第一章 出逢い 第七話 星屑のリングの導き
その日の朝は爽快だった。ここ惑星エデン4は人工惑星といいながらも、緑にあふれた星なのだ。あの後、あたしらは、テッドの護衛付きで故郷へ向かった。植物の繁殖はローラの助力もあって、うまくいき、シェルター付近の毒素を薄め、どうにか避難民を救出できたのだった。
あたしの家族も師匠もクランツ兄貴も健在だった。一ヶ月ほど、彼らは病院に収容されたがその後、元気に退院した。故郷の再生活動は、別のチームに引き継がれ、今も作業が進んでいる。あと、一年もすれば、また戻ることができるのだというのだから、惑星デュナンの植物には頭が下がる思いだ。
カレンが教えてくれたテッドが船長を任されている宇宙貨物船の正体は惑星連合宇宙軍の巡洋艦クラスの宇宙戦艦の偽装鑑だった。しかも、グレンスペースインダストリーグループが宇宙軍に試験用戦艦として、定期提供しているものに近いものだと知った。客間にしか通してもらえなかったけど、甘い。通信用の回線さえあれば、あたしはハッキングできるのだ。試験用戦艦のことは、大お爺様しか知らないというのだから、あたしは益々、あいつに興味を持った。あいつは一体、何物なのだろう。あたしは、まだ、あいつのことを何も知らない。
今日は、テッドが、正式にここエデンにてあたしの家族たちと挨拶を交わす日だ。テッドのあたしへの態度で、怒り心頭だった父もすっかり落ち着いて、自分たちを助けてくれたことと、あたしを助けてくれたことに感謝の意を示した。テッドも流石にここまで来て、父に無礼はしないだろう。あたしは、テッド一行の中に、カレンを探したが見当たらなかった。彼女は来ていないのが残念に思えた。白いドレスをまとったブロンドとシルバーの髪の姉妹のような若い女性がいた。二人のうち一人はわたしに手を振ってくれ、もう一人は礼をしていたが。二人とも見覚えが無かった。
一方、正装し、無精髭を剃ったテッドは、ならず者の船長の片鱗はなく、誠実そうで、凛々しくて、あたしは、彼を直視できなかった。だがその時、彼の胸に不細工な金属のリングを首にかけているのを見つけた。いつもつけていたかまでは記憶がなかったが、あれは、まるで我が一族の祖先である紅蓮が最も愛した男性と再び逢うことを誓った”星屑のリング”の片割れのようだった。しかし、確認する間はなかった。
彼はあたしの前に来て、片膝をついたのだ。これはまるでお姫様に王子様がひざまずくシチュエーションだった。あたしは、一介の科学者に過ぎないが、十四歳の花も恥じらう乙女だ。これは、まずい、まずすぎる。うぶな乙女の恋のスイッチが強制入力されてしまいそうだった。
「真貴奈・紅蓮様、私はテッド・グラーノフ三世と申します。貴方の事情を知らぬ上の成り行きとはいえ、これまでの数々のご無礼をどうかお許しください。これからも、我々はあなたのご友人でありたいと思います」
彼は、迷いの無い澄んだ碧色の瞳で、あたしをじっと見つめた。あたしの胸はキュンと締め付けられた。あたしは、どうしようもないほどに、この謎めいたこの男を好きになってしまったのかもしれない。普通ならもっと彼と冒険をして、恋におちるのが定番なのだが。あたしは、彼の妙な自信だけに魅力を感じてしまったのだ。それに、彼と関われば、冒険はこれからたくさんあるかもしれない、そんな気がしているのだ。
彼は、あたしに蔓延の笑をうかべてにっと笑った。実にくったくの無い、素直で、明るい笑顔だった。しかし、その笑顔は、あたしの目の前で、「この野郎ーおぉ」の声とともに右頬から徐々に醜くゆがんでいった。
クランツ兄貴の強烈なパンチだった。テッドは、またも燃え尽きたボクサーのように崩れ落ち、地面に大の字になって仰向けに倒れ、気を失ってしまった。だが、あたしは、兄貴がふんっと言って去った後、薄目を開けて、右の親指を立て、白い歯を見せていたのも見逃さなかった。まったく、なんてやつなの。今までも、あいつはあたしたちに殴られてくれていただなんて。こんな男っぷりをみせつけられては、益々、彼を意識せずには居られない。
あいつはまるで、紅蓮家の先祖、紅蓮が生涯惚れ抜いた男、イワンのようだ。そうか、確かあいつ、自分をテッド・グラーノフ三世と言っていた。そして、あの”星屑のリング”の片割れ。そうだ、そうだったんだ。あいつは、わが先祖、紅蓮の恋人、イワンの子孫だったのだ。
あたしは、紅蓮に祈りを捧げた。
蓮、いえ、ご先祖様ありがとうございます。あなた方の愛と友情が、時を超えて、あたしを、いえ、あなたの子孫を助けてくれました。
盟友達と伴にテッド・グラーノフ三世号で悠久の旅を続け、あたし達をお導きください。この星屑のリングで交わされた永遠の愛と友情とともに。