セレッサ迎撃戦―戦闘―
シアンは土の壁を作り上げて身を庇うが、風圧に負けて土が砕けた。吹き飛ばされて背中から支柱へ叩きつけられる。その柱も砕けたかと思うと、神殿の壁や天井に亀裂が走り、内側から爆発を起こしたように神殿が弾け飛ぶ。
ルインの立つ石像だけが、無事な状態で青空の下むき出しになった。
シアンはすぐに瓦礫の山から顔を突き出す。予定ではルインが神殿から出たところで作戦を実行するつもりだったが――――仕方ない。
血の味がする口を開き、シアンは広場の隅まで届くように叫ぶ。
「リュミエール広場を包囲! 頼むッス!!」
「任せろ。準備はいいな貴様たち!」
瓦礫の上に立つエリシアが、声を張る。広場にはガーダーのうち、連日の襲撃での怪我が軽い十五名が輪を囲むようにルインを待ち伏せていた。そしてエリシアが大きく息を吸い――――……
「鋼よりも剛堅な土帝よ! 連なる壁を生み出し檻となせ!!」
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
円形の広場から、街の外へと放射状に伸びる十二のストリート。その全てに、建物より高い壁がせり上がっていく。ドミノのような幾つもの壁が、街の外から広場へ向かって迫るように通りへ立ち並び、息を呑む間にストリートを全て封鎖した。崩壊した神殿を中心として、高い壁にぐるりと広場を囲ませる。
即席の丸い檻が出来あがった。
「随分となげぇお喋りだったなぁ、シアンちゃんよぉ」
酒ですでに出来あがったレイラーが、封鎖された通りの一つの前で、陽気に声をかけた。
「待ちくたびれたぜぇ。おまけに神殿までぶっ壊れちまって……宰相に感謝しとけよぉ。生きてる奴とは無縁の場所に魔石を隠してたお陰で、民の心配しなくて済むんだからよぉ」
「放射状に区画されたセレッサの作りを利用すりゃ、ルインを囲めるっちゅう話だしな」
レイラーの向かい側に位置する通りの前に立ち塞がり、ラゴウが豪快に笑った。
シアンは袋のネズミになったルインへ向き直る。
「卑怯なんて言うなよルイン。オレはガーダーで、お前を捕まえに来たんだからな」
ルインは日の光に晒された石像に立ったままだ。
彼は八方をガーダーに囲まれても焦ることなく、風の魔石をボールのように上へ投げてはキャッチしながら、うすら笑いを浮かべていた。
「……卑怯なんて言わないさ、シアン。だって」
ポーンと空中へ投げ上げられた魔石が、ルインの手元へ落下してくる。それをルインが鮮やかにキャッチした瞬間、フラッシュを焚いたように魔石が光った。
「だってエレメンタルラピスを持つ僕の方が、圧倒的に有利なのは変わらないだろ!」
ルインが言い放った瞬間、横に螺旋を描く烈風が出現した。南東の通りを封鎖する何十もの壁を、風の塊が砲弾のように貫こうとする。
通りの近くにいたガーダー三名は、土のシールドを作りだして身を守ろうとした。が、吹き飛ばされた。建物に背中からめり込んで昏倒してしまう。
風の砲弾は建物が倒壊するような音を立てて壁に直撃し、強靭な壁を穿った。大地が揺れる。
「ほら、相手にならない。君たちがリングの力を掻き集めても、欠片と本体じゃ、魔力の力量が違うんだよ! ――――――――ん?」
風の砲弾は、規則正しく並んだ分厚い壁を六枚まではたやすく砕いた。が、七枚目を貫いたところで勢いが落ち、九枚目の壁にひびを入れたところで威力を失くした。その後ろにまだ十枚ほどの壁が残っているのが、土煙越しに確認出来る。
「……はあ!? 何でだよ……僕の魔石が、リング如きに負けるはずが……」
ルインが呆然と呟く間に、壁の崩壊した場所から新しく、ガンッと壁が歯のように生えてきた。さらに建物の表面まで、土でコーティングされていく。
「分かんねぇのかルイン」
持ち前の脚力を頼りに、シアンは軽い身のこなしでトントンと石像を登りながら言った。
