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セレッサ迎撃戦―血筋―

カツン、とヒールが鳴る。エリシアが神殿の屋根の上に立ち、屋根に空いた大穴から、内部にいるルインを睥睨していた。


「たい……ちょう……」


 シアンは虐げられた獣のような目をエリシアへ向けた。エリシアは厳しい表情を崩す。


「話し終わるまで待つつもりだったんだがな――――友と思っていた者の、化けの皮がはがれる姿を見るのは辛かっただろう。……頑張ったな、シアン」


 シアンは大きく首を横に振り、打ちひしがれている場合じゃないと自分を奮い立たせた。


「……全然頑張れてないッスよ。だから、今から頑張るッス」


「――――待ち伏せがシアン一人とは思っていなかったけど……」


 怒気を孕んだ声で、ルインはエリシアに唸った。


「横入りした上に、国の狗如きが僕を侮辱するな。僕の嘘を二年間も見破れなかったくせに!」


 ルインの怒りに呼応して、彼の周りに火の玉が灯った。それがエリシアへ向かって矢のような速さで飛んでゆく。

 エリシアは造作もなさそうに水の盾を精製し、攻撃を弾いた。


「杜撰な嘘に、二年間も踊らされてきた失態は認めてやる。が……貴様が単細胞であることは否定出来んだろう? 貴様の不興を買い、評議会は手を切られたとキルギスが言っていた。貴様が一時の怒りに任せて評議会と仲間割れをしなければ、奴らの保管する魔石を手に入れるのに、一年もかからなかっただろうに」


 エリシアの言うとおりだとシアンは思った。

 しかし、ルインは青筋を立ててがなり立てる。


「僕があんな奴らに、利用されたままでいるわけがないだろう!!」


 ルインの顔が怒りで歪み、悪鬼の如き形相になった。雪のような肌が紅く染まる。


「僕が火傷を負ったことによって計画が狂った評議会の奴らは焦っていた。奴らは内部の犯行という証拠を残し過ぎたせいで、僕が中央病院に移送されてからもしばらくの間、宰相に目をつけられていたからだ。おまけに無事な魔石の本体は、リーゼロッテの命によって新たな保管場所へ移動になる始末! ……だがルーン村での僕の単独行動を快く思わなかった評議会どもは牽制のためか、それらしい理由をつけて僕に新たな保管場所を教えようとはしなかった」


 ルインは当時のことを思い出しているのか、万感の憎しみがこもった声で言った。


「でも、そんな生意気な態度は、僕が王になってから叩き直してやればいい。カビ臭いベッドの上でそう自制していた。けれど僕は……『ある物』を手に入れたことにより、評議会の過去の罪過を知った……」


 ルインは虚ろな声でそう言い、懐に手を入れた。シアンたちは身構えたが、ルインが取り出したのは、よれた数枚の羊皮紙だった。


「古記録だ。二百年前、最後の魔女と通じたアレクセン王の日記さ」


 シアンの顔に浮かぶ疑問を読みとったルインが、羊皮紙の正体を説明した。


「なあシアン。アレクセン王と最後の魔女の子供がどうなったか、知っているか?」


「……どうなったって……ジハード国王様の話では、雷が落ちて、王と子供は離れ離れになったって……だから、子供はルーン村に――……」


 話している途中で、シアンは雷に打たれたような衝撃を受けた。


 そうだ、何であのお伽噺が史実と確信を得られただけで満足し、思考を放棄してしまったのか――――王と子供を離れ離れにした『雷』は『評議会』を指しているとシュトラインが言っていた。


(それってつまり、王と子供を、当時の評議会が引き裂いたということじゃないッスか!)


 エリシアもそのことに気づいたらしい。驚倒した様子で「まさか……」と呟く彼女を、ルインは鼻で笑い、古記録を読み上げる。


「日記には、評議会の奴らへの恨みつらみが書かれていたよ」



 最後の魔女である彼女が亡くなったというのに、評議会に悲しむ者はいない。彼女が「国のために使ってくれ」と残してくれたエレメンタルラピスに意識がいってしまっている。

 その証拠に、あの者たちは私が悲嘆に暮れている間に、エレメンタルラピスの内、二つを評議会が管理するよう押し切ってしまった。

 私に力が集中し、独裁政治になるのを防ぐためなどと……諮問機関というのは口だけは回るな。彼女を失った私には、もうこの世に希望一つ、見いだせないというのに。

 ……いや、希望はまだあったな。彼女との間に出来た愛しい息子がいる。……けれど、その息子とも、もう会うことは叶わない。評議会の手によって、彼はルーン村のような辺鄙な地へ流されてしまった。あの者たちは王妃の手前、体裁が悪いと申していたか……それとも愛してもいない王妃との間に産まれた嫡男との王位継承争いを避けるためだと口上だけは取り繕っていたか……失意の中にあった私には確かな記憶がないが、魔の血を受け継ぐ者を恐れ、傀儡にしやすい嫡男を王位につけようと評議会が画策しているのは、目に見えている。

 私は評議会の権力にこのまま押されていくのだろうが、せめてルーン村が穏やかな場所であり、息子が平穏に過ごせることを願うばかりだ……。



 読み終えたルインは、羊皮紙を力任せに握りつぶした。


「評議会は僕の祖先をルーン村へ追いやった元凶だ! それなのに、その事実を僕に黙ったまま、今度は評議会に都合がいいからと僕を欺き利用しようとした! 許されざることだ!」


