第五章 星屑の種 第四話 お頭とお嬢
さんさんと太陽の光が降り注ぎ、ビーチは10メートルおきにパラソルやら設営の容易なインスタントロッジが立ち並んでいる。広大すぎる砂浜のリゾート惑星アクアグラス。
アリサたちは、大物賞金首を取り逃したとはいえ、小悪党200人の賞金と船内にあった所有者番号の無い無垢な貴金属、工作機械、新鋭重火器、食料などなどを押収し、賞金首の三分の一程度は稼げていたのだ。
「こうやって考えるとあいつの賞金というのも大した額じゃないのね、がっかりだわ」
砂浜に肉厚の冷却繊維の豪華なシートを張って寝そべり、この星特産の色とりどりのフルーツがグラスに刺さったライトカクテル、真夏の夢をアリサは飲んでた。
今日のアリサはいつもの荒くれ者のリーダーといった素っ気ない服装ではなく、白く、やや露出の多い水着をまとっていた。
「ええ、これでも相当な額ですぜ。
乗組員30人分の1年間の食料に、カリュード号の半年分の燃料と重火器のエネルギーパックと弾薬フルセット、おまけにこのリゾートの一か月間のホテルの特賓ルームの宿泊代は、決して安い額ではありませんぜ、お嬢!」
パラソルテーブルに海パンとアロハシャツ姿で、ビール片手にコンピュータにせわしくキーを打ち込むタンクは、アリサのことを”お頭”ではなく”お嬢”と呼んでいる。
”お頭”はあくまでも仕事での呼び名。普段は”お嬢”なのだ。
アリサとしては、”お嬢”よりも”お嬢様”か”アリサ様”と呼んで欲しいのだが、タンクに関しては、その不器用さからくる呼び方がことさら気持ち悪く、少々下品だが”お嬢”で許している。
そもそも、女性を”様”付で呼ぶなど宇宙海兵隊レンジャー上がりのタンクにとっては、まともに発音すらたどたどしく、ついつい緊張のあまり声が裏返ってしまい、”おじょじょじょーさま”になってしまうのだ。
これでは、呼ばれる方も恥ずかしさこの上ない。
この男は決してうぶという訳でも、女性恐怖症とかでもない。女性との経験は10歳からと早熟で、現在進行形でプロから素人、熟女まで、からみ、もつれあっている有様だ。
タンクは少々いかつい顔つきと筋肉質のがたいで、見てくれは怖い感じのヤバイ系男子であるが、きちんと身なりを整えれば、それなりに若くてハンサムな容姿にまとまるのだ。
おまけに、ごつく太い手からは信じられない程に手先は器用で、家事は全部こなせるという家庭的な一面がある。
また、プライベートでの女性の扱いは実に紳士であるとの評判も高い。その反面、床の上での営みは猛獣なみというギャップもあわせ持っている。
「あんた、さっきから何やってんの?
