本部へ
列車を下りてからは、駅まで迎えにきていた隊員が運転する蒸気自動車に乗り換えた。シアン一行は本部へと向かうため、白い防壁に囲まれた王都シクザールの、煌びやかな市街地に入る。
蒸気自動車の行き交う中、ちらほらと四輪の馬車も見られた。
「火の魔石が奪われてからというもの、廃れていた馬車も、またちょこちょこ見かけるようになったッスね……」
「石炭のあまり採れない我が国では、蒸気を生み出すために魔石の火力を頼っていたからな……。それが奪われてしまえば、以前の交通手段に戻ってしまうのも無理はないだろう」
エリシアは以前より活気を失った通りを眺めながら、面白くなさそうに言った。
豪壮な造りをしたデパートは、『災厄の業火』以前は狭い入口に人が群がっていたというのに、今は閑散としている。銀行やブティックの並ぶ通りも然りだ。
「こう襲撃続きでは、外出を控えたくもなる、か……」
喪に服したような街の中、道行く人からの縋るような視線を受けながらエリシアが言った。
その時。
「エレメンタルガードの方々ですか!? ねえ、私たちの国はどうなるの? 早く救ってちょうだい! 評議会は何もしてくれないの――――……!」
シアンとエリシア、そしてキルギスが乗る蒸気自動車の前に、中年の女性が飛び出してきた。女性の声に反応し、シアンたちの存在に気づいた他の住民たちも、車の周りに集まってくる。
「反逆者は捕まえてくれたのか?」
「また評議会に縁のある街が狙われたって聞いたぞ!」
「王都は大丈夫なんですか?」
シアンたちは道を塞がれ、次々と質問を投げかけられる。シアンが「あ、あの」と答えようとすると、マントを被ったままのキルギスががなりたてた。
「どけ! 馬鹿者どもが! このワシが此処にいることが反逆者の耳に入ったらどうしてくれる!」
「キルギス様……民に向かってそのような言い方は……」
「黙れハーティス!」
キルギスはエリシアへ怒鳴り、運転手の首を絞めて揺さぶった。
「運転手、貴様も止まるな! 邪魔な民は蹴散らしてもいいから、早く本部へ向かえ!」
運転手は不承不承といった様子で再び車を発進した。
シアンはキルギスの態度に、信じられない思いでいっぱいになった。
(キルギス評議員の奴……あんな風に、迷子の子供みたいに縋ってくる人を跳ねのけなくたっていいのに…………)
シアンは車を追いかけてくる人々から、なかなか視線を外せなかった。
しばらくすると、本部が見えてきた。
凱旋門にひけを取らない門が目前に迫る。アーチ型のそこをくぐれば本部の敷地内というところで、またもやキルギスがヒステリックに叫んだ。
「本当の本当に此処なら安全なんだろうな!? このワシは昨日狙われたばかりなんだぞ!」
「エレメンタルガードの本部は、魔法使いがまだ多く存在した時代の古城を利用してるんス。魔法使いによって建てられた此処より安全な場所は、そうないッスよ」
小さな町なら、すっぽり収めてしまえるほど広大な敷地。そこを車で通り抜けながら、シアンが説明する。
近代建築の結晶が詰まった華やかな王都にありながら、古城の外観は重厚で趣深い。
建物へ辿りつくまでの敷地内には川が流れており、石造りの橋を通過すればやっと綺麗に刈り込まれた庭園が広がる。シアンは第二の家とも呼べる本部の、クラシカルな景観を気に入っていた。
が、本部は見た目こそ大聖堂のように荘厳で美しいものの、大きな四つの塔を擁し、強襲に備えたバトルメントなどもあり、さらには魔法使いが建てたということもあって、シアンたちも知らない魔法の仕掛けや、多くの謎に包まれていた。
本部に帰還するや否や、エリシアはシュトラインとキルギスと共に、執務室へと姿を消した。他の部隊も散り散りになって報告書を纏めたり、本部に残っていたメンバーと会議に臨む。
シアンたちガーダーはまず入浴を済まし、遅い朝食をかきこんだあと、訓練のため、敷地内に幾つかある修練場の一つへ向かった。
落ちついた木目調の玄関ホールを抜けながら、シアンは隣を歩くラゴウへぼやく。
「なーんか、評議会に対する印象、一気に悪くなったッス」
「ああ、お前さんは評議員に同行すんの初めてだったんか。ま、評議員はどいつも一癖も二癖もある奴ばっかだ」
「しかし、宰相が保護を求めてきたことには驚いたな」
「オレは素面のレイラー先輩があまりにも普通なことに、入隊した時から驚いてるッスよ」
酒を飲んでいない時はストイックな印象すら与えるレイラーの横顔に、シアンは呆れ顔で突っ込みを入れた。
しかし「俺は酒を飲んだ方が力が出るんだ。さっきまた浴びるように飲んだから、そのうち酔いが回る」と返され、修練場につくまで喋る気力も失せてしまった。
今日は反逆者に遭遇した時を想定した接近戦での訓練のため、敷地の外れにある、五階層の修練場を使うことになった。
石造りの場内は吹き抜けになっており、中はひんやりとしている。奥の方に巨大な魔女の石像が構えている此処は、昼前でも少し不気味な印象だった。
「てか、宰相保護の件はオレも驚いたッスけど、機関の創設者だし、よくよく考えれば、むしろ協力を仰ぐのが遅いくらいじゃねッスか?」
足音の木霊する場内に足を踏み入れ、シアンは言った。
ラゴウは首を横に振る。
「そういうことじゃねぇんだ、シアン。あの宰相さんは、使えるモンは何でも利用するが、信用しちゃいねぇんだよ」
「? どういうことッスか?」
「あー……お前さんはまだ入隊してなかったから知らねえか……」
ラゴウは言いにくそうに視線を彷徨わせた。
「何スか。気になるッス」
「んー……」
ラゴウは渋ったが、少ししてから口を割った。
「二年前、『災厄の業火』のあと、すぐのこった。シュトラインは当時、エレメンタルラピスに関わっていた軍の人間や政治家……つまり内部だな。そんで――――……」
「それで?」
「そんで、その内部に――――――――反逆者、もしくは共犯者がいると疑い、徹底的に調べ上げた」




