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鍛氷師の鎖結び   作者:
出会いは運命
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プロローグ2 白の少年

 一人、憂鬱な表情を隠しきれない少年が、特製の金属粉チョークを使用して石造りの台の上へと幾何学模様を書き込んでいく。石造りの台は使い古され角が欠け丸みを帯び始めているものの、チョークで書き込む分には何ら問題ない様で、少年はするすると迷うことなく書き進んでいく。

 周囲は壁に覆われ、窓は一切ない。出入り口は二人見守る人間がいる離れた階段だけで、その先の扉も今は固く閉ざされている。壁に掛けられた白光石で薄暗く照らされた部屋は厳かな雰囲気以上に緊張感が支配をしていた。

 薄暗い中でも少年は間違えることなく幾何学模様を描き、その周りに文字を書いていく。守護者よ来たれ、我が鎖の契約に錠を持って答えよ、我々は互いが繋がれる者、といった意味が込められている。

 少したって幾何学模様が完成するとそれは石の台を埋める魔方陣となった。


「ニキータ、鎖結びを行いなさい」


 無言で様子を見守っていた男が少年へと呼びかける。屈強な肉体とそれに密着するように皮のベルトにつながれた白いエプロンが若干のミスマッチを起こしていることに少年はさらに苦笑する。


「わかってるよ、父さん」


 鎖結びはいわば神聖な儀式だ。故に家柄によっては正装をして行うことが求められる。

 白エプロンの上部には紋章が刺繍され、靴には怪我防止用のミスローリ金属の足甲が付けられている。

 これが彼等にとっての正装だった。鍛冶師故の服装でありながら、王の前でさえこの服装を許されている。

 魔方陣の前で動かないニキータの表情は憂鬱そうだ。

「ニキータ様、大丈夫ですよ。剣精召喚の触媒がなくともあなたならきっと良いパートナーを召喚できる」

 父の隣にいた、まだ若い青年が励ましの言葉をかける。


「ありがとう、マラトーク」


 ニキータが憂鬱な表情なのは、マラトークの言った剣精召喚の触媒にあった。

 彼らの一族は代々自身の火魔法で打った剣を鎖結の際、剣精召喚の触媒に使うのだ。それをニキータは用意することはできなかった。


「召喚が終われば一週間後にヴィシーニャ魔法学園への入学だ、気楽に行けニキータ」


 ニキータはしばらくの間目をつむっていたが覚悟を決めたのか目を開く。


「いくよ、父さん」


 ニキータは魔力を練る。体内で循環する魔力を右手に集めると右腕と銀の髪が淡く青色に光り出す。若くしてここまでの魔力制御ができる人間はあまりいない。普通なら秀才と言われても良い技量だ。

 その右手の魔力を維持したまま、魔方陣端に手を置く。

 淡い光が魔方陣全体に浸透し、その魔力を起爆剤として幾何学模様が激しく光り出す。

 光り出すと共に室内に風が生まれ、魔方陣を中心に地響きが鳴る。三人のエプロンがはためき白光石のランプが揺れる。


「おいおい、何召喚する気だ」


 ニキータを後ろに押し下げ、父とマラトークが前に出る。

 普通の鎖結びの儀式ではここまでの事態にならない。竜でも召喚しようものならここが地下室なため非常にまずいと二人はニキータを守るために前に出たのだ。マラトークが金槌をだし、父は魔法のための魔力を体内で練る。

 ひときわ大きく魔方陣が輝いた。白が室内を埋め尽くす。とっさに腕で視界を覆っても貫通してくるほどの膨大な光が溢れた。

 石の台座が砕ける音が塗りつぶされたニキータ視界の代わりに耳がとらえる。

 光が収まるとそこに居たのは、少女だった。


「おう?」

「え?」

「なに?」


 三人が三者三様の反応をする。右手には黒い剣を携え、左手には短いナイフを携えた、ボロボロの少女が立っていたのだから。

 まるで竜でも出てきそうな程の事態から現れたのが少女とあってはさすがに呆けざるをえなかった。

 件の少女はと言うと状況が呑み込めていないのかきょろきょろとあたりを見回している。

 ニキータは守るように立っていた父とマラトークの前に出る。

 見回すのを終えると少女の目が一番前にいたニキータと合う。


「あなたたちは、ヒト?」


 凛とした鐘のような声が部屋に溶けた。


「僕たちは人だよ」


 それを聞いた途端少女が両手の刃物を落し、跳躍しニキータに抱き着いた。突然の質量攻撃の衝撃にうめき声をあげながらニキータはそれを受け止める。少女は非常に軽かった。


「人だ!お月様がおせっかいを焼いてくれた!」

「喜ぶのはいいがすこし緩めてやれ、息子が死にそうだ」


 少女の抱き着きがいつの間にか締め上げに代わっており、ニキータの体がメキメキと不穏な音を立てていた。しめつけが強すぎて声も出せない。ごめんなさいと少女が手を離す。


「マラトーク、アレは、ニキータの剣精か?」


 ごめんねごめんねとニキータがむせる周りをおろおろしながら回っている少女を見ながら、隣のマラトークへニキータの父は問いかける。髪が母親似で銀髪の息子と黒髪の少女はまるで対になっているようにも見える。


