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エリシアの憂慮

シアンの慟哭が響く部屋をあとにしたラゴウは、前を歩く上司へ視線をやった。


エリシアがシアンに特別目を掛けていることを、ガーダーで知らない者はいない。だからラゴウには、先ほどのエリシアの発言がにわかには信じ難かった。憔悴しきったシアンへ同調してやるどころか、突き放すような態度をとるなんて。


ラゴウはいたたまれないような気持ちになって、苦言を呈した。


「……隊長。ちと冷たすぎやしねぇですか? 犯人は、シアンの幼馴染なんですぜ? ルインのことだけじゃねぇです。内部に共犯者がいる可能性は隠したがってたのに、ミザリーちゃんの死については、あっさり告げちまうし」


 ピンと背筋のはったエリシアが立ち止まった。


「ミザリーの件は確証があったから話した。写真を持ち歩いているということは、ミザリーという子は、シアンにとって大切な存在なのだろう。だったら、彼女の死を知らない方が酷だ」


 エリシアは二年前の病室での出来事を思い出しながら、ラゴウへ振り返った。


「私は二年前、傷心のシアンに、家族や大切な人たちを失ったことを、当時は認めなくてもいいと言った。あの時のあいつは、そうでもしないと耐えられないと思ったからな。だが、今のシアンは違う。今のシアンには、全てを受け止め、乗り越えて行ける力があると思っている」


「……かっこいいこと言っておられやすけど」


 ラゴウはちょんちょんと、自分の眉間を押さえて言った。


「今になって、『シアンが心配でたまらない』って顔してやすぜ?」


 エリシアはパッと眉間を隠し、決まりが悪そうにラゴウを睨んだ。その様子を見て、ラゴウはちょっと安心した。エリシアは意味もなくシアンに冷たく接したわけではないと分かったからだ。


「……ラゴウ」


「へい?」


「どうしてこうも、現実はシアンに冷たいのだろうな。やはり、もう少し優しくしてやるべきだったか……。幼馴染が仇というのは、複雑、だろうな……」


「その幼馴染を許すにしても憎むにしても、辛いことでしょうからね」


「だろうな。…………薄情なことをした自覚はある。私の態度を見て、シアンは突き放されたように感じてしまったかもしれんな……」


 エリシアは自己嫌悪に陥った。


「……しかし情けない話だが、正直私も、シアンに心を砕く余裕がなくてな。推測していた時と確信した今では、ショックの重さが違うというか……国王様を殺したのが、ルインだったということの……」


「あ……」


 気丈に振る舞っていても、そういえば上司はまだ十八の女の子だったのだ。

自分が『災厄の埋み火』でシアンと共に助けた少年は、エリシアが誰よりも尊敬していた王の仇。そうとは知らずにむざむざ野放しにしていた自責やらが、今の彼女の腹の中には渦巻いているに違いない。そうであるにもかかわらず、一先ず自分の感情を抑制し、シアンに前を向くように言った。


(……隊長は超人なんだと勝手に思い込んじまっとった……)


彼女だって、その時々の状況に混乱し、胸を痛める。悩みもする。達観できるほど大人でもない。

ラゴウは、自分こそ配慮が足りなかったと反省した。




 一晩泣き明かしても、涙が枯れることはなかった。


腫れぼったくなった目を擦り、シアンは明るくなった窓の外を見る。温もりを移したベッドにさよならを告げ、焼き立てパンの香りの出所へ向かう、優しい朝。そんな朝を、ミザリーが同じ空の下で迎えていることを疑いもしなかった。


「ミザリーの視界に映ることのなかった朝を、知らぬ間にもう何回、過ごしてきたんだろ……」


(辛いとか悲しいとか、憎いとか……何で、とか……。やりきれない思いとかも、ある。けど……。昔みたいに、その気持ちに呑まれてるだけじゃ、ダメだ……)


 シアンがルインを捕まえれば、彼はきっと死刑だろう。同情は出来ない。ルインを許せるかと言われたら許せないからだ。けれど、以前みたいに反逆者をこの手で殺してやりたいかと訊かれると、違う気もした。


(ルインを裁く役目は、オレじゃない。オレはオレのやるべきことをしないと……)


 握りしめた窓枠が、ギギッと呻いた。シアンは瞼の裏に、襲撃に遭った被災者たちを思い浮かべる。

ロシャーナで縋ってきた少女や、エリシアの言葉を胸の中で繰り返していたところで、控えめなノックが二回響いた。


「はい……」


 シアンが扉を開けると、寝不足の顔をしたエリシアが立っていた。青白く美しい肌に、微かにクマが見て取れる。

シアンの泣き腫らした顔を見た彼女は、微かに瞳を揺らした。


「シアン……あの、昨日は……」


歯切れの悪いエリシアの肩へ手を置き、シアンは彼女の発言を制した。


「昨日は前へ進むよう叱ってくれて、ありがとうッス。隊長」


「……何?」


 意外そうな顔をするエリシアへ、シアンは自然に微笑んだ。


「ロシャーナで言ったことに、二言はないッスよ。オレはもう、過去に捕らわれて、犯人を憎むだけのオレじゃない。もうガーダーとしてリングを預けられた身ッス。国民を救えるのはオレらだけだ。だから反逆者がルインだろうと……オレはガーダーとして向き合うッス」


「……!」


 エリシアは虚をつかれたように目を丸めた。しかしそれは一瞬のことで、エリシアはシアンの手に、一回り小さな手を重ねて微笑んだ。


「そうか……もう、二年前とは違うな……」


 二年前にはなかった、辛い現実を受け止め乗り越えていく力が、今のシアンにはある。



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