「待ち伏せていたオレらが、土の魔石をお前にまんまと奪われると思うか?」
ルインはハッと顔色を変え、風の魔石とは逆の手に握っていた土の魔石を、穴が空くほど睨んだ。
呪文を唱えていない今、ガラス玉のように透き通ったままの石。これは果たして……。
「偽物だ、それは。貴様が奪いに来る前に、保管されていた本物と入れ替えておいた。――私が今使用しているこちらが、土の魔石の本体だ」
しなやかな所作で、エリシアは隠し持っていた土の魔石をルインに見せた。本物の魔石は、彼女の手の中で暖かい橙の光を放っている。
「何故壁を破壊し尽くせなかったのか不思議か? 魔石の大きさが互角なら、貴様と私では、私の方が強いに決まっているだろう。私はガーダーの隊長だぞ。……使い手の力量が違う」
唇の端を上げ、エリシアは凄艶な笑みを浮かべる。シアンはそんな彼女に苦笑を零しながら、石像の腰辺りまで駆けのぼった。
斜め上にルインが見える。無意識か、ルインは石像の手のひらの上まで後ずさった。シアンはルインを追い詰める。
「オレばっか聞きっぱなしじゃ悪いからな、ルイン。教えてやるよ。宰相の権限で、オレらは今、魔石本体の使用許可を与えられてる」
「……っ出過ぎた真似を……魔石は僕の物だ! 僕だけが好きに使う権利がある!」
「違うな」
シアンはルインの言葉を、きつく両断した。
「エレメンタルラピスは、最後の魔女が国のために残してくれた物だ。お前が私利私欲のために振りかざしていい力じゃない。――――行け! 水の魔導書アクアディンゲン!」
シアンは、五メートルの高さはあるだろうか、本の形をした水を生み出した。開いた状態の本は、まるで巨大な壁だ。
「ルインを捕えろ!!」
シアンの命令を聞き入れた水の本が、逃げ場のないルインに迫る。彼を追い詰めた本はバタンッと閉じ、栞のようにルインを挟んだ。かに思われたが――――……。
「舌の業火ゲレナフレイム」
牢と化した水の本に閉じ込められたルインの唇が、そう囁く。
すると、ゼリーのように本の形を保っていた水がゴポリと泡立ち、内側から弾けた。飛び散った水が石像にかかり、白い石像を灰色に侵食していく。濡れた個所から湯気が上がった。
それだけではない。ルインの周りを守護するように纏わりつく火が、シアンへ向かって肉厚な舌を伸ばしてきた。
「……っヘカトンケイレス、水バージョン!」
シアンの命により現れた水製の六本の手が、ルインの炎をむんずと掴む。
しかし魔石の大きさの差か、ルインの炎が押し、水の手は四本蒸発してしまった。他の隊員がシアンに加勢する。すると、炎は枝分かれして蛇のような形になり、隊員たちに襲いかかった。
さらに広場全体へ、ルインから水の弾丸が雨のように降り注いだ。地面が蜂の巣になる。
「怪我はするな! 魔障にあてられるぞ!」
エリシアの注意が飛ぶ。しかし、二人の隊員が重傷を負わされてしまった。
シアンは次々に襲い来る火を、水のリングの力で相殺させていく。その途中、ルインの意識が他の隊員にも散っていることを確認し、叫ぶ。
「ラゴウ先輩! レイラー先輩、頼むッス!」
「おう、任しとけ! ちゃんと着地しろよシアン!」
「ああん? 『お願いします』だろうが、シアンちゃんよぉ!」
気のいい返事をしたラゴウと、色男に似合わぬ乱暴な口調でどやすレイラー。
二人は何を『頼む』のか説明しなくとも、シアンの考えを読んでいるようだった。それぞれ石像に駆け寄る。
ラゴウは拳に鋼鉄のような土のガントレットを纏い、翡翠の池を飛び越える。と、石像の足の部分を豪快に殴りつけた。それと同時に、レイラーは水で作りだした太刀オオデンタミツヨを振り上げ、石像を何度も叩き斬る。
「らっせぇええええい!」
「お前さん、何だその掛け声! 気ぃ抜けんだろ!」
