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てんぐ探偵  作者: 大岡俊彦
五章 ふたりの探偵
69/116

第六十五話 「さわやかホール」 妖怪「木」登場



    1


    朱い仮面と黒い鳥 二人の天狗が闇を焦がす

     心の闇の奥底に たどり着くのはいつの日か

     てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



 とんび野市は東京の西、高尾山を臨む立地にある。人口二十万人と、規模の近い調布市よりやや小さい。我らがシンイチの住むとんび野町はその中心部にあり、市庁舎は駅から離れたエリアに固まっている。その中の第一会議室で、定例市議会が行われていた。

今回の議題は、竣工の始まった新しい市民ホールの名称の決定だ。

三千人を越す市民公募の中から、一位の人気投票を得たのは「さわやかホール」であった。満場一致でこれが通るだろうと思われたが、ものいいがついて話がややこしくなった。

「それはとんび野市のイメージとして、相応しいのかね」と。


 発言したのは、議長の森ノ井(もりのい)であった。どうせ来期も当選するための人気のことを気にしているのだろうと誰もが思った。またお前のイメージアップの為に、この会議を利用するつもりかと。

「でも、事前の人気投票で一位ですし」と、さかき議員が制した。森ノ井は反論する。

「とんび野市がさわやかかどうか、ではまあいいと思う。でも多目的に使用されるべき市民ホールの機能をうまくイメージに落とし込めているとは言えない。『さわやか』はそういう意味ではないだろ。木林きばやし先生、そうですね?」

「勿論、『さわやか』にそういう意味はないです」

「そうだろ。変だ」

 木林は第三者委員として呼ばれている、とんび野市在住の作家であり、城南大学の客員教授。内輪の偏りを避けるため、第三者が会議に入ることもある。市民として、作家としての言葉を求められたのだ。木林は続けた。

「名称が機能を示す必要があるとは思えません。イメージを示した愛称とか、目標を示す名称としての『さわやか』ですからねえ」

「そうか……」

「ご納得しませんか?」

「うむ。なんというかな。私の語感と合わない」

「個人の感覚はおいときましょう。主観で判断するのは政治家ではない」

 と榊が諫めた。

「たしかにそうだな。ではこれでいこうか」

「いえ。それこそ、わたしは反対です」

 と今度は榊が蒸し返した。

「どうしてだ」

「第二位の『いきいきホール』の得票数と僅差です。民意がすべてではありませんが、一位だからと言ってすぐに決めてしまっては少数意見を反映しないことになる。それこそ合議制たる議会ではありません」

「ふむ」


 話を聞いていた高木たかぎ議員が挙手した。

「では、多目的ホールの実用上の意味をこめて、『多目的さわやかホール』としてはどうでしょうか」

「……」

 誰もが黙った。そんなにいい名前とは思えない。しかし否定する材料もない。

「では私の意見を続けます」

 高木は周りの空気を察知し、微妙に意見を変えた。

「多目的、というのは曖昧でぼやけます。主な用途は演劇や音楽会、展覧会です。したがって『演劇音楽展覧会多目的さわやかホール』では」

「『主な目的』に限定するのはまずい。それこそ少数をないがしろにする行為だ」

「では『演劇音楽展覧会などの、多目的さわやかホール』で。つまり『などの』をつけ加えます」

「長くないですか」

「正確にこのホールの目的を明示していると言えます。むしろ潔く、スッキリしていると言える」


「それは正確とは言えません」

 女性議員のかつらが挙手した。

「お年寄りから子供まで、全市民に平等に利用してほしいと思います。そもそも公共施設はそうあるべきです。したがって『市民のお年寄りから子供まで利用できる』ということを冠につけた方がよいかと」

