災厄の襲来―浸水―
シアンとエリシアが情報通信部隊から連絡を受けた頃、件のリゼンタは水害に喘いでいた。
山を削って作られたリゼンタの街は元来、頂上に聳える神殿から麓まで建物が斜面に並び、帯状に広がっている。
しかし今は神殿が湯口代わりとなって、そこから滝のような水が麓の方へ流れ出ていた。激しい水流は山肌を削り、土砂を伴って建物を飲み込んでいく。
「何としても此処で止めろぉ!」
濁流の音に負けないよう、びしょ濡れのレイラーが声を張る。レイラーとガーダーの三人は、山腰あたりで巨大な土の堤防を作り出し、麓まで水が及ばないよう堰き止めていた。
ぬれ鼠になった隊員は、蒼白な唇を開く。
「レイラーさん、こんな大量の水がいきなり流れ出すなんて……反逆者に水の魔石を奪われた証拠ですよね……。神殿に隠してあっただろう水の魔石を奪って、操ってるんでしょう?」
「だろうなぁ……っ。街を湖にでもするつもりかってんだ……」
レイラーは忌々しそうに唸った。
「……俺らがどんだけ想像力を働かせても、出現出来る水の量はため池程度だってぇのに……やっぱ魔石のでかさは重要だよなぁ……おあっ!?」
突然、辺り一帯に地鳴りのような音がした。かと思うと、作りだした堤防に激しい衝撃がきて、立っていることもままならなくなる。どうやら、流された建物が堤防にぶつかったようだ。
頑強な堤防の所々から小さく水が噴き出す。堤防の網をすり抜けた水は、レイラーの膝下まで溜まっていた。水に浮いた木片などが足に当たって地味に痛い。
次第に夜の気配が濃くなり、濡れた軍服は重みを増してレイラーから体温を奪っていく。レイラーは身を刺すような冷たさにぶるりと震えた。手がかじかむ。
「……くそっ。軍の奴らが街の人間を逃し切るまで堤防が持ちゃいいが……」
レイラーは眼下に広がる街を一瞥する。
兵が街の住民を近くの高台に向かって誘導している明かりが見えたが、道路が水に浸かっているせいで、避難は難航しているようだった。その様子が、死者の魂を弔う灯篭流しに似ていて、レイラーは「縁起でもねえ」と舌を打った。
「……っ情報通信部隊! 本部ともラゴウとも連絡はつかねえのかよ!」
「ひ……っ」
レイラーの剣幕に、情報通信部隊の者たちは小さく悲鳴を上げる。
「すみません! 水で機器がやられて……っ」
「ああん!?」
ガンを飛ばすレイラー。
腕に深手を負ったガーダーの一人は、そんなレイラーに苦言を呈した。
「レイラーさん! あんま周りに当たんないで下さいよ」
「当たらずにいられるかよ! 俺らのいる山の向こうはロシャーナだろぉ!」
レイラーは相変わらず土石流を生み出す山を顎で指しながら言った。
「神殿で魔石を奪った反逆者は、おそらくロシャーナの方へ下山しやがる。ラゴウに連絡さえとれりゃ、奴が反逆者を迎え打てるって言うのによぉ……」
レイラーは苛立った様子で酒瓶の蓋をこじ開け、さらに力を借りるべく酒を呷った。冷えた身体の中で、アルコールが通った喉だけが、妙に熱かった。