 その場で地団駄を踏むルインに向かって、エリシアは冷徹に返す。


「貴様の祖先をルーン村へと追いやったのは二百年前の評議員たちだ。キルギスやリブルハートではない」


「だが評議会は世襲制だ!」


 ルインは激しい語調で噛みついた。


「王の血を受け継ぎながらもその存在を知られることなく、何世代にも渡って僕の祖先がルーン村で……あんな閉鎖的な田舎でのひもじい生活を強いられてきた間、評議会の奴らは貴族として何不自由ない生活を保障されてきたんだ! そんな奴らが、僕まで欺いた! こんな屈辱があってたまるか!!」


 ルインの咆哮のような怒声が、神殿内に響き渡った。リーゼロッテと同じ色をした紫の瞳が、端正な顔の中で危険な光を放つ。


 ルインは深呼吸して怒りを抑え込み、古記録を懐へ仕舞った。


「……退院してすぐ評議会と手を切った僕は、奴らの粛清にかかった。世間を騒がせている襲撃のことさ。水と風の魔石を探すのと同時に、評議員たちを殺せばいいんだ。楽な復讐だったよ。奴らの飼い犬に手を噛まれたような顔、シアンにも見せてあげたかった」


「見たくなんかねぇよ!」


 シアンは即座に否定した。


「……評議会の奴らは卑劣だと思う。けどルイン、お前も十分最低だ。お前の勝手な都合で、どれだけの人の平穏が壊されたと思ってる!? 気づいてねぇのか? 評議会のせいで人生を狂わされたって嘆いてるお前自身が、多くの人の人生を奪ったんだぞ!」


 シアンの脳裏に、襲撃で死んでいった人の姿が浮かぶ。亡くなった人だけじゃない、生きている人々にも、ルインは深い傷を残していった。

 しかし――――ルインは悪びれる様子もなく言った。


「愚民どもが僕に人生を狂わされたというなら……僕としてはラッキーだな。だって愚民どもは、僕の力を目の辺りにし、恐怖したはずだ。なら、襲撃というたび重なる恐怖を植えつけられた国民は僕に逆らえばどうなるか、もう重々理解しているはずだろう?」


「ルイン、お前……!」


 半眼で睨むシアンに、ルインはゆったりと告げる。


「そう荒立つなよシアン。ついでに侮るな。僕がさっさと王位につかず襲撃を繰り返したのは、圧倒的な力で民衆をねじ伏せ、抵抗する意志を削ぐためでもあったんだ。そしてエレメンタルラピスを揃えた今、いかなる軍隊だって僕の敵じゃない」


「……っ軍が無理でもオレらが……」


「無理だよシアン。君にも、そこにいる女にも」


 ルインは嘲りに満ちた視線を一瞬エリシアへ送り、確信に満ちた笑みを浮かべた。


「誰にも僕は止められない。僕は君たちを始末し、それから宰相を殺しに行く。あの宰相に恨みはないけど、奴がリーゼロッテにつくなら邪魔な存在でしかない。もちろん、リーゼロッテと評議会の残りの連中も殺すよ。……でもシアン」


 背筋が粟立つような猫撫で声で、ルインはシアンの名を呼んだ。ルインは端正な目尻を和らげて微笑みかけ、シアンへと手を差し出す。


「君だけは、見逃してあげてもいい。シアンは助けてあげる。だから僕の手を取りなよ。昔みたいに僕を敬って接するなら、家来にしてあげるよ」


 自らの発言に一片の疑問も抱かぬ様子で、ルインは人好きのする笑みを浮かべる。シアンは返す言葉がなかなか舌の上に載らず、俯いて、胸に自嘲を刻んだ。冗談じゃないと思った。


(ルイン、お前は――――オレがミザリーを殺したその手を取ると、本気で思っているのか……?)


「…………なら……かったッス……」


「は?」


 シアンの呻きを聞き取れなかったルインが聞き返す。シアンはルインを睨み据え、叫んだ。


「……こんなことになるなら、ミザリーの言うことをちゃんと聞いときゃよかった!! お前とダチになる時、へつらって敬語なんか使わなけりゃ、お前もここまで勘違いしなかっただろ!!」


(友だちは対等であるべきだと、ミザリーは注意してくれた。その通りだ。友だちならルインを甘やかしていい気にさせるんじゃなく、諌めてやるべきだった……!!)


 肩を上下させて荒い息を吐くシアンに、ルインは行き場を失った手を下ろす。火傷でひきつれたこめかみが、神経質に脈打った。


「……勘違い……? 僕が……?」


「言い得て妙だな」


 エリシアは突き放すように言った。


「ルイン、貴様は己の不遇を恨むだけの、王の資質も持たない勘違い野郎だ」


「――――あぁ?」


 視線で人を殺せそうな目を、ルインはエリシアへ向ける。それからシアンへ向かって、幻滅したと言わんばかりに嘆息した。ルインは長い黒コートのポケットへ手を伸ばす。


「……僕の手を取らないんだね。温情を仇で返すなら、もういいよシアン」


 ポケットから出てきたのは、白く輝きを放つ風の魔石だった。神殿内にピリッとした空気が走る。


「やっぱり君も――――――――二年前に、ミザリーと一緒に死ぬべきだったんだ!!」


 言うが早いか、ルインの風の魔石から、波紋のように強風が生じた。


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