今どきコンピューターにキーボード入力って、なんかやばいこと始めてる?」
タンクはアリサの引っかけにも微動だにせず、一心不乱にキーを打ち込んでいる。
「これから半年間は、大物仕事の取引は一切やめろと言いわたしてあるわよね。
突撃チームも三か月交代で故郷に里帰りさせてんだから、やっかいごとはしょい込まないでくれる?」
タンクは相変わらず返事もせずに、目を細かく移動させながらキーを打ち込み続ける。
アリサはやれやれという表情をしながら立ち上がり、スイッチ一つで素敵なロッジが出来上がるというこのリゾートで流行りのVIP客ご用達のアリサ・グレッグ・コーポレーション特製のプッシュポンロッジ、いわゆる簡易型のインスタントロッジへ戻ることにした。
グレッグがブランチの用意をしてくれ、さっきまで全く眠っていたお腹の虫が急に活発に動き出し、ぎゅうぎゅう鳴り出したからだ。
アリサ・グレッグ・コーポレーションというのは、アリサとグレッグが設立した企業で、レジャー施設やグッズ、ファッション衣料などを中心に富裕層向けにフィーチャーしている新鋭の上場企業である。
父から出世払いで札付けて前買いしたという小型宇宙艇カリュード号の中身は、軍事用偵察兼突撃巡洋艇で、燃料もさることながら、装備も結構な金食い虫なのだ。
お父さん子だったアリサは、父とのお出かけの際に、幼いころから砂虫の入り江と呼ばれる砂の海の洞窟に隠された宇宙艇をホテル代わりに狩りをするなどして、休暇を過ごしていた。
幼い頃のアリサは、父の仕事は故郷では大漁師、オフシーズンは輸送業の出稼ぎに出ている、ちょっと羽振りのいい、ごく普通の自営漁業者だと思っていた。
アリサにとっては、現カリュード号であるこの宇宙船は、お金持ちの道楽用のレジャー宇宙艇程度に映っていたが、いざ、盗んで、おっと、前買いしてみたら、とんでもないスペックの金食い虫だと分かったのは後の祭りだった。
出来る鋼鉄の執事、グレッグのおかげで、船籍の書き換え、メインコンピュータの主人の書き換えなど、その他、諸々の手続きの一切を修正し、アリサを船のマスターとして登録し、運航できるようになったのはいいが、日々積もる維持費には大きな資金が必要だった。
そこで、金が有り余っている富裕層向けの商売をグレッグと立ち上げ、どうにかカリュード号での船旅生活を確立できているのだ。
「よっしゃー、出来た!」
タンクは大きな奇声を上げて、両手を頭上に上げた。
「いったい何が出来たの?
タンク・リート・パンツアール元大尉殿」
アリサはタンクのやってることに興味は無かったが、部下とのスキンシップのために社交辞令で興味があるふりをして、優しく話しかけた。
「やりましたよお嬢!
今夜のスクランブルチャンピオンシップ決勝戦の特別VIPルームチケットゲットです!」
アリサはやや唖然となった。タンクには言ってなかったことを思い出したのだ。
連邦銀河一過激な格闘スポーツスクランブルには身内関係者がいて、アリサいつでも顔パスで特別VIPルームが使い放題であることを!
「お嬢は確かお好きでしたよね!スクランブル。
無敗チャンピオンのバッカスの写真、部屋に飾ってたじゃないですか!」
「そ、そうだったかしらね!」
アリサはちょっと気まずい思いがした。なぜならスクランブルの無敗チャンピオンのバッカスとは、あのおばちゃん姉妹の兄だったからだ。
更には、この星で試合があるという事は、あのおばちゃん姉妹も来ている可能性があるからだった。
まずい、わたしとしたことが迂闊だった。催し物の事なんかすっかり、眼中に無かった。特別VIPルームだから一般客やそこそこの成金大富豪たちと一緒になることないって、高をくくりすぎていたわ。
カリュード号はバッカス・グループの製造船よ。軍事レーダーからでもサーチされないよう妨害電波は出してるけど、カレンおばちゃんとウルスラおばちゃんが来てたら、アダムとイヴも居るはず。
特にアダムが居たら絶対に探し当てられてしまう、もう、探し宛てたかもしれない。
やばい、逃げなきゃ。つかまっちゃう。家に戻されちゃう。
でも、まずい。特別VIP待遇は、融通をきかせている分、一か月未満での出国許可に関してのみ稟議が厳しい。
犯罪の可能性を疑われて、足止めを食わされる。強行突破などしたら、特級犯罪者扱いになってしまう。紙面記録もされるからデータを改竄しても、証拠は消せない。
やばいわ、これはアリサ最大のピンチよ。
アリサは途端におろおろし始めた。自然と足もがくがくして、居ても立っても居られない。そして、アリサは、激しい尿意に襲われた。
オイオイ、こんな時に、わたしは、ガキか?
