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青い春  作者: 如月あい
3/5

学級日誌

 私は未来日記をでっちあげて、学級日誌を閉じた。

 学級日誌で書かされることは決まっている。一日の時間割。そしてその授業で何をしたか。ホームルームで話された特筆すべき事項。そして一日の感想。ようは日記である。

 この日誌というものは、私の学校では一日に男女一人ずつで担当するのが常であった。

 男子というものは往々にしてこういう作業に向いていないので、私が彼の一日の日記以外の欄をすべて書いてしまった。真面目な子は放課後に一日の日記を書くのだが、私はそんなことに放課後の一分たりとも使いたくない。部活が大好きな私は、極力その時間を減らすものを排除することに全力を注いでいた。

 そうして出した結論は、昼休み前までに今日起こるであろうことをふまえて今日一日の感想を書くことだった。

 学校の生活で予想外のことなんてまず起こらない。五時間目に体育があるなら、その結果疲れる。でもそれは先生受けする回答ではないから、体育で疲れたけれど楽しかったとでも言い添えておけばいい。天気の良い日に外で運動するのは気持ちがいい、ぐらいも書いていいかもしれない。

 日記も感想も、学校で求められているのは耳触りの良い言葉の羅列に過ぎない。あとはその感想が一日の行動からずれていなければいいのだ。そのぐらいの計算ができれば、先生なんてすぐに花丸をくれる。

「これ、今日の感想かいたら先生に出しといてくれる?」

 私は最大限愛想のよい声で言った。私は先生に対してはもちろん優等生だったが、それはクラスメイトに対しても同じだった。

「……まだ体育してないけど」

「うん、でも……放課後すぐに部活に行きたいから……」

「ふうん」

 今日の相棒である彼のその”ふうん”という言葉がなんだか嫌に耳に残った。それでも私は特に気にすることはないと思って首を横に振った。

 私は今まで十六年間生きてきたのだ。”優等生”として。




 次の日、私は学級日誌を書きなおす羽目になっていた。

「どうして出し忘れるの!? 信じられない! 私までとばっちりくらったじゃない!」

 と怒鳴りたい気持ちはやまやまだったが、私は残念ながらそういう”キャラ”じゃない。

 そんな気持ちになったのは、なんと彼が学級日誌を出し忘れたからだった。

 おかげでこちらまで巻き添えを喰らって、もう一日学級日誌を書かざるをえなくなったというわけだ。

 それでも私は怒りを抑えながらにっこりと笑って言った。

「忘れちゃったんだね。今日は私が出しておくね」

「ごめん。感想以外の欄は埋めるから」

「ありがとう」

 あたりまえだ。そう思ったけれど、そんなことは口に出しもせず、私はただうなずいた。

 そして六時間目が終わり、ようやく彼は学級日誌を書き始めた。一日の感想を律儀に授業が終わってから書いているらしい。そしてしばらく書くと、さっと私にそれを手渡した。

「じゃあ、よろしく」

 そういって彼は席を立った。

 今日は放課後の時間が削られるが、これは諦めるしかない。私は内心のイライラとした気持ちを押し殺しながら学級日誌を開いた。

 そしてふと今日の彼の感想欄を見る。


『ばっと雨が降った。かーっと晴れた。みんな喜んでいてふと窓の外を見ると虹が出ていた。たしか虹を最後に見たのはずっと前だった気がする。いい日になる、今日は』


 思わず私は窓の外を見た。雨上がりの空は、確かに虹がうっすらと出ていた。

 でもそれがなんだというのだろうか。

 きっと昨日もこの程度のことしか書いていなかったに違いない。彼の評価がどうなろうと構わないが、私を巻き込むのはやめてほしい。

 もう二度と、学級日誌を二日連続で書くなどと言うことはごめんだ。

 私は今日も再び当たり障りはないが、先生が好みそうなことを書いて、学級日誌を閉じた。

 それでもふと思い立って、昨日彼が書いた欄を覗いてみることにした。


『すごく天気のいい日だ。なんだか飛べそうな気がする。大きく伸びをしたい。にこっと笑いたい。なんだか気分がいい。連続すればいいなこんな日が。 PS 言いたいことは先に言う』


「PS……追伸?」

 私はつぶやいてしばし文章を眺めた。そしてそれぞれの文章の一番最初に目をやる。

「す、な、お、に、な、れ」

 まさか、と思って私はページをめくる。そういえば比較的落ち着いたイメージのある彼にしては、無駄な言葉や擬音語があった気がしていた。

「ば、か、み、た、い」

 口に出すと、なんだか笑えてきた。

 どうやら私の演技はとっくに見抜かれていたようだった。

 私はしばらく考えると、自分が書いた今日一日の感想をすべて消しゴムで消した。

 そして一言だけ書き、私は一度ため息をついて担任に学級日誌を渡した。


「今日は何もなかった」


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