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てんぐ探偵  作者: 大岡俊彦
五章 ふたりの探偵
67/116

第六十三話 「人生で最高の温泉」 妖怪「プランB」登場



    1


     朱い仮面と黒い鳥 二人の天狗が闇を焦がす

     心の闇の奥底に たどり着くのはいつの日か

     てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



 辻本つじもとはため息をついた。

 時刻はもう深夜に入っており、徹夜続きで風呂にも入れずキツイ臭いを放っている自分の体に鞭打ちながら、最後のひと作業を仕上げなければならなかった。

 辻本(いさお)は、この業界では中堅ベテランに入る三十二歳だ。華麗なるテレビドラマ界の監督を志望して制作会社に入ったものの、監督になれるのはごくわずかな人だけで、チャンスが回ってこないまま年令は大台を迎えた。三十になった途端、体がきつくなった。二十代の頃は三徹サンテツ(三日三晩寝ないで仕事)してもなんともなかった。今一徹(イッテツ)すると体がダルくなる。

「四十代になると、徹夜したら次の日に仕事が出来なくなるぜ」と先輩のチーフ助監督郷田(ごうだ)に言われたが、そんなのまだ想像すら出来ない。

 ドラマのAD、アシスタントディレクターという仕事は、要するに何でも屋である。監督が現場に必要なものを、事前になんでも用意しておく。その場でかき集めると現場が止まるから、事前に用意しておくのである。

 だから、アレが欲しいと言い出す「かも」知れない、コレはないのか、と言い出す「かも」知れない、とつい考えてしまう。監督の演出が理解できていれば、用意するものはひとつで良い筈だ。しかし監督は自分ではないから、ほんとうに何が必要なのか、辻本には分らない。結局、あれもこれも、全部用意する羽目になってしまう。「そんな一杯用意するなんて演出が分ってない」と怒る監督はまれで、「いっぱいあって迷うなあ」なんてヌルイ監督の方が多い。今回の井口いぐちスグル監督はどういう感じの人か、辻本はまだ掴みきっていない。


 「プランB」という言葉がある。たとえば小道具にライターが欲しいとき、それが高額ジッポのライターなのか百円ライターなのかで、持っている人物の性格や暮らしを想像させることが出来る。だから小道具ひとつ用意するにしても辻本はプランA(本命)を用意しながら、プランB(対抗馬)、プランC(穴)、プランD(他の考え方)、プランE(更に別の考え方。マッチにするとか火炎放射器にするとか……)を考えなければならない。

 今日深夜までかかって辻本一人が用意している「プランB」は、「もうひとつのロケ地」である。ドラマの中の男女が、出来たばかりのファッションタウンでデートする場面の撮影が明日ある。だが、「雨が降ったとき」に備えて、屋根のあるロケ地を確保しなければならない。ここは明日休みのレストランで、辻本はここを「プランBのロケ場所」として手配したわけだ。「抜けるような青空で、二人の気持ちが開放される」と台本にはあるが、雨が降ってはその気持ちも表現できない。撮影を延期できればいいのだが、人気女優泪沢(るいざわ)セシルのスケジュールが明日しか取れておらず、撮影日をずらす訳にはいかない。

 明日晴れれば問題ない。しかし雨が降ったら? このプランBの場所で、カメラを外に向けることなくデートシーンを撮らなければならないわけだ。

 この場所を探すのに三日かかった。ここだと思ってほっとしたのも束の間、巨大な自動販売機が背景に写りこんでしまうことが分った。メインスポンサーの鳳凰フェニックスビールのライバル、夕日ゆうひ飲料の自販機であった。写すわけにはいかない。こうして辻本は、使うかどうかも分らないロケ地の、写っては困るものを隠す為に、このレストランに似合う目隠し用の深紅のビロードカーテンを、明日までに探し当てて吊っておかなければならなくなったのである。

