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災厄の襲来―裏切り―

シアンとエリシアは、煤だらけのキルギスの腕を引っ張り、立ち上がらせる。


「……人騒がせな……。そういやあんた、リブルハート評議員についていって、この街に留まってたんスよね……。何で警護もつけず一人で、おまけに死体の山から出てきたんスか。リブルハート評議員は!?」


 シアンが小声で捲し立てると、キルギスは急に膝から崩れ落ち、激しく痙攣し始めた。


 いや――――震えている。


「た――助けてくれ、助けてくれ!」


 物乞いのようにシアンへ縋りついてきたキルギスは、一気に老けこんだ顔で叫ぶ。


「死にたくない! ワシは死にたくない! リブ、リブルハートみたいに殺されたくはない!」


「リブルハート評議員が殺害された……!?」


 シアンはエリシアと目を見交わす。


「反逆者に殺されたんスか? あんたはそれを目撃したんスか?」


「ああ、館でリブルハートが殺されるのを盗み見た――……。次はワシが殺される! 死にたくない! ワシを助けろ! 此処には反逆者がいるんだ……!」


「……と、とりあえず、こっちへ隠れて下さいッス!」


 漂う煙と爆音に紛れて外壁の影に隠れ、シアンは要領を得ないキルギスから話を聞きだす。


「り、リブルハートが、この大聖堂に風の魔石を隠してあることをばらしたあとに殺された! だからワシは警護をつける暇もなく一人で館から逃げ出したのに、逃げ道を炎で封じられて…………」


「火の手が少ない道を走っていたら大聖堂へ誘導される形になってしまい、引き返そうにもすでに周りは火の海だし背後には反逆者。だから反逆者に見つからないよう死体に埋もれて、息をひそめてたってわけッスか……?」


 シアンは侮蔑的な視線をキルギスに送った。


「この前の襲撃でも民を捨て置いて、自分だけ先に逃げ出したくせに……」


「ひょ、評議員であるワシを差し置いて逃げ回り、おまけに力尽きて道路を汚している愚民どもを利用して何が悪い!」


 キルギスは開き直って逆上した。


「むしろ愚民どもは、ワシの役に立てたことを誇りに思うべき――……」


「疎開を許さなかった評議員が何を言うんですか!」


 エリシアはキルギスに掴みかかり、一喝した。


「貴方たち評議会が疎開を許していれば、死なずに済んだ民もいたはずです。民を守る力を与えられた者が、必要な時にその力を発揮しないでどうするんですか!」


「…………っ」


 キルギスに対して放たれたエリシアの言葉は、妙にシアンの心に刺さり、残った。まるで自分のことを言われているような感覚がした。


「け、けど、おかしいッスね」


 シアンは動揺を隠し、大聖堂の入り口の様子を窺いながら言った。


「盗み聞きしてたってことは、反逆者に顔を見られたわけじゃないッスよね。なのに、何でそんなに怯えてるんスか? やばい話まで聞いたとか?」


「確かに……反逆者に評議会の管理する魔石の場所が二つともバレた今、もうキルギス様が執拗に狙われる理由はないはず……」


 エリシアは冷ややかな目つきでキルギスを見下ろす。彼は見捨てられると思ったのか、熱気で乾燥した肌に鼻水を滴らせ、ますますシアンにしがみついた。


「そ、そうじゃない! 貴様らは分かってない! 貴様たちは何も知らんからそう言うんだ!」


「ちょっ、静かに! ……何を知らないって言うんスか?」


「あ、あの方は、ワシらを恨んでる! 評議会があの方を利用したから!」


「あの方……? 利用したって、どういうことッスか!」


 キルギスはハッと口元を覆う。口を滑らしたと言わんばかりの仕草に、シアンとエリシアの眦は一層険しくなった。


「……吐かないならそれで結構ッスよ? ただ、オレらは軍と違い評議会から公的に協力要請を受けてないッスから、目撃者のいない此処でキルギス様が野たれ死んでも、責任は問われない。何が言いたいか、分かるッスよね?」


