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そしてガーダーに

 院内には噂が飛び交っている。

 エリシアが『災厄の業火』で傾倒する国王を亡くし、シアンと同じような喪失感を味わっていたこと、だからこそシアンの心情を察してくれたことを知るのに時間はかからず、シアンは彼女の悲しい瞳の理由に、得心がいった。


 シアンは相変わらず塞ぎこむ日が続いたが、喪失感に食いつぶされそうになる一歩手前で、どう察しているのかエリシアが現れた。

 忙しい身の上だと聞く。非番の日に見舞いに来てくれても、とんぼ返りしていく彼女。だが、短い面会の間に林檎を剥いてくれたり、ただ傍にいてくれるだけで、シアンの心は大分救われていた。シアンの心の整理がつくまで寄り添ってくれるエリシアの存在は、自然とシアンの拠り所になっていった。


 が、それと同時に、村を襲った反逆者に対する言い表せない怒りと悔しさも、着実に育っていった。シアンから大切なものを奪っておきながら今もどこかでのうのうと生きている奴を、沢山の命を踏みにじった仇を、許せるわけがないのだ。本音を言うなら殺してやりたい。


 そしてそんな感情は、声に出さずとも、シアンと接する機会の多いエリシアには伝わっているようだった。



 シアンの火傷が快方に向かう頃には、エリシアはシュトラインによって『災厄の業火』後に立ち上げられたエレメンタルガードの、総隊長に任命されていた。

 噂を通じてそのことを知ったシアンは、当然彼女についていくつもりで退院の準備を進めていた。


 だから、エリシアが次に述べた言葉は、シアンをぎくりとさせた。


「ガーダーとして、反逆者を殺さない勇気を持つことは出来るか?」


 エリシアの声は、シアンがこれまで聞いた中でも、一番理知的なものだった。


 ……やはりエリシアには、内心を看破されていたのだ。


 シアンはばつが悪くなり、逃げるように手元へ視線を落とした。しかしその仕草を見逃すエリシアではない。


「私の目を見ろ、シアン」


「……っう。……はい」


有無を言わせぬ響きに、シアンは思わず背筋を伸ばした。


「いいか? 反逆者の行動と、家族や知り合いを奪われた復讐としての貴様の行動は違うという奴もいるかもしれん」


「……うん」


「が、正義の鉄槌だろうと何だろうと、美しい言い訳や気高い理由をつけたところで、人殺しは人殺しだ。機関の目的は、反逆者に復讐することではない」


 それがエリシアの理念だった。


 エリシアの言葉は鉛のような重さを含んで、シアンの心へのしかかった。


(――――分かってるッスよ。オレがもしリングを持ち、その力で反逆者を殺せば……オレはその時点で反逆者と同じ、魔石を悪用した人殺しに身を落としちまうことくらい……)


 それはシアンの望むところではない。

 が、簡単に割り切れもしない。むしろシアンには、私怨と仕事を分けて行動出来るエリシアが不思議なくらいだった。

 エリシアだって『災厄の業火』で敬愛する王を亡くしたというのに、反逆者に対して、憎悪を募らせることはないのだろうか?


(それともオレだけ、なのかな……。反逆者をこの手で屠りたいと思うくらいの衝動が、身の内に渦巻いているのは……)


「正直、割り切れる自信は、ねえッス……」


 一言一言を区切りながら、シアンは慎重に言葉を選んだ。


「けど、けどオレ――――……」


(オレは――――……)


「無力なままは嫌だ……!」


 シアンはエリシアの腕を掴み、必死に追いすがった。


「病室で目覚めてから、生き残ったことを知らされるだけの身が悔しかった。自分の村が襲われたのに、何も出来なかった自分が呪わしかった。次に……っ」


シアンの手はエリシアの腕を滑り降り、彼女の手をギュッと握りしめる。

この手だ。この手が自分を助けてくれた。


「次にもしまた何処かで襲撃が起きた時に、ベッドの上で聞いているだけは、絶対嫌だ……!」


 エリシアの瞳が大きく揺れ動いたことに気づかないシアンは、震える声で続けた。


「それに……もし、もしもまた襲撃が起きたら、あんたも出動するんスよね? その時に、オレの知らない所であんたに何かあったらって思うと……」


 再び拠り所を失うと想像するだけで、握った手の温もりが消えてしまうことを考えるだけで、目の前が暗くなった。

 指先はエリシアの手を掴む力をなくし、シアンはだらりと腕を下げる。病室に痛いほどの沈黙が広がった。


 シアンは息をつめて、エリシアからの次の言葉を待った。


 もしもガーダーになることを否定されたら? エリシアに置いていかれて、また一人ぼっちになってしまったら?


 焦燥感が、シアンの首をじわじわと絞めていった。


「……無力な自分が不甲斐ない気持ちは、分かる」


 一拍おいてから、エリシアが言った。


「私も、国王様を救えなかった身だからな。何かをしたいという気持ち、当事者でありたい気持ちも、分かる……」


 共感するところがあったらしい。エリシアは自身のピンヒールを撫で、悔むように目を瞑った。そして観念したように口を開く。


「――――――――分かった、入隊を認めてやる。ただし、任務の際は人命の救助を最優先すると約束しろ」


「え……?」


 シアンは目を瞬いた。


「い、いいんスか!? 散々ごねておいて、なんなんスけど……」


「ああ。人手も不足しているからな。約束が守れるなら、入隊を特別に許可する」


「守るッス! 守るつもりッス!」


 シアンはベッドから飛び降り、光の速さで答えた。が、それと同時に不安も過ぎる。


「け……けど……も、もし自分では歯止めがきかずに、反逆者を殺そうとしたら……?」


 エリシアがギロリと睨みつけてきたので、シアンは急いで「もしッスよ」と念押しした。


「自制する努力はしろ。それでも無理なら、いざという時は私が止めてやる。それに……」


「それに?」


 エリシアはシアンの胸倉を掴んで引き寄せ、初めて愉しそうに笑った。


「貴様は、私に何かがあったら嫌なんだろう? なら、私の傍にいて、私を守れ」


「……っ! 了解ッス! オレ、そう……番犬ってやつッスね!」


「……番犬?」


「あんたが危険な目に合わないようオレが傍にいて、あんたを守る番犬になるッス!」


 シアンはじゃれつく犬のように目をキラキラさせ、揚々と宣言した。


エリシアはしばし唖然としていたが、椿の色をした唇を震わせ、シアンが見惚れるほど綺麗に笑った。


「貴様、本当は明るい奴だったんだな。番犬にしては頼りないが……期待してるぞ、シアン」



 事件から一年が経った頃、ミザリーから手紙が届いたのを皮切りに、物事が上手く回り始めた。そしてシアンは厳しい訓練に堪え、今ではガーダーのポープとして、任務に励んでいる。


 …………幸か不幸か、シアンは今日まで、反逆者と鉢合わせたことは一度もない。


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