第五章 星屑の種 第五話 ようこそ、地獄へ
「アリサ・グレッグ社の社長様方ですね。
本日は当ホテルへのお越し、誠にありがとうございます。係りの者がお部屋へ案内いたしますので、特等席でのご観戦でおくつろぎください
また、階下のラウンジに来られますと、パーティのご用意もございますのでよろしくお願いします」
腰の低い若いホテルマンは、柔らかい物腰で、タキシード姿の背の高い男とシックで派手すぎないドレスに身をまとった女性、そして、ごつい体つきのボディガードの三人を、別の部屋から現れた女性スタッフに案内した。
「それでは、アリサ様、グレッグ様、お部屋へご案内いたします」と、若いモデルのような女性は、二人の重装備ボディガード(ボディガードというよりは兵士と言った方がぴったりのヘルメット姿の二人を従えて、ゲストの2人をエスコートして、他の客のいない回廊を歩いて行く。
回廊の窓からはスクランブルの巨大ドームアリーナが見えている。回廊はドームの周囲を囲むように作られている。
客席は既に満員のようだ。モニタ越に観客席やグランドの様子が映し出され、場内の音も聞こえる。
無敗チャンピオンのバッカスが試合前のファンサービスで広大なグランドをチームメートと一緒に走っているのだ。
タキシード服の背の高い男とラメのはいった白いドレスの女性は仲睦まじく手をつなぎ、落ち着いた足取りで、エスコート嬢とボディガード2人の後ろを歩いている。更にその三歩後をいかつい大男が歩いている。
【おい、お嬢。なんで俺がボディガード役で、グレッグが旦那さま役なんだよ】
脳に直接言葉を送る脳通話機、ブレインフォンで半ばふてくされ気味のタンクは話かけてきた。当然、ボディガードは無口な仏頂面のまま、のっし、のっしと歩いていた。
【何か文句あるの?】
【大ありだよ。このチケットは俺が苦労して取ったんだぞ】
【だって、あんたアリサ・グレッグ社の社長として2名とボディガード1名の3名でオプション登録したんでしょ。
アリサ・グレッグ社の社長は、あたしとグレッグなんだから、おかしくないでしょ】
【今日はなんで、ブリキ野郎が人間の形してんだよ】
【いつもの姿じゃ、周囲が警戒するでしょ】
ああ、面倒くさい男だと、アリサはタンクの物言いに眉間に皺が寄った。こいつの言いたいことはわかっている。
いつもは、自分をエスコート役にして、グレッグをボディガード役に回していたのに、今日はそうじゃないのが気に入らないのだ。
「アリサ、顔色が悪いようだが、気分でも悪いのかい?」
バリントの声はそのままだが、青年実業家風の風貌の背の高い金縁眼鏡のハンサムな男は、隣の妻に話しかけた。
「いえ、大丈夫よ、あなた。初めてのところで、ちょっと、緊張してるの」
アリサの顔は15の少女のそれではなく、それよりは10歳は年輪を増した大人の女性の顔になっていた。
グレッグは人造生体ボディに入れ替わり、アリサは人造皮膚を使った老けメイクを施しているのだ。
更にアリサは、体にも人造皮膚を使ったボディスーツを着ており、これでスキャニングされた時の骨格もごまかしているのだ。
この人造皮膚は医療用のものだが、工夫をすればこういったメイクにも使用できる。ただ、悪用防止にこういった変造利用品の製造には、特殊コードが必要だが、グレッグの英知を持ってすれば、自家製造も可能なのだ。
【おうおう、お二人さんして、俺様を無視かよ。まったくよお】
アリサとグレッグが変装をするのには理由があった。無敵チャンピオンのバッカスの妹であるカレンとウルスラの姉妹との接触を避けるためだ。幸いアリサ・グレッグ社は知られていても、あのアリサとグレッグだとは気づかれてはいない。あまりにもありふれた名前で、新鋭の小金持ち程度の企業はざらにあるからだ。
起業者の名前を会社名にするというダサい案を薦めたのはグレッグだった。
