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幼いお姫様

 早くに王妃である母君を亡くしたリーゼロッテ王女が、『災厄の業火』でジハード国王までをも亡くした時、彼女はまだ九歳という若さだった。

 王位継承権を唯一持つリーゼロッテが即位するまで、王座が空席状態の現在は、シュトラインが摂政まがいの政務を執って国を支えている。

 

 王が暗殺された件もあり、王女の護衛はシアンたちにとって重要な責務の一つだ。特にシアンは度々リーゼロッテの護衛兼遊び相手として王宮へ参上しているため、彼女にはいたく気に入られている。


 なので、思い立ってから三日も経たぬ内に、あっさりと謁見は叶った。叶ったのだが、


「シアンー!! 会いたかったよぉ!!」


 謁見早々、シアンは深窓の佳人に野性児の如く飛びつかれ、あまつさえ押し倒された。


 あと五年もすれば、海の向こうに広がる大陸にも匹敵する美姫はいないであろう恵まれた容姿。……の持ち主なのだが、生まれてから一度も切ったことのない射干玉の髪を揺らして笑うリーゼロッテは、まだまだ無邪気な子供だ。


「シアン、構って構って! 最近なかなか会いに来てくれないから、ボク寂しくて死にそうだった!」


「リゼ様……オレはリゼ様を構う前に死んじまいそうッスよ……」


「リゼ様、そろそろシアンの上から下りてやって下さい」


 シアンの鳩尾に尻を敷くリーゼロッテを、エリシアが優しく咎める。リーゼロッテは白目をむくシアンの胸にスリスリ頬を擦りつけながら、「えー」とへそを曲げた。


「エリシアってば、やきもち?」


「そうなんスか隊長? 安心して下さいッス。オレが蹴られたいのは隊長だけッスよ!」


 シアンに跨ったまま首を傾げるリーゼロッテと、大理石の床に押し倒されたまま爽やかに宣言するシアン。

 エリシアは、あっさりと突っ込みを放棄した。


「甘えん坊なのは構いませんがリゼ様、あまりはしゃぎすぎないで下さい。でないと……」


「けほっ。ごほ、ゴホゴホッ」


「ほら……また咳が出始めました。ベッドに戻りましょう。泣かなくても大丈夫ですよ」


 涙目で咳き込むリーゼロッテの背を摩り、エリシアは姉のように柔らかく囁く。


 天真爛漫で明るいリーゼロッテだが、幼い頃から身体が弱く、はしゃぎすぎるとすぐ咳が出る。それでも「いや、いや。シアンとエリシアと遊ぶ」と駄々を捏ねるので、シアンたちは途方に暮れ、あの手この手で宥めすかし、最終的にシアンが抱きあげて部屋まで運んだ。


(……こりゃ、本題を聞き出すには時間がかかりそうッスね……)



エリシアに呼ばれた初老の王宮医師は、天蓋付ベッドに困り果てた様子で掛けたシアンと、そのシアンの腰へコアラのように抱きついているリーゼロッテを見て、苦笑を漏らした。


「王都の中央病院に勤めていた時でさえ、王女様ほどヤンチャな患者はいませんでしたぞ」


「……へえ。先生、前は中央病院に勤めてたんスか」


 診察のためリーゼロッテから離してもらったシアンが言った。リーゼロッテにがっちりと足で抱きしめられていた腰を、労わるようにさする。まだ挟まれているような感触が残っていた。


