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魔女の子孫

 エリシアは、当時のことをシアンに話し始める。エリシアの過去についてはほとんど聞いたことがないシアンは、耳をすませた。



 三年前、各々の役職に任じられたエリシアとシュトラインは、王の間へと呼ばれ、ジハード国王からそれぞれ靴を賜った。


 シュトラインには、宰相の紋章である葉を模した銀の留め具の革靴を。エリシアは、シックな黒いピンヒールを。どちらもニーベルでは見かけない造りをしており、王が、二人のために特別に誂えさせたと一目で分かる物だった。


「おー! よく似合っているぞ、エリシア! ノーヴェ!」


 繊細な金細工があしらわれた玉座に掛けた王は、早速お気に入りの忠臣二人に靴を履かせ、機嫌よく手を叩いた。シュトラインは、男盛りで溌剌とした王に向かって訊く。


「ンただでさえ平民出身の我々にこのような地位を与えられたこと、評議会からよく思われていないというのに……靴まで頂いてよろしいんですか?」


「何を言う。その靴は、お前たちにこそふさわしい」


 アメジストの瞳を子供のように輝かせた王は、エリシアたちへ親しげに語りかける。それでも謙遜する二人の心をほぐすために、王は「もしかして嬉しくないのか?」と、ちょっと拗ねる振りをしてみせた。


「そんなことありません! 光栄です!」


 先を競うように否定したエリシアとシュトライン。王は悪戯っぽく「ならいい」と笑い、少しの間を置いてから、内緒話を切り出すように話しかけた。


「……なぁ、二人とも。俺は国民の気持ちを理解したいと思っている。だがな、俺はこの王宮の狭い世界しか知らん。だから、国民の目線で物事を考えられるお前たちを、それぞれふさわしい役職に選んだんだよ」


 真剣に聞き入るエリシアとシュトラインに、王は快活に微笑む。


「その靴を履いた足で歩いて、国民が今何を思い何を憂いているのかを見極め、俺に国民の声を届けてほしい。お前たちに、俺と共に未来を築いて、歩いてほしいんだ。……ダメか?」


「……ンン。そのような殺し文句を、女性以外から頂くとは思いませんでしたねぇ」


 シュトラインは茶化すように言ったが、照れているのか、王の顔は見なかった。

 エリシアは足元を飾るピンヒールに視線を落とし、気づかれないように頬の筋肉を緩める。


「……国王様が望まれる限り、我々は国民のために足を動かすと誓います。しかし国王様……」


「何だ? エリシア」


「このようなヒールの高い靴では、その……走りにくいのですが」


「うおっ!? そ、そう言われればそうだな。歩くことしか考えていなかったぞ……」


「ヒ、ヒール削るか?」と慌てて提案する王にエリシアたちが笑ったのは、もう三年も前。少し抜けているが気取ったところがなく、民からの信頼も厚いジハード国王は、すでにこの世の人ではない。




「……未来を私たち三人が揃って歩くことは二度と叶わないが、私とノーヴェは現在も、国王様から賜った靴でニーベルの地を踏みしめ、それぞれの責務を全うしようとしているというわけだ……って、何故泣いてるんだシアン!?」


 話し終えたエリシアは、ボロボロと涙を零すシアンに慌てた。


「い、いや、なんか想像してたのと違って、美しい話だったんでつい……」


 医師から差し出されたハンカチで鼻を噛みながら、シアンが言った。


 シュトラインとエリシアの意味深な仲は、王に信頼された者同士に通じる特別な絆だったわけだ。それを勘ぐるなど、無粋なことをしてしまった、とシアンは罪悪感に襲われた。


(隊長が、傷だらけで踵が削れたヒールを今も愛用しているのは、国王様への誓いを今も尊重し続けているってことなんスね……)


 それにシアンは知っているのだ。エリシアが物思いにふける時、おまじないのようにピンヒールの側面を撫でる癖があることを。


 それはつまり、エリシアにとってそれほど王の存在は大きいということであり、そんな王の愛した民を、エリシアは今日までガーダーとして必死に守ってきたのだ。


(人命救助を第一とする隊長の理念は、きっとここからきてるんスね……。なのにオレはいつまでも憎しみに囚われてばっかで……)


