セレッサ迎撃戦―因縁―
「魔石は自分にふさわしい物だと言っていたお前なら、土の魔石を手に入れるために、絶対来ると思ってたッス」
シアンは指を銃の形に構えたまま、石像の方へにじり寄る。
石像の腕を足場に立つ男は、紛れもなくルイン・ソルシエールだった。ただ、シアンの記憶していた姿よりも少しだけ頬がやつれ、男らしくなったように見える。ピアノ線のような髪も、胸元の近くまで伸びていた。
「……なるほど? ……ミザリーの手紙を利用して、僕をおびき寄せたのか……」
ルインは一瞬で悟ったようだった。
「ということは、『災厄の埋み火』の記憶、全て思い出したのかな」
「……ああ。ルイン、お前を反逆罪で捕まえる。大人しく投降しろ」
シアンは押し殺すように言った。ルインは珍獣を見るような目をシアンへ向け、せせら笑った。
「何を言うかと思えば……全てを知ったから僕を此処へおびき寄せたんじゃないのか? 知らないなら幼馴染のよしみで教えてあげるよシアン。僕は王族と魔女の血を受け継ぐ者だ。王となる僕を反逆罪で裁こうなんて戯言は、いくら幼馴染の君でも許されることじゃない」
「……っ襲撃で罪のない民を殺しておいて、よくそんなふざけたことが言えるな!!」
頭に血が上り、シアンは叫んだ。ルインは嫌な笑いをやめない。
「襲撃なんてとんでもないよ。僕は自分の持ち物を取り返していただけだ。だってそうだろう? 魔石は魔女の末裔である僕、ルイン・ニーベルにのみ、使用が許可されるべき物だ。愚鈍な民のために使われることに辟易していたんだよ。だから本来の持ち主であるべき僕が回収した。その何が悪い? 回収の工程で愚民共が勝手に死んだだけだろ。ああ、あと……」
奥歯を噛みしめるシアンを、ルインは下賤の者を見るような目で見下ろした。
「僕を『お前』なんて軽々しく呼ぶなよシアン。身分を弁えろ。僕と君は違う。僕は選ばれし者だ。自身にもわずかに魔力が宿る僕は、間抜けなシアンや愚民と違って魔瘴を受けないのがその証拠さ。未来の覇者たる僕に、偉そうな口を聞くな」
「……っ」
あまりの言いように、シアンは言葉を失った。
ずっと共に育ってきた幼馴染の本質を、理解しきっていなかった。ただ仲間内で威張りたいだけだと思っていたルインが、これほどまでに歪んでいたなど、シアンは思いもしなかった。
敷き詰められた石の地面に立つシアンと、そこから首が痛くなるほど見上げなければならない高さの石像を足場に立つルイン。それと同じくらいの格差がシアンとルインの間にはあると、ルインは思っているようだった。
「……だけど懐かしいな、シアン。そうだな……王となる僕のこれまでの道のりを、幼馴染の君になら、聞かせてあげてもいいかもしれない。君も知りたいだろう?」
「……ああ。経緯なら、知りたいッスね」
「頭が高いな。敬語はちゃんと使えよ」
シアンは唇を引き結ぶ。ルインは尊大に溜息をつき、長い前髪を掻き上げた。
「――まあいい。もう二年以上前のことだ。ルーン村を訪れたキルギスが、僕の血筋を教えた。最後の魔女はこの国では珍しい銀髪だったって話だから、僕の髪を見て判断したんだそうだ。キルギスの話はすんなり納得出来たよ。幼い頃から母さんに、僕は特別な存在だって教えられてきたから、話を聞いた時は『やっぱり』って気持ちが強かった。あ、キルギスは知ってるだろう? ロシャーナでシアンといた評議員だ。記憶を失ったって新聞に書いてあったから、僕の正体はバレてないって思ってたんだけど……やっぱり、あいつがバラしたのか?」
シアンは首を横に振った。
ルインは疑わしげな視線をシアンに送ってきたが、本筋に戻った。
「ふうん……。とにかくキルギスは度々僕の元を尋ねてきて、ジハード国王を殺して火の魔石を奪い、僕が王位を継承するように促してきた」
「……オレがルーン村でキルギスを見たのはそのせいか……」
エリシアの執務室にいた時、キルギスがシアンの質問にうろたえたのは、悪事が露見するのを恐れたからだろう。
あの時に詳しく問い詰めておけばよかったと、シアンはほぞを噛んだ。
