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青い春  作者: 如月あい
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派手料金

「四十点以下のやつは補習だから」

「げ……」

 私は思わず小さくうめいた。二十五点。補習対象だ。どことなくだけれど、先生と目が合った気がする。

 一年生の時から数学の補習の常連の私は、おおきくためいきをついてテストの点数が書いてある部分を隠すように端を折り曲げた。

 テストに関する解説を配られたが、この紙を読んで分かるぐらいならそもそも補習を受けたりしていない。そもそも聞いても分からないことが読んでわかるとは思えない。

 それにしても二年生の最初のテストで赤点とは、この先が思いやられる。

「あーあ……」

 体を反らして足を組んでためいきをついたら、ふと隣の席の男子と目があった。

 竹下秀人(たけしたひでと)だ。その名前通り、学年トップの秀才である。しかも運動神経も抜群で、背も高く、見た目もそこそこ。頭が良いからなのか、真面目だからなのか、どこか硬派な雰囲気のある男だ。私のグループの女子以外からは人気のある男だ。

 派手なグループにいる私たちとは対極にいるから、致し方ないのだが。

 竹下はこちらをみると、ちらりと私のテストに視線をやった。

「何点だったの?」

 そしてそんなことを問いかけてくる。

 私はその問いにひどく驚いていた。頭のいい人は、人に点数をあまり聞かないのだ。自分の方が点数がよいと反応に困るから。

「二十五」

「そんなにすぐに答えるのに、折るんだ」

 何のことだろうかと考えて、それがテスト用紙のことだと気づいた。

「折るのは反射だよ反射。……数学以外なら、こんなにひどくないんだけどなあ」

 ため息をつきながら竹下の机に乗っているテスト用紙に目をやって、私はもう一度大きくため息をついた。

「九十八点! いったい何を間違えたの?」

「計算ミス」

「ああーなるほどね。勿体ない。分かってるのに間違うなんて本当にもったいない」

 数学の点数は良くないけれど、計算ミスはしない。何せいつも時間が余るものだから(もちろん分からなくて、である)、計算ミスがないか確認する時間はたくさんあるのだ。

「どこが分からないの?」

「どこが……? なんかどこが分からないのかも分からないくらい」

 三角関数なんてまったく勘弁してほしい。

「そもそもさあ、”咲いたコスモスコスモス咲いた”とか、”いーたたたたた、いたたたたたーた”とか何の呪文とか思うし」

「ああ、加法定理ね」

「そんな名前だっけ? ほら、こういうやつ」

 私はその呪文に従って公式をさらさらと解法のプリントの裏に書いた。

「その”呪文”は覚えてるのか」

「だって耳に残るじゃない」

「それなら公式は覚えてるじゃん」

「いやいや、使いどころの分からない公式なんて、赤道地帯にストーブがあるのと同じくらい無駄」

 テスト用紙を折りたたんでカバンに仕舞い込みながらそういうと、竹下が思いもよらないことを言い出した。

「教えようか?」

「数学を? どうして?」

「先生の話はちゃんと聞いてて、やる気があるなら、やり方を変えれば六割はとれるはずだと思って」

「六割、ねえ……」

 やる気はどうか分からないが、話は聞いているほうだと思う。話を聞いても理解できないが、理解できた部分はちゃんと覚えている。

「って、それは微妙に答えになってないし」

 私が話の路線を戻すと、竹下は視線を泳がせた。どうやら言いづらい理由があるようだ。

「で、何」

 それでも追及を止めないでいると、竹下は観念したとばかりに大きく息をついた。

「意外だったから。話なんて聞いてないと思った」

「え?」

「その……見た目も華やかだし」

 華やかななんて言葉を使っているけれど、ようは派手だと言いたいんだろう。確かに私は髪は金髪でしょっちゅう生徒指導をくらっているし、化粧もばっちりしている。

「でも、やる気はあるんだろなっておもって」

「んーまあ、私は学校嫌いじゃないよ」

 友達の中には学校に嫌々来ている子もいるけれど、私はそんなに嫌いではなかった。ついでにいうなら勉強も。

 そうでなければこの学校には入れなかっただろう。まあ見た目がこんな感じなので、周囲にはかなり驚かれたが。

「見た目が派手でも、こういう格好が好きだからしてるだけ。別に学校が嫌いなわけじゃないし、勉強する気がないわけでもない」

「みたいだね。だから、ちょっと手伝ってみようかと思って」

 どうやら彼は本気のようだった。

「んーじゃあ頼もうかな……」

 そう言った瞬間だった。

「水川!」

「うわ」

「話を真面目に聞け! 竹下に絡むんじゃない!」

 こういう時、いつだって私が怒られる。

 優等生はいつも被害者なのだ。

「あーはい。すみませーん」

 こうやって適当に謝っておけば、先生はため息をついてそこまでにしてくれる。ここで、自分じゃなくて優等生の竹下君が話しかけてきました、なんて言ってはいけないのだ。どうせ信じてもらえないから。

 こればかりは派手料として受け止めている。実際、校則を破って染めているのはこちらなので、そう思われても仕方ないのだ。

 ところが、今日はいつもと違った。


「違いますよ。俺が水川に話しかけてただけです」

 

 私は驚きのあまり口を開けたまま竹下の方を向いてしまう。その間抜け面が可笑しかったのか、竹下は微かに笑った。

「竹下が? む……授業中は静かにな」

「はい、すみません」

 彼が爽やかに謝ると、先生も少し決まりが悪そうにしながら、授業に戻る。


 私はなんだか、隣の席の竹下がモテる理由を垣間見た気がしていた。









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