後ろ暗い気持ちになったシアンは、ぐっと奥歯を噛んだ。


「シアン、どうした?」


 さといエリシアは、シアンの異変に気付いてすぐに声をかける。シアンは急いで


「いや、あの、亡くなった国王様に少し嫉妬しそうで……いや、そのヒールが隊長の足の美しさを際立たせてることは重々理解してるんスけど……」


 と唸りながら、その場を取り繕った。

 エリシアは呆れた様子で急かす。


「馬鹿なことを言ってないで、いい加減本題を尋ねるぞ」


「うにゃ? 本題って、なあに?」


 診察を終えベッドに寝かされたリーゼロッテが訊いた。


「それなんですが……」


 エリシアはちらりと医師へ視線をやる。医師は心得たとばかりに、席を外した。


 医師が退出するのを見届けてから、エリシアはリーゼロッテに、エレメンタルラピス以外で、魔力を発する物に心当たりはないか尋ねた。


「微弱な魔力を発する物なのですが……」


 リーゼロッテにベッドの縁へ座るよう強要されたエリシアは、柔らかいマットレスに掛けながら言う。

 リーゼロッテはエリシアの細い腰に抱きつきながら、頭を捻った。


「うーん。魔法使いがいた時代の海底遺跡になら、エレメンタルラピスみたいな類が眠っていてもおかしくないとは思うけど……」


「海の中ッスか……。それは、うーん……」


 水を操れれば別だが、反逆者が火の魔石しか所持していない以上、それはないな、とシアンは思った。エリシアもそう推理したらしく「他にはありませんか」と訊く。


「他に? 他に……んんー……。あ!」


 リーゼロッテはエリシアの胸に埋めていた顔をパッと上げ、閃いたように言う。


「あのね! 物じゃないんだけど――こんな言い伝えならあるよ! ……最後の魔女には実は、当時のニーベルの王との間に、子供がいたって話。簡単に説明すると……」



 実は当時の王アレクセンが最も愛していたのは、王妃ではなく、最後の魔女だった。二人の間には子供が生まれたけれど、王妃の手前、その事実が公になることはなかった。

 やがて、最後の魔女は病気で亡くなり、王の元にはエレメンタルラピスと子供だけが残った。

 けれど、そこへ雷が落ちて地面が割れ、王は子供と離れ離れになってしまう。

 王は悲しみに暮れた。しかし子供はニーベルの片隅で生き延び、アレクセン王と最後の魔女の血を引く子孫は、現在も存在している。



「っていう言い伝え!」


「リゼ様……それが事実なら、結構なスキャンダルじゃないッスか……」


頬をひきつらせるシアンを見て、リーゼロッテは不思議そうに首を傾げる。


「えー? そうかな? エリシアはどう思う?」


 リーゼロッテは期待に満ちた目でエリシアを見た。が、彼女の表情は冴えなかった。


「……その話、雷の行から、急に非現実的になりますね……」


「でも」


 シアンが口を挟む。


「もしも最後の魔女の子孫が今もニーベルの何処かに存在するなら、そいつなら、体内に魔力を秘めていてもおかしくないッスよね。最後の魔女の子孫たちが人間と婚姻を繰り返すうちに、魔力が薄くなっていったとしたら……」


「だから微弱な魔力か……。ふむ……リゼ様、この言い伝えは国王様からお聞きしたのですか?」


 エリシアの質問に、リーゼロッテは「うん」と屈託なく答えた。


「ボクが今話した内容は、お父様がよくお伽噺の代わりに話してくれたものだよ」


「何だ、お伽噺ッスか」


 そうであるなら、一考する価値もない作り話かもしれないな、とシアンは思った。

 しかしシアンのそういった考えが口調に表れていたらしい。リーゼロッテは心外そうに頬を膨らませた。


「お伽噺っていっても、史実を元にしたものだと思うよ。ボク、ノーヴェや評議員がいる前で、お父様にさっきの話をせがんだことがあるの。そしたらね、その話を聞いた途端、皆、顔色を変えたんだ。少なくとも、ノーヴェや評議員たちは、その言い伝えを信じたみたいだった」


「それは……どう思うッスか? 隊長」


「それだけで史実を下敷きにした話と断定するのは、いささか早計だが……最後の魔女に子孫がいる信憑性が格段に上がったのは確かだな……」


 ということはつまり、微弱な魔力の正体は反逆者に備わった魔力そのものであり、反逆者は王族と魔女の血を引く者の可能性があるということか、とシアンは脳内で整理した。


 しかしそんなことを微塵も知らないリーゼロッテは、「それで、どうしていきなり、魔力のことについて訊いたんだい?」と無邪気に尋ねた。が、リーゼロッテの耳には出来るだけ反逆者のことを届かないようにしたいシアンたちは返答に窮する。

 

 そんな雰囲気を敏感に感じ取ったリーゼロッテがふくれっ面で


「ボクは次期女王だよ! 唯一王位継承権を持つボクに秘密は、許されないんだからね!」


 と喚いたため、シアンたちはまたもやご機嫌とりをするはめになった。



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