第五章 星屑の種 第六話 波乱の序章
惑星連合共和国家最大の娯楽イベント、スクランブルチャンピオンシップ。既にゲームは最終ラウンドを迎えていた。超人的な肉体を誇る無敵のチャンピオン、バッカスは御年、百二十歳。
スクランブル選手の現役平均年齢より四十歳も上回り、まさに超人級の域に達している。ゲーム終盤は、各チームの大将同士の一騎打ち。
当たればアーマースーツの上からでも骨を砕くほどの鋼鉄の楕円球を持ち、開催国である地元チーム、パワードアックスの若きエースであるリカルド・ハモンドは、鋼鉄球を放りこむゴールホールの真下で仁王立ちするチャンピオン、バッカスを睨みつけている。
ゲームは、バッカス率いるマッスルコンボイが29-26の差をつけての優勢である。最終ゲームは優勢側のチームのエースが守るゴールホールを劣勢側のエースがゴールを決めると言うものだ。
優勢側の選手に手つきされずにゴールを決めれば、劣勢側に5点が入り、パワードアックスの逆転勝利となる。
ゴールホールの高さは、3メートル。バッカスはゴールホールから2メートル前におり、攻めるハモンドはゴールホールから5メートルの場所から、バッカスのディフェンスを避けアタックする。
攻撃側は体当たりでディフェンスの相手を倒しても構わないが、倒れたら失格となる。手や膝を着いても失格である。また、鋼鉄球はゴールホール前1メートル以上前で落としても、落とされても失格となる。
失格で負けるのは、スクランブル選手にとっては点差で負けるより恥となる。勝負を捨てたのと同じ扱いを受けるからだ。故に、地元で恥をかかない為にもハモンドは負けられない。
ゴールを守るバッカスは、身長2メートル、体重百二十キロの重戦車だが、1メートルジャンプするなど造作もない。
一方のハモンドの身長は1メートル80センチといったところ。スクランブル選手としてはやや小柄であるが、その瞬発力は並外れている。おそらく祖先の血筋がそれをさせているのだろう。
並みの選手なら、彼の素早く巧みなフェイントに翻弄され、あっという間にゴールされてしまうところだ。実際、彼らのチームは初チャンピオンシップの参加で、ハモンドの目まぐるしい活躍で勝ち上ってきた。
しかし、それに対する常勝チャンピオンのバッカスは老体の巨漢にも拘わらず、動きは俊敏で、動体視力も優れている。彼だけは老化はないのかと思わされる。
惑星開拓民の末裔たちが、いかに寿命が延びたとはいえ、一般の人間で百二十にもなれば、視力もかなり落ち、生体の衰えも出てくる。ちょっとしたアクシデントで故障し、補強治療が必要になるが、スクランブルの選手は生身で無い者は選手としては存続できない。
人工のものはどんなに体になじもうと強度は生身には敵わない。無理をすれば破滅的な崩壊が引き起こされる。長きにわたり薬物で壊されてきたスポーツ界は百年前にようやく、考えを変えたのだ。
長い寿命、強靭な肉体を人為的に改造した宇宙開拓移民の末裔たちは、その強靭すぎる肉体を戦最大限に活用した、己の知力と肉体だけを使って戦う球技格闘のスクランブルを最高の娯楽として作り上げた。
あらゆる衝撃を和らげ、薄くて強く、柔軟な繊維で編まれたアーマースーツを身にまとい、己の身ひとつで疾走し、骨をきしませ、ぶつかりあう。
一見、野蛮人の宴ともとれるこのバカ騒ぎは、世代を追うごとに価値を高め、行く世代にも渡って人々も魅了するエンターテーメントへと高められたのだ。
場内のカメラはまるで映画のワンシーンのように二人のまなざしを、息遣いを、歯ぎしりを、指先の動きまでを場内のあらゆるスクリーンに数秒ごとに切り替えて投影する。
そして、時には彼らの呼吸音や心音までをも大ボリュームで観客に聞かせるのだ。
残り時間は、残りわずか五分。ハモンドがゴールを決めれば、最終ステージのボーナス得点により、一点差の逆転勝ちとなるのだ。
「さあ、どう決着をつけるリカルド・ハモンド!」
実況も沸き立つ興奮に自分が抑えられない。
【はー、どうにか間に合ったわね】