 俳優や女優を集め、ドラマを撮影するA班に対し、このように同時進行で準備をするのをB班と呼ぶ。辻本はB班のエースで、いまだ一度もA班に参加したことはない。


 目を開けるとそこは準備の終わったレストランだった。体が痛い。うっかりソファで寝てしまい、家に帰りそびれたようだ。否、帰ったとしても移動するだけ睡眠時間を削られる。ちょっと横になったら、気絶したように眠っていたようである。自販機を隠した深紅のビロードは、上手くレストランの風景に馴染んでいて、仕事は上々だと辻本には思えた。撮影予定時刻まであと二時間、泪沢セシルのメイクが始まる頃だ。

 窓の外を見て、辻本は自虐的に笑った。

 抜けるような青い空の、今日はいい天気だった。


 B班のエース、セカンドAD辻本には、肩の上に大きな妖怪「プランB」が乗っている。


   2


 全ての机と椅子とカーテンを元の通りに戻し、一端帰宅した辻本は泥のように眠った。明後日のロケ地についてサードADの塚地つかじに連絡し、代わりに動いてもらうよう手配する。明日は休みだ。九十日ぐらい休んでない。布団は臭い。シャワーも浴びずに何年も倒れこみ続けたからである。

 目を開けると夜だった。今日の夜なのか明日の夜に目覚めたのか、辻本は判然としない。ケータイには「彼女」から連絡が何件も入っていた。

「仕事早く終わったからごはん食べようよ」

「B班の準備は今日出番なしだから、撤収したんでしょ?」

「なんで返事ないの?」

「家いく」

 ピンポーン。「彼女」はもうドアの外にいたようだ。

「ごめん、寝てた」

 辻本はドアを開けた。

「くさい!」

「風呂入ってないし」

 サングラスにマスク姿の「彼女」は、一見不審な変装者のようだった。

「大体来んなよここに。マスコミに知れたら厄介だろうよ」

 彼女は扉を閉めると変装を解いた。

「大丈夫。タクシーは二台撒いたし。文秋砲には引っかからない」

 「A班」の主演女優、今をときめく人気スタアの泪沢セシルだった。


 泪沢セシルは、ファッション雑誌のモデルからキャリアをスタートさせ、赤いミニスカートが印象的なCMで人気爆発、歌も出してドラマにも進出した。「特急シェフ」で人気を得、今は「千年の花を」というラブストーリー映画に主演中だ。ミヨちゃんが天狗のかくれみので変身し、映画オーディションに忍び込んだのも、泪沢セシルとしてだった。そのまさに当人である。


「今日はいい天気だったね」

 B班の辻本は自虐的に言った。

「折角同じドラマで仕事できると思ってたのにー」

 A班のセシルは不満を言った。

「雨が降ればレストランで会えたけどな。もっとも、井口監督が『別の場所にしろ』なんて気が変われば、俺はどっかにすっ飛んでかなきゃならないけど」

「しーごーとーの話はーつーまーらなーい」

 セシルは急に甘えて来た。もう直接会うのはずいぶん久しぶりだ。ドラマのエンドロールの中でしか会っていない(トップとラスト付近だが)。

「明日どっか連れてってー」

「どこへ?」

「ど・っ・か」

「……あそこの居酒屋は?」

「あきたー」

「あそこのVIPルーム」

「クスリやってると思われるから嫌」

「じゃどこだよ。ここでいいだろ」

「外がいいの! 青空の下が!」

「そんなん無理だろ。マスコミにバレちゃうだろ。『セシルADと熱愛!』『そのADは三流!』『釣り合わない職場恋愛!』」

 セシルは哀しい顔をした。

「……本気で三流とか思ってんの?」


 二人の出会いは、二年前に遡る。

 まだセシルがドラマに進出して間もない頃だ。

 ロケ終わりに雨が降った。傘を持ってきてなかったセシルは、雨宿りをしていた。すぐ止むだろうと思っていたからだ。一人になって少し考えたかったのもあった。彼女は熱愛で騒がれたイケメンアイドル五月雨さみだれマコトとの別れを決意していた。私は数ある遊び女の一人でしかなかったことを、彼の部屋で知ってしまったからだ。共演で話題となっているから別れることは出来なかったのだが、ドラマが終われば潮時だと、彼女は今朝決意したところだったのだ。

