白金組
このコロシアムは上部から見るとおおよそ六角形に近い形をしている。ニキータ達が話をしている間にいつの間にか人が集まり、角ごとに辺がそれぞれの色で分かれた。ニキータ達の辺は青色。つまり一年生の集団であり、その反対側は漆黒の集団。つまり教師たちが座る辺となっていた。これが卒業式となれば、一年生の場所は五年生の場所に代わるなど一年生の居場所はいわゆる主役の場所という物だった。
中央に備えられた台には一人、中年の男性が立っている。頭が少し剥げているものの威風堂々としており、恰幅も良い男性だった。それの向きは当然ニキータ達一年生の方へ向けられている。
「これより、入学式を行います。あなた方は伝統ある我らがヴィシーニャ魔法学園代1578期生として、これからあなたたち自身の可能性に挑戦し、人々の為の力となれる人間だという事を忘れずにしっかりと学んでください。それでは、学園長よりお話とさせてもらいます」
そう言って、中央に備えられた木造らしき台から降りるとそれに代わる様に上る一人の老人が居た。
集中する一年生の視線全てに返すように正面の黒に青い色が混じる集団を見る。
「こんにちは諸君。学園長のファンドーリンじゃ。一年生諸君の中には、まだ魔法について全く分からん者、ある程度知っている者、それは人それぞれじゃが、君たちには共通したものがある。それは学ぶ姿勢じゃ。君たちはおそらく一週間前の成人の儀式で、パートナーを召喚したのじゃろう? 彼らと共に学び、共に成長する学び舎がここじゃ。やりたいことは何でもやってみるのがいい。それを我々は受け入れるだけの懐を持っていると断言できる。だから、これからの君たちへの祝福として、まずはこれを贈ろう。クラス分けの魔石を」
ファンドーリン校長が杖をかざすと、ニキータの目の前にいきなり魔石が現れた。隣を見るとヴィクトルの前にも表れている。
「強き信念に黒金を、猛き魂に赤銀を、深き英知に青銀を、まだ見ぬ未来に白金を、己がパートナーと共にその魔石を触りなさい。きっと一番良いクラスを魔石が選んでくれる」
ファンドーリン校長はにっこりとほほ笑むと生徒たちへ魔石へ触れることを促す。
シーラを見ると、シーラもニキータを見ていた。
シーラの右手とニキータの左手が同時に魔石に触れる。チリリとニキータの右手の甲に心地よい熱が走った。
シーラも自分の左手を気にしたことから二人とも同時に熱を感じたようだった。二人が触った魔石は白金色に変わり浮力を失って落下するのをニキータの左手が受け止めた。
「綺麗…!」
シーラが手を出してくるのでそれを渡すと楽しそうにシーラがそれを撫でまわしていた。
「お前も白金か」
右を見るとヴィクトルの手にある魔石も白金色に変化している。偶然でも隣り合った人間が同じクラスだったのは嬉しいのだろう声がはしゃいでいた。
隣のシャッシュはそんなヴィクトルを眺めて楽しんでいる様でもある。
そんなヴィクトルからシーラに目線を戻そうとしたとき一瞬のニキータ自身の正面を視線が通った瞬間、彼は目線が合うのを感じた。それはもうひどく至近距離から。
シーラは手の平に白金色の魔石をのせ色が変わらないか太陽に透かしてみたり指でつついている様はとても微笑ましい。そんな様子をずっと見ていたいとニキータは思った。決して正面に顔を向けたくないという現実逃避なのは本人もわかっている。こっちを向けと言うプレッシャーがこれでもかと正面から感じられた。
あきらめてニキータが前を向くと、例の少女がまたこっちを見ている。何か問題でもあっただろうかと思考していると、不死鳥のくわえている物に目が行った。なんと、白金色の魔石がくわえられていたのだ。
「……いや、赤銀だと思ってたわ」
隣のヴィクトルも驚いていた。露骨に驚きすぎて少女の顔が険しくなったので小さくスイマセンと謝った。
「貴族たらなければならない私にまだ見ぬ未来などと…この魔石は皮肉が効いてますわね。とりあえずおふた方、私と同じ世代な上で同じクラスなのです。白金に恥じない態度をお願いいたしますわ」
「「あ、え、はい」」
「とりあえず銀髪のあなた、隣の剣精の手綱はしっかり握っておきなさい」
左を見るとシーラがちょっと不機嫌そうだった。おそらく彼女の中の仏の三回の法則に既に目の前の少女は当てはまってしまったらしい。ニキータがダメと言っていなかったら実家での騒動と同じ事態が発生していたことであろう。
