リゼンタ、襲撃
やっと王宮から引き上げることを許された夕暮れ時の帰り道、シアンは蒸気自動車に揺られながら、「王位継承権、かぁ……」と独り言を呟いた。
「どうした?」
隣に座っていたエリシアが言った。
「あ、いや……リゼ様が『王位継承権を持つのはボクだけーっ』って騒いでたじゃないッスか。でも、反逆者が王族と魔女の血を引く者なら、奴も継承権を持つんじゃないかって、突拍子もないこと考えちゃったりしたんスけど――……隊長?」
言っている途中で馬鹿らしくなってきたシアンだったが、エリシアは真顔で考え込んでしまった。
その間に車は本部の正面扉へ続く階段に横づけされる。
シアンが車から降りたところで、何やら慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、観音開きの樫の扉が、勢いよく開いた。
情報通信部隊の隊員が、転がるような勢いで階段を下りてくる。
「エリシア隊長! シアンさん!」
隊員は、息を切らしながら二人の名を呼んだ。
「お二人の帰りをお待ちしていました――王宮へ電信を飛ばしたんですが行き違いになってしまって……ああ、でもすぐ帰ってきて下さってよかった! いや、よくはないんですが――」
「落ちつけ、何があった」
ただならぬ気配を察知したエリシアが問う。隊員の男は混乱した様子で「あの」とか「その」と、どもりながら繰り返し、何とか言葉を吐き出した。
「た――大変です! リゼンタの街が反逆者に襲われているとの情報が入りました……!」
「なっ……」
シアンは言葉を失った。あわててエリシアに向き直る。
「リゼンタって……まずいッスよ隊長! リゼンタっていったら、水の魔石が保管されてる街じゃないッスか!」
「……っ。シアン、ついてこい!」
眉を寄せたエリシアは、足早に城の中に入った。シアンも短く返事をし、あとに続く。
シアンたちが玄関ホールへ足を踏み入れた途端、他の隊員たちの波に飲まれた。襲撃の報を受けると城内が狭く感じるほど人が錯綜するのはいつものことだが、今回は水の魔石がリゼンタに隠されていると予め知っていることもあって、皆緊迫した様子だった。
シアンは動悸がする胸を押さえながら、焦燥に駆られる自分を律しようとした。しかし――――……。
(魔石が奪われちまう……! いや、それ以前に、リゼンタの人たちは無事なのか……!?)
嫌な予感ばかりが頭の中に渦巻いて、中々落着かない。エリシアとシアンは人波を縫い、逸る思いを胸に通信室に掛け込んだ。
「詳しい状況を教えてくれ。住民の避難は済んでいるのか?」
エリシアの質問に、情報通信部隊の者たちは眉を曇らせ、次々に報告を並べる。
「それが……ベーチェル評議員がギリギリまで避難を許さなかったそうで、三分の一も完了していないそうです」
「捜索部隊の六名、ガーダーの三名が負傷。リゼンタに派遣されているレイラー氏の報告によると、ベーチェル評議員はガーダーではなく軍の警備兵を連れて逃げたそうですが、先ほど反逆者にやられたと思われる、全員の焼死体を確認したとのことです」
「レイラーと連絡はとれるか?」
エリシアは素早く訊いた。
「駄目です」
隊員の一人が首を横に振る。
「先ほど通信が途絶えてしまいました……。水の魔石が無事かどうかも……」
「……ガーダーを派遣していてもこれか……」
絶望的な声を上げるエリシア。その向こうで、リゼンタ周辺の地図を広げていた隊員が、机に拳を打ちつけた。
「評議会の奴らが、俺たちに協力的じゃないからだ!」
怒りに震える隊員の肩を、シアンは宥めるように叩いた。自分より余裕のない人を見たせいか、先ほどより頭が少し冷静になった。
「本部にいたガーダーのうち何人かは、応援に向かったんスか?」
「あ、は、はい! 本部におられるシュトライン様の指示で……っ」
隊員は地図に視線を落とし、リゼンタと山を挟んだ平地にあるロシャーナを指した。