 雨の中をADの人がずぶぬれになって傘を持ってきた。セシルの為にコンビニで買ってきてくれたのだ。

「いいですよ。濡れてるじゃないですか。まず自分で差して下さいよ」

「?」

「ずぶ濡れじゃないですか」

「あ、そっか。なんで二本買わなかったんだ? つい必死で」

 セシルは思わず笑ってしまった。マコトの浮気が発覚してから、彼女は演技以外で笑ったことがなかったのに気づいた。

「じゃあ、もう一本買いにいきましょう」

 こうしてセシルと辻本は相合傘でその日の現場をあとにした。コンビニから居酒屋に場所を移したあと、辻本の話はとても面白かった。カメラを見ることに必死で、他に沢山の人が下支えしていることまで、セシルは気づいていなかった。構想しているドラマの話も面白かった。今やってるドラマの台本よりもずっとだ。いつかその役に出たいと思った。


「あの話、書いてるの?」

 セシルは突然辻本に聞いた。

「まだ直す」

 辻本の机の上や床は、今のドラマのスケジュール表や小道具や衣装写真でしっちゃかめっちゃかだ。こつこつと自分で作品を書いている時間は、なさそうに思えた。

「じゃあしらべてよ」

「?」

「明日のデート場所。いつもの場所は飽きたから。得意でしょ? プランB」

「……」

 辻本は自虐的ににやりと笑った。

「B班なめんなよ」

 BはビックリのBだ。A班に出来ないプランBを用意してやる。

 辻本の肩の「プランB」は、膨れ上がってゆく。


   3


「……で? これがB班とっておきのデート場所?」

 空の見える抜けのいい場所。美しい見晴らし。有名人泪沢セシルがいるってことを皆にバレない場所。

「どうだ?」

 ここは新橋のオフィスビル街の、屋上であった。

「今日は土曜日だから、オフィス街には誰もいないぜ? ロケでたまにビルの屋上ってあるからさ、ここの管理人とは仲がいいんだ。もっともプランBとして十回準備して、使われたのは一回だけどな。まあ、『場所のオーディション』って考えりゃ、合格率は高いほうだろ」

「私の自慢の白い肌が、ここでソバカスだらけになっちゃうよ」

「心配御無用」

 辻本は日よけ傘を広げ、デッキチェアを組み立てた。

「ロケ現場にある日よけ傘や椅子は、俺らの担当だからね」

 辻本はうやうやしく礼をしてみせ、セシルにデッキチェアに寝転がるよううながした。

「……なんだか仕事みたい」

 辻本は苦笑いした。これだって制作会社が今日使わないのを確認して、くすねてきたのである。

「んー、でも三十分もしたら飽きると思う」

「……たしかに」

 バーベキューセットなら会社にある筈、と辻本は心の中で目星をつけた。

「なんか詰まんなくなって来ちゃった。プランBはないの?」

 来た。来たぞ。プランB! 俺の出番だ!

