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シアンの暗い影

 エリシアとシュトラインが手前の建物内へ消えていくのを、シアンは断腸の思いで見送った。

その後は、他のガーダーと共に、テントの傍で遅い食事を取ることにした。

食事といっても、ボソボソした食感の乾パンだ。しかし機関の本部がある王都から夕食前にすっとんできた身としては、味気のない乾パンでも、玉ねぎが溶けるまで煮込んだスープに匹敵するほどの価値があった。


「……ちょっとビスケットみたいに甘く感じてきたッス」


 切り株代わりの岩に腰かけたシアンが乾パンをかじりながら言うと、ラゴウは露骨に嫌そうな顔をした。


「やめんかい、何か可哀相な気分になるじゃねえか。あー、肉食いてぇ肉。軍の奴ら、持ってねぇんか? シアン、お前さん下っ端なんだからちょっと聞いてこいや」


「あったとしても、オレらには分けちゃくれねッスよ」


「あー……。違いねぇな。同じ軍服纏ってても、エレメンタルガードは軍にあって軍にあらず。嫌われてっからなー」


 ラゴウがあっけらかんと言うと、周りの隊員が豪快に笑った。


 十六歳という年頃のシアンにとっては悲しいことに、ガーダーは男の比率が高いので笑い声さえむさ苦しいし暑苦しい。辺りはまだ煙たく、熱気が充満しているから余計にだ。


 やはり隊長にぶたれてでも、無理矢理ついていくべきだったとシアンは後悔した。何が悲しくて、筋骨隆々の男に囲まれながら食事を取らねばならないのだ。


 シアンはすさんだ気持ちで乾パンをくわえた。手慰みに切り株の根元に植わった雑草をぶちぶち引っこ抜く。と、草木も眠る時間にも関わらず、金切り声が辺りを切り裂いた。


「嘘よ! アタシの旦那が亡くなったはずないわ!」


「お前さんも目の前で見たろう、あいつは瓦礫の下敷きになっちまって……」


「見てないわ! 嫌よ! そんなはずないわ……っ!」


 辛抱強く言い聞かせようとする老婆の手を振りほどき、火事で夫を失った女性は、半狂乱でそう訴えていた。火傷でずるむけた肩を震わせ泣く姿が痛々しい。

シアンが見ている間に、彼女は両手で顔を覆い、その場に膝から崩れ落ちた。


「あー……ああいうの見ちまうと、自らの不甲斐なさを思い知らされるよなぁ」


 ラゴウは滅入ったように言った。


敷地内にはシアンたちだけでなく、ベッドから溢れた怪我人や家を焼失した被災者が、棚に押し込まれた本の如く身を寄せ合っていた。


近くの病院へ移送された者や被害状況を確認しに街へ戻った者たちも大勢いるが、それでも、此処へ避難している人々は少なくない。

その全員が生気のない目をしているのを見たシアンは、さっき乾パンを甘く感じたのは錯覚だったのだと思った。口の中でぼろぼろと崩れる欠片は、どうにも苦い。


「居心地悪ぃし、後処理は軍の奴らに任せて本部に戻りてぇとこだけどよ、解析部隊が夜通しで火の魔石の痕跡を調べるってんだから、俺らだけ引き上げらんねぇよなぁ」


 暗い気分をかき消そうと、シアンはラゴウの話に食いついた。


「火の魔石の痕跡って……反逆者が魔石を使ったことによって、空気中に魔力が散ってるんスか?」


「そんなもんだ。魔力がより濃い方へいけば、犯人がそっちに逃げた可能性も高いし……ああ、あと一つ、気になることがあるらしいわ」


「へえ……っあ!!」


 シアンが素っ頓狂な声を上げたことにより、ラゴウは乾パンの最後の一枚を落としてしまい、「てめっ。コラっ、シアン!」と声を荒げた。


 しかしシアンはラゴウの怒りなど目に入っておらず、わたわたと懐をまさぐって、皺だらけの手紙を引っ張り出した。


「うわ……やっぱりクシャクシャになっちゃってる……」


 シアンはくたびれた手紙に視線を落とし、悲愴感漂う声で言った。

 宛名にはシアンの、鳥の足跡のような筆跡で『ミザリー・クロック様へ』と書いてある。


「手紙出しに行くつもりだったのに、急な任務で飛び出したから、懐に入れっぱなしにしてたせいッスね……」


 しょんぼりするシアンの肩に、ガーダーの割には線の細い男が腕を回し、怪しい呂律で「ミザリィィ?」と言った。袖をまくった腕には、龍のような火傷跡がある。


「うわ、レイラー先輩、酒臭いッス。不謹慎ッスよ、こんなとこでも飲んでんスか」


 肩先まで伸びた烏色の髪を揺らし、赤ら顔で絡んできたキョージ・レイラーに、シアンは眉をひそめた。


 異国の血が混じるレイラーは腰のベルトに水筒代わりの酒瓶を下げており、蓋の開いた瓶からはツンとした香りが漂ってくる。色男だが、乱暴者で好色なのが玉にキズだった。


「シアン、てんめぇ、隊長にあんなに懐いてるくせに、ちゃっかり他の女にも手紙送っちゃってんのかぁぁ?」


 えらく巻き舌なレイラーの言葉に反応して、ラゴウが眦を吊り上げる。


「そうなんか? おいおいシアン、見損なったぞ。お前さん、そんな軽い気持ちで隊長の尻追いかけてたんか。隊長とミザリーって子、どっちが本命だ! ん!?」


 凶悪顔のラゴウにすごまれ、シアンはのけ反った。が、すぐに否定する。


「誤解ッスよ。オレは隊長一筋、ミザリーは幼馴染ッスよ! 妹みたいなもんッス。オレ、今は機関の本部に住んでるからなかなか会えないんで、定期的に文通してるんス」


「妹ぉぉ~? 怪しいなぁ、おい。女なんつーのはよぉ、全部恋愛対象だろうが! 女友だちーとか、妹みたいーなんていい子ちゃんぶったフザけた言葉なんざぁ、俺は信じねえぞぉ」


