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てんぐ探偵  作者: 大岡俊彦
五章 ふたりの探偵
72/116

第六十八話 「ストレンジ・イズ・オーディナリー」 妖怪「ちっぱい」登場



    1


朱い仮面と黒い鳥 二人の天狗が闇を焼く

心の闇の奥底に たどり着くのはいつの日か

てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



 東京タワーの第一展望台の高さは、百五十メートルである。

 今日は風が強く、第一展望台は少し揺れていた。二百五十メートルの特別展望台は、強風の為入場中止になるほどだ。

 真下に落ちるのではなく、流されるのだろうな、と真由まゆは思った。

 まあいいか。死んだ後のことはどうでもいい。そう真由はかんがえる。

 東京が一望できる。ここに何千万の女がいる。その地平線の向こうにも、見えていない何千万の女がいる。前しか見えていないけど、後ろを振り向いても、何千万人の女がいる。日本人って今一億二千万ぐらいか。じゃあ、全部で六千万人の女がいる。真由はそう考えて、朱色の鉄骨の上に乗った。警備員が気づいたのを目の端で感じながら、真由は体を宙に踊らせた。

「六千万分の一の頂点、少し面白かったわよ」

 その少し前から、第一展望台はざわついていた。ミス日本代表、大河内おおこうち真由がいるぞと、皆見ないふりをして見ていたからだ。真由はその視線には慣れているから、とくに何とも思わなかった。普段は目深に帽子を被ったりして目立たないようにしているが、今日はもうどうでも良かった。だって死ぬんだもの。

 ものすごい美人が、立ち入り禁止の策を乗りこえて、鉄骨の上に乗り、警備員の制止も聞かず飛び降りた。第一展望台は騒然とした。

「不動金縛りの術!」

 その声が響いたかと思うと、飛び下りたはずの美女の姿はなかった。第一展望台はさらに騒然となった。あれは幽霊だ、いや、大河内真由に酷似していた、本人の生霊だ、などと噂がたち、東京タワーにまたひとつ幽霊の都市伝説が加わった。


「ダメでしょ自殺なんかしちゃ!」

 朱い天狗の面を外し、一本高下駄を脱ぎながらシンイチは言った。

 都内を光太郎とパトロール中、上空を飛んでいた烏の罵詈雑が東京タワーからの飛び降り自殺を目撃、ギャアと啼いた。光太郎が不動金縛りで止め、シンイチが天狗の術で助けた。シンイチはことのあらましを聞こうと、騒ぎを避けて裏路地に彼女をつれてきたのである。