「私はアンナ=クラシコフ。ヤルスク王国の未来を担うこととなる者ですわ。あなた方お名前は?」
以外にも自分の名前を名乗ってから聞いてきたのにすこし面食らったニキータとヴィクトルだが自己紹介をしシーラとシャッシュの紹介もする。シャッシュはうやうやしく礼をし、シーラはぷいとよそを向いてしまった。
「各々、クラスは決まったかの? 君たちのこれからに期待しておるぞ!」
全体のざわつきが収まってきたところで校長は話を締めた。
そのあと、在校生による魔法の花火がそれぞれの辺から打ち上げられ最後に教師たちの辺からひときわ大きな魔法の花火が上がり、シーラは目を輝かせた。シーラは自分の目で見るという事が好きなのである。
その後、このあとのクラス会わせの場所の連絡を最後に入学式は終わりを告げた。
クラス会と言うのは初日という事もあり授業はないつまるところの交流会が行われることになっている。
白金組の組棟は白い大理石を主体とした建築で、全てが赤いレンガ造りの赤銀棟や建物は普通の建築だが周囲を堀に囲まれた青銀棟、黒い監獄みたいな外見をしている黒金棟などと比べると作りが綺麗だった。どうやら昨年事故で一部が破損したらしくそのその際に立て直しを行ったとのことだ。
白金組の特徴は、人数が少ないという事があった。理由は組み分けの魔石に聞かねばわからないだろうが、今年の入学者が約三百人に対して白金組は四十人前後しかいない。全体の一割しかいないという事態だが、毎年このような様子らしく、授業に関しても白金組はほかクラスと合同で行うことが当たり前という旨を説明された。
これは白金が未来ある者の組とされているからであらゆることを経験させ、未来を広げてほしいという学園の願いそのものだった。
一部屋に集められた白金組は静かだ。互いの距離感を図りかねてか、喋り出すものがいないせいで誰も気軽に口を開けない状況が出来上がっていた。各々が勝手に席に着いており、周りを見回している者、ボーっとしている者、一点を見つめている者などさまざまだ。
ニキータは黒板に対する右側出入り口近くの椅子にシーラを座らせ自分は壁に寄りかかっていた。その後ろにはヴィクトルが座って脇にシャッシュが控えている。
なぜこんな前の方に居るかというとほぼ教室の対角線に例のアンナという貴族のお嬢様が居るからだった。なんだか目を付けられてると感じていたため距離を取っているのだ。
そんな状況の中にやってきたのは黒のみで構成されたローブ、つまり教師である女性の先生だ。すこし厳しさを感じさせる目とそれに相反する柔らかそうな物腰をしているグラマラスな女性だ。
「こんにちはみなさん。一年の白金組を担当するファイーナ=プロシナです。専門科目は魔法戦闘学、専門属性は一応風属性ですので、興味のある方はぜひ聞きに来てください」
にっこりとほほ笑みながらクラスを見回す。男子生徒の一部がプロシナにくぎ付けとなっていた。
「それでは、皆さんにも自己紹介してもらいましょうか。できれば繋がれし者の紹介も一緒にお願いしますね右前から行きましょうか」
そうして指差された先に居るのはニキータである。シーラを指さなかったのは単純にシーラがローブを着ていないからだ。
ニキータは寄りかかるのをやめ、帽子を外し机に置く。シーラがそれを拾って頭にかぶったりして遊んでいる。
「ニキータ=アルバキナです。特技は……鍛冶、いや金属いじりです。こっちはパートナーのシーラ。寂しがり屋なのでどうか仲良くしてあげてください。……以上です」
「よろしくお願いします!」
後を追うようにシーラが付け加え立ち上がり、ニキータに肩を抑えられて座らせられる。それを見ていたクラスの一部の人間にはなにやらシーラに対する保護欲のようなものが生まれるのだった。
ニキータからスタートし、ヴィクトルも危なげなく自己紹介を行い、どんどんと自己紹介が進んでいく。
そして最後の一人の時間が来た。最後の一人、ニキータの対格の位置に居る人物だ。
ゆっくりと立ち上がる様子は一つ一つの動作が洗練され、教室の多くが目を奪われそうになる。今は机の上で休んでいる不死鳥の光も彼女の存在感を際立たせていた。