「主、違うと思います。剣精なら同じ感覚がするのでわかりますが、彼女からはそういったものは感じられません」


 それを聞いて父は溜息を吐いた。剣を持っていたからもしかしたらと思ったようだが、触媒が無いのに剣精を召喚するという前代未聞の事態ではなかったようだ。

 つまりアレはどこかに居た人を召喚したという事だ。それはそれでというため息が再び口から吐き出された。


「ニキータ」


 その言外の意味を理解し、少女のよくわからない行動の相手をしていたニキータが口を開く。


「ねえ君、名前は?」

 

 それに対して少女は元気よく答える。一生名乗ることが無いと思っていた名前を。


「シーラ! シーラ=ケリー」

「どこの出身なの?」


 これは、ニキータ達の予想ではこの黒髪のシーラがルースのどこかから召喚されたという可能性を以ての質問だ。服はボロボロだが三人の知識の中には似たような服は無く、そもそも黒髪なんて珍しい人間がいる地域なんて知らなかったのだ。


 その問いに少女が固まった。


「……地名は、わかりません。でもエデンって名前の世界です」


 おどおどと答えた答えに今度は父とマラトークが固まる。


「私の世界、誰も居なくて! それで寂しいと思ってたら変なのに吸い込まれて! それでやっと人に会えてとてもうれしいんです! やっと、やっと会えたんです!」


 少女が必死に自分のことを話す。それを聞いて二人は確信する。

『異界渡り』であると。目の前の少女は『異界渡り』なのだと。

 少し涙目になっていたシーラがニキータにしがみついたまま盛大に泣き出してしまい、とりあえず地下室から出ようという事になった。

 ニキータが頭を撫でたら、油でべたべた、匂いが獣の様だった。

 泣きやむまですこしの時間がかかり、シーラがメイドさんに連れて行かれ、ニキータの前にピカピカになって帰ってきたのはさらに後だった。


「ただいまシーラが帰ってきました」


 シーラの髪が先ほどの油まみれごわごわ具合が嘘のようにさらさらとし、肌もつるつるになっている。着ているのは母親のおさがりだ。

 あのボロボロの服達は捨ててしまおうという話になったらしいが、シーラがそれを断固反対し、とりあえず洗濯して今は干されている。


「シーラ、出会ったばかりだけど一つ聞いてほしいんだ」


 さっぱりした様子でシーラが椅子に座る。ニキータはそれを見て立ち上がると、シーラの正面に立つ。


「シーラは、僕のパートナーになってくれるかい?」


その問いにシーラははにかむ。その笑顔はまるで天使の様だった。


「いろいろお風呂って所で聞きました。ここがシーラの知ってるところじゃないこと、文字もシーラが知っている文字じゃなくて読めません。でも寂しくないです、ニキータが私を連れてきてくれたから、だから」


 ――いいですよ。

 そう言ってもう一度、シーラは顔を傾けながら笑った。

 ニキータはそれを聞いて嬉しくもあり、少し悲しかった。こんな少女がそんな孤独を味わっていたなどということが。


「それじゃあ、しっかりとした鎖結びの完了を」

「はーい」


 ニキータは魔力を練る。シーラの前に伏せ、右手を差し出すと、シーラは首をかしげたが、とりあえず近い方の左手を差し出す。

 ニキータは右手とシーラの左手を繋ぎ、その左手の甲にキスをした。

 暖かい、ちりちりとした痛みがシーラに走り、左手の甲を見ると紋章が現れていた。この世界では鎖跡と呼ばれる契約の証。繋がれる者となった証だ。

 ニキータが右手の甲を見せると、シーラと同じ鎖跡が手の甲に現れていた。

 シーラはそれをお揃いだと言って喜んだ。

 ニキータはその笑顔を見て、サラサラになった頭を撫でた。


「シーラの黒髪は綺麗だね」

「ニキータの白髪もきれい!」

「……銀髪だよ、シーラ」

 

 来週からニキータはシーラと共にヴィシーニャ魔法学園に行く。

 その準備もしなくちゃな、とニキータは思いながらシーラの頭をもう一度、撫でた。

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