第六十四話 「鬼子母神の娘」 妖怪「妖怪」登場
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朱い仮面と黒い鳥 二人の天狗が闇を焦がす
心の闇の奥底に たどり着くのはいつの日か
てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る
「妖怪」。
そう呼ばれる女がいる。
生き馬の目を抜く芸能界で、熾烈な過当競争を生き抜く為、芸能マネージャーたちはしばしば権力闘争をくり広げることがある。といってもヤクザのように実弾や日本刀を振り回す訳ではない。彼らの武器は、「人気者」だ。
ウチの人気者をもうあなたの所には出しませんよ、という鞭。
ウチの人気者を、あなたの所に出すのはこれが特別ですから、という飴。
この二種類の武器を使って、芸能事務所は有力者とつながりを深めていく。有力者も人気商売だ。人気者とつながる方がいいし、ライバル会社に人気者を持っていかれると困る。持ちつ持たれつの腹芸の世界。それが芸能界で生き抜くコツだ。
その中でも古参芸能事務所「ジュエリー」は、女社長ジュエリー吉川が、女手ひとつで立ち上げた男性アイドル専門の事務所だ。美貌だった彼女は、仕事を得る為なら政治家にでも犯罪者にでも抱かれた。少しずつ彼女の子飼いを増やしてゆき、実力もルックスも定評のある「ジュエリーブランド」をつくることに成功、以来五十年芸能界の妖怪として君臨しつづけている。
彼女に逆らったら干される。だから皆彼女の機嫌を取る。しかし彼女は生半可な機嫌取りには応じない。五十年も機嫌を取られつづければ、機嫌取りにすら嫌気がさす。そんなものには彼女は興味がない。興味があるのは、ダンスが切れて、歌がうまくて、神々しいルックスをもつ若い男たちだけである。
その「妖怪」を母に持つことを、どう形容して良いか分らない。
年老いてなお眼光鋭い、「芸能界を裏で牛耳る妖怪婆」と暮らし、同じ事務所で働き、芸能マネージャーの世界しか知らない吉川美也子は、裏方の世界で「妖怪」の仕事ぶりを間近で見てきた。
美也子は娘だから副社長、そう陰口を叩かれないように、立場に胡坐をかかなかったつもりだ。「妖怪の娘」「小妖怪」と言われるのが嫌だから、極めてクールに、常識人のふるまいをしてきた。今は昭和やくざの世界じゃない。芸能界はクリーンで、誰からも後ろ指をさされない、明朗な世界であるべきだ。妖怪の跋扈するじめじめした暗闇であってはならない。
「ウチの外井のスクープ、差し止めさせてもらいますけど、良いですよね?」
事務所の社長室で、「妖怪」がにこやかな声のま、電話越しに出版社にナイフをつきつけていた。「妖怪」が脅しに来るときはワントーン高い笑顔。これはこの業界の常識だ。電話の向こうの相手は、さぞ震え上がっていることだろう。逆らえば東京湾にコンクリート詰め。マグロ漁船。内臓を取られる。そういう直接的な脅しの方がよっぽどましだ。「妖怪の笑顔」は、心に来るのである。
「しかし……外井が女子高生を妊娠させ、堕胎を強要したのは事実なんでしょう? それは夢を売る仕事の人間としてどうなんでしょうね」
相手はひるまなかった。外井の女遊びの噂は有名だ。嫉妬も彼の動機だったのかも知れない。嫉妬でざまあみろと言いたい男達が、彼の背後に百万人いる。しかし、外井に夢を持ちたい女は、一千万人いる筈だ。
「人間だから間違いも犯します。普通の人なら謝罪もすればそれで済みますが、夢を売る人間が一度傷つけば、一生生きてゆけないでしょう」
「そんなの、詭弁だ」
「ではこうしません?」
出た。妖怪の必殺技だ。取引を持ちかけるのだ。
「おたくの出版社の記事、及び親会社のテレビ局に、今後一切ウチの事務所から出さないことにします。名誉棄損でおたくに損害賠償を請求してもいい位だわ」
「じゃあ裁判でもなんでもすればいい」