レイラーの奇妙な掛け声を、ラゴウがたしなめる。しかし雷鳴のような音が轟き、二人の声は掻き消された。ラゴウたちの攻撃によって亀裂の入った石像が、下の方から砂糖菓子のように崩れだしたのだ。
「派手すぎッスよ、もう……!」
足場が割れて落下し始め、胃の浮遊感を感じるシアン。すかさず足場を蹴り、自分から石像を離れ落下していく。その際、女神の石像の手のひらから宙に放り出されるルインが見えた。
「くそ! シアン!!」
悪態をつき、ルインは無防備な状態で落下していく。この状態をシアンは待っていたのだ。
「今だ! 畳みかけて魔石を奪って下さいッス!」
シアンがあらん限りの声で叫ぶと、隊員が六人がかりでルインに飛びかかった。シアンは落下していく中、水や風、土や火がぶつかって弾け、うねり、空気を震わせるのを見た。
「ヘカトンケイレス、省エネバージョン!」
シアンは地面を突き出して現れる、柔らかい土の手のひらを一本想像する。一秒もしない内に現れた巨大な土のてのひらへ、猫のように着地した。
すぐに体勢を整えて加勢に向かおうとする。――――が、再び、吹き飛ばされそうな風が襲ってきて、シアンはヘカトンケイレスの指にしがみついた。
薄目を開けてみると、ルインが空中で風を巻き起こし、隊員たちを蹴散らしていた。吹き飛ばされた隊員たちが防御のためにリングの力を解放するので、あちこちでライトのように光が瞬く。
「ハエ如きが……っチラチラと僕の前を飛ぶな!!」
ルインが口汚く罵った。
空中という無防備な状態でルインに攻撃を畳みかければ、勝機はあると踏んでいたシアン。しかし実際は、ルインは土の魔石を持っていないにもかかわらず、土でポールのような足場を作りだし、そこに着地していた。それで地面へ叩きつけられるのを回避したようだ。
「何で土の魔石を持ってないルインが、土を生み出せるんスか……?」
(……そういやルインには、微弱な魔力が宿ってるんだったッスか。けど、見た感じでは……)
ガス灯二本分くらいの高さのポールを作りだすのが限度だろう。そう瞬時に判断を下したシアンの元へ、ルインへ向かっていったはずの隊員が吹っ飛んできた。慌ててキャッチし、ヘカトンケイレスに乗せる。が、頼りのヘカトンケイレスは猛風に堪えられず、砕けてしまった。
「嘘だろ!? ……ぐっ!」
シアンは隊員もろとも吹き飛ばされ、ストリートを塞ぐ壁に叩きつけられる。ぐったりした隊員を庇うように抱え込んで受け身を取ったが、衝突した瞬間、ぐっと息が詰まった。たまらず、喉元へせり上がってきた血を吐き出す。
「げほっ! ……先輩、大丈夫ッスか!? 傷だらけじゃないッスか――……」
吹き止まない風と土の壁にサンドイッチされている気分を味わいながら、シアンは尋ねた。
「あ、ああ、大丈夫だ。それよりシアン、これ……役に立たないかな――……」
隊員は血糊のついた手で、丸く透明な石をシアンに渡してきた。シアンは声を弾ませる。
「それ! 魔石の本体じゃないッスか! ルインから取り返せたんスね? 何の魔石の本体ッスか!?」
「いや……僕たちが土の魔石のダミーとして用意して、さっきまで反逆者の手にあった物だ」
「そう、ッスか……」
つまり、ただのガラス玉だ。先ほど石像から投げ出されたルインを攻撃した際に、ルインが無意識で手放した物を、隊員は回収したらしい。
シアンは風のリングで空気の対流を作りだし、身を庇いながら、ううんと頭を捻る。
(透明のガラス玉で、ルインに対して出来ることか……。ルイン? ルインといえば――……)
「そうだ! 役に立つッスよ、このガラス玉。おかげでルインを追い詰める作戦を思いついたッス。――――今からオレが言うこと、他の隊員へ伝達してもらってもいいッスか?」
そう言ったシアンのポケットからは、チャリ、と金属の擦れるような音がした。




