踵を踏む
「三組だ」
近いけれど遠い場所で、彼の声が聞こえた。
私は思わず三組のクラス名簿に目を走らせる。私の名前はない。
「なっちゃん、五組だよ」
「おはよう! 見つけてくれたの? ありがとう」
小さな痛みを抱えて、私は笑って見せた。私の視界の端から彼はいなくなっていた。
「ともちゃんも同じクラス?」
「うん。よろしくね」
ともちゃんの笑顔がまぶしい。素直に親友と同じクラスになれたことを喜べない自分の心が、なんだか浅ましい気がして嫌になる。
「友平! おまえ、何組?」
「五組だよ」
「お、同じクラスじゃん。よろしくな」
「ほんとう?」
そうやって笑うともちゃんが、うらやましい。
私は知っている。ともちゃんは声をかけてきたこいつのことが好きだし、こいつもまた、ともちゃんのことが好きなんだ。
「なっちゃん、行こう?」
「そうだね」
私はぶっきらぼうにならないように気を付けながら、下ばきを下駄箱に放り込み、新しい上履きをかかとを踏み潰してはいた。こうやって履いていると、きっと先生に怒られるに違いないけれど、今は何かに反抗したい気分だった。
そしてともちゃんに気づかれない程度に、それでも苛立ちを一歩一歩に込めながら私は歩いた。すると私は勢い余って上履きを前に飛ばしてしまった。
「あ」
とんだ上履きは、なんと彼の目の前にぽとりと落ちる。
彼の驚いた顔、そしてその丸くなった目がふっと緩んでさっと上履きを拾い上げた。
「岸田の? 天気占いでもしてるの?」
「ご、ごめん。ありがと」
冗談めかして言われたその言葉に猛烈に恥ずかしくなりながら、私は上履きを受け取り、かかとまで入れてきちんと履きなおした。
「今年、クラス違ったみたいだな」
「え?」
「いや……残念だなと思って」
つぶやかれたその一言で、私の苛立ちはおどろくほど一瞬で消えてなくなった。
「休憩時間とか話せるし、メールもあるじゃない」
嬉しくてにやけそうになるのを押えながら、私はなんてことのない顔して言った。
「そうだな。じゃ、また」
少しだけ上がった体温と、抑えきれぬ興奮を抱えたまま、私は笑いながらともちゃんのところへ戻った。ともちゃんはころころと笑いながら、気を付けてねと穏やかに言った。私も心から笑って素直にうなずいた。
教室に戻ると、メールが来ていることに気づいた。
彼からだ。
私ははやる心を押えて、あくまでも冷静を装ってメールを開く。
『岸田と同じクラスになれなくて残念だったけど、メールって手があったよな。実は相談があるんだよ』
私はその先を読むために画面をスクロールさせた。
『おれ、友平のこと好きなんだ。協力してくれない?』
私ははいた上履きを投げ捨てたくなった。