「いいでしょう。テレビ夕日さんに、外井を含むロックスのレギュラー打診されてたけど、そこにカミングセヴンもつけようかしら。十三人のレギュラーで、人気爆発ね。裏番組のおたく、スポンサー離れが激しいんですっけ? 一記者の正義が、親会社を傾けることになりかねないとは、嫌な時代ですわね」
「……」
「私たちは、夢を売るのよ? こういう時代じゃない? 現実を見てても辛いだけ。ひとときの夢で元気になってもらいたいの。ロックスとセヴンだけで、日本の女子何千万人がつまらない仕事を我慢できてると思って? あなたは日本を傾かせるおつもり?」
「……」
「そういえば、おたくの兄弟誌の『テレビジャーニー』には、カミングセヴンの特集頼まれていたわね。楽屋裏にカメラ入るのを許可しますわよ」
「……取引ですか」
「取引です。そうまでして、私たちは夢を守るのよ?」
ジュエリーはあくまで笑顔を崩さない。しわしわの顔に派手なメイクを乗せた風貌が妖怪なのではない。この立ち回りこそ妖怪だ。美也子は、自分の母親ながら、仕事をしている彼女が恐ろしい。この人を敵に回すのは恐ろしいことだ。
「ご担当の方のお名前を伺ってよろしいかしら。コンサートの特別席をご用意いたします。意中の女性とどうぞ。私たちが組めば最強でしょう?」
懐に入るのが速い。妖怪はおどろおどろしく脅すのではない。懐に入るのだ。
やはり、美也子はこの小さなしわしわ婆が、人の形をした妖怪に見えてきた。
美也子は外の空気を吸いに出た。東京・六本木は空気すら瘴気に満ちている気がする。「妖怪」はあの一匹ではない。あのビルにも、あそこのビルにも、へばりつき、生息している。自分はこんなところで何を目指しているのだろう。ため息をついた美也子に、後ろから声をかける者がいた。
「あなた、妖怪に取り憑かれていますよ」
「は?」
朱い天狗の面をつけた、我らがてんぐ探偵シンイチである。
「妖怪『妖怪』。……かわった名前の妖怪だなあ」
2
「妖怪『妖怪』? いったいどういう事よそれ?」
喫茶店で、美也子は天狗面の少年と、烏天狗の面をつけていた少年の二人に話を聞いていた。店の外ではお供の猫と烏が、六本木通りの猫たちとたわむれている。
鏡にうつる妖怪「妖怪」は、派手な赤にピンクに緑にオレンジが混ざった、肉だるまのような体にぎょろりと目を剥いていた。人間の形をしていないのが不安にさせる。
「うーんとね、人を人だと思えず、『妖怪のようだ』と思ってしまう心に取り憑くんだね!」
天狗面を取った少年――シンイチは説明をはじめた。
「ちなみに鏡に映ったこの妖怪は、オレら以外には見えてないから安心して!」
「安心も何も、こんなの他人がみたらパニックよ。いや、ハロウィンにしては良くできてる、ってこの魔界ならスルーされたりして」
「それより、『人が妖怪にしか見えない』って、心当たりある?」
「あるもなにも……」
美也子は、テーブルの上の週刊「文秋」を広げた。「芸能界の裏首領」と特集されたモノクロ写真の人物に、光太郎がとびついた。
「ジュエリー吉川やん! 芸能界の妖怪って言われてるやんな! 悪どい手口、やくざすれすれの脅し、甘い飴もつけてくる、三百年生きとる妖怪ババア!」
「光太郎もミーハーだねえ」
「あったりまえやんけ! 東京ってそういう街やんか!」
はあ、と美也子はため息をついた。
「私の母なんです」
光太郎は、口に含んだコーラを吹いた。
「チョコちゃん! おいでチョコちゃん! 餌の時間よ!」
飼っているチワワに、ジュエリー吉川は餌を持ってきた。ジュエリー事務所の稼ぎの額の大きさを、渋谷区松濤の大豪邸の広さが物語っていた。
その様子を、天狗のかくれみのを被り透明になったシンイチと光太郎、ネムカケと罵詈雑が観察している。
「別に、ふつうのちっちゃいおばあちゃんじゃん」
「そうか? アレは人をあざむく仮の姿かも知れへんで? ようあるやん。ボスが可愛がってた猫とかを、突然ワニの水槽とかに放りこむやつ。そんなんかも知れへん」
「ワニの水槽なんてないし!」