「吐かなければ、ワシをこのまま見捨てる気か!? ワシが此処で一人死んでもいいのか!?」


「キルギス様が此処で死んじまっても、見捨てたことはバレないッスからねー」


「おい、シアン。それはさすがに……」


 シアンの袖を引っ張るエリシアをウインクで黙らせ、シアンはキルギスへ揺さぶりをかけた。

 キルギスはこの上ない恥辱を浴びたような表情を浮かべていたが、「いや、死ぬことに比べたら……」「どうせリブルハートがあの方を懐柔出来なかった今、評議会に希望など……」とぶつぶつ呟き、心算を練った。

 そして心が決まると――――……。


「は、話してやる! だから、ワシを守れ――」と、みっともなく縋った。


「ま、魔が差したんだ。事の始まりは、そう、国王様がリーゼロッテ様に、魔女と王家の血を継ぐ子孫がいるという言い伝えを話された時だ……話を聞いたワシたち評議会は、すぐにそれが真実である可能性が

高いと思った。そして欲に目が眩んで、ある企てを考えた……」


「ある企て……?」


 エリシアが柳眉をひそめて言った。


「その計画を実現させるためには、最後の魔女と当時の王の末裔が本当に存在するのか、確認する必要があった……そこでリブルハートが、王宮の資料保管庫に忍び込み、古い史料を調べた。古文書からは、そのような記述は抹消されていたようだがな……。まあ、と、当然だ。歴代の権力者によって故意に抹消されていなければ、魔女と王の恋愛関係は、現在のニーベルに知れ渡っていたはずだから……」


 キルギスは無理に笑おうとして頬を引きつらせ、早口で続ける。


「しかし、リブルハートは見つけよったわ。最後の魔女と恋仲であったアレクセン王の日記から。二人の間に子供が生まれたことと、そしてその子供の居場所の記述をな……」


(やっぱり、魔女と王の間には子供がいたんだ……!)


 シアンはからからになった喉で、無理矢理唾を飲んだ。

 エリシアは推論する。


「……古文書は公文書、私文書問わず歴代の権力者によって抹消されていても、古記録のうち、私的な日記にまでは、チェックが行き届いていなかったというわけですか」


 キルギスは深爪を噛みながら、自嘲するように笑った。

「そうだ。古記録を盗み見たことはすぐに国王様にばれ、リブルハートは叱りを受けたがな……」


「あ……っ」


 シアンの脳内で、リーゼロッテとの会話が思い出される。

 リーゼロッテが言っていた、ジハード国王が資料保管庫の近くでリブルハートを叱っていた件は、きっと、このことだったのだ。


 少しずつ、ほんの少しずつ、パズルのピースがはまっていくような感覚。切れ切れの糸が手のひらで束になっていくような感覚を、シアンは味わった。

 そしてそれは存外、胸につかえるものがなくなるのとは程遠い心地だった。むしろ戸惑いや混乱、疑心や不安といったマイナスの感情が、大鍋に入れてかき混ぜられているような――――――――……。


「ワシらは、評議会の権力が増していくにつれ、お、驕っていたんだ――王位継承権を持つのが病弱な小娘のリーゼロッテだけなら、王族の血を引く『あの方』にも、勝ち目があると思った――――ひょ、評議員が……覇権を握る日も近いと……っ」


 キルギスは汗ばんだ手のひらを見つめ、見えない何かを掴むように握った。


「件の子孫を見つけ出したワシらは……その者に魔石に関する機密情報を漏らし、ジハード国王を殺害するようにと、けしかけた。そして王位継承権を持つリーゼロッテと目障りなシュトラインを始末して土の魔石を奪い、ジハード国王の後釜にあの方を……王族と魔女の子孫を据えようと計画した――」


 シアンの背筋が、ぞっと冷えていった。


(ああ、それはつまり――――……)


「……そう、ワシらは……傀儡の王を立て、評議会が権力を存分に振るえるようにと、クーデターを企てたのだ……!!」


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