「うわ、めっちゃ美人やんけ!」

 ミーハーな光太郎が喰いついた。

「アイドルとも女優さんとも違う知的な感じ……女子アナほど俗っぽくない……あ! 思い出した! ミス日本の大河内真由や!」

「ええっ! ミス日本なのに自殺?」

「……プレッシャーに耐えかねて、とかでいいわよ自殺の理由は」

 真由はまだ地面がフワフワしているようで現実味がなく、この少年たちに助けられたことを理解しきれていなかった。

「そうじゃない。違うんだ」

 シンイチは彼女を見つめた。美人すぎてちょっと照れる。あわてて腰のひょうたんから手鏡を出して、彼女の肩に憑いた妖怪を見せた。

「それは心の闇がさせたことなんだ」

「はい?」

「平たく言うと、アンタ妖怪に取り憑かれとんのや」

 と光太郎が追随した。

「はい?」

 ますます真由は現実味がなかった。妖怪? 心の闇? 何言ってんのこの子たち。

「それは妖怪『ちっぱい』」

 その名を聞いて、真由は現実を取り戻した。

 胸が小さいこと――それが彼女が飛び下りた理由だったからだ。

「阿阿! 呆呆!」

 上空を旋回していた罵詈雑が、また叫んだ。

「ハア? どういうこっちゃねん!」

「『もう二人』だって?」

 烏の言葉を理解するのは、シンイチも得意である。

「シンイチ!」

「不動金縛りの!」

「術!」

 シンイチと光太郎が力を合わせて強力な結界を張る。二人は天狗の面を被り、一本高下駄で第一展望台へとんぼ返りした。

 もう二人の美女が、反対側から飛び降りた。

 二人とも妖怪に取り憑かれている。妖怪「足短い」、妖怪「一重ひとえ」。

「うわ! ミス日本準代表、鹿谷ろくたに亜矢あや齋藤さいとう友香ゆかやんけ!」

 空中で光太郎は叫んだ。

「今日は日本三大美女の日かいや! 大漁やん!」


    2


 サインもろていいですか、とひょうたんから色紙を出した光太郎をシンイチはしばきたおし、三人の妖怪を観察した。

「三人ともミス日本の代表で、三人ともコンプレックスみたいなのに憑かれてる――そう考えていいんだよね?」

 妖怪「ちっぱい」「足短い」「一重」は、それぞれニヤニヤしたり巨大な瞳でシンイチを睨んだりしている。これまで妖怪「みにくい」「レタッチ」など、女性の見た目のコンプレックスにまつわる妖怪はそこそこ退治してきた。でもこんな美人なのに、心の闇があるんだって? シンイチはにわかに理解できず、思わず口に出した。

「こんなに美人なのに」

 その言葉を聞いた彼女たちの悲しい顔を見て、シンイチはその言葉が彼女たちの心の闇であることを理解した。

「ごめんなさい。傷つけてしまったらごめんなさい。……たぶん、そう呼ばれ続けてきた?」

 こんなに美人なのに、胸が小さい。こんなに美人なのに、足が短い。こんなに美人なのに、一重瞼。それが彼女たちがずっと心の中で叫び続けてきた声で、それが心の闇のループなのだとシンイチは理解した。

「じゃとりあえずそのコンプレックスを克服したらええやんか!」

 光太郎が天狗のかくれみので、三人を「変身」させることにした。

 これは妖怪「みにくい」のときにもシンイチが、ミヨちゃんに使った手だ。うまくいくかも、とシンイチは思った。しかしそうではなかったのである。


 巨乳になった真由は、今度は法令線が気になると言い出した。

 足が長くなった亜矢は、まつ毛が短いと言い出した。

 二重瞼になった友香は、ダンゴ鼻だと言い出した。

「えっ!」

 彼女たちの最初のコンプレックスが消えた瞬間、妖怪「ちっぱい」は妖怪「法令線」に、妖怪「足短い」は妖怪「まつ毛短い」に、妖怪「一重」は妖怪「ダンゴ鼻」に、むくむくと変化へんげしたのである。