「いやいやポチッとスイッチ押したら床がパカッとあいて、下はワニ達がおって……」
「いまだにそんなポチってシステムないよ。全部スマホかも知れない」
「げえっ! スマホで床パカッとあけるんか! どんなスマートな極悪人や!」
「漫才をしてる場合ではないぞ」
「阿呆!」
お供のネムカケと罵詈雑がたしなめ、美也子を指さした。
「なに?」
「見よ、美也子どののうろたえぶりを」
美也子は先ほどから緊張し、部屋の隅で直立不動のまま立ち続けている。
「美也子」
「は、はいっ」
美也子は声が喉から出ていなかった。上ずった声が元に戻らない。
「チョコちゃんの食べ残し、片づけといてね」
「は、はいっ」
皿を受け取った美也子は、北朝鮮の軍隊ばりに両手両足をまっすぐ伸ばし、行進の姿勢で台所へ消えた。
「実の母親じゃろ? やっぱり不自然じゃわい」とネムカケが観察する。
「たしかにウチの母さん怖いけど、オレはあんなに緊張することはないなあ……」
美也子の部屋(五十畳)で、シンイチと光太郎は、再び美也子に話を聞くことにした。
「怖い……母親が怖いの……」
美也子はガタガタ震えていた。肩に取り憑いた妖怪「妖怪」は、昼間より大きくなっていたようだった。
「あの優しい笑顔は、妖怪だと知られたくない為の演技なんじゃない? 本当は彼女の血は緑色なのよ! 昔包丁で指切ったとき、絆創膏貼ってごまかしてたわ! 緑の血を見せない為に!」
「落ち着いてよ。絆創膏貼るのはフツーでしょ」
「ダメよ! 一度妖怪だと思ったら、妖怪にしか見えない! 子供のころ頭撫でてほめてくれたのも、女子高通うとき毎日お弁当つくってくれたのも、妖怪だとばれない為の偽装だったのよ!」
ネムカケがつぶやいた。
「パニックになっておるな。見ろ」
「妖怪が急に膨れ上がってるし!」
美也子の肩の妖怪は、彼女の負の心を吸収したのか急激に成長してゆく。肩の上では収まらない。ぼとりと床に落ち、大型犬のサイズに膨らみ、見る見る天井に届く大きさとなった。この先に待っているのは、心を吸い取って枯らし、子を産み、増えていくこと。
「おちついて。美也子さん、人は妖怪じゃない。分るね?」
「分ってはいるわよ。頭ではね。でもあの女は妖怪よ!」
頭で分っていても、心がいったん恐怖や疑心暗鬼にとらわれたら、その「負」がループする。これが「心の闇」が人に巣食う原因だ。
シンイチは必死で考える。
「『人はほんとうはやさしい』って分らないと、この心は晴れないのか?……」
イライラした光太郎が叫んだ。
「アホか! そんな悠長なこと言うてる暇ないやんけ!」
「阿呆! 阿呆!」
罵詈雑も唱和する。
「アホってなんだよ!」
「こんだけ妖怪が大っきなってたら、まず斬るんや!」
光太郎は火の剣、大鴉を抜きざま、妖怪「妖怪」を斬りつける。瞬く間の抜き打ちであった。じわりと炎が妖怪に広がり、清めの塩へと変えてゆく。しかし美也子の心に残った「株」はそれを中心にじわじわと復活し、再び赤とピンクと緑とオレンジの混じった、肉団子に戻っていく。
「そんなことしたって無駄だろ! 心が負にとらわれている限り、根っ子は残る! また『生えて』くるんだ!」
シンイチの反論に、光太郎は切れた。
「でも事実、苦しめられとるんや。ちょっとでも楽になったら、落ち着く余裕も出て来るやろ!」
「そんなの気休めだろ!」
「じゃあ、どうせいって言うねん!」
「お前は強引だ!」
「お前は頑固や!」
こんな時、いつものシンイチなら、皆があっと驚く方法を思いつく。しかし今日に限ってさっぱりシンイチにいいアイデアが浮かばない。「人は妖怪じゃなくて、本当は優しいんだ」って気づく方法?
ちょっと待て。じゃあ妖怪は恐ろしくて、ずるくて、悪いやつらばかりということになってしまう。そうじゃないだろ。大天狗も、ネムカケも、河童のキュウも、ぬらりひょんも十天狗も、そうじゃない。シンイチは友達になれた。人間となんら変わらないじゃないか。
――あれ? 人間と妖怪って、何がちがうんだ?
