宰相の目的
シアンがレイラーに勝利した頃、執務室では壁一面のガラス窓を開けても換気不可能な、不穏な空気が漂っていた。
窓に背を向ける形でマホガニーの執務机に掛けたエリシアは、来客用のソファに座るシュトラインを睨みつける。エリシアは華やかな王都を歩く年頃の娘より、ずっと顔が整っているため、睨むと凄みが増した。
「やはりシュトライン様が我々の機関を頼ってきたことには、いささか疑問があります」
エリシアの発言に対して、シュトラインは頬杖をついたまま、無言で続きを促した。
「水と風の魔石は、おそらく『管理者の評議員に縁のある土地』に保管されているというのが、ニーベル国民の認識でしたね? だから反逆者も、その地を次々に襲撃し、魔石を探している」
「ンそうでしょうねぇ。仮に評議員とは無関係の地に魔石が保管されていても、評議員の口を割れば魔石の在処が分かる。だから結局反逆者は、評議員に縁のある地を襲っている……」
シュトラインは淡々と語る。シュトラインの向かい側に掛けるキルギスは、神経質に爪を噛み続けていた。
「縁の地を襲うなど、反逆者は評議員について、内部しか知らないような情報を持っています」
「ンおやおや。自らの首を絞めるようなことを言いますねぇ、エリシア。その口振りではまるで、貴女を含めた内部の誰かが敵だと言わんばかりではありませんか」
「……組織内に裏切り者がいると思ってはいません。ただ、客観的に見て、その可能性が再び持ち上がってしまった。そしてそれに気づかない貴方ではないでしょう。そこで先ほどの疑問です」
キルギスは脂汗をかいた顔を光らせながら、エリシアとシュトラインを交互に見遣った。
「な、何だ? 迂遠な言い方はやめろ! ワシにも分かるように話せ!」
「もちろんですキルギス様」
エリシアはアンバーレッドの瞳で、シュトラインを探るように見つめたまま言った。
「シュトライン様。貴方は内心では、再び内部の人間を疑っているはずです。それなのに何故、エレメンタルガードを頼ってきたのかが、納得がいきません。意図をお聞かせ下さい」
エリシアに詰問され、シュトラインの顔から、蝋燭を吹き消したように表情が消えた。彼の薄い唇が何か言葉を形成しようと瞬間――――……。
「貴様っ! 貴様まだ、我々を疑っておるのか!?」
やっと理解の追いついたキルギスが憤激し、目の前のローテーブルを叩いた。
「小娘ごときが束ねるエレメンタルガードだけでなく、何世代にも渡って高貴な血統を受け継ぐ評議員まで、再び疑っておるというのか!? 平民出身の貴様ごときが!?」
泥を塗りつけられたと言わんばかりに、キルギスは怒り狂った。
「大体、何故ワシが狙われねばならん……。そ、そうだ! 貴様!」
高い宝飾品が食い込んだ指で、キルギスはシュトラインを指差した。
「魔石を保管しているのは宰相も同じ! にも関わらず、貴様に縁のある地はまだ襲撃を受けておらんかったな――……。ど、どうだ! 本当は貴様が裏切り者だろう! 白状しろ!」
「ンン。面白いことを言いますねぇ、キルギス」
エリシアがキルギスへ不愉快そうに眉を寄せるのを横目に、シュトラインは嘲笑った。
「世襲制で政治家になることを約束され派手な生活を送っていた評議員と違い、宰相は王の意向で市民から選出された身。平民出身の私の縁の地は、探すのに骨が折れると思いますよ。当然、比較的探しやすい評議会の魔石から狙うでしょうねぇ」
シュトラインは揶揄を挟みつつ、至極まっとうな推測を返してキルギスを黙らせた。
「ンそれに私が反逆者、もしくは内通者なら――――――――そもそも保護を頼む必要どころか、エレメンタルガードを設立する必要もありません。私がエレメンタルガードに保護を頼む理由はただ一つ――――――――……」
シュトラインの双眼が、底冷えするような冷たさをたたえた。
「…………反逆者をこの手で死刑台に送るまで、生き残るためです」
触れれば切れそうな殺気が、シュトラインから発散された。
心臓に氷を当てられたような顔をして、キルギスはソファからずり落ちる。エリシアは鳥肌の立った手の甲を机の下に隠した。
「傾倒する国王様を殺し火の魔石を強奪した犯人を、私は許しません。ンその犯人を裁くまで、私は殺されるつもりはない。……貴女ならこの気持ち、察してくれていると思ったんですがねぇ、エリシア」
シュトラインの双眸は、エリシアが席についている執務机を通り越し、彼女の足元を見ていた。
エリシアは無意識にピンヒールへ手を伸ばす。その動作はシュトラインの座る位置から見えていないはずなのに、彼はお見通しと言わんばかりに薄く笑った。
「ンまぁ、ぶっちゃけてしまいますと、察しの通り私はまだ内部の人間を疑っていますよ」
深刻な空気を作り上げた本人が、その空気を破壊する発言を投下した。
「それでも保護を頼んだのは、エレメンタルガードの保護下でン私が襲われれば内部に敵がいることが判明しますし、逆にそれを恐れて反逆者が私を襲わなければ、私は安全。ついでに内部の人間を監視も出来るからです。ン私が保護を頼むのは当然かと」
「……貴方という人は……っ。そうでしたね、貴方はそういう人間です」
エリシアは疲れたように目頭を押さえた。
「ではそもそも、二年前に容疑者扱いを受けていた私やラゴウたちをエレメンタルガードのメンバーに入れたのも、監視が出来るからという意味もあったわけですね?」
「ンおや。冴えてますねぇ、エリシア。しかし悲観することはありませんよ。例え疑わしくともエレメンタルガードに戦力として入れたいくらい、エリシアたちの戦闘力が高かった、という素晴らしい理由もあります」
「…………。貴方が協力を求めた理由には、今の発言で嫌というほど納得がいきました。それでは……」
「それではキルギス評議員を退出させてもらえんかのう」
年の厚みを感じさせる嗄れ声が、絶妙なタイミングでエリシアの発言を遮った。
室内にいた者は皆、執務室の入り口を見て瞠目する。そこには評議員の証である、稲妻の紋章があるローブを纏った老人が、背後に――――何故かシアンを引き連れて佇んでいた。