 辻本の肩の妖怪「プランB」の目がギラリと輝いた。

「恵比寿の廃デパートの屋上遊園地、白金の廃病院で肝試し、上尾の廃工場もオツだぞ」「廃なんとかばっかじゃん」

「お台場の映画館貸し切り、六本木のプール貸し切り、神楽坂の料亭貸し切り」

「いくらすんのよ」

「八十万で交渉した。仕事なら格安だろ」

「自腹で払うの?」

「む……たしかに、自腹ではキツイな」

「……プランBは?」

「プランCでもDでもEでも!」

 辻本は自分のスマホに大量にブックマークした物件をセシルに見せようとした。

「全部で三百五十……」

「日が暮れちゃうわよ!」

「そうだよ! そんなの意味ないよ!」

「?」

 突然子供の声がして、辻本とセシルは振り返った。

「て、天狗?」

 朱い仮面をつけた少年と、黒い烏の面の少年。お供の太った猫に烏。我らがシンイチと光太郎だ。

「あの……ここは立ち入り禁止の筈で……」

 辻本が「天狗の扮装の一行」を制止しようとしたとき、朱い天狗面が、ぎくりとする言葉を放った。

「あなたもその女の人(﹅﹅﹅﹅﹅)も、妖怪『プランB』に取り憑かれてます」


   4


 辻本とセシルは、シンイチに鏡を見せられ、そこに映る自分の肩の妖怪を眺めていた。

「プランB」は鮮やかな黄色で、ジャガイモみたいにあばたの肌で、ぶくぶくと太っていた。

「あなたの妖怪が見えない。私のは見えるけど」

「俺もそうだ。君のは見えず、自分のだけ見える」

 辻本とセシルの発言にシンイチは答える。

「そうなんだ。自分の妖怪しか見えず、他人の妖怪までは見ることができない。そこが厄介なんだよね」

 シンイチは天狗の面を外し、腕組みして考えた。

「さて、どうするかな」

 考えるシンイチに光太郎は言う。

「どうもこうもないやんけ。『プランB』ってのは『別のが欲しい』って妖怪やろ? ベストが分らんから不安になっとる言うことやんか!」

「うーん。だったら、妖怪『ベスト』が取り憑くはずなんだよなあ」

「妖怪『ベスト』? そんなんも東京にはおるんか」

「うん」

 その時の話をネムカケが解説する。アイスクリーム屋でベストを決められず、人生のベスト方向も決められなかった女の話。光太郎がそれを聞く一方、シンイチは彼らに尋ねてみた。

「辻本さんはいつから『プランB』のことを?」

「いつから、って、助監督の仕事を始めたときからずっとだよ。僕らはベストの表現の為に、プランBを用意するのが仕事みたいなもんだし」

「でもプランAが良かったらプランBは必要ないよね?」

「……そりゃ、そうなんだが……」

「セシルさんはいつからプランBに?」

 とシンイチが彼女に尋ねようとしたそのとき、シンイチははじめて彼女の正体に気づいた。

「泪沢セシルじゃん!」

 光太郎がつっこんだ。

「お前気づいてへんかったんか! 俺ワーワー騒いだらまた田舎モン扱いされるかも、思うて、ずっと黙ってたのに!」

 シンイチは妖怪「みにくい」が取り憑いたミヨちゃんが変身した美女と、目の前の華奢な美人がようやく一致した。

「そっか。あとでサイン頂だい! 友達が喜ぶから! で、なんだっけ」

「いつからプランBに取り憑かれるようになったか、でしょ?」

「そう! それ!」

「……」

 私はあなたのプランBでしかないの? そう五月雨マコトに言いたくなった時からか。一瞬そう思ったが、それだけでもあるまいとセシルは思い直す。

「『もっと他にいいものがないか?』って、そんなに悪いこと?」

「悪いことじゃないけど、限度ってあるでしょ。それに『ない』って言われたらどうすんの?」

「あるでしょ、って思っちゃう」

「本当はないかも知れないのに?」

「だってここは東京でしょ? 何でもあるでしょ」

 眼下に広がる東京には、大きな建物も小さい建物もあり、その中には大きいものも小さいものも詰まっている。それは目の前から足の下から、見渡す限り続いている。

 しかしそうだろうか。じゃあほんとうのしあわせはここに揃ってるか? ないから、「心の闇」に取り憑かれるのではないか。シンイチは考え方を変えた。

「じゃ逆だ。ほんとうはプランAなんて、ないんじゃないの?」

「?」

「プランAがないから、プランBもプランCもプランDも……欲しくなっちゃうんじゃないの?」

 辻本は虚を突かれた思いだった。

「……俺は、彼女と二人になれればどこでだっていいと思ってるんだ。出来れば俺の部屋でゆっくりしたいんだ。彼女に、俺の今書いてるドラマの話を聞いて欲しいんだ。二人の将来のことだって……」