「真向唐竹!」
シンイチが考えこんでいる間に、我慢できなくなった光太郎は大鴉を振るい、復活しつつある妖怪の足を、再び一刀のもとに両断した。大鴉の炎は再び妖怪を包み、清めの塩へと変える。光太郎は美也子の肩を掴み、揺さぶった。
「アンタは疑心暗鬼にとらわれとるんやで! それが原因やって、何で分らへんねん!」
しかし彼女の肩口に残った妖怪の「根」から、妖怪「妖怪」は三度再生する。
光太郎は鞘に収めた大鴉を、再び抜きつけに斬り上げ、三度妖怪を彼女から切り離す。
しかし、じわりじわりと再生は終わらない。
「ちっくしょう! キリないやんけ!」
「だから言ったろ! 根本的に何かが変わらないとダメなんだって!」
「根本的にって何やねん! 付け焼刃でも、とりあえず、言うのが大事やろ!」
「……光太郎のそういうやり方、ぬるいとオレは思う」
「なんやと!」
二人がケンカする間にも、じわりじわりと妖怪は再生してゆく。じきに元の肉団子を取り戻すだろう。
光太郎は腰のひょうたんから千里眼を取り出し、印を結んで広目天真言を唱えた。
「オン・ビロハキシャ・ナウギャ・ヂハタエイ・ソワカ」
金色の遠眼鏡を覗き込んだ光太郎は叫んだ。
「うわ! こら最悪や! シンイチ、見てみいや! こういうことなんや!」
光太郎は千里眼をシンイチに渡した。
「?」
「彼女の見た目で見えるようにしてみた。彼女の目線で、世界を見てみいや」
「……うわ!」
千里眼を覗いたシンイチは腰をぬかした。
まるで百鬼夜行だ。周囲はおどろおどろしい妖怪に満ちている。髪の中に割れた口を持つ女、目が百個ついている男、巨大な黒い怪物、腕が六本ある男……
「彼女には、他人はこう見えとるんや今!」
そりゃこわいよ。シンイチは、はじめて彼女の気持ちが分ったような気がした。
こんな恐ろしい妖怪たちが、優しいと信じろだって? 無理だろ。大体、こんな恐ろしいものの中に、心などあるのだろうか……
「シンイチ、闇を覗くときは……!」
ネムカケがシンイチの心に勘付き、諭した。
「……そうだ、闇もこっちを覗いている! 深淵にとらわれちゃ、いけない」
シンイチは、はじめて「心の闇」にとらわれた時のことを思い出していた。絶望。あせり。孤独。希望の見えない闇の中。無知ゆえに命を絶つことを防ぐ為、シンイチはてんぐ探偵になったのではなかったか。
「でも、じゃあどうしろって……」
ブルル。美也子のスマホが鳴り、発信者の名を確かめた瞬間、彼女の妖怪が小さく縮んだ。
「?」
「いま、縮んだぞ!」
シンイチはとっさに千里眼を覗いた。闇をゆく百鬼夜行の中に、光が差したように天使が一人いた。
「あの人……誰だっけ。えっと、芸能人にいたような気が……」
シンイチは芸能界にあまり明るくない。自称ミーハーの光太郎が、千里眼を奪った。
「アホ! アレ、カミングセヴンのドージュン、堂塚順やんけ!」
3
西麻布の地下レストランで、ドージュンこと堂塚と、美也子は会っていた。
テーブルの上でつながれた二人の手を見て、小学生であるシンイチにも、二人の仲は分った。
「恋人同士ってこと? ……だから妖怪の中から、彼だけ人に見えたのか……」
二人と二匹は、再びかくれみのの中から彼らを観察している。ミーハーな光太郎はテンション上がりっぱなしだ。
「マネージャーとメンバーの恋なんて、格好のワイドショーネタやんけ! てんぐ探偵やっててよかったわあ!」
しかし二人に比べて、堂塚の切り出した話は深刻だった。
「芸能界を辞めたい」
という話だったからだ。
美也子は慌てて説得する。
「何を言ってるのよ。カミングセヴンはこれから先輩のロックスに追いついて、国民的アイドルに化けようって時じゃない!」
「結婚したいんだ。きみと」
「はああああああ?」
美也子は天にも昇る思いだった。しかし仕事の鬼が彼女を冷静にさせる。
「そんなこと通じる訳ないじゃない! 世間が許さないわよ! カミングセヴン解散になっちゃう! 今空中分解するわけにいかない!」