「僕は評議会の計画に乗ってやった。当然だ。僕は由緒正しい血統だと判明したのに、あんな田舎の村で、誰にも崇められることのないまま老いることを選ぶと思うか? まさか! だから国王を殺した。評議会の計画では『災厄の業火』のあと、リーゼロッテと宰相も殺して土の魔石を手に入れ、評議会の管理する水と風の魔石を受け取り、僕が玉座につくはずだった。けど僕は、すぐにはその行動に出なかった。評議会の頼みをすぐに実行してやるのは言いなりみたいで癪だったし、僕には王座につくまでに、どうしても清算したい過去があったからだ」
「清算したいことって……まさか……」
シアンは胃の腑が凍っていくような心地がした。ルインは嗜虐的な笑みを口元に刻む。
「そう、『災厄の埋み火』だよ。キルギスたちも解せないようだったけど、僕にとってルーン村を焼くことは、クーデターの計画を立てた時から頭の中で描いていたことだった」
「――――!? 何でだよ! オレらが生まれてからずっと過ごしてきた、大切な故郷だろ!」
「大切な故郷!」
ルインは強調して言い、吹きだした。石像にもたれ、不遜な様子で言う。
「反吐が出る言葉だ――――僕には何の価値もない村だよシアン。むしろ近い将来ニーベルを統べる僕にとって、ルーン村で生まれ育ったことは汚点でしかない! あんな落ちぶれた村で一生を終えるようなカス共が、僕や母さんのすごさを認めないどころか、つまらない者を見るような目で接してきた! そんな事実は僕の人生にいらない! ……だから王になる前に清算したんだ」
当然だろう、と言わんばかりのルインに、シアンは拳を震わせた。
「……っそんな子供じみた理由が、人を殺していい理由になるかっ!! 腫れ物扱いされたことを恨む前に、自分の取ってきた行動を顧みたことねぇのかよ! お前は……」
「ミザリーみたいなことを言うなよシアン」
ルインはシアンの言葉を遮り、煙たそうに言った。『ミザリー』という一言が火種となり、シアンは押し込めていた感情を爆発させた。
「ミザリーは!! お前はミザリーも、ふざけた理由で殺したのか!? 憎いから、気に入らないからって!? ミザリーはいつだってお前に、真摯に接してきたのに!」
怒りが血のように全身を巡る。あまりに大声で叫んだせいか、鼓膜がおかしくなった。
「……ミザリーは例外だ」
ルインは手元の土の魔石へ視線を落とし、苦々しそうに言った。
「シアン、僕はね、君とミザリーだけは、『災厄の埋み火』に巻き込まないつもりだったんだよ。助けてあげようと思っていた。村に火をつけるのはミザリーが村を出た後にするつもりだったし、シアンには何か理由をつけて、村から遠ざけておくつもりだった」
意外な告白にシアンは戸惑う。
記憶を忘れたままの自分なら、ルインの言葉をすんなり信じたかもしれない。けれどミザリーの生存さえ嘘で塗り固められていたと知った今は、ルインから発せられる言葉の一つ一つが軽々しく、疑わしく感じられた。
「……嘘つくなよ! オレは見た、お前がミザリーを燃やしたところを――――……」
「それは結果だよ。シアン、長年一緒に過ごしてきた僕が、君やミザリーに情の欠片も抱かなかったと思うのか?」
「……村人を焼き殺すことを当然と言うお前なら、そうかもしれねぇって思い始めてる!」
「誤解だよ。僕はシアンには、好意的な感情を抱いていたんだよ? あの村で、シアンだけは僕に優しかったから。君が僕の成そうとしていることを理解してくれるなら、仲間にしてあげようとさえ考えてた。ミザリーのことだって、嫌ってはいなかったさ。むしろ、好ましいと思っていたくらいだ」
シアンはルインの両眼が嘘をついていないか、食い入るように見た。もうわけが分からない。
混乱するシアンを放って、ルインは当時を思い出すように続けた。
「本当さ。ミザリーが引っ越すと知った時だって、本当はショックだった」
「なら……なら何で殺したりしたんスか!」
再び怒りが全身を駆け巡って、シアンは震える声で言った。ルインは口を真一文字に結ぶ。
「――――自首を進めてきたからだ」