その理由は、華やかで躍進的な名前だと企業アピールも尖がってしまい、送り出すメッセージの端々に、惑星デュナンの開拓者魂が漲り、すぐに見つかってしまうと言うのだった。
アリサには年長の姉が数人居て、それぞれ起業しているが、彼女のらの会社名や企業アピールはいかにも、「私は惑星デュナンの開拓民の血を引く、グラーノフ家の一族でございます!」100パーセントな、成り上がり度の高い、常識のある関係者が見たら赤面して穴に入りたくなるか、触発されて大騒ぎしてしまうようなノリの文句なのだ。
アリサの家族はだいたいは後者で、アリサ自身も単独なら後者なのだが、今は、家出の身、父親が観念して追っかけて来るか、自分が成り上がって父を打ち負かすかの勝負の真っ最中なのだから。
そして更に、なぜ、正体がバレてしまう可能性があるスクランブルのVIP会場にのこのこ足を運ぶのかと言えば、故郷の料理だった。VIPの個室には様々なオプションがあるが、故郷のうまい料理が食えるというのが最大の魅力である。
個別で注文してしまうと、大体が関係者のため、購入ルートから足がついてしまうが、こういった高級ホテルからの注文であれば、どの客が注文したかまでは業者も探りようがない。
有り余った残飯は、使用可能なものは低層市民に配られ、残りは肥料や家畜のえさに加工される。この便利な処理システムの一部をアリサ・グレッグ社が請け負っている。証拠隠滅もぬかりないわけである。
【タンク、あんた一個だけいい仕事してくれたわね。恩にきるわ】
【一個っすか、まあ。お嬢へのサービスには抜かりないんですよ】
【流石の私も気づきませんでした。タンク様
長い船旅で恋しくなるのは、故郷の食べ物ですからね。このホテルの規模ならばデュナン星の食材もストックしてありますから。
業者を調べましたら、お嬢様の姉上の会社でしたので、品質は折り紙付きでしょう】
アリサ達はVIPの個室ルームへ案内された。エスコートしてくれた女性、いや、女性のように見えたのはデクドロイドだった、アリサたちを部屋へ案内し終わると、小さく畳まって、ダストシュータのような壁の小さなシャッターを降りてしまったのだ。
二名の兵士は護衛用のデクドロイドで、こいつらは護衛として入り口とテラス側の護衛にあたるようプログラムされており、部屋に入るなり配置についた。
個室のVIPルームの真下がラウンジで、生の試合が他の客たちと一緒に観戦でき、料理もカクテルも食べ放題、飲み放題。ギャンブルもし放題の大きな募金箱が大口空けて待っている場所なのだ。
ここでの人脈作りは、出席者たちの明日の儲けの種、出世の種となるわけなのだ。もちろん、没落への罠も多分にしてあるが、危険なくして発展はないという考えの者が大半である。
「さて、試合まではまだ一時間以上あるから、お食事を食べましょうか。グレッグ、手配を頼むわ」
グレッグはテーブルにつけられた端末を使って、食事の注文をはじめた。いつもなら、装甲甲冑に付属する端末を介して、直接、デリバリーシステムにアクセスするのだが、今日は生身なので、マニュアル操作だ。
グレッグは、生身スーツも使い慣れている様子で、表情が豊かでないことを除けば、生身の人間と変わらない動きを見せた。
「お嬢、バッカス選手のサインとかもらいに行かないのですか?」
「別にいいわ。
アンタには言ってなかったけど、あの人、うちの身内だから。あの人の妹がカレンとウルスラというバッカスの地獄の姉妹なのよ。
特にカレンというババアがうちのパパとの間に子供こさえちゃってね。わたしの腹違いの弟アルマンゾと妹テイアーナがいるのよ」
アリサはアルマンゾの話をしだすと蔓延の笑みを浮かべだす。
「アルマンゾはね、パパの小さい頃に瓜二つでね。とっても、とっても可愛いのよ!
絶対パパの遺伝子の勝利ね!