澄まし顔のアリサと涼しげで無表情のグレッグ、全力疾走してきたような汗だくで髪も乱れまくったタンクが、ラウンジ会場へ入って来た。
【わざわざ遠くのエリアまで行って、監視カメラに疑似映像送っている間に全力疾走で帰って来てバカみたいだったわ。
子供の頃は、そんな習性じゃなかったのに。家出が子供的な習性を引き起こすなんて、思ってもみなかったわ】
「お嬢は、ブリキ野郎に抱かれてるから何ともないでしょうが、俺は全力疾走ですよ。このタキシードの下はもしもの為にと、人工筋肉繊維の薄型アーマースーツを着込んでるんですぜ、戦闘には使えても、陸上選手の運動用じゃないんですから」
タンクは、乱れ髪の乱れ服に汗だくで、悲壮感の顔を普通に戻しきれずに、ぜいぜいと息を切らして、小声で、無線通信を忘れて話してしまう。
【タンク!声に出さない。それと、】
「あなた髪型、服装、汗。乱れすぎよ。ドレッシングルームで直してきなさい!」
アリサは澄ました表情はくもりのひとつも見せずに、タンクにやや声高に高飛車なマダムのような口調でしかりつけた。そして、指の動きで何かのサインめいたものを示した。
タンクは、アリサの叱りで自分へ向けられた周囲の目線を気にしつつ、罰悪そうに、すごすごとドレッシングルームに引っ込んだ。
【ちょっと、危なかったわね。】
アリサは周囲の人々に笑顔をふりまきつつ、スタスタと会場の中央に入り込む。夫であるグレッグも無表情にやや笑顔を加えた仏頂面男の社交顔を演出しつつ同伴する。彼らは外面行動をそつなくこなしつつ、これから行う仕事に備える必要があった。
そのつもりだったのに、思わぬアクシデントに遭遇し、たった今、それを回避してきたところだったのだ。
【ええ、まさか。カレン様に出くわすとは】
【あんたが作ってくれたカムフラージュ変装のおかげで正体ばれなかったけど、奥の部屋にパパが居たのよ。
まったく、いい年して、こんなところまで何しに来てるのあのクソ親父】
【バッカス選手のイベントですからね。大旦那様も大のファンであらせられますから。
でも、なぜこのエリアにおられるのでしょうか。特賓部屋とは厚さ5メートルの壁を隔てた先の筈ですが、・・・】
【きっと、あの貧乏性の田舎親父がぶーたれたのよ。『俺にはこんな成金めいた部屋は好かん』とか言ってね。こっち側だって、末席の庶民層から見れば豪華絢爛なんだけどね】
【でも、事の成り行き的には、特賓室に戻られたようで何よりですが・・・・・】
アリサは、はーっと小さくひと息つき、周囲を見渡しはじめた。
【しっかし、あんたも、タンクも彼らの存在を事前探知できなかったのは意外だったわ】
【カレン様がいらっしゃったと言うことは、アダムさまもいらっしゃったのでしょう。彼が居れば、我々の探知などブロックしてしまわれますからね】
アリサは、グレッグの言葉を聞いて眉間に一瞬皺を寄せた。
【ということは、既にブロックされたということじゃないの?】
【はあ、そうなりますね。私としたことが、うかつでした】
【うかつって、あなたもだいぶヒトに戻っているわね。生体ボディ故ってことかしらね】
【わたしは結構、気に入っています】
【話もどすけど、彼らの動きがつかめていなかった時点で、探知をアダムに感知されてるって考えたら、あたしたちの存在もバレてるってことじゃないの?】
【確かに、というか、もはや確実でしょう】
すまし顔で、グレッグは答える。
【やばいじゃない。どうするの。乗組員の招集もここからじゃ無理よ!ああ、しまったツメが甘かったわ。ここに踏み込まれたら一巻の終わりよ!】
アリサは立ち止まってしまう。
【でも、アダム様の場合、カレン様に伝えることは無いでしょう。それよりも、この見逃しを恩に何か要求される方を心配されるべきかと思います】
【そうなの?】
【はい、たぶんそうなります。彼は、既にカレン様から独立されており、息子様をカレン様に預けておられます】
【え、む、、息子!!初耳だけど、彼ってヒトだったの?自己増殖でもしたの】
【いえ、イヴ様とご結婚されてたようです】
【ええええ、・・・・】
アリサは衝撃すぎる話についていけず、茫然となった。