 ちなみにリーゼロッテがぐずるので、シアンは物珍しい調度品が並ぶ彼女の私室に留まっている。


「オレの幼馴染が、一年くらい前まで中央病院に入院してたんスよ。お世話になったかもッスね」


「幼馴染ってことは……ああ、あの?」


 反逆者によって父である王を殺されたリーゼロッテの前だからか、エリシアは言葉を濁して尋ねた。シアンはエリシアにだけ聞こえるように、声量を絞って返す。


「そうッス。『災厄の埋み火』で生き残ったもう一人の子。あいつが、火傷の具合が悪化して移送された先が、中央病院だったなって」


 ひそひそ会話を交わすシアンたち。そんな二人を恨みがましそうに見ていたリーゼロッテは、大きな瞳に涙を溜めてべそをかいた。


「うえーんっ。ボクを置いて内緒話なんてヒドイよーっ。けほっケホケホ!」


「リゼ様! 大丈夫ッスか?」


 微笑ましいくらい懐いてくれる珠のような王女を、シアンとエリシアは心配そうに覗きこんだ。が、ニヤーッとした彼女の笑みと視線がかち合う。


「へへー。心配した? ボク、もう昔とは違うもん。元気だよ!」


「今度は演技ですか……」


 珍しく振り回されっぱなしのエリシアは、がくりと肩を落とした。さすがに彼女でも、尊敬する王の忘れ形見をきつくは叱れないらしい。


 シアンとエリシアを振りまわしている張本人は、ぐっと拳を握って言う。


「ボク、早く戴冠式をとり行いたいくらい! 今はノーヴェが頑張ってくれてるけど、早くボクがしっかりしなくちゃ、評議会の奴らに国政を乗っ取られちゃう!」


「ああ、王女様。そのような、評議会を敵に回すような不穏な物言いはお控えください」


 医師は肝をつぶしたように言った。

 リーゼロッテは「でも」と、むくれて言う。


「お父様だって、生前、リブルハートと言い争ってたんだよ!」


「お父様って、ジハード国王様ってことッスよね」


 シアンが言った。リーゼロッテはベッドの上で頷く。


「そうさ。二、三年前かな……ベッドを抜け出した時に見たんだ。資料保管庫の近くに、列柱の間があるだろう? その柱の陰で、お父様がリブルハートに『これ以上勝手な真似は許さない』って怒鳴ってた。きっと評議員の奴らが、お父様の政治に要らない口を挟んだんだ!」


「それは単に、リブルハート評議員が個人的に、何か国王様に粗相をされたのでしょう」


 医師はリーゼロッテの脈を測りながら言い、話をすり替えようとする。


「それよりもリブルハート評議員といえば、一時期よく中央病院に来られておりましたぞ」


「え……あの爺さん、どっか悪いんスか?」


 陰険でいかにも長生きしそうなのに、と続く言葉をシアンは飲み込んだ。


「いやいや、誰かのお見舞いで。大きい病院ですから、身分の高い方々も沢山入院されているのですよ。キルギス評議員や他の評議員の方もよく来られておりましたなぁ。ああ、あと宰相様も何度か。皆様お忍びのようで、変装しておられましたが、身につけている装飾品で分かりましたよ」


「特にノーヴェの変装は分かりやすかったんじゃない?」


 話を上手く反らされたことに気づかないリーゼロッテが食いついた。


「ノーヴェもエリシアと同じで、いつもお父様に贈られた靴を履いているもんね?」


「ええ、確かに。珍しい靴を履いていらっしゃるのですぐ分かりましたぞ」


 医師とリーゼロッテの祖父と孫のような会話を聞いたシアンは、エリシアとシュトラインの意外な共通点に驚いていた。


(シュトラインの意味深な発言から、二人には何かあると思ってはいたッスけど……)


「……隊長の履いてるピンヒール、国王様から頂いたものなんスか」


「……何だ。口調が棘々しいぞ」とエリシア。


「宰相と一緒に頂いたんスか? その辺の話、お聞きしたいッスねー」


「バカ犬が、貴様は本題を忘れたのか。そもそも我々が此処へ来たのは……」


「お聞きしたいッスねー」


 シアンはエリシアの発言を声高に遮り、「隊長、オレには何にも話してくれないんスよ」とリーゼロッテに耳打ちする。シアンが白々しい泣き真似をすると、リーゼロッテは気の毒そうな表情を浮かべた。


「エリシア。話してあげるよね? 動物をいじめちゃ、めっ、だよ」


「…………」


 エリシアは白い目でシアンを見る。


「おいシアン、純真無垢なリゼ様にまでナチュラルに犬扱いされたがいいのか」


「オレ、目的のためなら手段は選ばない男なんスよ」


「貴様は犬になった時点で、もう男ではなくオスだがな」


 エリシアは辛辣に言い放った。


 だが、やはりリーゼロッテには甘いらしい。「三年ほど前、私が警護部隊長に、そしてノーヴェが宰相に任じられた時のことだ」と、渋々語り始めた。





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