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疑わしきは誰か

「内部に反逆者……っ!?」


 寝耳に水だ。シアンは驚き、肩をほぐしていた手を止めた。


(それはつまり、オレの仇が、身近にいるかもしれない……ってことか……?)


「宰相が内部の人間を疑うのはぁ無理もねぇ」


 レイラーが言った。


「反逆者は内部の情報に詳しかったからなぁ。例えばエレメンタルラピスを稼働させる呪文――『リッダ・リゾルデ』だ」


 頬に赤みがさし、口調が乱暴になってきたレイラーがリングに向かって呪文を唱える。と、水の魔石は青く光って反応し、出現した水が、巨大な太刀となってレイラーの手におさまった。


 ラゴウをはじめ、他の隊員は脇に退く。暗黙のうちに、今からシアンとレイラーが一対一で戦闘訓練を行うことが決まった。


「呪文は代々受け継がれてきたが――――」


 レイラーは話し続ける。


「二年前は王族と宰相、評議会、それから当時の軍で魔石に関わる仕事を請け負っていた者しか知り得かったはずだぁ。だが反逆者は、火の魔石を使って国王様を殺めやがった」


「それって……」


「そう。つまり呪文を知ってやがったんだぁ」


「そんなの……呪文が漏れただけで、全く関係ないところに犯人がいるかもしれないじゃないッスか。それか他国の間者っていう可能性は?」


「ニーベルは風の魔石によって守られてるからなぁ、その可能性は低いと思うぜぇ。この前もニーベル近海をうろついていた偵察船が、暴風によって難破したらしい……しっ」


 言い終えると同時に、レイラーは一足飛びで間合いを詰めてきた。彼が水の刀を振りかぶったところで、シアンは呪文を唱え、リングの力を解放する。


「我が身を守れ! 百の手の盾、ヘカトンケイレス!」


 人間を握り潰せる大きさをした土の手首が六つ、地面を突き破って現れた。巨大な盾と化した手は、レイラーの繰り出す攻撃を全て受け止める。

 ヘカトンケイレスに身を隠したシアンはすかさず、水の弾丸をレイラーに五発続けて放った。レイラーは華奢な身体に似合わず、太刀を振りまわして弾丸を叩き斬る。レイラーを反れた弾丸が、後ろにあった石像を砕いた。


「ったく、魔石を操る要の想像力は、相変わらず優れてやがんなぁ」


 舌打ち混じりに吐き捨てるレイラー。

 レイラーは風の魔石の力で追い風を背中に纏い、軽い身のこなしで壁を駆け上がった。今度は頭上からシアンを狙ってくる。


 レイラーを風で吹き飛ばすか、土で攻撃を防ぐか――――……。


 一瞬の選択の遅れが、シアンを窮地に立たせる。シアンは苦し紛れに、六つの土の手を組み合わせるようにして自分を囲むドームを作る。

 しかし先ほどよりも硬度を増した水の一太刀によって、土の指を数本ぶった切られた。


「シアン! 市街地にいることを想定して、被害が及びにくい戦い方をしろ!」


 ラゴウから注意が飛ぶ。


 レイラーは整った顔で意地悪く笑い、説明を再開した。


「気にくわねぇが、宰相が内部の犯行を疑った理由はまだまだあるぜぇ。反逆者が、国王様が秘密裏に呪文をかけ直しに行くことを、内部にしか知らされていないはずの日時まで把握し、かつ、火の魔石の在処を知っていたからだぁ」


「!」


「偶然呪文を知っていて、偶然その場に居合わせたから事件を起こしたなんざ、ありえねぇからなぁ。なんせエレメンタルラピスの保管場所を知っていたのも、呪文同様……」


「王族と宰相、評議会……そして、軍のごく一部ってわけッスか。その、当時の軍の人間ってのが……」


「エレメンタルガードの前身として、軍で活躍してた情報通信部隊や警護部隊だぁ」


 シアンの言葉の続きを、レイラーが引き取った。


「特に当時警護部隊だったハーティス隊長、俺やラゴウはリングも保持し、魔石の扱いにも長けてたからなぁ、宰相の疑いの目もきつかった」


「隊長やレイラー先輩たちまで疑われてたんスか!?」


 シアンはぎょっと目を見開いた。

 レイラーは容疑をかけられた当時のことを思い出したのか、不服そうに「俺は、事件の日は非番でアリバイがなかったしなぁ」と言った。


「……。あれ? でもそれ、おかしくないッスか。オレ、エレメンタルガードなのに、魔石が何処に管理されてるのか、知らないッスもん」


「てめぇ……次に語尾に『もん』ってつけたら切り刻むぞぉ」


「怖いッスよ! そ、それで?」


「ああ……『災厄の業火』以降は、宰相も評議会も内部の犯行を疑い、残りの魔石をそれぞれ移動し直して、今度は隠し場所をエレメンタルガードにさえ教えなかったからなぁ。評議会のメンバーだって、自分たちの管理する風と水の保管場所は知っているが、宰相の土の魔石の保管場所は知らねぇ。逆に宰相は、評議会の管理する魔石の場所は知らねぇ」


