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リーゼロッテの覚悟

 頬に受けたキスの余韻に浸りながらも、夜が明けると、シアンは他の隊員より一足先に王都へ戻ることになった。


 無事な魔石の本体はとうとう一つ。

 その土の魔石の隠し場所を知っているシュトラインの護衛につくためだ。一応本部に人員は残しているが、人手は足りていない。

 エリシアには後処理が残っており、他の隊員もかなり傷を負ってしまったため、比較的元気なシアンが、業務連絡も兼ねて警護に戻るのは仕方のないことだった。


 シアンは昼前に本部へ到着した。


 いつもなら先輩の隊員たちが活き活きと声をかけてくれるのだが、今日は皆、げっそりと本部を徘徊していた。


 何だろう? リゼンタやロシャーナのことで徹夜だったから疲れているんだろうか……?

 それにしては隊員たちのやつれ方が尋常ではない気がする。理由が気になったシアンは、隊員の数人をとっ捕まえて尋ねてみた。


「どうしたんスか?」


「ああ……シアンか。談話室に行けば分かるよ……」


「談話室ッスか?」


 シアンは怪訝に思いながらも、言われた通り、三つの部屋が繋がった談話室に足を運んだ。

 

 談話室はアンティークな石造りの壁に飾られたタピストリーや絵画を、シャンデリアの明かりが暖かく包んでいる。此処は隊員の憩いの場であるはずなのだが、今日は何があったのか、先輩隊員が三名ほど、生気を失った顔でワインレッドの絨毯やソファに沈んでいた。その傍には、チェスの駒やトランプが散らばっている。


「せ、先輩たち……?」


 たじろぐシアン。すると、続きの部屋から二人分の布ずれの音が聞こえてきて――――……


「シアンだーーーーっ!!」


 小さな怪獣、もといリーゼロッテが、シアンの胸へ飛び込んできた。


「り、リゼ様!? もしかしてこれ全部、リゼ様がやったんスか?」


 熱烈な抱擁を受けながら、シアンは伸びている隊員たちを指す。絶世の美姫リーゼロッテは、悪びれる様子もなく「そうだよ」と認めた。


「だって折角ボクが来たのに、みーんな、シアンとエリシアは任務に行ったって言うばっかりで、誰も詳しい理由を教えてくれないんだもん」


「ンン。散々我儘に振り回された挙げ句、十一の少女にあらゆる遊びを付き合わされて、しかも完敗したとあっては、隊員も床に寝そべりたくもなるでしょうねぇ……」


 続いて姿を現したのは、くたびれた様子のシュトラインだった。宰相にこんな顔をさせるなんて、リーゼロッテは最強だとシアンは確信した。


「リゼ様が君に会いたいと言ってきかないので、ン本部なら安全かと思って連れてきたのですよ。もし内通者が潜んでいても、此処なら堂々とは襲ってこないでしょうからねぇ」


「あ……。そのことなんスけど、シュトライン様に報告があって。――……っと……」


 言いかけて、シアンはリーゼロッテを見下ろし、言葉を濁した。


「えーと、此処じゃちょっと。リゼ様、シュトライン様をお借りしても、いいッスか?」


「……そうやって、昨日みたいにまたボクを仲間外れにする気だね?」


 シアンの背に回した腕を解きながら、リーゼロッテは責めるように言った。


「いや、仲間外れってわけじゃないんスけど……」


「じゃあ、何があったのかボクにも説明してよ。昨日は煙に巻かれたから、今日は絶対に聞きだそうと思って此処へ来たんだ」


「え……。いやー……リゼ様が知って、気分がよくなる話じゃないッスよ」


「なら、ますます知りたいよ! 民が今どんな危機にさらされているのか、近い将来ニーベルを背負って立つボクが知らないでどうするのさ!」


 リーゼロッテは懐かない猫のように歯をむき出した。


 幼くして両親を失ったリーゼロッテには、これ以上の辛いことは知ってほしくないとシアンは思っている。だからいつものように甘やかして宥め、うやむやにしてしまおうとしたのだが、 リーゼロッテは食い下がった。


「ねぇ、シアンってば!」


「勘弁して下さいッスよ、リゼ様~……」


「もうっ! あのね、シアン。ボクはシアンたちにハグとか膝枕してもらったりするのは好きだけど、傷つかないように綺麗な物だけ見せられて、何も知らずに喜んでるのは嫌なんだってば! ……けほっ」


「リゼ様!」


 咳き込み始めたリーゼロッテの背を摩ろうと、シアンが手を伸ばす。その手首を、幼さを残す顔からは想像出来ない力で、リーゼロッテが掴んだ。


 リーゼロッテの、堂々たる菫色の眼光がシアンを貫く。シアンは拝見したこともないジハード国王の影を、リーゼロッテに見た気がした。


「……いつまでボクを蚊帳の外にしておくつもりだい? ボクはもう、どんな真実だって受け止める覚悟は出来てるんだよ」


 玉座につく資格を持った者の貫録、だろうか。シアンはリーゼロッテの決意に圧倒される。

 シアンがガーダーの心構えに悩んでいたと同様に、リーゼロッテも自分がどうするべきか考えていたのだろう。守ってやらなければと思っていた存在は、二年の間に逞しく成長していた。


「ン構いません、リゼ様にも聞かせてあげて下さい」


 シュトラインがそう促すと、リーゼロッテはパッと表情を明るくさせた。


「ありがと! ノーヴェ!」


「いえいえ。リゼ様のおっしゃる通りです、リゼ様もいつまでも子供ではないですし、ンそろそろ世の中のことを知るべきだと、私も思っただけですよ」


「…………じゃあ、遠慮なく語るッスけど……」


 王女の熱意と宰相の後押しにより、シアンはキルギスから聞いた話やロシャーナでの出来事を包み隠さず話した。


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