声も可愛くて、あたしのこと『アリサお姉ちゃん』と言って、わたしの胸に抱き着いて離れないのよ。もう毎日、抱きしめてあげたいくらいよ」
【お嬢様、お話がずれてます。話をお戻しください】
アリサはグレッグのブレインフォンで我に返り、こほんと軽く咳ばらいをして、姿勢を正し、話をつづけた。
「だから、彼とは小さいころから何度も会ってるし、プライベートでも会える間柄なのよ」
タンクは、アリサの言葉に呆けた顔をする。自分がやってた努力は何だという表情である。
「お嬢、俺の努力はいったいなんですか。ひでえな、無駄というか、ピエロというか・・・」
「ちょい待ち!」
さすがに軽く襲い掛かろうとするタンクに向かって、アリサは右手を差し出し手の平を垂直に上げて静止のポーズをとった。
「アンタのおかげであたしたち変装して、本物のお客として入れたから。これ無駄じゃなく、大手柄よ!」
「そうですよタンク様。お嬢様がそのまま普通に入っていましたら、バッカスの地獄の姉妹に筒抜けになるところでしたから」
「流石はあたしの右腕を自称することはあると思ったわ、タンク。
その若さで宇宙海兵隊特殊レンジャー部隊の元中隊長、大尉だったのは伊達じゃないわね。
更にわたしとたったの3つしか違わないなんて信じられないわ!まさにタンク様様よ。タンクあってのアリサとグレッグよ!」
【お嬢様、それくらいにしておかないとタンク様は頭に乗りますよ】
【こいつはこのくらいおだてておかないと、いざという時に命令への反応がコンマ5秒遅くなるのよ。
グレッグ、こいつの好きなお酒はジャンジャン飲ませてあげてね。こいつは高給な燃料さえ与えておけばおとなしくなるから。
あと、オールタイム・ハイみたいな安酒は仕事するとき以外は、ふるまっちゃだめよ】
タンクは、アリサの言葉を聞いて、すっかり舞い上がってしまう。グレッグが注文した酒は、テーブルの下からせり上がり、タンクは出て来る酒を手に取っては、香りを吸引した後、喉に一気に流し込んだ。
「くー、うめー、五臓六腑に染み渡るぜ!」
タンクは酒に関しては結構な蟒蛇で、酒で栄養を採れるという特殊な消化機能を持つ人種でもあるのだ。
遠い祖先が宇宙開拓に向けて遺伝子操作を行い、アルコールからでも栄養が取れるよう肉体改造を施した末裔なのだ。もっともその力は使い方に目覚めた者以外は体が機能しないので、物理的な食事をしないと栄養失調を起こしてしまう。
もっとも、アルコールからの栄養摂取も生命の危機に瀕した時にだけ発動するような代物なので、タンクのような過酷な戦場に身を置く身の上でもでなければ持っ、ていても真価を発揮できない力なのだ。
注文した料理は中央の丸い大きなテーブルの上に大きな半球の蓋がしてあり、いったんテーブル面がせり下がって、階下で料理がもられたあと、テーブルがせりあがって、蓋が開いて豪華料理のお披露目となるしかけだ。
グレッグはとにかく料理を楽しみたいアリサのために、蓋があいた途端に出て来る冷気のスモークやそのままおつまみにもなる蛍光虫の飛来や花火などは一切除外し、ジュリアーノ&マルコ兄弟監修のグラーノフ家船上料理と、デュナン星の砂漠の海の海産物をどっさり盛った料理がこぼれ落ちるように飛び出した。
アリサが最初に手に取ったのは、岩トカゲのスープ。砂上船の名物料理でもあり、素材の扱いが手間暇かかって、さっぱりしてとても濃厚なスープは、滋養強壮、疲労回復の効果が期待できる薬剤料理でもあるのだ。
「あああ、美味しい!生き返る!家に戻らないと食べれないかと思ってたけど、流石は何でもあれのVIP待遇よね」
「確かにこの料理の再現度は99パーセントはいってますね!」とグレッグも太鼓判を押している。
アリサが次に手を出したのは砂の海の底の砂海が切れた深海にいる巨大蟹、バスタークラブだった。仕留めるのは砂虫と同じくらいか、それ以上に難しいが、その肉は低カロリー高タンパクで、上者の蟹味噌は愛好家には小型宇宙艇一隻に相当すると言われるほど美味なのだ。
盛られた獲物は、体長は足の長さを入れて10メートルの少々小ぶりなサイズだったが、左右に二本の鋏を入れて十本ずつある足がとてつもなく美味いのだ。食べやすいように硬い外皮にはあらかじめカッティング筋があり、それを割って、肉を出し、まずは、岩トカゲのスープに軽くしゃぶしゃぶして食うのだ。
「きゃー、うまい!これ、いくらでも食べれそう。こんな小さいのは初めてだけど、なかなかいけるじゃない。大きいやつよりも味が濃厚ね」
「お嬢様、焼いた方もなかなかですよ」グレッグは、炭火で焼いた蟹足をアリサに差し出した。