「外国人居住者はどうする」

「市民以外も利用できるはずだろう」

「そうですね。では『市民も市民以外も、外国人もお年寄りから子供まで利用できる、演劇音楽展覧会などの、多目的さわやかホール』でしょうか」

 桂は一旦この名称をホワイトボードに書き、皆に見せた。

「長い」

「しかし正確性を……」

「『すべての人にひらかれた』という意味があれば良いかと」と木林がまとめに入った。いい大人が馬鹿馬鹿しい議論をしているのに飽きてきたのだ。

「では、『すべての人にひらかれた、演劇音楽展覧会などの、多目的さわやかホール』にしましょう」

「じゃあ、ただの『多目的ホール』でよくないですか?」

「君はこの議論を聞いていなかったのかね。それでは振り出しではないか」

 森ノ井議長は苛ついた。


 偉い大人たちが、これだけ馬鹿な議論をするものだろうか。

 するのである。

 妖怪に取り憑かれていれば。

 この議会に出席している人全員に、妖怪「木」が取り憑いている。木の形をした妖怪である。そしてそれは誰にも自覚がない。

 だからこの議論は、妖怪たちにどんどん曲げられてゆく。


   2


「そもそもこのホールは、商工会議所から多額の寄贈を頂いて着工にこぎつけたのです。『商工会寄贈』を名称に入れてはどうですか」

「特定団体に利益をもたらすことになるでしょう」

「名誉であって、利益は生まないと思いますが」

「たかが商工会でしょう? 入ってない店はないですよ」

「新しく出来る店が入らないかも知れない。その時その店が不利になるでしょう。新規参入をはばむ障壁になる可能性がある」


 もう一人の女性議員、白樺しらかばが挙手した。

「そもそも、『さわやか』が嫌いな人がいるかもしれません」

「と、いいますと?」

「嫌悪感に配慮しなければなりません。代案として『まろやか』はどうでしょう」

「なるほど」

「しかしそれでは演目に鋭いものが入れなくなる」

「確かに」

「『エクストリーム』なら?」

「英語は避けるべきでしょう。ガイドラインにもあります」

「必ずしも超越したものが素晴らしいとも限らないし」

「配慮が欠けていると感じます」

「皆さん生き生きしてほしいという意味で、『いきいきホール』ではどうでしょう? 人気投票二位を獲得していますし」

「良いですね」

「しかし『さわやかホール』の得票を無視するので?」

「では『さわやか&いきいきホール』では」

「二番目に来る言葉の方が重要な気がする。『いきいき&さわやかホール』がいい」

「良いですね」

「では皆さんの意見を吸い上げますと、暫定で……」

 榊がホワイトボードに名称を整理した。

「『すべての人が利用できる、演劇音楽展覧会などの、多目的さわやか&いきいきホール』」

 一同、どや顔で大きくうなづいた。

「商工会議所に配慮が足りないな」と高木が蒸し返した。

「その議論は終わったと思いましたが」と桂が釘を刺す。

「しかし市民政治というのは、大多数が幸福にならねばならない。多く働いた人が多く報われることを疎外するべきではない。共産主義じゃないんだから」

「それで言うと、クラーク社さんに多大なる寄付も二番目に頂いています」

「では『商工会議所クラーク寄贈、すべての人にひらかれた、演劇音楽展覧会などの、多目的さわやか&いきいきホール』で」

「テンよりナカグロがいいかと」

「『商工会議所クラーク寄贈・すべての人にひらかれた、演劇音楽展覧会などの、多目的さわやか&いきいきホール』」

「良くなった」

「あからさまだな。やはり特定団体の名前は良くない」

「クラーク社さんの方が建設の請け負いもあるので、『クラーク商工会寄贈』では?」

「名称が長いので、『ク商す演音展な多さ&いホール』でどうでしょうか」

「&はいらないのでは」

「『さわやか&いきいき』は略さずに戻そう」

「では、『ク商す演音展な多さわやか&いきいきホール』で」

「うむ。議論の成果が出たな。すべての意見が反映されている。素晴らしい」

 皆が満足しかかったその時、榊議員が挙手した。

「そもそも私が議題にしたかった件ですが」

「?」

「得票数三位の『けやきホール』も中々いいと思うんですよね」

「なるほど。けやきはとんび野市の市樹でもありますね。ふさわしい」

「では、『ク商す演音展な多さわやか&いきいき&けやきホール』で良いので?」

挿絵(By みてみん)


   3


 高木議員は、実のところクラーク社から莫大な献金を得ている。今回の施工をクラーク社に決めたのも高木だ。次の中央病院建て替えもクラーク社に内定している。だからクラーク社の名前も、どうしてもホールの中に入れなければならない。

「『ク商す演音展な多』という略称は分りにくいな。『クラーク商工会寄贈・すべての人にひらかれた』の方が分りやすかったな」

「しかし名称が長くなってしまいます」

「それは私も同感だ。いっそ何かを削ってみてはどうか。そうだな。色々削って『クラークホール』でどうか」

「なんでですか!」

 全員が突っ込んだ。

「そもそも『さわやか』の名称が議論の種だ。それを省いてはどうかという提案だ」

「だからと言って省きすぎでしょう。各方面に目端が利いている名称とは思えません。特定企業への利益供与を疑われます」

「たしかに。露骨すぎたか。では『クラークさわやかホール』かな」

 誰もが黙った。高木はこれで決まりだと、悦に入っていた。


 それよりも、木林客員教授は、自分の浮気が妻にばれやしないかと、さっきから頻繁に来るラインのメッセージに戦々恐々としていた。教え子の女子大生と浮気していたのが、どうやらばれたらしいのだ。しかもややこしいことに、この「さわやかホール」の命名をしたのは、その浮気相手の女子大生のようなのだ。名前は公表しない方針なのだが、手元の資料にはとんび野市在住を示す彼女の住民票がある。その名前を見て、木林はさっきからそればかり気にしていたのである。

 木林は文学部の教授であり現役作家であり、それ故にこの第三者委員に名を連ねている。常々「ことばは人の心を動かすべきだ」などとお題目を語り、それで女子大生に尊敬の目を向けられている。しかし自分の愛人の作品がこの「さわやかホール」だって? 彼女の意図が分らない。褒めてほしくてこれを出したのか?