「七人の中で俺が一番人気がない。歌もヘタだ。とっさに面白いことも言えない、演技もできない」
「何を言ってるのよ! あなたには至高のダンスがあるでしょう!」
美也子は堂塚の両手を握り、目をそらした彼を励まそうとした。
「そのことなんだけど……」
堂塚が切り出そうとしたその瞬間、フラッシュが焚かれた。
週刊文秋の記者だった。
「ちょっと! 文秋の人ね? ウチの社長と手打ちはついたんでしょう?」
「それはロックスの外井の件でしょ? セヴンとなったら話は別だ。なんせスキャンダルは今までなかったんだから!」
美也子は記者の手をつかもうとしたが間に合わなかった。
「不動金縛り!」
と、シンイチが記者の動きを止めた。
「アカン! このデジカメ、ネットに連動してるタイプや! さっきの写真……もう編集部に届いとるぞ!」
シンイチは不動金縛りを仕方なく解いた。
記者は走って店を出ていった。
「……」
美也子の肩の妖怪が、突如巨大に膨れあがった。
地上に出た彼女は、文秋の編集長に直接電話をした。
「ジュエリーの吉川です。小妖怪の方です」
「ご冗談を。美人副社長が何をおっしゃいます」
「カミングセヴンの堂塚と……私の件ですが」
「先ほど写真は見ました。やっちまいましたね」
「止めてください」
「そりゃあ無理な話です。三百万部は固い、格好のネタだ」
「ではジュエリーのタレント、全員引き揚げます。テレビ夕日には、ロックス、セヴン、ネクストエイトの二十一人をレギュラーとして渡すことにします」
「おやおや。……大妖怪よりもエゲツナイ手段だ」
「堂塚を守る為なら、なんだってしますよ。ゲンオン事務所の若い女優とウチのタレントの熱愛情報をライバル誌に渡して、ゲンオンと組んでおたくを窮地に追い込みましょうか?」
「恐ろしいことをおっしゃいますな」
「首相のスキャンダルを元日報道でつぶした件も、流しましょうかね」
「……あんた、鬼だな」
美也子の表情はまるで鬼神だ。肩の妖怪は、恐ろしい顔のまま巨大に膨れ上がってゆく。
「シンイチ……お前が悠長に構えとるから、彼女はホンマモンの妖怪みたいになってしもたやないか!」
光太郎はシンイチを非難した。
「お前は、妖怪の誕生を手伝ってしもたんやぞ!」
「……」
彼女の形相は大天狗が怒ったより恐ろしかった。妖怪と呼ばれた母よりも、火の出るような苛烈さであった。
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「私があんなこと自分で言うなんて……」
冷静に戻った美也子は、自己嫌悪に陥っていた。
どぎつい色に成長した妖怪「妖怪」はベたりと背中にのしかかっている。
「妖怪は、私そのものよ」
彼女は鏡で自分を見た。取り憑いた妖怪は、本人には鏡に映って見える。
妖怪「妖怪」は世にも恐ろしい顔をしていたが、彼女には自分の顔がそれと同じに思えた。
「鬼子母神やな」
光太郎が呟いた。
「鬼子母神って……?」
シンイチが尋ねた。
「正しくは鬼子母神って発音やけどな。昔のインドの神様で、五百人の子供がおって、その子らを食べさせる為に、その辺の子供を一日千人殺しまくって食べさせた、恐ろしい魔神や。お釈迦さんに一人の子供を隠されて半狂乱になって、『お前たった一人隠されただけで悲しむんか。一日に千人殺すくせに、その親のことは考えへんかったんか』と諭されて、自分の罪に気づいたっちゅう話や」
「……つまり?」
「人は、大切なもんの為なら、鬼にでも妖怪にでもなるってことや」
「そうか……」
シンイチと美也子は、同時に同じことを言った。
シンイチは言った。
「人も妖怪も、ちがいはないんだ。やさしい面もあれば、恐ろしい面もあるだけだ。人だけがやさしくて、妖怪だけが恐ろしいって訳じゃない。同じ人の中に、菩薩も鬼も住む」
美也子は言った。
「恐ろしい妖怪になるのは……大切な人を守る為?」