 セシルは怒った。

「あなたのプランAがちゃんとあるってのに、どうしてプランBやCやDばっかり用意してるのよ!」

「だって君にプランAがないから、ああでもないこうでもないって言うんだろ?」

 シンイチは割って入った。

「じゃあそのプランAをやろう!」


「うわ! くっさい部屋!」

 光太郎は鼻をつまんだ。三十男の部屋で、寝るだけの部屋。掃除も何もしていない部屋である。

 辻本とセシルはソファに座り、狭い部屋の隅のほうにシンイチ、光太郎、ネムカケ、罵詈雑は固まった。

「ハイじゃデートして!」

 シンイチの無茶ぶりに辻本は抗議した。

「君らが見てる前でイチャイチャデート出来るわけないだろ」

「たしかに」

 光太郎が提案する。

「ほなワシらは天狗のかくれみので透明になって……」

「透明でも、いるんだよな?」

「勿論や!」

「ムリだろ」

「そりゃそうか!」

 セシルが助け舟を出す。

「例の、構想中のドラマの話、してよ。私はあの話の続きを知りたいのよ」

 初めて会ったときに汚い居酒屋で聞いた、万華鏡のようにきらきらした話。セシルはそのドラマを本当に見たいのだ。出来れば監督は彼で、主演は自分で。

「子供たちもいるから、感想聞けるよ」

「……ああ、……じゃあ」

 辻本はゆっくり話し始めた。

 舞台はステファノ星。文明が行きついて滅びかけている。そこで出会った男女が、謎の殺人事件を目撃。彼らは追われる羽目になる。ステファノ星を脱出し、パルミエ星系に逃げる。しかしその最中数時間だけ過去にタイムスリップする。その手違いで、殺人犯の汚名を被せられる。追ってくるロボット兵。彼を宇宙海賊が助け……

「すげえ面白え!」

 シンイチは絶賛した。

「でしょ? 一体どこを直すって言うのよ」

 セシルは自分が褒められたかのように嬉しくなった。私の見つけた才能は世界一、ってセシルは世界中に言いたいのだ。

 辻本は重い口を開いた。

「今の予算がないドラマ界で、SFが出来る訳ないじゃん。CGもセットも、すげえ金がかかる。そんなのADの俺に投資してくれないよ」

「そうかどうか、プロデューサーに見てもらった?」とセシルは聞く。

「プロデューサーは、金になるかどうかしか見ない。『知らない監督名じゃウリにならない』って言われたよ」

「じゃ、大門だいもん監督に見せようよ! 今度私、大門監督と仕事出来るかも知れないの!」

「だ、大門監督!」

 辻本は緊張した。辻本の憧れの映画監督だった。作品は全て見ている。彼のようになりたい。いや、大門監督の現場に行けるものならどうしても行きたい。

「ほんとに見せることができるのか? いや、でも見せたとしても、金がかかるのは同じだ……」

 辻本は考える。もし自分がこの助監督をするとしたら。

「全部安いロケ地に変える方法はないのか……?」

「? どういうこと?」

「SFじゃなくて、日常を舞台にして……たとえばロケットに乗るのは車にして、ワープは高速道路にして、みたいなことだ」

「そんなんオモロなくなるやん!」と光太郎が駄々をこねる。

「ロケット! 宇宙人! 政府組織の陰謀!」

「しょうがない。殺人と秘密暴露のどんでん返しは面白いから、そこを生かせばあるいは……」

 辻本は長考に入った。シンイチがひらめいた。

「お風呂なら?」

「?」

「クライマックスのさ、マグマ並みの熱い液体がバシャーってとこ、あっついお湯でもいけるじゃん?」

「まさか。子供並みの発想だな」

 と馬鹿にしようとした辻本に、ひらめきが訪れた。

「いや、温泉ならいけるかも知れない!」

「?」

「殺人事件と言えば温泉だろ! さびれた星はさびれた温泉街、車、高速道路、熱いマグマ液は源泉かけ流し……いや、たとえば間欠泉みたいなのを浴びれば……宇宙海賊は田舎の暴走族集団に……」

