!」

「ハア?」

「……あっ」

「?」

「俺のこと、見えてるよな? 見えてるから会話が成立してんだよな!」

「お前、頭おかしいのか?」

「おかしくねえよ!」

 実は外山に殴りかかった。しかし外山は簡単にかわした。

 外山は実の胸倉を掴み、右手で殴……ったはずだが拳が脇にそれた。

「?」

「うわああああああ!」

 無我夢中で、実は殴りかかった。

「俺はここにいるんだ! 俺はここにいるんだ!」

「なんなんだよお前!」

 外山は実のパンチをかわして何発か殴った。しかしことごとく拳がそれた。

「なんなんだよ!」

 このケンカ騒ぎを人々が囲んだ。尚子がその人垣をかきわけた。

「なにやってんのよ実くん!」

「俺はここにいる! お前らにも見えてるんなら、俺はガラスじゃない!」

 がつん。ついに実の拳が外山の顔面をとらえた。

「痛え! でも割れてない! 俺はガラスじゃなかった!」

「痛えな!」

 外山がつかみかかるが、またしても空間のねじれでぬるりと突き抜ける。

「オイ天狗たち!」

 実は木の上の二人に向かって懇願した。

「バリヤー解いてくれ!」

「なんやて?」

「俺一人だけ術使うのはフェアじゃない! 対等にやる! 俺はガラスじゃない! 人間だ!」

「わかったわ! 行くで、ホイ!」

 ねじる力の螺旋が外れる。実は、ただの人間になった。

 ごつん。外山の拳が実に入った。鼻血が出た。

「痛い! でも割れない! ガラスじゃないからな!」

 二人はもつれ、地面に転がり、互いに殴り合った。

 目じりは切れ、制服は泥まみれになり、鼻血まみれになった。

 それでも、ガラスのように割れはしなかった。

 実は尚子に向かって言った。

「俺は旋風だ。姫を助けに来た。風は目に見えないが、そこに吹く」

「???」

「もう、俺は隠れない」

 こうして、妖怪「ガラス」はひび割れて粉々になった。


「不動金縛りの術!」

 シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「一刀両断、ドントハレ!」

 実の「ガラス」は小鴉の炎に包まれ、飴色になって溶け、清めの塩と化した。



 遊園地に、実と尚子は来ていた。

「あれ乗ろうよ!」

 尚子ははしゃぐ。このデートで告白しようと、実はタイミングを計っていた。

 尚子が乗ろうと言ったのは、観覧車だった。

「最近の観覧車って知ってる? 床がガラスで下が透けて見えるの!」

 実の足は恐怖ですくんだが、勇気を出して乗ることにした。

 どうせ下は見ずに、彼女の顔を見るのだ。



     てんぐ探偵只今参上

     次は何処の暗闇か






予告


 素粒子研究者に取り憑いた妖怪「けだもの」。草食男子になってしまい、すべての人間らしい行為がけだものに見えてしまう。

 光太郎が一計を案じ、プロレスに一日入門することに。プロレスが野蛮やて? プロレスは肉体を使ったチェスやで!

てんぐ探偵第七十三話「大草原のちいさな獣」に、ドントハレ!

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