このクラスでパートナーが人の姿をしているのはニキータとヴィクトルだけだ。ほかは全員動物の繋がれし者と契約している。だがそれでも不死鳥は格の違う物だ。トカゲの中に一匹だけ竜が混じっているようなものである。
「アンナ=クラシコフと申します。以上です」
二人を除いて全員が息をのむ。この短い一言に、品格の差を見せつけられたような感覚を感じていた。感じなかったのは教卓の上で苦笑いしているプロシナともう一人。
「駄目だよーコミュニケーションは初対面が大事で私とニキータやヴィッキーさん意外とは初対面であってもっと友好的関係を築く自己紹介があると思うよ?」
いつの間にかアンナの後ろに回って無表情のアンナの口の両端を指で無理やり押し上げるシーラである。
ニキータが驚いて椅子を見るといつの間にかいない。椅子にさっきまでかぶっていた帽子が置かれているのみだ。
アンナが眉を歪め後ろを向く。シーラの腕を抑えようとしたのだろうがするりと抜けられ距離を離される。無理やり笑顔にさせられた口をハンカチで拭いた。
「剣精がいきなり失礼ではなくて? あちらの主人にしつけをしてもらったほうがよろしいのでは?」
「剣精じゃなくてシーラだよ? あっちはニキータ。あなた、どうしてそんなに気を張ってるの?」
シーラの無邪気な表情がアンナの気分を逆なでしていた。優雅な品のある佇まいから炎を思わせる苛烈な、感情をむき出しにした佇まいへ変化する。
「剣精風情が、何がわかるというんです!!」
繋がれる者である不死鳥が主の激情に反応して飛び立った。翼の一振りが火の粉を産みシーラへ熱のある風圧が叩きつけられる。シーラの近くの椅子に座っていた生徒が熱風に耐えかねて前へと逃げ出した。
プロシナが制止の為怒鳴っているがアンナの耳には届いていない。アンナにシーラを害する気はなかった。剣精がこの程度の熱で怪我するとは思えなかったし、実際目の前に居るシーラは何食わぬ表情で熱風を起こす不死鳥を見ていた。纏っていた白いマントが黒く煤けている。
(…マントが煤け……まさか!?)
アンナは不死鳥を見る。アンナは魔法を杖を媒介として行使するタイプの魔法使いだ。今は不死鳥を媒介としたがアンナの誤算は不死鳥が杖以上に高性能な媒介であることを失念していたことだ。
すぐさま魔力を制御し心を抑える。不死鳥が翼から火の粉混じりの熱風を出すのをやめ、近くの机に降り立つ。
白かったマントが黒く焦げている。床も大理石とはいえ焦げ跡がついていた。
アンナを含めクラス全体が沈黙した。初日にして事故が起きたのではと。
「シーラ!?」
真っ先に動いたのはニキータだ。シーラに近寄り、黒く焦げたマントを引き剥がす。中の服はボロボロだが、焦げた様子はない。
うつむいたシーラが怪我をしているのかと顔を両手で持ち上げこちらを向かせる。
「シーラ!? 怪我してないか!? 火傷は……!?」
こちらを向いた顔は呆然としていたが、ニキータが目に入った瞬間笑顔になる。
「ごめんなさい考え事しちゃった」
ニキータとクラス一同の心配事をよそにシーラはニキータを退けて前へ歩み出る。
その姿に今度は違う意味でニキータ以外が息をのんだ。
マントで隠れていてわからなかったが、マントが取られたいまわかることだ。
シーラの服が非常にボロボロだという事が、袖が不自然に千切れ、コートのような服は半分が腹のあたりからごっそりと脱落しており、足にぴったりとしたズボンは両足で長さが違い、破けている。
そして何よりも目を引くには右わき腹に刻まれた傷痕だ。コートの脱落の仕方と同じ角度で残された傷痕がシーラの柔らかそうな肌に痛々しい印象を与えている。
一番狼狽しているのは対峙しているアンナだ。ここまでボロボロの服を着ているという事態が不可解なのだろう、思わずニキータの方を睨む。ニキータはしょうがないでしょうと言った風に頭を落とすしかなかった。
「コミュニケーションが拗れそうなときは直接対決で勝負を決することで絆を構築できるって聞いたよ。だからね」
シーラの左手にはいつの間にか剣が握られている。漆黒の剣だ。白金棟の白と真逆の真っ黒の剣。
その剣の凶悪さに見合わない、優しげな微笑でシーラはアンナを見据える。
ニキータは嫌な予感がした。
「決闘しましょう?」
クラスが驚きの絶叫に包まれる。
そんななか中心の二人は片や戸惑いの表情を、片や楽しげな表情をしていた。