災厄の襲来―密会―
午後十時二十五分。ロシャーナ。リブルハート評議員が所有する館の一室。
マントルピースの前で石のように佇んでいたリブルハートは、キイ、と扉の開く音に反応して、そっと振り返った。扉の前に佇む黒い影を老眼鏡に映し、恭しく迎える。
「おお、お久しぶりです。いつかは来られると思い、わしは逃げることなく、貴方様をお待ちしておりましたぞ。さあさ、お掛け下さい」
リブルハートは扉の前に立つ人物へ、手近の肘掛椅子を勧める。
シャンデリアに照らされた客人はゆったりとした黒衣を纏っており、フードの下には白い仮面を被って顔を隠していた。仮面の縁には装飾の鎖が垂れており、客人が歩く度に不気味な音を立てる。
「巷では貴方様のことを反逆者などと呼ぶ輩も増えて、嘆かわしいことです」
客人――もとい、昨今ニーベルを騒がせている反逆者へ向かって、リブルハートは言った。
「ああ、でもそれも、無理からぬことかもしれませんぞ。いや、貴方様を責めているわけではございませんが――解せんのです。貴方様とわしは、本来『同志』のはず。じゃというのに何故、仲間である我々評議員を襲うという暴挙に出たのか――……。お願いです、今一度、わしと手を組んでは下さらんか」
「その話はベーチェルからもされ、聞き飽きている」
反逆者が言った。中性的な声だ。
リブルハートの笑顔が凍り、額の皺に冷や汗が食い込んだ。
「ベ、ベーチェル評議員とお会いしたのですか……?」
「会って、水の魔石の場所を吐かせ殺した」
反逆者は抑揚のない声で語り、手のひらに握っていた物をリブルハートに見せた。水晶のような輝きを放つ、水の魔石の本体だ。
それを視認したリブルハートは慄いた様子で、持っていた杖にすがった。
「――――な、何故! 貴方様が殺すべきは、むしろ小賢しいシュトラインとお飾りのリーゼロッテのはずじゃ! わしらは貴方様の後ろ盾を――……」
「本当にそう思っているのか?」
仮面越しに反逆者の冷眼がリブルハートを貫き、彼を射竦めさせた。メッキが剥がれたリブルハートは、皺の刻まれた顔に、恐怖の色を滲ませる。
反逆者が懐へ手を入れると、拳銃でも出てくると思ったのかリブルハートは震え上がり、腰を抜かしてその場に尻もちをついた。
反逆者が取り出したのは凶器ではなく、所々が破け、黄ばんだ羊皮紙だった。しかし、リブルハートは唇まで蒼白にし、震える指で羊皮紙を指す。
「そ、それは……ニーベルの古記録の一部……? 何故貴方様がそれを持って――……」
そこまで言って、リブルハートはある可能性に辿りつき目を見開いた。咄嗟に心臓を押さえる。いや、正確には、評議員のローブの左胸の、稲妻の紋章を隠すように押さえた。
「まさか――――全て、知ったのか……?」
反逆者は答えない。リブルハートは足を引きずって後ずさりながら、うわ言のように叫ぶ。
「待ってくれ、待ってくれ――そうだとしても、わしらに非はない! そうじゃろう? だってわしは、二百年前には生きてはおらんかった! なあ――――……ぅぐっ」
反逆者は壁際までリブルハートを追いつめ、彼の顔をわし掴んだ。飛び出しそうなリブルハートの眼球に、反逆者の表情のない仮面が映る。
「……風の魔石の場所を吐け。ロシャーナの何処に隠してある」
「教える! 教えましょうぞ! だから殺さんでくれ! こんな年寄りを殺さんでくれ――」
リブルハートは虫の息で懇願した。
「……こ、この街の大聖堂の、聖具保管室……! 風の魔石はそこに保管してあります……っ」
言い終えると、顔から反逆者の手が離れていったので、リブルハートは安心したように老眼鏡をかけ直した。そして、そこで彼の一生は終わった。
フェイマル・リブルハートは反逆者に焼かれ、一瞬で灰になった。
蔓草模様の壁紙がリブルハートの形に沿って黒く焼けついているのを、反逆者は感慨もなく見下ろす。しかし、ふと人の気配を感じたため顔を上げ、背後の入り口へ首を巡らせた。
「……ネズミがいたか……」
広い館の廊下に、何者かの遠のいていく足音が木霊した。