「は……?」
「友だちだと思っていたのに、ミザリーはあろうことか、僕に自首を勧めてきたんだよ。そう! あいつは気づいていたのさ! 僕が反逆者だって。『災厄の埋み火』の日、ミザリーは僕を呼び出して言った。あなたは間違ってる。私もついていくから、自首しなさいって言ったんだよ!」
ミザリーは正義感の強い少女だ。何かのきっかけでルインが反逆者だと気づいたなら、彼女は間違いなく自首を勧めたのだろう。
そして、言われたルインの方は――……。
「腹が立ったね。そしたらもう、怒りで火の魔石を制御出来なかった。予定していたよりも早く、村を燃やす結果になった。僕は激怒していたし、同時に反逆者とバレたことに焦ってもいた。だから口封じのためにミザリーを始末するしかなかったんだ。そこへシアン、君が現れた。僕は君も始末するはめになった」
「けど、上手くいかなかったってわけッスか?」
ミザリーの死に悲鳴を上げる心を抑え込み、シアンは嗤笑した。
「ミザリーが命を張ったお陰で、お前は重度の火傷を負い、未だに玉座へついていない!」
「……あの時の僕は、魔石をコントロール出来ていなかったから……」
ルインは鼻の頭に皺を寄せ――それから、勝ち誇ったように笑った。
「けど、ミザリーの努力は無駄に終わった。運命は僕に味方したじゃないか。満身創痍で捕まる覚悟をしていた僕が、目覚めたシアンが『災厄の埋み火』の記憶を失っていると知った時、どれほど腹を抱えて笑いたかったか! 咄嗟に、僕はミザリーが生きていると嘘をついた。もしもミザリーが死んだ事実を伝えることによってシアンの記憶が戻れば、僕の計画はパアだからね。本当はシアンを殺すのが一番確実な方法だったけど、当時の僕は寝たきりで手が出せなかった」
ルインは、コートの下に隠れた左半身のケロイドを思い出し、最後の一言を不快そうに告げた。
「そこそこ大変だったよ? 君の女上司に怪しまれないよう、『災厄の埋み火』で何があったのか嘘を説明したり、シアンの記憶を無理やり引き出させないよう予防線を張ったりするのはね。僕はほどなく評議員の息がかかった者によって、シアンの女上司の目が届かない中央病院へ移送されたわけだけど、回復した今度は、シアンはよりによってエレメンタルラピスの欠片を持つ機関に属していたから、容易には殺せなくなったのも面倒だったな。だから僕が魔石を揃え王位につくまでは、シアンが記憶を取り戻していないか、ミザリーの手紙を通してシアンの動きを監視することにした……その場しのぎの嘘をつくと苦労するね。まあ、王位につくまで一時的に騙せればそれでよかったんだけど」
「ああ、でも」と、ルインは石像から背中を離して言った。
「ミザリーのせいで随分な目にあったけど、彼女という隠れ蓑は、思わぬ副産物を生んでくれたよ。一度ミザリーの振りをして手紙を送ってやれば、シアンが面白いくらいに食いついて、魔石の扱い方の情報を漏らしてくれたからね。……ああ、気づいてなかったんだ?」
横っ面を張られたような顔をするシアンを見て、ルインは意地悪く笑った。
「二年前は魔石を扱い切れていない僕だったけど、今じゃ火をドラゴンにだって変えられるのは君のお陰だ。まだ謎が多いせいで、どこまで応用が働くのかは実際に試すことでしか分からない魔石だけど……コツは分かってきたよ」
「オレ……は……」
「ミザリーにせがませると何でも応えちゃう癖、治ってないんだね、シアン」
「……っ」
シアンがルインの性格を利用して此処へおびき寄せたように、ルインもシアンの性格を熟知し悪用していたのだ。そんな自分をよく知る人物が、ミザリーを殺した。シアンを裏切った。
(…………王という肩書に、共に過ごした日々は負けた?)
現実に心を折られそうになるのは何度目かと、シアンは項垂れた。
しかし――――……。
「のこのこセレッサにやってくる直情型の単細胞かと思えば、なるほど、悪知恵だけは働くようだな。王の器も持たない姑息な奴めが」
頭上からかかった凛乎たる声に、シアンは引き上げられるように顔を上げた。




