災厄の襲来―決意―
「――――火災……旋風……!?」
まるで意思を持った怪物だ。
竜巻はスモッグに覆われた夜空を裂き、世界が二つに割れてしまったような錯覚をシアンに起こさせる。シアンは足の先から力が抜けていくのを感じた。
(風の魔石を使って烈風を起こし、それが火と結びついて巨大な火柱に……?)
「そんな……ふざけんなよ、あれが人のなせる業ッスか……!?」
到底信じられないとシアンは思った。。
蒸気自動車がゴミのように吸い寄せられて回っている。旋風は看板も瓦礫も、死体さえ巻き上げ、根こそぎ奪っていく。竜巻が通り過ぎていった道には、炎以外何も残らなかった。
シアンが愕然としている間に、街から上がる悲鳴は増し、右も左も火災旋風から逃げ惑う人が押し寄せる。その波に紛れて、反逆者は姿をくらまそうとした。
「ま、待て!!」
駆け出すシアン。しかし、シアンの行く手を阻んだのは、意外にも街の住民だった。
「どけよ! 俺が先に逃げるんだ!」
「死にたくない、どうして私たちがこんな目に遭わなきゃいけないの!?」
「池へ飛び込め! 旋風をしのぐんだ!」
罵詈雑言が飛び交い、我先に逃げようとする者が殴り合い、転がる死体を踏み荒らして住民が逃げる。旋風は石畳を剥がし、馬車と一緒に人を巻き上げさらっていく。
熱風が迫ってくる。反逆者との距離は開く。シアンはもがくようにリングの手を伸ばした。
(二年前から、やっとここまで追いつめたんだ。どんな方法でもいい。反逆者を――……!!)
「あんた、ガーダーかい!? この竜巻を止めておくれよ――あたしらを救っとくれ!」
シアンのリングに気づいた住民たちが、シアンの腕にしがみついて乞うた。
「け、けど、そこに反逆者がいるんス……っ! 貴方たちは軍の指示に従って避難を……」
「誘導していた軍人たちは、旋風でさらわれちまったよ!」
飛ばされて壁に叩きつけられる人々の中に、先ほどまで逃げ遅れた人々を誘導していた軍人が混ざっていた。こうしている間にも、また一つ、旋風に巻き込まれたガス灯がへし折れる。
飛んできた瓦礫に当たって、首を跳ね飛ばされる者もいた。池に飛び込んだ者たちは溺れ死んでいる。
(ひでぇ……)
凄惨過ぎる光景に、シアンは喉もとへせりあがってくるものを耐えた。
……しかしさすがにリングの力を持つシアンでも、一人で火災旋風をどうにかするのは無理だ。旋風の進路を読んで、その進路を避けて住民を逃がすしかない。
(でも、それなら反逆者は? 因縁の相手を、むざむざ逃がすのか?)
「オレ……オレは……」
「助けてくれないの……!?」
まだ十にも満たない年の少女が、煤だらけの顔を涙で濡らしながらシアンを見上げてきた。竜巻で舞う看板に跳ねられたのか、少女は、左の膝から下を失っていた。
「…………っ君」
「ガーダーのお兄ちゃんは、魔石の力を持ってるんでしょ?」
「……っ。ああ……」
「なら、何で?」
純粋な疑問を、シアンは投げかけられた。
「何でなの? どうして? ただ逃げるしか出来ない私たちと違って、お兄ちゃんは皆を救える力を持ってるのに、どうして守ってくれないの……!?」
「……っ」
ガツン、と、頭を殴られた気分だった。
自分は、こんないたいけな少女に、なんて絶望を与えようとしているのか。少女の言葉は、反逆者への怒りに駆られるシアンの目を覚まさせた。
(そうだ……隊長だって、ああ言っていたじゃないか)
『民を守る力を与えられた者が、必要な時にその力を発揮しないでどうする』って。
(オレ、隊長と人命救助を最優先すること、約束してたじゃないか。隊長はさっき、オレが約束を破らないと信じてくれた……ちゃんと止めてくれたってのに……)
シアンは四本の指に嵌まったリングを撫でた。
(街の皆はリングの力を持つオレとは違う。自らを守る術を持たない皆を、守れる力のあるオレが助けてやらなきゃ、どうやって生き残るんだよ!)
「……身を低くして下さいッス! 高温のガスや炎を吸いこんだら、呼吸器をやられて窒息死しちまうッスよ! そこ、家財道具は捨てていって!」
シアンは気を引き締め、周りへ注意を喚起した。進行方向を塞ぐ炎を、水のリングの力で打ち消し道を作る。周囲から歓声がわいた。
「逃げ道はオレが作るッス! オレのあとに続いて走って! ――――……君」
シアンが生み出した水に驚嘆している先ほどの少女へ、シアンは優しく語りかけた。
「――――オレが絶対に助けてあげるから、大丈夫ッスよ」
シアンは少女を素早く抱え上げ、走った。その瞳に、今までのような迷いはもうない。