「なんなんだ?」

「じゃあ、それを解消しようや!」

 光太郎は、かくれみのでその欠点をも変身させた。

 真由はエラが気になると言い、妖怪は「エラ張り」に変化した。

 亜矢はデブが気になると言い、妖怪は「デブ」に変化した。

 友香は肌が汚いのが気になると言い、妖怪は「肌汚い」に変化した。

「一体何なのこれ? これじゃキリがないよね! みんな同じ顔とスタイルになっちゃうぜ?」

 路地裏とはいえ、目立つミス日本代表が三人も集まっていれば、人があつまってくる。一行は一本高下駄で飛んだ。

「シンイチ、アテはあんのかい?」

「ううううん……よし、外国へ行こう!」

「はあ?」


    3


 一行はニューヨークにやってきた。地球の裏側はいま夜で、黄色のタクシー(イエロー・キャブ)が往来している。東京より寒く、排水溝から湯気が上がる。

「いた!」

 千里眼の遠眼鏡を覗き、目当ての「彼女」を探し当てたシンイチは、たたたと走り始める。

「ついてきて! あ、ネムカケ、英語わかる?」

「一応」

「私も八か国語堪能のミスなんですけど」と真由が言う。

「じゃあ二人で通訳よろしく!」


 やってきたのは地下のクラブだった。着飾った男女に混じって、右足が義足の、黒人美女が踊り狂っていた。

「セリーヌ・ジョイスじゃん!」

 ミス日本を目指すからには、モデル業界に明るくもなる。彼女は「片足のモデル」として世界的に有名になった、セリーヌ・ジョイスその人であった。

 真由も亜矢も友香も気後れする。あんな大物の前で、たかが日本人の女が。

 しかしシンイチは外国人だろうが妖怪だろうが、老人だろうが子供だろうが、人と仲良くなる力がある。たちまちセリーヌと意気投合し、彼女を三人の前に連れてきた。

「彼女の仲間に会わせたいって! ついて来てよ!」

 一行はVIPルームに通された。

 巨大な水槽が壁がわりになっていて、クラゲたちが幻想的に泳いでいる。その水槽越しに踊る人々が見える部屋で、彼女のモデル仲間が談笑していた。

「はじめまして。重力が歪んでいるのは私の所為ヨ」

 体重二百キロのイタリア系の女が挨拶した。

「日本人って大きいね! これはジョークだよ!」

 身長百センチのピグミー症(小人病)のプエルトリコ人が挨拶した。

「こう見えても黒人なのよ。まあなに人でもいいけどね」

 髪の毛も肌も、まつ毛も白い、瞳がウサギのように赤い、白皮症アルビノの黒人女性が挨拶した。

「シェイクハンズ!」

 そう手を差し出したインド人には、指が六本あった。

「私たちは、ふつうじゃないのよ」

 セリーヌは笑って銀色の義足をコンと鳴らした。

「ふつうじゃないってことは、劣ってること? そこだけ見たらそうかもね。でも人間ってのは豊かになることができる。他の得意なことがあるかも知れないし、そもそも得意なことがなくたって、その人がただいれば周囲が幸せになるってこともある。『ストレンジ・イズ(変わったことが)オーディナリー(ふつう)』ってのが、私たちの合言葉」

「……はあ」

 三人は、皆に呑まれながら握手した。

「で?」

 セリーヌは笑った。

「あなたは何が奇妙ストレンジなの?」

「えっ」

 真由も亜矢も友香も、度肝を抜かれた。そんなこと、どの審査でも聞かれたことなかったからだ。彼女たちは、得意なことを言った。

「私は水泳の国体選手で、八か国語が堪能」

「私はダンサー」

「私はバイオリン弾きです」

「そう」

 セリーヌは笑った。

「なかなか奇妙ね」

「ええっ?」

 三人は同時に言ってしまった。彼女らの個性的ないで立ち、背後の人生が見えるようなたたずまいに比べて、なんと平板でペラペラな、ミスコン向きの無難な特技だろう。そう彼女たちは縮こまっていたからである。

「ストレンジ・イズ・オーディナリー。なんだって奇妙ストレンジよ」

 セリーヌは笑った。

「踊ろうよ! 今夜はパーティーなのよ!」

 二百キロのイタリア女が、汗をかきながらフロアへ誘った。

 さまざまな人種が、さまざまな色を浴びていた。


    4


 シンイチは、「そんな欠点たいしたことないよ、世の中にはもっと欠点を抱えて、それを武器にしてる人もいるんだ」ということを言う為に、ニューヨークに連れてきたつもりだった。彼女たちもそれを理解したし、ストレンジな仲間とストレンジを共有した夜だった。

 マンハッタンに朝日が昇り始めていた。ゴールデンゲートブリッジのたもとで、一行は踊り疲れてひと息ついていた。東京は夜かな。

 彼女たちの心の解放ぶりに比べて、妖怪たちはまだ彼女たちにわだかまっている。

「なんで妖怪が取れへんのや。楽しそうにやって、カタルシス味わったんちゃうんかい」

 光太郎は不満げに呟いた。イタリア人女に「私の息子になりなさい」と二メートルの胸にうずめられ、苦しくてちょっとムカついていた。あんまり巨乳は好きではないのである。

 妖怪たちは「ちっぱい」「足短い」「一重」の初期状態に戻っていた。弱点を正面から見て逃げないこと。それが分かったとシンイチは思ったのに。

「待てよ!」

 シンイチはひらめいた。

「なんや」

「この妖怪変化は、『表面的なこと』だよね?」

「どういうことや」

「全部外見的なこと……それがくるくる変わること……ってことは、『その中』に何かいるんじゃない?」

「?」

「ねじる力!」

 シンイチは右手を真由の心臓辺りに向け、内側にねじった。

 ぐにょんと音がして、彼女の胸に穴があく。

「やっぱり!」

 同じパターンを、シンイチは経験したことがあった。妖怪「やすうけあい」が取り憑くのは、心の中に妖怪「認めて」がいたから。妖怪「ちっぱい」が「法令線」に変化したり、「エラ張り」に変化したりするのは……