 レイラーは酔っ払い特有の据わった目で、疑惑の眼差しを向けてくる。シアンは焦って否定した。


「そんな見境ないのはレイラー先輩だけッスよ!」


「ああん!? てめぇ、喧嘩売ってんのかシアンちゃんよぉ。……んで? そのミザリーちゃんってのはぁ、可愛いのかよ? えぇ?」


 男が集まると、やはり関心はそこらしい。二十歳前後の厳つい男たちがよってたかって、「ミザリーちゃんの写真を見せろ」とシアンにせびってきた。


「柄悪いなぁ……あるッスよ。これッス」


 シアンは昔から持ち歩いている、皮のケースに入った白黒写真を、ポケットから取り出して見せた。大の男たちが一枚の写真を囲む様子は、実に奇妙な光景だった。


 写真には手前にシアンと友人二人、後ろにシアンの両親という、合計五人が写っている。シアンともう一人の男の子に挟まれ写真の中央で微笑む少女を指差し、ラゴウはべた褒めした。


「この子か? おい、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇかシアン!」


 イノシシがタックルをかますような威力で、ラゴウがシアンの背中をバシンと叩いた。皆も口ぐちに同意し、シアンをしめにかかる。


「痛いッスよ! まあミザリーは贔屓目なしに可愛いッスけど、オレとしては隊長くらい色っぽい方が好みッスかね」


 写真に写るミザリーは、素朴で健康的な可愛らしさを内包した少女だった。

 モノクロの写真では伝わってこないが、石榴のような赤毛の持ち主であり、鎖骨の辺りで綺麗に毛先が切りそろえられている。くりっとした愛嬌のある目元が印象的な子で、胸元にはシアンがいつかの誕生日にプレゼントした、ちょっと子供っぽい花のペンダントが光っていた。


「つーかよ、ミザリーちゃん、絶対シアンのこと好きだろ。シアンの腕だけ組んでるしよぉ」


 写真のミザリーがシアンの腕にだけ手を回していることに気づいたレイラーは、三白眼を細め、鋭く指摘した。


「ええ? や、そんなことないッスよ。オレに懐いてるだけッス」


「こっちの奴も幼馴染なんか? こいつとは連絡とってねぇんか」


 ラゴウが、ミザリーの左隣の少年を指差す。と、シアンは急に表情を曇らせた。

 シアンの異変に気づいたガーダーの他のメンバーは、ラゴウに「シーッ、シーッ」と黙るようジェスチャーを送ったが、鈍いラゴウは幹のように太い首を傾げるだけだ。


「あー……えっと。そいつ、は……『災厄の埋み火』で……」


 彼がどうなったのか。それを思い出してしまい、シアンは静かに口を閉ざした。


『災厄の埋み火』という言葉にやっと事情を察知したラゴウは、しまった、とばかりに口元を押さえる。水を打ったように静かになった先輩たちに居心地の悪さを覚えたシアンは、立ち上がり、不自然なくらいニッコリ笑って言った。


「オレ、隊長が話終わったか、覗きにいってくるッスね! 呼び出しもくらってることだし」


「お、おい、シアン。あの、すまなんだ……」


 巨体に似合わずおろおろするラゴウの謝罪に被せるようにして、シアンは「じゃ、行ってくるッス!」と、その場を去った。



 小さくなっていくシアンの背中を見つめながら、レイラーはラゴウをたしなめた。


「ラゴウ、今のはアウトだったんじゃねぇのー……?」


「お前さんだって、ミザリーちゃんがどんな子か、話振ったろうが」


 ラゴウは言い訳がましく言った。


「それに仕方ねぇだろ、シアンがいつも明るいもんだから、忘れとったんだ。あいつが『災厄の埋み火』の、生き残りってこと」


「あの事件で生き残ったのって、確かたった二人だけだったよなぁ。その一人がシアンってのは知ってたが、なるほどねぇ、もう一人は幼馴染のミザリーちゃんか。つーことは、だ。写真に写ってた他の人間は、シアンの両親も含めて、もう全員、死んじまってるってこったぁ」


 レイラーはやるせなさそうに呟き、大分軽くなった酒瓶をグイッと呷った。

 二人のやり取りを聞いていた他のメンバーは、気まずそうに零す。


「前に俺、聞いたんだけど……シアンが隊長にあんなにべったりなのは、『災厄の埋み火』から救ってくれた恩人だかららしい」


「隊長はヒーローみたいな存在だって、シアンが言ってました」


 ラゴウは髭の伸びてきた頬をぽりぽり掻きながら、「……ヒーロー、なぁ……」と考え込むように言った。


「あんなか細い隊長がヒーローに感じられるくらい、シアンは辛い思いをしたっちゅーことか……」


 その後しばらく、誰も話す者はおらず、ただ乾パンをかじる音だけが続いた。



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