 辻本は散らかった机を引っくり返し資料をあさり始めた。

「何探してるの?」

「温泉マップ! こないだロケハンに行った写真やら地図やらが……」

 ちらかった部屋から目的のものを探すのは容易ではない。リモコンすらすぐ失くなる。あれはきっと「妖怪リモコン隠し」のせいなんだ。シンイチは腰のひょうたんから遠眼鏡の「千里眼」を出して覗いた。

「ベッドの下!」

「そこかあ!」

 ページをめくった辻本は、どの温泉街もストーリーと合わないことに気づいて落胆した。

「ダメか……」

 セシルが発破をかけた。

「まだダメかどうか、分らない」

「?」

「日本の温泉なんて、山ほどあるでしょう? 探しましょうよ。プランAが温泉って決まったんだから、プランBなんていらないわ。あとはどの温泉かってだけじゃない」

「……そうだ。君の言うとおりだ」

「手伝うわよ。家からノートパソコン持って来る」

 こうして、ネットで、雑誌で、ステファノ星と同じ構造を持つ温泉街探しが始まった。

「あった!」

 セシルが見つけたものを辻本が見る。

「ダメだ。ここは観光客が多すぎる。ロケに貸してくれるとしても真夜中だ。それでも真夜中バタバタして客は眠れないだろ」

「あった!」

 光太郎が千里眼で探し当てたが、辻本は否定した。

「そこは以前別の撮影班が使ってる。その時トラブルがあって、二度と撮影には貸さないって言われてる」

「そんな、そんな都合良く色々な条件が揃ってる温泉街なんてないよ。プランBはないの?」

 シンイチが音を上げ、妖怪「プランB」に取り憑かれかねない発言をする。


 経過すること六時間。

 シンイチも光太郎もセシルも、グロッキー状態で居眠りしはじめた頃、辻本は目的の温泉を、奥日光に見つけた。

「ありがとうセシル。プランBを考えなくて済んだ。今から行こう」

「は?」

「撮影に使えるかどうか、下見ロケハンしに行かなくちゃ。ついでに温泉宿に泊まろうぜ。折角のデートをしに行こう」

「そのプランA、最高!」

「よく練られたプランAは、プランBを必要としない」

 こうして、二人の妖怪「プランB」は、彼らの肩から滑り落ちた。

「不動金縛りの術!」

 シンイチは天狗の面をかぶると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「火の剣、小鴉!」

 小鴉の、シンイチの朱い炎は、妖怪二体を斬り、「プランB」を清めの塩と化した。

「一刀両断、ドントハレ!」

「……あ、めでたしやん」

 居眠りから目覚めた光太郎は、結句だけを追加して言った。



 ひなびた奥日光駅は、生憎の雨だった。

「この雨が昨日降ってればなあ」と辻本はまだ昨日のことを根に持っている。

「昨日は昨日、今日は今日」

 セシルは辻本の腕に両腕を絡めた。二人で旅行なんてはじめてで、ワクワクが止まらなかった。

 すっかり日は暮れてしまっている。すれ違う人の顔すら見えない。自分を泪沢セシルだと認識されることは、平日の辺鄙な場所ではほぼないだろう。

「傘、どっかで買ってくるよ」

 辻本は言った。

 軒下で二人で雨を見ているこの光景は、まるで二人が出会った日みたいであった。

 セシルは首を振った。

「いいよ。二人で濡れて行こう。どうせ温泉入るんだもん」

 二人は、駅から温泉まで走ってゆくことにした。



    てんぐ探偵只今参上

    次は何処の暗闇か




予告


 国民的アイドル「ロックス」のマネージャー、ジュエリー吉川は、業界では妖怪と恐れられた鬼婆である。彼女の娘、美也子も同事務所の副社長。しかしプライベートを週刊誌に撮られてしまい、彼女は一番嫌っていた母親と同じ行動をとる。それは鬼で妖怪で。人を妖怪のようにしか思えない、妖怪「妖怪」に取り憑かれて……!

 てんぐ探偵第六十四話「鬼子母神の娘」に、ドントハレ!

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