評議員との確執
どういうことかと目線で訴えてくるエリシアに、シアンは「いやぁ……」と首の後ろを掻く。
「えーと、こちらの杖をついた白髪の老紳士は、リブルハート評議員らしいッス!」
「そんなことは知っている。何故そんな方と一緒に貴様が現れたんだ!」
シアンが的外れに老人の説明を始めるのを、エリシアは苛々した様子で叱った。
「わしが此処へ案内するよう頼んだんじゃよ」
リブルハートは簡潔に述べる。
実はレイラーに勝ったあと、喉が渇いたため水飲み場へ向かっていたシアン。そこで、仰々しい警備をつけた老人に鉢合わせたため事情を聞いたところ、リブルハート評議員と知り、命令されたのでやむなく此処まで案内してきたのだ。
「キルギスが襲撃を受け、一時的にエレメンタルガードが身柄を預かっていると連絡を受けてのう……。評議員の中で最年長のわしが、引き取りに来たのじゃ」
「……生憎ですが、我々はこれから今後の対策について話し合う予定です。リブルハート様も混ざって下さるなら席を用意しますが、そうでないならば少々お待ちいただきたい」
評議員の登場に警戒しているのか、尖った口調で言うエリシアを、リブルハートは老眼鏡越しにせせら笑った。
「今後の対策? 笑止……お主らの機関がそんなことを考える必要はない。お主らはただの道具。反逆者を見つけ次第、その場で有無を言わさず殺せばよいのじゃ。行くぞ、キルギス。こんな宰相の犬どもにホイホイついていきよって、お主には評議員としての誇りが足りぬ」
「わ、ワシは、王都に無事辿りつくまでの護衛として、エレメンタルガードを足で使ってやっただけだ……! 道具相手にも、褒美に話に耳を傾けてやるくらいはしてやろうとだな……」
キルギスは恥じ入るように言い訳を並べ、慌てて席を立った。
「待って下さい。評議会には、襲撃の標的となりうる街から住民を疎開させるなどの対策を練ってほしく……」
エリシアは席から立ち上がり、語気を荒げた。しかしリブルハートは一笑にふす。
「小娘ごときが政治家気取りか」
「ちょっと爺さん!」
シアンが怒鳴った。
「さっきから聞き捨てならねぇッスよ!」
シアンがリブルハートの肩を乱暴に掴むと、リブルハートは杖でシアンの手を容赦なく叩いた。シアンの手の甲が真っ赤に染まる。
(こん、の……狸爺……!)
「疎開の件はン私も賛成なんですがねぇ」
室内で唯一平静を保ったままのシュトラインは、組んだ足をピコピコ揺らしながら言った。
しかしリブルハートは首を縦に振らなかった。
「疎開なんぞ許し働き手が街からいなくなれば、税の徴収はどうなる。それに、街から人がいなくなれば、『魔石の在処は此処だ』と教えているようなものじゃろう。宰相が許可を出しても、我々評議会は承諾せぬ」
「非常事態です。国民の命には代えられないでしょう。国民に『襲われるまで指をくわえて待ってろ』というのですか?」
憤慨するエリシアに、「分からん奴じゃな」とリブルハートは唸った。
「非常事態じゃ。国民の多少の犠牲は仕方あるまい」
「な……っ。あんた!!」
堪忍袋の緒が切れたシアンが叫ぶ。しかしシアンの喉元に杖を突きつけ、リブルハートは冷酷に告げた。
「元は警護部隊のガーダーの本来の役目は、魔石の守護じゃろう。水の魔石はベーチェル評議員の縁の地・リゼンタに、風の魔石はわしの住むロシャーナに保管してある。偉そうな口を叩く前に、そちらの魔石を守ることに死力を尽くせ。反論は認めん。身分をわきまえよ」
「…………っ!!」
シアンとエリシアは言葉にならぬ怒りに悶えた。それを余所に、シュトラインは
「魔石の在処を迂闊に言うとは、評議員にあるまじき軽率さですねぇ」
と、リブルハートを挑発混じりにたしなめた。
リブルハートは鷲鼻でフンと息をつく。
「そうじゃのう、リゼンタとロシャーナが真っ先に狙われた時は、貴様が先ほど言っていたように、この中に裏切り者がいると疑わざるをえんな」
「ンン。盗み聞きとは、趣味が悪い。保管場所をばらしてしまえば、エレメンタルガードは頼まれずとも勝手に戦力を投入する。評議会はメンツを保てたまま、もしもの際はガーダーによって身の安全を守られる。…………魂胆は見え見えですよ、リブルハート」
シュトラインとリブルハートの間に火花が散る。
シアンとエリシアが聞き取れないほど低い声で舌戦を戦わせたシュトラインとリブルハートだったが、それ以上は互いに何も口にせず、リブルハートは踵を返した。
彼に置いていかれまいと、キルギスもソファにかけていたマントを手にし、短い足を動かしてあとを追う。
キルギスは早足でシアンの横を通り過ぎた。その際に、廊下の壁にかかったブラケットが、キルギスの脂ぎった顔を照らし出す。
「ん……?」
それを見たシアンは一瞬憤りを忘れ、キルギスをまじまじと見つめた。車中でのキルギスはずっとマントを目深に被っていたため気づかなかったが、近くでよく見ると、シアンは彼の顔に見覚えがあった。
(あれ……?)
「キルギス様……オレの住んでた村に来たことあるッスよね?」
ふとこぼれ出たシアンからの質問を受け、キルギスは眉を吊り上げる。
「はぁ? ワシは貴様みたいな小汚い小童など知らん!」
「小童って……まあいいや。えと、それより、オレの出身地のルーン村に来たことないッスか? いつだったかな……二年以上前の話なんスけど――……」
記憶の引き出しを探っていたシアンは、キルギスから何も反応がないことを不思議に思い、顔を上げた。すると、幽霊に遭遇したかのような表情をしたキルギスと目が合う。
「あの……?」
「――――――――貴様、『災厄の埋み火』の生き残りか……っ」
急にどうしたのかと当惑するシアンから後退り、キルギスは真っ青な顔をして言った。
「――――し、知らんぞっ。ワシは知らんっ。いや、いや――確かに、い、行ったかもしれんな! 視察で! そうだ! ルーン村には視察で行ったな――――小童、貴様のことは覚えておらんが!」
しどろもどろに返して、キルギスはシアンの目を避けるようにマントを頭から被る。エリシアとシュトラインが不審そうな目線を送っていることに気づいたのか、キルギスは廊下の先で待つリブルハートの元へ、そそくさと逃げ去ってしまった。
「……何なんスかね、今の」
シアンの問いかけに、シュトラインは肩をすくめながら「ンさあ。でも豚の焦る所が見られて、面白かったですねぇ」と毒を吐く。
尋ねる人を間違えたと後悔するシアンの向こうで、シャンデリアに照り映える金髪を掻き上げたエリシアは
「評議会の思う壺なのは面白くないが、水と風の魔石の隠し場所を知った以上、リゼンタとロシャーナには、ガーダーや情報通信部隊を多めに投入するしかないな」
と不愉快そうに呟き、本部にいる隊員のリストを調べ始めた。