「科学がいくら進んでも、食べ物というものは、自然のままだったり、手間のかかる加熱が最も美味しいのですね」
「そうそう、都会人のタブレット(錠剤)めしとか吐き気がするわ。時間が惜しいとか言ってるけど、あれじゃ五感も、生体機能も、知力も退化するわよ。
それもあって、アカデミーでの研究者になるの辞めたのよ。人間やめてまで研究者とかやりたくないし、地方でも研究成果出せるし」
「でも、お嬢様はそれよりも面白いことが見つかったのですからね」
「そうそう、ヒトのためより自分の興味のために生きた方が素敵ってことに気づいたの」
さらにグレッグはアリサの拳大の肉塊を切り始めた。
「それは、砂虫の上ヒレ肉」
「正解です。これだけ入手できているだけでも、このホテルは相当なグルメですね。おうちではこの50倍以上の大きさですけど、これはかなりいい部位の肉ですよ。これも炭火でじっくり焼きましょう」
「刺身も食べたいから、少しスライスして、醤油とワサビっていったかしら、グレン家が使ってる例の薬味もあるのよね。それ出して!」
グレッグは、端末で調味料を探しはじめる。すぐに、醤油とワサビはヒットした。このホテルではベスト5内の人気調味料だったからだ。
アリサとグレッグは刺身を醤油ワサビをつけて口に入れると、軽く咀嚼しただけで、口の中でとろけ、二人は陶酔した。
「「美味しいいーーーーーーーーーーーーーーーーーー、」」
アリサとグレッグの食事の様子をタンクが不思議そうにうかがっている。ブリキ男が生体スーツに着替えただけかと思ったら、飯をうまそうに食っているのだから無理もない。
「あのう、お嬢。ブリキ野郎も食うのですか?」
「わたしはいつも普通に食べてますよ、タンク様」
「いや、おまえ、デクドロイドじゃないのかよ?」
「違います。いつもは鋼鉄の体を着ているだけです」
鋼鉄の体を着ているというグレッグの返事が、タンクには全く理解できなかった。
「正体を明かしますとわたしは人為的生体です」
「人為的生体?」
「平たく言えば、人造人間と言った方が近いですが、人間の形があるのは脳と脊髄に相当するものと、五体や視覚、聴覚、触覚などに匹敵するインターフェースを持っているだけの内臓のようなものですが、今から300年以上前に”人”として認定もされています」
「あんたの昔の仕事仲間にも、手足、目、鼻、口以外に顔や大半の体を失って、人工生体つけてる人たち大勢いたでしょ。
あの人たちが”人”なら、グレッグも同じなのよ。グレッグは意志を持ってるから。精巧に思考する最新鋭の自立デクドロイドとは全く違うのよ」
「お、おう」
タンクは自分の理解を超える言葉に否定も反論もできず圧倒されるが、共に戦火を潜り抜けてきた仲間を否定するつもりなど毛頭ない。彼は非常に単純で、アリサと親しいグレッグに焼きもちを焼いていただだけなのだ。
いつかはお嬢を嫁に!
この今どき古臭い青臭い思いが、この男がアリサになり従う唯一無二の理由だった。何故なら、アリサはこの男が齢10歳のとき、男の初めてを奪われた年上の女性にそっくりだったからなのだ。
その話については、アリサにも話しているが、彼女は自分の姉妹、もしくは、叔母、従妹の類である可能性が極めて高い為、タンクにその思い出を話すのを解雇条件付きで禁止している。
アリサは、親族の誰かに思い当たることが少しでもあれば、弱みを握られたりすると厄介だからだ。うちの家系は基本、年長者が強い!あの頼もしく強い父親ですら、年長の姉には猫の子並みの弱さであるからだ。
「それにしても、グレッグのこと、詳しくアンタに言ってなかったから、アレだけど。
意外と世間体とかを気にする小物だったのね。ちょっとがっかりね。雰囲気で受け入れる大きな器の男だと思ってたのに」
アリサの辛辣で不機嫌そうな言葉に、タンクは青ざめる。
「今のは解雇もののマイナス評価ですか?」
「どうかな?さっきから酒ばかり飲んでるアンタが、この料理を美味しく平らげたら、プラマイゼロにしてあげてもいいよ」
「わかりました、いかせていただきます」
「その前に、ちゃんと味わって一緒に食べてよね。馬鹿食いしたら、突撃兵の隊長と交代させちゃうから」
これは試練だとタンクは悟った。アリサの星の食べ物は、タブレット(錠剤)食でならされたタンクの胃にはかなりの負荷がかかりそうだったが、お嬢を嫁に計画のためにも、粉骨砕身の思いで対処することになった。
「諸君ようこそ、地獄へ!」
十二で、初陣を飾った時の軍曹の言葉を思わず思い出してしまったタンクだった。