「そうだ! 確か、ラゴウさんたちが派遣されたロシャーナはリゼンタとも近かったですよね。応援に向かうよう頼みますか?」
「ンン。それはおすすめ出来ませんねぇ」
エリシアが答えるよりも先に言ったのは、通信室の入口にもたれたシュトラインだった。シアンは余裕のなさから視野が狭まっていたらしい。こんな変人宰相に気付かないなんて。
「おすすめ出来ないって、どうしてッスか?」
どうやらずっとそこで成り行きを見守っていたらしいシュトラインは、髪を束ねたリボンを弄りながら答える。
「分かりませんか? リゼンタとロシャーナに魔石が隠されているとリブルハートに告げられてから、ンまだ五日も立っていない。にも関わらず、他に十はある襲撃候補の中から真っ先にリゼンタが狙われたのは、偶然とは考えにくいですからねぇ。内部に反逆者、もしくは密告者がいる可能性は高い。だとすれば――――間違いなく次に狙われるのはロシャーナですよ。ラゴウ・ブローキンはロシャーナに待機させたままでいるべきです」
…………たった今まで火事場の騒ぎを見せていた通信室が、一瞬で凍りついた。
シアンはシュトラインを、空気を読まない天才だと思った。
シアンだって、襲撃された場所がリゼンタと知った時点で、シュトラインが言ったような「内部に敵がいるかもしれない」という疑念は膨らんでいた。いや、シアンだけでなく、通信室にいる者全てが薄々感じていたことだろう。
だが皆、チームワークが乱れることを恐れ、あえてその可能性を口に出さなかったというのに、シュトラインはそんなことお構いなしだ。
「シュトライン様……」
エリシアが呻くように言った。シュトラインは悪びれる様子もない。
「ンン。失礼。この指示は貴女の役目でしたかねぇ。ただ……仲間に気を遣うあまりに、正しい判断を見誤ってはいけないと思いまして、あえて心を鬼にして言ってみたのですよ」
そう言われると、言葉に詰まってしまう。もしかしたらシュトラインは、エリシアに仲間を疑うような発言を言わせないよう、自分が悪役を買って出たのかもしれない。そうシアンが見直しかけたというのに――……
「しかし、キョージ・レイラーは『災厄の業火』でもアリバイがないし、ン今回の襲撃では連絡が取れないとは、ますます怪しいですねぇ……」
やはり何処までも、シュトラインはシュトラインだった。
「――ロシャーナに派遣したラゴウの隊には、そこで待機するよう連絡を入れておけ。他の街に派遣されているガーダーのメンバーで、リゼンタの近くにいる者には応援にいくよう通達」
エリシアが最終的に決断を下し、情報通信部隊に指示を出した。無線機の置かれた机に座っていた隊員は、電鍵のつまみを持ち、ロシャーナへとモールス通信を送る。
エリシアはシアンを振り返り、「――――……そういうことだ」と沈痛な面持ちで告げた。
「内通者の可能性もあることを、覚悟しておいてくれ」
「あ……はいッス」
そういえばエリシアは、シアンがレイラーの口から「宰相に二年前から機関の人間が疑われていた」と聞いたことを知らないのだ。エリシアにしてみれば、シアンの耳にはいれたくなかったのだろう。エリシアの暗い表情がそう伝えていた。
エリシアの心配は有り難いが、シアンはあまり動揺していなかった。それはすでに内通者の可能性を知っていたからでもあり――……。
(本当に内部に共犯者がいるなら、ここまで疑われやすい行動を取るッスかね……)
そういった疑問がちらつき始めていたからでもあった。何にせよ、自分が反逆者を捕まえれば全てがはっきりする。シアンはそう思った。
「隊長。今からもちろん、リゼンタに応援に行くッスよね? オレ、また留守番なんて嫌ッスよ」
「……血の気が多い奴だな。人命救助が最優先ということ、忘れるなよ」
今にも飛びださんと逸るシアンに、エリシアは釘をさした。




