決闘前
少し短いです
絶叫が収まり、沈黙が今度は場を包んでいた。
それを破る様にアンナが口を開く。
クラスの目線はほとんどがアンナとシーラに注がれていた。殆ど以外というのはシーラの服がぼろぼろなせいでニキータが虐待しているのではと訝しんだ目線がある。
周囲が熱くなったことで加熱していたアンナの精神は逆に落ち着きを取り戻していた。
「……魔法使い見習いとはいえ、私相手に決闘を申し込む意味、分かっているのかしら?」
「仲良くなるため!」
シーラは脅し文句に対して笑顔で返す。それを見てこれでは解決しないと考え、後ろに居るニキータを見るが、ニキータは盛大にため息と肩を落としており、こちらを見てすらいなかった。
正直な話であれば、アンナはそこまでシーラが嫌いなわけではない。ここまで人間味あふれる剣精は珍しいし、この愚直さも言い換えれば素直という事だ。なぜこんなボロボロの服を着ているかは知らないが
「そもそも、なぜそんなボロボロの服を着ているのかしら? 主に虐待でもされているの?」
「だって、こっちの服だと、少し頼りないんだもの」
服が頼りない。とシーラは言った。その言葉はニキータも初耳であった。ただ嫌がってきないだけなのかと思っていたのだ。
「頼りないなら鎧でも着てなさい」
「鎧? アレよりはこっちの方がいいよ?」
シーラは破けていない側の裾をひらひらさせる。その軽さはどう見てもただの布だ。せめて鎖鎧の方が頼りがいがあるだろう。誤解からのパートナーを虐待しているのではという目線がなくなり少し気が楽になったニキータだった。
「ふ、二人とも、初日から決闘というのはさすがにまずいですよ」
さすがの様子に先生が入ってきた。ここまで呆気にとられて反応ができなかったのだ。
これで場も収まり面倒もなくなると思ったアンナだが、先生の口から出てきたのは期待とは別の言葉だった。
「魔法戦闘学の授業は明日の二限目から四限目なのでそこで決闘してください」
その時間なら訓練場を使用できるし専属の治療魔法使いも居るから安全です。と自信満々に答える先生だった。
「丁度見本が欲しかったんですよ。クラス合同で赤銀組との合同授業になるのでよろしくお願いしますね」
その眼はとてもわくわくとしていた。この先生ファイーナの専門科目は魔法戦闘学。つまり彼女のお墨付きがあればその時間に決闘をすることは確定なのだった。
生徒間のいざこざを逆手に利用して教材として扱ってしまおうというなんともな魂胆だった。
「大丈夫ですよ。危なかったら先生がしっかりと止めます」
止める必要があれば、と口には出さずに懐から杖をだし、『風界』と唱えながら小さく振る。シーラとアンナが風に包まれ浮き上がり、少し距離を離されて着地する。この『風界』は本来対象を風で包み乱気流では破壊するといった戦闘向けとされる風属性の魔法なのだが、それを発生させず柔らかく包み込み、持ち上げるだけに抑えるという高度な魔法制御をファイーナ先生は行ったのだ。
この先生、理知的に見えるが意外と武闘派である。
これがわかったのはこの場においてはアンナだけだったが。アンナが見るとにっこりと笑う。シーラは何が起きたのかわからないのが楽しいらしく騒いでいる。本当に剣精らしくないなどとアンナは思った。
―――ならば普通の人間なのでは?
そう思うが、普通の人間が熱風を受けて何ともないはずがない。しかし剣精にしては嫌に人間味が溢れていた。そこがアンナの癇に障った原因でもあるわけだ。
「というわけでみなさん? 明日の授業の際はしっかり杖を準備してくださいね」
先生が結局その場を締めた。
一応白銀組としての活動はそこで終了し、あとは自由時間となった。まだお昼にもなっていないうちから自由になってしまいニキータはどうしようかと思った。
アンナは結局その後誰とも喋らずさっさと帰ってしまった。
アラアラと苦笑する先生にニキータは近づく。
「先生、どういうつもりですか?」
「あら、アルバキナ君。何がですか?」
「シーラとアンナの決闘です。なぜ許可したんですか?」
ファイーナが微笑む。ニキータはすべて見透かされてるような不思議な感覚を受けたがそれを無視してしっかりと先生の目と向き合う。
「決闘じゃありませんよ。言っていたじゃありませんか交流です」
ニキータといつの間にか隣にやってきたヴィクトルがそれはおかしいという顔をする。
実際それはおかしい。
「クラスの間で亀裂があるのも良くないし、胸を割って話し合うなら戦うのが一番なのよ。魔法使いだしね」
くるりと一回転するとさっさと教室から出て行ってしまった
「……ニキータこのあと暇か? 食堂で昼飯食べようかと思ってるんだが」
「……暇だよヴィッキー。そうだね……昼ごはんか……」
シーラを見る。シーラはクラスの女子生徒に餌付けされていた。剣精なの? 剣見せて! と言われ右手にナイフを出現させて驚かせたりニキータをどう思ってるか質問されパートナー! と元気よく答えては砂糖菓子を貰って喜んでいた。
「シーラ? ……なんだかお菓子いっぱい食べてるけどお昼ご飯食べられる?」
「たべる!!」
そんなにすでにお菓子を食べてるのにどこに入るのだろうかとヴィクトルは思ったが、食堂に行って山のように食べるシーラを見て戦慄することとなった。
そしてニキータの財布を見て同情することとなった。