新たな情報
挿絵がありますので、苦手な方はご注意ください。
ラゴウたちを見送ったあと、シアンは、今日はまだ姿を見ていないエリシアの元へ向かった。
執務室の扉の向こうから気配は感じるので、起きてはいるようだ。朝食の時に落ちてしまった気分を盛り返そうと、シアンはノックもなしに、バーンと扉を開け放った。
「隊長―っ。おはよーッス! ……あれ?」
完全に油断していたらしい。シアンに背を向けるように立っていたエリシアは、我に返ると手に持っていた物を、腰に巻いているポーチへ仕舞い込んだ。
「……隊長、今なんか隠さなかったッスか」
好奇心を刺激されたシアンが尋ねる。しかしエリシアの答えはつれなかった。
「隠していない、仕舞っただけだ」
「えー! 絶対隠したッスよ! ポーチの中、何入れたんスか」
シアンはリンゴが収まるサイズをしたポーチの中身を、透視しようと言わんばかりに目を細めてみる。エリシアは露骨にポーチをシアンから遠ざけた。
(何だろ……一瞬キラッて光った気がしたけど……)
隠されると見たくなるのは人間の性だろう。シアンはじりじりとエリシアとの距離を詰めていった。
「隊長……」
「……何だ」
シアンの猫なで声に反応して、エリシアの頬がひきつる。シアンはにっこりして手を差し出した。
「見せて」
「……見せない」
「じゃあ代わりにオレのこと、その美脚で蹴って下さいッス」
「どうして貴様の結論はいつもそこに行きつくんだ!?」
そりゃあ、エリシアの毛穴一つ見つからない美脚の前では、ポーチの中身など気に留めるほどのことではないだろう。
シアンはエリシアの、シルクよりも滑らかな足に不躾な視線を送る。知らぬ間に鼻の下が伸びたところで、エリシアが拳骨用の拳を握った。
「どうやら私の駄犬は、また殴られたいらしいな……」
「えっ!? いやッスよ! 何でッスかー!」
「何でだと!? 貴様……っ」
「だって、そもそもオレにポーチの中身見せてくれない隊長が悪いじゃないッスか!」
「~~それを言うなら、勝手に部屋に入ってきた貴様の方が悪い! 何しに来たんだ!!」
不毛な攻防を繰り返した末、エリシアに問いにシアンが答えようとした。
その時、ノックの音が新たな来訪者を知らせた。
「し、失礼、しますっ。解析部隊のニーカ・ラント、です。調査の報告に来ましたっ」
上ずった声が執務室に響く。
報告書を抱えた小柄な少女が、低い位置で括られたツインテールを揺らしながら、ドアの隙間から顔を覗かせた。
おどおどしたニーカは、必要最低限に開けられたドアの隙間に身体を滑らせて入室し、人目をはばかるようにエリシアの元まで進み出る。
まるで獲物から身を隠す兎だ。
シアンは機関内で密かに人気があるニーカを眺めながらそう思った。
(……それより)
シアンは仕事のことに頭を切り替える。
(調査の報告って確か、先日襲撃があった時、ラゴウ先輩が『解析部隊が、気になることがあるらしいわ』って言ってた件ッスよね……。今の今まで調べてたのかな)
考えを巡らすシアンの隣で、エリシアは徹夜明けの顔をしたニーカを労った。
「ご苦労だったな。気になることはどうだった?」
「は、はいっ。あの、やっぱり、今回も襲撃現場から、魔石から生じた魔力とは異なる魔力の波動が計測されていました……っ」
「魔石とは異なる魔力ッスか?」
話に割り込んできたシアンにニーカは飛び上がり、軍服の上から心臓を押さえた。
「ワ、ワワワワンコくん、い、いたんですか?」
「ワンコじゃなくて番犬ッスよ、ニーカ。っつーか、あんだけ周りを窺ってたくせに、オレのこと見えてなったんスか」
「ニーカは人の目には敏感なはずだが……ああ、貴様は犬だったなシアン」
「そうッスよね隊長。オレは隊長の番犬ッス」
「……たまにワケの分からんところで発揮される、貴様のポジティブ思考が面倒くさい」
シアンいじりが不発に終わったエリシアは、一瞬だけ唇を尖らせた。が、すぐに「話を戻すと」と軌道を修正する。
「その魔石とは別の魔力は、どこから生じているんだ?」
「そ、それが」
ニーカは眉を下げ、エリシアに報告書を差し出しながら言う。
「魔石の魔力が生じた場所と同じ場所からなんです……。恐らく反逆者が魔石とは別の、魔力を発生させる何かを持っているのかと……」
「エレメンタルラピス以外に魔力を生じるものなど、聞いたことがないな」
「そう、ですね……。私も二年前までは情報通信部隊にいましたから、魔法の情報には詳しい方ですけど……ニーベルではそういう話は聞かないですね……」
「え……ニーカ、情報通信部隊にいたんスか?」
黙って二人の話を聞いていたシアンは、思わず口を挟んだ。心臓がドクリと嫌な音を立てる。
(だって、そうだ……情報通信部隊にいたってことは、つまり……)
つまりニーカも二年前、反逆者の容疑がかけられていたということだ。シアンは思わず同い年の才媛を凝視する。
ニーカは足の裏にバネでもついているように飛び上がり、エリシアの後ろへ隠れた。エリシアはシアンがニーカを怖がらせたと思い、シアンを牽制するように睨んだ。
「う、うん……。そうだよワンコくん。確かに所属してたけど……それが、ど、どうかした?」
「あ……いや、知らなかったから。でも、そうだったんスか。ニーカ、運動神経以外はあらゆる面で優秀ッスもんね」
「シアン、貴様なかなか失礼だぞ」
エリシアの突っ込みにへらりと笑いながら、シアンはニーカを盗み見る。その目は、どうしてもきつくなってしまった。
(……いやでも、綿毛みたいにフワフワした見目のニーカが犯人や共犯者なわけないし、仲間を疑うのは、もう止そう……)
シアンは無理やり邪念を打ち払った。犬が水を払うように首を振ったため、エリシアたちは奇妙なものを見るようにシアンを見た。シアンは内心苦笑しながら、目の前の問題に没頭しようとする。
「あ、えーと、脱線してごめんなさいッス。あー……その、魔石とは異なる魔力のことッスけど、もしかして、最後の魔女が他にもエレメンタルラピスのような物を創っていたんじゃないッスか?」
「そのようなものがあれば、当時の評議会が黙っているはずはないと思うが……」
シアンの意見に、エリシアは報告書をめくりながら答えた。
「だが、反逆者がもしエレメンタルラピス以外にも何か力を持っているとしたら、非常に厄介だ。ニーカ、その魔力というのは大きいのか?」
「い、いえ、それが、魔石の魔力と比べると、とても微弱なんです。最近まで見落としていたくらいには。魔力による影響がないかは、引き続き調査中です……」
「その謎の魔力、反逆者を見つける手掛かりになるかもッスよね。隊長、その魔力について、リゼ様に尋ねてみたらどうッスか?」
「……リーゼロッテ様にか?」
意外そうに目を丸めるエリシアへ、シアンはニッと笑ってみせる。
「だって、魔法のことは、王族が一番詳しいッスよね?」




