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渦巻く疑念

 呆気に取られるラゴウを横目に、シアンはぐしゃりと自身の前髪を掴んだ。


「オレ、浜辺で隊長に助けてもらった以外、『災厄の埋み火』が起きた日の記憶がないんスよ……。事件のショックか頭を打ったせいで記憶を失ったんだと思ってたッスけど、なるほど、魔障を受けてたってわけッスねー…………でも、忘れてたからって、何だって言うんスか!?」


 シアンは開き直り、ラゴウから写真を奪い返して言った。


「オレ、こいつに……ルインに、ちゃんと確認取ったんスよ!」


 シアンは女の子と見紛うほど可愛らしい顔立ちをした、写真のルインを指差した。


「ルインが中央病院に移送される前に、オレは『災厄の埋み火』で何があったのか、ミザリーがどうなったのか、あいつに聞いたんス。そしたらルインは、ミザリーたちは家族も含めて、火災が起こる前にルーン村を出て行ったって教えてくれた! それに……」


 シアンは足元を埋め尽くす手紙の海を見下ろした。


「ミザリーの新居の住所から届いた手紙は……? ミザリーが送ってきたものじゃないなら、誰が何のためにオレへ手紙を送ってくるんスか……?」


「その手紙だが……引っ越し先の住所は、あらかじめシアンが知っていたものか?」


 エリシアは落ちつき払った声で訊いた。シアンは「え……」と言い淀む。


「……いや、引っ越す前、落ちついたら連絡するってミザリーに言われてたんで、住所は知らなかったッス。だからオレが入院している間は、連絡の取りようがなかった。……でもミザリーは一年前、退院したルインに偶然会ったらしくて! オレが入隊したことと機関の住所をルインに聞いて、手紙を送ってきてくれたんス。ミザリーの手紙に、そう書いてあった!」


「な……っ」


 ラゴウは絶句した。


「俺が言うのも何だが――お前さん、何一つ自分の目で確認してねぇもんを、鵜呑みにしたんか!? そこいらの奴の生死じゃねぇ、お前さんの幼馴染の生死だぞ!?」


「だって!」


 シアンは泣きそうな声で言った。


「自分が知らないうちに大切な人が死んだって告げられたら疑うけど、生きてるって告げられて、どうして疑うんスか……? その希望に縋るに決まってるじゃないッスか!」


 シアンはおぼつかない足取りで、エリシアの元へ向かう。彼女の手からペンダントを受け取り、震える手で花の部分を裏返して見ると、ミザリーのイニシャルが彫られていた。

 ただでさえ人口の少ない村で、ミザリーと同じペンダントをしている人なんていなかった。つまりこれは、ミザリー本人のものだ。


「……も……何が何だか……」


 何が正しいのかシアンには分からなかった。ペンダントを見る限り、エリシアが嘘をついているとは思えない。しかし、ミザリーが死んだとも思いたくない。


 どうして大切な幼馴染の生死を、自分が把握出来ていないのか。大事なことをすっぽり忘れてしまった自分が惨めで情けなく、もどかしかった。


(あの日、あの『災厄の埋み火』で何があったのか……思い出せよ、オレ……!! ミザリーは、あの場所にいたのか……?)


 シアンはペンダントを握りしめ、ギュッと目を瞑り眉間に当てた。

 分厚い鉄の扉をこじ開けるように、忘れている記憶を無理に引き出そうとする。すると頭に短い痛みが走り、瞼の裏に、燃える村がちらついた。書物をめくるようにパラパラと、ある場面が断片となってシアンの脳内を流れ出す。


「私の話が嘘と思うなら、『災厄の埋み火』で私に付き添っていた当時の部下に話を聞くといい。あと、一応、手紙に記されている住所の件は捜索部隊によって隠密に調べさせる、が……」


 エリシアは手紙を懐に仕舞いながら言った。


「ミザリーの振りをしてシアンに手紙を送ってきた人物はおそらく、ルインだろう。ミザリーになりすましてシアンを欺けるほど彼女をよく知る人物はルイン以外に生き残っていないし、ミザリーが生きているという証言は全て、ルインなしには成り立たないものだ。それに、手紙が来るようになったのは一年前なのだろう? ちょうどルインが退院した時期ではないか。……ん? 一年前……」


 まさか、とエリシアは考え込む。ラゴウは唸りながら頭を掻いた。


「隊長の話が真実なら、何でルインは『ミザリーちゃんが生きてる』なんて嘘をついたんですかね? 彼女が生きてるとルインが勘違いしてるなら、わざわざミザリーちゃんの振りして手紙なんて送ってこねぇでしょうし。……ミザリーちゃんの死を知ってシアンが傷つくのを避けるために嘘をついた、とかですかい?」


「いや……。どうした、シアン?」


 エリシアがシアンの異変に気づき、顔を覗きこんできた。かちりと視線が合う。


「たい、ちょ……」


 吸い込まれそうなほど深い色をしたエリシアの瞳は、紅かった。紅い、紅い、炎の色だった。まるで彼女の瞳に映るシアンは、火の海に囲まれ逃げ場をなくしたように見える。


 そして、それを見た瞬間――――割れるような激痛がシアンの頭を襲った。


「い……っ!!」


 金槌でガンガン殴りつけられているような痛みに、シアンは蹲った。痛みは治まらず、耳は遠くなっていく。エリシアとラゴウが何か声をかけてくれているようだが、壁一枚挟んだ向こうから聞こえてくる感覚がした。


「シアン? おい、シアン! どうしたんだ急に……!」


 エリシアたちが叫ぶ中、とうとう頭痛に堪えられなくなって、シアンは意識を飛ばした。




 気を失ったシアンを、ラゴウが抱え上げベッドに寝かせた。エリシアはシアンの額にはりついた髪を払ってやりながら口火を切る。


「……二年前、全焼したルーン村を調査したニーカたちの報告によって、火災が反逆者の仕業ということはすぐに判明した。そこで『災厄の埋み火』で生き残ったシアンに、私や部下は反逆者の手掛かりを知らないか聞き出そうとしたが、事件後しばらく、シアンは荒れていてな……」


「暴れて、聞き出せる状態じゃなかったってことですかい?」


「ああ。酷い荒み具合だったせいか、『無理に聞き出すな』と医者に禁止された。代わりにルインは、シアンより重傷だったにも関わらず、『シアンはショックで語れないだろうから』と、率先して事件当時のことを説明してくれた」


「へぇ……大怪我負ってもダチへの気遣いが出来るなんて、優しい奴じゃねぇですか」


 ラゴウは感心したように言った。エリシアは口の端を歪める。


「私も当時はそう思った。……が、重度の火傷を負い死線を彷徨っていたルインが、シアンを気遣ったり、ミザリーの死を秘匿するほどの心のゆとりがあったのか……今では疑問に感じる。どちらかというと、自らの保身のために、後先考えず嘘をついてしまったという方が、まだしっくりくるな」


「ルインが、シアンのためじゃなく、自分のために嘘をついたってことですか?」


「ああ。――――ラゴウ、私のつまらない推測を聞いてくれるか」


「へ? あ、へい! 隊長の話なら、もちろんどんなことでもお聞きしやすぜ!」


 ラゴウはピッと背筋を伸ばし、顎を引いて、その場で敬礼した。エリシアはおもむろに立ち上がり、「そうか」と一つ頷いた。


「なら、遠慮なく話すが私は今――――一連の襲撃事件の犯人はルインだと、疑っている」






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