プロの荒くれ戦士どもを率いる、若き賞金稼ぎのリーダーたるこのわたしが!
こんな時にオシッコしたいとか、いやいや、さっきからガブガブ、カクテルを飲みまくったせいだよ。びびって、オシッコちびりそうとかないから。絶対に違う。違うぞ。
「あれ、お嬢。急にわなわなしてどうしたんです?
あー、カクテル飲みすぎて、オシッコでもしたくなったんですか?」
タンクがぐびぐび飲んでいたビールは、アリサ・グレッグ社のキレのいい辛口と甘みが絶妙で、キンキンに冷やすとしゅわしゅわの泡が心地よさを誘うとびきり旨いと評判のビールだった。
これは、アルコール度数が高めのオールタイムハイ(一日中最高)という銘柄のもので、アルコールに強い者でも心地よく酔わせてくれる癒し効果もあるドリンクなのだ。
緊張感の溶けきったタンクには、一気に酔いがまわっており、かなり口調がヨレヨレだ。
「本当にお嬢は、まだまだ、お子様ですね!」
タンク貴様、こんな時に直球投げるんじゃねー。貴様の阿呆な、物言いに怒鳴ったら、勢いで出ちゃうだろうが!
ボスのこの私が幹部の前で、おもらしとか、シャレになんねーよ。でも、もう我慢できない。くそー、ガウンはおって、裏のシャワー室に行って出すか?
でも、駆け込むのは無理、出ちゃう。
豪快な姉ちゃんたちなら、その場でやっちまいかねないけど、私はクールで行きたいのよ!
「お嬢様、ご無理はいけませんよ」
バリントのきいた紳士的な声とともに周囲が霧でおおわれた。アリサの体には冷たい金属のものがあたり、ふわっと浮いて体が移動した。
霧が晴れると、アリサはシャワー室にいた。アリサは安心したとたん、溜まっていたものが一気に出てしまった。けど、傍に居るのはグラッグだったから、安心した。
「もう必要ないと片付けてしまいましたが、お嬢様には、まだまだオシメが必要でしたか?」
アリサは、グレッグの辛辣なギャグにかっとなる。そもそも、グレッグにおしめを替えられたことなどない。こいつと出会ったのは10歳のときだ。もう、おしめは取れている。
いや、違う。
つい三か月前にタンクがどっかの星の行商人から買った食用の角トカゲの丸焼きで食あたり起こして、四十度の熱を出して寝込んだことがあった。
あの時は、水下痢が二日ほど続いた。
丁度、ゴメスの仕事をもらう日の仕事受け待ち状態だったのも幸いした。
だが、アリサは頭は科学アカデミーの教授並でも、年頃の女の子である。あのガサツで豪快な父親の子であっても、父親のように恰好悪いことを部下とのコミュニケーションに使えるほど開放的な性格ではないのだ。
そんなアリサをグレッグが気遣い、部下に病気がばれないように、お頭としての面目が保てるようにと、用意してくれた医療用のインナーおむつスーツの世話になったことがあった。
こいつは、きっとあの時のことを言っているのだとアリサは確信した。
彼女は、あの時、とてもつらくて、でも、グレッグが身の回りの世話を丁寧親切にしてくれたおかげで、安心して、荒くれどものお頭として、指揮が取れ、仲間との結束も固まったので、この上なく感謝していたのだ。
だから、アリサは、目をオレンジ色にして微笑むグレッグに何も言えず、赤面して黙り込むだけだった。
10歳の時に知り合ったグレッグとアリサは、初対面から意気投合し、彼是五年の付き合いだが、グレッグは友達を通り超して親に近い存在になっていたのだ。
「何、馬鹿なこと言ってるの・・・。でも、ありがとね」
アリサはグレッグの大きな鋼鉄の手を握り、その頼もしい大きな体に寄り添った。
「まさに危機一髪でしたね。お嬢様」