呆然とするアリサの目の前には、場内を映し出す大スクリーンが、残り時間30秒前でバッカスの鉄壁のディフェンスをかいくぐったハモンドが、ゴール前1メートルで、2メートルのジャンプシュートを決めたところを、バッカスが上体をそり曲げて放ったジャンプしての回転キックで、ハモンドのゴールシュートを阻止し、勝利する瞬間をとらえていた。
見慣れたバッカスおじの神々しい勝利の姿を見て、はたと、アリサは我に返った。カクテルを運ぶデクドロイドの給仕のトレーから、祝杯用のカクテルを2つとり、ひとつをグレッグに手渡した。
「彼、今日も最高にイカしてるわ」
「そうだね。とても素晴らしい」
アリサとグレッグはカクテルのふちを軽く合わせ、カクテルを飲んだ。いかなる時でも周囲に怪しまれぬ為の演技は忘れないのだ。
観客はバッカスの勝利と、勇気ある挑戦者ハモンドを称え、歓喜した。ラウンジの客も奇声を上げ、大きな拍手を送った。アリサとグレッグも場の雰囲気に合わせ、他のお客と社交辞令的な交わりをはじめた。
そして、中央の集団から少し離れた場所で歓喜に沸く、お目当てのターゲットを見つけた。
ターゲットは、ワームホールゲートの運航会社を営む社長妻夫だ。夫妻ではなく、妻夫。そう、この会社も夫婦の共同経営ではあるが実質は妻が社長、夫が専務なのだ。ちなみに、この場にはいないが、娘が副社長である。
なぜ、急にバカンス満喫中のさなかに、仕事に入っているのか。それは、アリサも予想だにしていなかった最近雇った若手、とはいってもアリサより十歳年上である。その通信士のベロニカ・ハモンドがこの会場のVIPルームにワームホールゲートの運航会社のトップが観戦に来ているという情報が、秘匿通信で入って来たのだ。
普通の会社なら重役宛に無断で秘匿通信をあてるなど懲罰ものだが、アリサの会社では金になる話なら、褒章に値する。
グレッグは、周囲を囲んでいるボディガードに認識証をかざし、妻夫に近づく許可を取る。
「すごいですね。王者バッカス無敵ですね」
アリサは、グラスを持って社長である夫人に近づく。夫人は、アリサの身分証明コードを受け取り、アリサの素性を知ってにこやかにほほ笑んだ。
「あなたも、彼のファンなの?」
「ええ、子供のころからのヒーローですわ!」、この言葉には嘘はないが、子供の頃のアリサは、他の兄弟姉妹とは違って、バッカスの超人的な身体能力の方に興味が向いていた。
「わたしもなのよ、彼、わたしと同い年なの。出身地も同じなので、つい、」
老婦人は若い娘のように、きゃっきゃとはしゃいでいる。見た目はそれほど老人ではないが、少なくともアリサの母親以上には見える風貌だった。
「それにしても、リカルドも大健闘でしたね。彼の時代も近いのかしら」
などと、試合など全く見ていなくても、状況情報でテキトーにつくろい、場つなぎすることは慣れたものだった。
「ああ、あなたはアリサ&グレッグのアリサ社長ね。初めまして、こんなお若い方とは存じませんでしたわ。旦那様も素敵な方ですわね」
やがて、視界の遠方に衣装直しをしてきたタンクが場内に入って来た。グレッグと何やら位置合わせをするかのように、やや不自然に移動をする。
アリサは社長夫人にべったり身を寄せ、バッカス選手の話で盛り上がる。身内である彼女にとって、いち熱烈ファンが知らないことも知っており、夫人の興味を飽きさせることはないのだ。
【お嬢、終わりました・・・】
タンクの言葉を聞いたアリサは、夫人との話をうまく終えて、名刺を渡し、名残惜しそうに別れた。再びVIPルームに戻る途中で、前の話が気になり、アリサはグレッグに確認する。
【グレッグ!さっきのアダムのその話って、いつ情報なの?】
【はあ、今情報ですが!】
【今情報!・・・・って、何!】
アリサが叫んだ瞬間、VIPルームの戸が引き開いた。目の前には白いタキシードに身をつつみ、精悍な顔立ちのブロンドの青い瞳を持つ、若いイケメン青年が笑みを浮かべてたたずんでいた。
「今しがた、僕がグレッグさんにお話したのですよ。アリサさま」
「アダム・・・・!」