「で、でも」


 シアンは必死に言った。


「皆は今でもこうして宰相が設立した機関に在籍してるし、現在じゃ評議会や宰相も反逆者に狙われてる立場ってことは、全員、疑いは晴れてるんスよね?」


「容疑者の誰からも、最大の証拠となる火の魔石が見つからなかったからなぁ。もちろん、内部の犯行を疑っていた宰相自身からも、何も出なかった」


「なら、宰相もエレメンタルガードの隊員は白と判断して、保護を頼んだんじゃ……」


 身内の犯行ではないという希望が見えて、シアンは胸を撫でおろそうとする。

 しかしレイラーは「あの怜悧冷徹な宰相がそれだけで納得したとは思えねぇな」と鼻息をついた。どうやら容疑者扱いされた当時、よっぽど絞られたらしく、レイラーは捻くれたように言う。


「宰相のことだぁ、腹ん中じゃ『反逆者は盗んだ魔石をリングのように加工して隠してる』くらいに思ってるだろうよ。実際、本体の魔石はリンゴくらいの大きさしかないらしいから、どうとでも隠せるだろうしなぁ」


「おい! 喋ってばっかいねーで戦わんかい!」


「分ぁかってるよラゴウ! ――――……怪奇の名刀オオデンタミツヨ」


 ラゴウの注意に怒鳴り返したレイラーは、さっきまで持っていた太刀をただの水に戻すと、新たに反りの深い刀を水で作り上げた。先ほどの太刀より長さは劣るが、身幅が広く、少ない力で石の壁さえ容易に破壊出来そうだ。

 レイラーは瞬時に想像力を働かせるのは苦手なようだが、一度魔石の力で武器を作りだしてしまいさえすれば、武器の攻撃力は高い。


 防御ばかりでは埒があかないと踏んだシアンも、水で剣を作りだし、レイラーへ斬りこんだ。


 目にも止まらぬ速さで刀剣が交錯し、最終的に鍔迫り合いになる。レイラーのオオデンタミツヨの方が水の硬度が固く、水の剣を砕かれてしまったシアンは、瞬時に土の盾を生成する。さらには龍の形をした炎を作り出しレイラーを襲わせるが、それはレイラーの刀によって消火されてしまった。


 ならばと、シアンはレイラーと距離を取り、槍を作り出してぶん投げる。想像力が豊かで短時間の間に幾つもの技を繰り出せるシアンに、ガーダーは感嘆の声を漏らした。

 鋭利な槍を、レイラーは悠々と避ける。が、その隙を突いてシアンはレイラーの懐に入り、風の力で壁まで吹き飛ばした。


 勝負はついた――――かと思えば、ガラガラと崩れた瓦礫の中から、軍服が破れに破れたレイラーが飛び出し、再びシアンに斬りかかってきた。


「シアン、この俺が、宰相が協力を求めてきたことが腑に落ちねぇ理由はまだあるぜぇ」


 シアンはレイラーの刀の軌道を見極め、硬い土のシールドを断続的に作り出して攻撃を防ぎながら、耳

をそばだてる。


「二年前の『災厄の埋み火』のあと、一旦、反逆者の動きがパタリと止んだだろぉ。ちょうどその頃なんだよ。俺や隊長たち――――後のエレメンタルガードのメンバーは疑われていたのはなぁ」


 …………言われてみれば確かにそうだ。


 シアンがエレメンタルガードに入隊して一年経つまで何故か反逆者の動きはなく、一年間の潜伏期間があった。偶然にしては、出来すぎではないだろうか。


「宰相からすりゃぁ、機関内にいる犯人が、犯行がばれるのを恐れて襲撃を止めたように感じられたはずだぁ。だってぇのに、あの宰相が俺らに協力を求めるなんて、俺には何か企んでいるとしか思えねえなぁ」


「……」


 シアンとしては、仲間の中に仇がいるなんて疑いたくはない。そう思いながら、シアンはシールドの角でレイラーの脇腹を殴った。


「つかオレ、内部の人間が疑われていたなんて話、全然知らなかったッス……!」


「そりゃぁそうだ。『エレメンタルガードはシアンにとって新しい家族。杞憂に終わるかもしれないのに、家族を疑うようなことをシアンに言うな』って、俺ら、隊長に口止めされてっからな。だから俺らも、身内に敵がいるなんて詮索しちゃいねぇ。チームワークも乱れるしなぁ」


「隊長がそんなことを……」


 エリシアの隠れた心遣いにシアンは感謝した。が……。


「レイラー先輩、口止めされてるくせに、オレにバラしちゃったじゃないッスか。いいんスか?」


「おぉ。よくねえなぁ」


 シアンに殴打された脇腹を押さえながら体勢を立て直し、レイラーは言った。


「だから、さっさと俺に倒されて忘れろよぉ!」


 弾丸のような速さで、レイラーがシアンに突っ込む。瞬きの間に眼前へ迫ったレイラーに防御が追いつかず、シアンは動体視力だけを頼りに、迫りくる切っ先を避けた。


 が、髪を一房持っていかれ、亜麻色のそれが宙に散らばる。その髪が地面に落ちる前に、次の突きが来た。


「……っくそ! 何者にも囚われぬ孤高の風帝よ、我に力を貸せ!」


 今度は何とか、シアンは台風のような風をレイラーへ向けて放ってみる。

 レイラーは数歩後退したが、踵で踏ん張り、ぐぐぐ、とゴムを切るように刀で風を切り裂いた。

 

 風によって時間を稼ぐことが出来たシアンは、レイラーの刀が届かない位置まで下がり、必殺技を練る。シアンにはとっておきがあることを、レイラーとの会話に出てきた『彼女』の名前で思い出したのだ。


 この技に屈服しない『男』などいない!