「私も反対ですな。『さわやか』は平凡だ」

 木林は、顔をスマホから上げて発言した。

「いかにもありそうで詰まらない。このダサさは、市民の失笑を買うだろう」

「では第二候補を繰り上げますか。『いきいきホール』に」

「それもちょっとなあ……」

「言葉なんて、個人個人の感性でしょう?」

「それでも全体としての傾向はあります。そうでなければ大勢の人に向けて効く言葉と効かない言葉があることを説明できない」

「なるほど。では『けやきホール』の繰り上がりで?」


 桂議員が挙手した。

「そもそも私、『さわやか』が嫌いなんです」

「はい?」

「だって、ローマ字表記が『SAWAYAKA』になりますよ? Aばっかじゃないですか。なんだか格好が悪いわ」

「全く気付かなかった。新しい観点だ」

「たしかに。気味が悪いわ」

「第二の『いきいき』も『IKIIKI』とIばっかりですね!」

「なるほど! 木林先生はこのことをおっしゃっていたのか!」

「あ。……はあ。まあ」

 そんなの本当にどうでもいい。喉から出かかったが、木林は「さわやか」を潰せれば、なんでも良かった。

「では木林理論にもとづいて、『KEYAKI』を繰り上げます!」

 ああ。木林理論になっちゃってるよ。

「『ク商す演音展な多けやきホール』で」

「やはり長い」

 森ノ井議長は反論する。

「通称けやきホール、正式名称『ク商す演音展な多けやきホール』でどうか」

「玉虫色の、政治家らしい決着ですな」

「私はクラークを入れるべきかと」

「まだ言ってるのかね! いい加減にしたまえ!」

「さわやかが良かったなあ」

「だから嫌いだって言ってるでしょ!」

「ローマ字表記が……」

「そもそも原型がどこにもないじゃないか! これで公募といえるのか!」

「個人の感性が」

「早く決めてしまいましょう。議論はつくした」

「いや、まだ始まったばかりだ」

 誰も引っ込みがつかないことを自覚していた。しかし誰が「すみませんでした」と謝ることもしなかった。ケチをつけた癖に代案にろくなものがない。良いものを作る為の議論ではなく、「引っ込みがつかなくなった為に着地点を探す議論」になっている。目的がそうなのだ、引っ込みがつくまでやるしかない。それは全員の妥協点を発見する探索である。それが出るまで、この会議は木にまみれたジャングルを歩き続けるしかない。妖怪「木」は彼らの心の闇を吸い続け、巨大な森へと成長してゆく。森が迷路になるかと思われた頃。


 ガラリ。


 天狗の面をつけた少年が乱入してきた。

「あなたたちは全員、妖怪に取り憑かれてる! それは妖怪『木』!」

「木?」

「そのせいで、あなたたちは『木を見る』しか出来ないんだ!」

 少年は懐から大きな鏡を取り出し、皆を映した。

「これが妖怪『木』だ!」

「うわあ!」

 黄色。紫色。赤。ピンク。およそ木の色とは思えない、毒々しいサイケな色使いの「木」が、皆の肩から生えていた。



「つまりどういうことだ?」

 森ノ井の問いにシンイチは答えた。

「木を見て森を見ず、ってことなんじゃん?」

 木林が言う。

「つまり我々は視野が狭く、細かい部分に拘泥していて、全体が見えてないってことか?」

「多分そうだね! で、なにこれ?」

 シンイチはホワイトボードに書かれた、「ク商す演音展な多けやきホール」という、訳の分からない呪文を指さした。

「今度出来る市民ホールの名前を、我々は議論していたのだよ」

「ええー、意味が分からないよ。『とんびホール』でいいじゃん」

「あ」

 シンプルで親しみやすいその名前に誰もが納得した瞬間、全員の妖怪「木」は滑り落ちた。

「なるほど。それは覚えやすいし、ど真ん中のネーミングだ」

「子供の発想力はすばらしく柔軟だ」

 シンイチはいまひとつ納得いかない。

「どこがだよ? ふつうだろコレ! なんでこれが妖怪退治なんだよ!」

 納得のいかないまま、九字の印を切る。

「臨兵闘者皆陣烈在前! 不動金縛りの術!」

 シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「一刀両断! ドントハレ!」

 こうして極彩色の森、妖怪「木」は炎に包まれ、清めの塩となった。


「凡人がどれだけ考えても、視野狭窄が起こる。子供のように純粋に、素直に物事を見ないとですな」

 木林が言い、皆は感心し、うなづいた。

「なんで大人は逆に、一発で素直になれないの?」

 とシンイチは聞く。高木はそっぽを向き、木林も目を合わせなかった。

「複雑な心に、妖怪は取り憑くものじゃ」

 とネムカケが締めた。

 シンイチは仕事をした気にならなかったが、表彰状を受けることになると言われて、とりあえず喜んだ。



    てんぐ探偵只今参上

    次は何処の暗闇か



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