第四章 すばらしき仲間たち 第五話 彼方から五 アダムとウルスラ
ウルスラは遥か上空にある小型衛星の影を電子望遠スコープで見上げ、観測機でデータを集めていた。その目に絶望も、喪失もなく、これから訪れるであろうことに胸躍らせ、生き生きとしていた。
それでいながら、『あれから、いったい何日が経ったことだろうか。時空の間に飲み込まれ、この未開の辺境惑星に飛ばされて、・・・・』と、ぼそりと小声でこぼした。、
「まだ、2カ月と5日ですよ。ウルスラお嬢様」
にこやかな笑顔で、十歳くらいの利発そうな少年は答えた。ウルスラは眉を狭め、半ば怒り顔で、声の主の少年の方を向いた。
「アダム。あなたって、相変わらずマイペースね。あなたが急に繭になっってしまって、わたしがどれだけ涙を流したと思ってるの」
「あれは。私たちの自己防衛機能が働いたまでです。マニュアルに書いてあったはずですよ。一か月ほどすれば身体修復は終わって、繭から出てくると」
「そんなこと、あんな状況じゃ覚えてないわよ。
わたしは、あなたを弟のように思っているんだもの。心配するでしょ。あなたはプログラミングされたロボットなんかじゃないわよね。自我があるのよね」
ウルスラは少年の肩を抱き体に寄せて抱きしめ、目鼻を赤くして涙を流した。
「自我、ですか。・・・・それは、答えるのが難しいですね。人間が自我とは何かを証明できないのと同様に、僕もお嬢様を愛おしく思うこの想いが自我なのか、わからないのです。
ただ、ひとつの事実は、私は誰かに作られた命なのだということです。でも、その命は機械のように単純なものではなく、接合も、接着も無い、発電機もバッテリーも無い、生きた生体の体を持っているということです」
ウルスラは拳をこつんと少年の頭に当てると、「バカを言わないで、あなたは人間と同じ、いえ、人間よ。自分を機械とか言わないで、お願いだから、」
「は、はいわかりました。お嬢様。でも、そろそろ、離れていただけませんか。そのう」
少年は、ウルスラの背後でせっせと宇宙船の外皮溶接をしている人物を気にしていた。たぶん、ウルスラに泣き抱かれている姿をその人物に見られてしまうのが恥ずかしいのだろう。
「旦那様に悪いですし、」
「旦那様?・・・・・・・。って、誰?」
ウルスラの背後の人物は、ウルスラの場所からざっと30メートルは離れていた。通常の人なら彼らの話し声など聞こえはしない。だが、ウルスラが「誰?」と返したところで、溶接機のレーザービームの照射位置を大きく外し、遠くの木の枝を射ち折ってしまっていた。その人物は一族特有の特殊身体能力を持ち、耳も集中すればスポット的になら30メートルくらいなら音を拾い聞くこともできるのだった。当然、目もよく、彼らがどういうことをしているかは、横目であってもはっきり見えていた。
「あ、・・・・」
ウルスラの頭に、眼鏡をかえた癖毛のボサボサ頭の人物の顔が浮かんだ。そして、少し口元に薄ら笑いが出た。
「まだ、旦那様、じゃないわよ。でも、一緒に住みことになっても、彼のこと旦那様なんて呼んじゃ駄目よ」
「では、なんとお呼びすればいいのでしょうか。もじゃメガネでしょうか?」
この言葉にウルスラの背景の男はまた、溶接機のレーザービームの照射位置を大きく外し、百メートル遠くの岩山の先端を切り落としてしまっていた。
「もじゃメガネって、それはオフレコにしなさいって言ってるでしょ。そうね、確かに呼び名はいるわよね。おい、とかじゃダメだしね。あんたの旦那様は、わたしだもの」
「では、お義兄さん?」
「なんか変すぎる」
「では、名前でおよびしましょう。セルゲイ様と」
ウルスラにとっては、それも仰々しくて嫌であったが、”もじゃメガネ”と自分の旦那を毎日呼ばれるよりはいいかと半ば納得して、「それでいいわ!」と明るく答え、少年の唇に長いキスをした。
ウルスラの背後のほうで、男の悲壮な声が小さくしていたが、ウルスラは気にすることなく、少年に舌づかいと唾液交じりのおとなのキスをし続けた。少年は嫌がることもなく、それを受け、幸せそうな顔になった。
「お嬢様、大好きです」
ウルスラたちの行動はもう決まっていた。この少年、アダムが繭から出てきてから、事は急ピッチで進んでいたのだった。宇宙船の外皮製造、コンピュータの修理など、スピードは四倍以上になった。
ウルスラは遭難直後から小型人工衛星を使って、周囲の電波を解析し続けていたが、一か月めに探り当てた。賞金首のならず者たちの中でも最強と言われる宇宙で五本指のひとつ、ノスフェラトウが、惑星軌道上の小惑星帯に潜み、大掛かりな仕事に向けて出動する準備にかかっていたことを。仕事の決行はあと一か月で行われる。それまでに、ウルスラたちは宇宙艇を修理し、大軍が出払ってアジトに残ったやつらをおびき寄せ、生け捕られ彼らのアジトに連れて行ってもらえれば、いいのだから。
あとは、テッドが大暴れして彼らのアジトを制圧し、晴れて懐かしの我が家に帰れるという寸法だった。一見ザルのようHな計画だが、中ではち密に、秒きざみの計画がされていたのだ。
「これで、懐かしの我が家に帰れますね」
「ええ、我が家に帰れるわ。みんな、どうしてるだろう。・・・」
ウルスラは、自分の思いがけずに出たことばにはっとした。自分が居なくなったことに、他人を気遣っている自分がおかしく思えたのだ。今までは、やりたい放題だったからだった。いったい、どこで変わったのか?その原因が、セルゲイでないことはなぜか百パーセント断言できていた。
それは、アダムが変えてくれたと、すぐに気づいた。
「アダム。帰ったら一緒にお風呂に入りましょ」
「はい、体のすみずみまでキレイにお流しいたしますよ。ウルスラお嬢様!!」