「そう……オレにはとっておき、エリシア隊長という名の必殺技があるんス!!」


「はあああっ!?」


 勝負は決まったと言わんばかりに両手を突き上げたシアンに、ラゴウたち見物組は呆気にとられ間抜けな声を上げる。レイラーは警戒しながらも、シアンに飛びかかってきた。


 その時、シアンとレイラーの間に、源泉のように水が噴き出した。


 空中でレイラーの目が点になる。

 その間に、水は三階の高さまで噴き上がり、毛先にカールのかかった豊かな長髪を形作り、花の顔ばせを描き、華奢な鎖骨から豊かな胸への曲線を生み出したかと思えば、コルセットの締め付けがなくともくびれた腰からまろやかな臀部へかけての見事なカーブを表現しきり、滑らかに伸びる足まで、緻密に再現しきった。


 ――――――――完全に、水で出来た巨大なエリシアである。

 

隊員たちの何人かは呆れを通り越して、あまりの神々しさに、水の彼女に向かって手を合わせる者もいた。

 レイラーも、一瞬にして現れた水のエリシアに惚け、魂を抜かれかけていた。女遊びの激しいレイラーでも、エリシアはやっぱり高嶺の花らしい。


 しめた、とシアンは水の像に向かって命令する。


「水のエリシア隊長! レイラー先輩をノックアウトしちゃって下さいッス!」


 本人と違ってシアンに従順な水製のエリシアは、レイラーを手のひらに乗せる。

 一体何が起きるのかと、シアン以外の場内にいた全員が口を開けて静観する中、水で出来たエリシアは、自身のシャツのボタンを焦らすように外し始めた。隊員たちが歓喜の雄叫びを上げる。 


 一つ、二つ、三つ。


 ボタンが開いたところで、深い谷間を見せつけられたレイラーがゴクリと生唾を飲む。オオデンタミツヨはとっくにただの水になり、彼の手にはもうない。


 水製のエリシアのシャツから胸が零れ出そうになったところで、とうとう事態は起こった。

 ふにゅ、とレイラーが彼女の谷間に挟まれたのだ。


 水で出来ているとはいえ、今朝エリシアの胸を揉んだばかりのシアンが想像力を駆使して作った胸だ。弾力といい、しっとりした肌触りといい、リアルのエリシアに限りなく近い。

 

 ……レイラーが白旗を挙げるには、十分な破壊力だった。


「つーかよぉ! アリなのかよ、この勝ち方は! 反逆者との戦闘で役に立つのかぁ!?」


 レイラーはダラダラ鼻血を流しながら喚いた。


「当然スよ。隊長の魅力に屈しない奴なんていないッスからね。レイラー先輩~。これでオレが七勝六敗ッスよー?」


 魔法を解いたシアンはニヤニヤ宣言した。レイラーは「ああん?」と噛みつく。


「調子に乗んなシアン! 六勝六敗だろーがぁ!」


「はあ? ちょっと! 勝手にオレの戦績、サバ読まないでほしいッス!」


「うるっせー。知らねー知らねー」


「な……っ横暴ッスよ! ラゴウ先輩からも何か言って下さいッス!」


「落ちつけやシアン、酔っぱらってるレイラー相手に何言ったって、覚えちゃおらんぞ」


「どうどう」と、ラゴウは牛馬を落ちつけるようにシアンを宥めた。シアンはその対応に納得がいかなかったが、ラゴウが急に表情を引き締めたため、長々と不平は零さなかった。


「レイラーがさっき言ったことは、本当に忘れっちまえ。確証もねぇのに仲間を疑うんはよくねぇ」


「……分かってるッス。襲撃がある度、共に命をかけて戦ってる仲間を、疑ったりなんてしないッスよ」


 入隊を温かく迎えてくれた上、兄のように接してくれるラゴウたち。新しい居場所をくれた隊長。彼らが反逆者や、反逆者が単独犯でない場合の共犯者なんて、馬鹿げてる。シアンはそう己に言い聞かせた。


(そう、そんなこと、ありえない……隊長たちの中に犯人がいるなんて、あっちゃいけないんス……)


 二年前に故郷を失ったシアンにとっての、新しい家族。エレメンタルガードの本部という安らぎの家。もし反逆者や内通者が潜んでいるなら、シアンはまたしても、居場所を失ってしまうことになるのだから。



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