「せやろな。ロックス、カミングセヴン、ネクストエイト、他にもジュエリータレントって、研修生含めたら千人ぐらいおるんやろ? それだけちゃうぞ。事務所がつぶれたら路頭に迷う人らがいっぱいおるやろ。たとえば……」
美也子は自分を指さした。
「私」
「せや」
「母は……皆の為に妖怪に?」
「刃物を振り回すときはな」
光太郎は大鴉を抜いて構えた。
「相手を人やと思ったら振り抜けん。鬼や妖怪や、ただの据え物切りと思わんと、太刀筋が曲がる」
ヒュンと鋭い音を立てて、光太郎は大太刀を地面まで降り下ろして見せた。
「その瞬間に、人も妖怪もない」
そこへ堂塚がやって来た。
「話の続きをしたいんだけど……。あの、引退ってのは、俺、十字靱帯の古傷がもうボロボロでさ、もうダンスダメだってことを言おうと思ってさ」
「ええ?」
「隠しててごめん。でももう俺も来年三十だ。体が動かなくなっていく。だがら後輩を育てて、ジュエリー事務所を大きくすることをしたいんだ。ダンスのコーチが足りないしね、ウチは」
「……そんなことを考えてたの?」
「もちろん、レッスンはビシバシやるぜ。その為には、鬼コーチにでもなって嫌われてやるさ」
「ああ!」
美也子は思わず声が漏れた。ここにも、鬼子母神がいたのか。
「……人は、大切な人の為に妖怪になるのね」
美也子は母に、電話をかけた。
「お母さん、今日まで育ててくれてありがとう」
「はあ? 突然、なにを言ってるんだいこの子は」
「あの……」
「何? 私は忙しいのよ」
知ってる。それは、大切な人たちを守る為。
「……突然なんですが、お母さんに会わせたい人がいるんです」
「はい?」
「プロポーズされたんです」
「はあ?」
「私の一番大切な人に、会ってください。私は、彼を守りたいの」
こうして、美也子の肩の妖怪「妖怪」は、心の根ごと、ずるりと彼女の肩から落ちた。
「よっしゃ今週は俺様が締めたるわ! 臨兵闘者皆陣烈在前! 不動金縛り!」
光太郎は、烏天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、烏てんぐ探偵である。
「火よ在れ! 大鴉!」
黒曜石の刃から、紅蓮の炎が燃え上がった。
「真向唐竹!」
鞍馬流の一太刀で、膨れ上がった巨大妖怪は真っ二つとなった。大鴉の炎が竜巻のように包み込み、妖怪を清めの塩へと化してゆく。
ばらばらと落ちた塩は、その場に山盛りの盛り塩をつくった。
突然道端に現れる謎の盛り塩は、てんぐ探偵が妖怪を斬った跡かも知れないと、シンイチは思った。
「めでたしやん!」
「光太郎」
シンイチは光太郎に言った。
「ごめん。ぬるいとか、ひどいこと言った。グズグズしてたらダメなことも、あるよね。オレは根本的に人の心を治そうとしてさ……」
「分ったら、それでええんや」
光太郎はドヤ顔で言った。
「でもシンイチのやり方の方が、ホンマはええんやで? 付け焼刃は、しょせん付け焼刃や。でも緊急事態ってのもある。ケースバイケースやろ。まあ、関西人はみんなイラチやからな」
「イラチ?」
「さっさとせえや、ってすぐ怒るってことや」
「それ、テレビで見た! エレベーターが来ないときにボタン連打するの、関西人だけなんだって!」
「うそやん。みんなやるやろ」
「しないよ」
「するやろ!」
「しないよ!」
「するやろ!」
地下鉄の地上階エレベーターのボタンを連打しながら、光太郎は周囲の人を見ていた。
妖怪は妖怪。人は人。そもそもそう差別していた自分の心の未熟さを、シンイチは知った。人と妖怪は同じ所から出発しているのかも知れない。
そしておそらく、「心の闇」も。
てんぐ探偵只今参上
次は何処の暗闇か
予告
とんび野町に新しく出来る市民ホールの名称を巡って、とんび野市議会は喧々諤々。市民投票で選ばれた「さわやかホール」は、どんどんヘンテコな名前に改称されていく。それは市議会議員たちに取り憑いた妖怪「木」の仕業だった……!
てんぐ探偵第六十五話「さわやかホール」に、ドントハレ!