「心の奥底に、妖怪がいたからなんだ!」

 心臓に絡みつく、妖怪の本体。

「妖怪『逃げ道』!」

「なんやと? 逃げ道?」

「そうだよ真由さん! 美人ってさ、完璧であることを求められるよね?」

「……よく知ってるわね」 

「これでも色々と美人の心の闇を見てきたからね!」

「なんやシンイチモテモテやんか!」

「そうでもないよ! でさ、求められたって完璧にはなれないもんさ! だって人間はそもそも完璧じゃないんだもん! オレだって足短いし、足遅いし、歌は音痴だし、算数できないし、絵描くの下手だし!」

「なんやお前欠点だらけやんけ!」

「そう! でも真由さんはさ、美人過ぎて欠点がほとんどないのさ! 完璧を求められる! それが嫌で、真由さんは逃げ道をつくったんだよ! 『私は完璧になれない』と言い訳するためにさ! 逃げ道は言い訳だ!」

「そう……そのとおりね」

 図星なのか、真由は語りはじめた。

「たしかにその通りだわ。仮に巨乳になったって、完璧じゃなくて法令線が気になる、それが消えてもエラが張ってるのが気になる……完璧になれない言い訳さがしをしているってことね?」

「そうだね! あと……」

「あと?」

「気になったのはさ、水泳とか八か国語とかさ、『優等生』になろうとしてるって所かな? セリーヌさんに会わせたのはさ、彼女が元ギャングだったってことなんだよね!」

「えっ?」

「日本だったらマスコミが品行方正じゃないって叩くかも。それってやっぱ美人は完璧じゃなきゃいけない、みたいなことがあるってことだと思うんだ」

「そう。そうなのよ」

「でもこの国じゃそれも個性だって言う。凹んでることは欠点じゃないんだ」

「……それは分るわ」

「オレの女友達がいるんだけどさ、彼女は怒りっぽくて、飽きっぽくて、話し始めると話が長くて、話題があちこちに飛んで、オレを振り回したりするのさ!」

「?」

「でも明るくて、オレに話しかけてくるときはいつも楽しそうにしてる。だから欠点とは思わないよ!」

 ふふ、と真由は笑った。亜矢も友香も笑った。

「なんで笑うのさ?」

「その子なんていう名前?」

「ミヨちゃん」

「あなたミヨちゃんが好きでしょ」

「は……ハア?」

「かわいい。まだ自覚してないのね」

 急に、三人の顔がほころんだ。

「はあ、確かにそうだったわ」

 真由がひと息ついて思い出した。

「人を愛したり愛されたりするのって、『完璧だから』『無難だから』『優等生だから』が理由じゃないよね」

「そうか」

「たしかに」

「凸凹を愛するのよね。愛せる凸凹があるというか」

 こうして、彼女たちの心臓に絡みついた妖怪「逃げ道」は触手を緩め、彼女たちの晴れやかな心から逃げ出した。

「不動金縛りの術!」

 シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「火よ在れ! 小鴉!」

 小鴉からの赤い炎が妖怪「逃げ道」を、「ちっぱい」を、「足短い」を、「一重」を、一刀両断して焼いてゆく。

「これにて、ドントハレ!」

「ドントハレってどういう意味?」と真由は聞き、ネムカケが解説した。

「なるほどね。It's a fineday, todayってとこか」

 朝日はすっかり昇っていた。

 ニューヨークの今日は晴れそうだ。



 光太郎がニヤニヤしながら、教室の窓から覗いていた。

「なんだよ光太郎! クラスに入れよ!」

「俺別にここの生徒ちゃうし。勉強は鞍馬で済ませたし」

「じゃあ帰れよ!」

 シンイチには分っていたのだ。光太郎はミヨちゃんを見に来たのだ。

 そこへミヨが登校してきた。

「おはようシンイチくん!」

 太陽のように明るい。それがミヨの魅力である。

「なんや不細工やんか」

「そこがいいんだよ!」

「何の話?」

 ミヨに聞かれたのかと思って、シンイチは顔が真っ赤になった。



てんぐ探偵只今参上

次は何処の暗闇か



予告


 まじめな生徒会会長、咲は「駅前に善意の傘を置こう」と提案。しかしその傘はほとんど戻ってこない。ショックを受けた咲に妖怪「闇落ち」が取り憑き、彼女のいいところは全部消えてゆく。善意は悪意に飲み込まれるのか。幼馴染の副会長、純一郎が取った行動とは。

 てんぐ探偵第六十九話「或る置き傘」に、ドントハレ!

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