第三章 あたしの夢 第五話 眠り姫
コクーン(繭)となった情報保持者は、ひとまず砂上船へ引き上げたものの、船にある装備では、コクーンを解体または、解凍する方法も見つけられなかった。
あたしもこういう強化服の類いがあることは知ってはいたが、実用化されていたとはしらなかった。外皮は全くの密閉体ではなく、細かい隙間があり、そこから空気を取り込み酸素を作り出して、コクーン内の人体の呼吸や排泄を手助けしていることはどうにか分かった。このコクーンは短期間なら宇宙空間に放り出されても、コクーン内の人体のみで一年近く生かせることができるということが、さっき、軍事関係のデータベースから読み取れた。
解体方法に関しては、かなり強力なプロテクトがかけられており、わたしやマリア、カレンをもってしても入口にたどり着くことさえ無理だった。政府の要人や機密技術に関わる科学者などを保護する目的で作られたものなので、あたしたちが簡単に破れるものではないようだ。
「困ったことになったわね。読みが甘かったわ」
依頼者であるタチアナさんは、ぼやいた。
「この人、機密技術に関わるようなレベルの科学者だったんだ。幸いデュナンだから、こうして、こんなところに引き上げているけど、惑星連合の加盟惑星だと、こんなとこ見つかっただけで、あたしら全員懲役千年級の重犯罪だよ」
あたしたちは、ぎょっとなった。でも、このまま放り投げておくわけにもいかないし、下手にオアシスゼロに投棄して足でもついたら、ダントス家やバッカス家の力くらいじゃ揉み消せないし、どうしたらいいやら困ってしまった。
『皆さん、わたしにいい考えがあります』
イヴの声だった。そうだ、イヴならいい方法を見つけられるかもしれない。さしたる根拠もなしに、藁をも掴む思いで、あたしたちは、コクーンをビッグスペンダー号に持ち帰えろうとしたが、イヴから止めが入った。
長丁場になりそうなので、船を長い間、衛星軌道上には停泊させられないのと、仕事もしなくてはいけないので、クルーを二分するのと、イヴはもう一体の自分、アダムを蘇生させサンドクロール号へ差し向け乗船させた。
見た目は瓜二つだが、若干髪と瞳の色と、声質が違っていた。まるで、あたしとカレンのようだ。ビッグスペンダーは、カレンが船長代理兼操縦士をつとめ、アーニャさんが副操縦士を、サンチョスは重火器と機関室と変わらず、イヴがあたしの仕事を引き継いだ。
あたしは、テッドとそのままサンドクロール号に残留となった。マルコはビッグスペンダー号でコックの仕事を継続。タチアナさんは、次の仕事があるからと、助手のマリアを2ヶ月早く引き上げ連れて行ってしまった。泣きながら帰るマリアは、妙に可愛かった。いったいどうなることやら不安倍増だ。
コクーンを宇宙に上げなかったのは他でもない、コクーンが発する救難信号を傍受されないためだ。コクーンが出す救難信号は、電磁波など数種のものが出されているが、それがビッグスペンダー号で完全密閉しきれることが100%保証されない限り、極めて危険であるからだ。
最悪、対処出来ない場合は、もとあった場所へコクーンを置き、旅行者を中心に変なものがあった噂を流して、別の連中に探させるしかないだろう。そういう情けないことは、やりたくないけど、背に腹は変えられない。なにしろ、人命がかかっているのだから。
あれから三日たったが、コクーンは何の変化もなかった。内部の女性科学者の健康状態は、仮死から冬眠状態へ移行した。理由は、たぶん環境の変化だと思われた。船内は常温で人体に無害な環境である。それをコクーンが感知して、最悪の状態から引き上げたのだろう。
イヴの分身アダムは、来た時点で、イヴの学習経験を継承していたので、あたしたちを認識してくれたが、単独では能力が発揮出来ないため、サンドクロール号のブレインルームにFYU9000のコピー電脳と増設メモリを入れて、ブレインと直結させて、この船のコントロールもやってくれるようになった。ジュリアーノの食事にはいたく感動して、毎回、恭しい言葉で讃えた。
そして、ようやく、アダムのセットアップも完了し、本格的な検査へ移行した。アダムは外皮を手でさわって、コクーンとの会話を始めたようだ。何をやっているかさっぱりわからないあたしは、この機会にクルーたちと親睦を深めることにした。
まずは、久しぶりにローラと風呂に入り、体を流しあったが、案の定、デバガメテッドが体が勝手にを実行するに至り、あたしとローラは力を合わせて、テッドを撃退した。湯船に沈むテッド、しかし、撃沈されて湯面に立つ船首の咆哮はなかった。まったく、うら若き少女になんちゅうもの見せやがるんだ。いつも見せられてはいるけど、眼前で見せられると、こっちが卒倒しそうだったよ。
また、隙をみてのあたしの乳揉みも、結構やらかすけど、いつしかあたしはそれがテッドのあたしへの思いやりだと気付くのに、そう時間はかからなかった。あいつの下手な猿芝居にのせられるうちに、人見知りの激しかったあたしは、すっかりひと癖もふた癖もあるようなクルーたちと打ち解けあっていたのだった。
かつて、ウルスラ・ダントスとして乗ったあたしは、誰とも口をきけなかった。カレンは、持ち前の勝ち気の性格が、荒くれ男どもにも気に入られ、すぐに意気投合してた。
そんなわけで、まったく、テッドには、うまくはめられた。カレンがあたしをこっちへ降ろしたのも、こういうはからいがあったのかもしれない。ありがとう、カレン。
さて、アダムの方にも変化があった。アダムはどうにか、コクーンとの交信に成功したのだが、成功したとともに涙を流し、「ママ」と言った。
ママ。人造人間、いや、人工知能がママということは、コクーンの中にいる科学者がFUY9000の設計者ということになるだろう。そうなると、それはグレン家の次期当主さまってことなのだ。これは、なんとしても助け出さねばなるまい。そして、是非ともお顔も拝顔し、科学者としてお話もしたいものである。
アダムは、ゆっくりとコクーンと交信し、何かの手順を確認するように、一定のタイミングで頷いていた。そして、コクーンからアダムが離れると、コクーンは徐々に溶け始め、中からうずくまり、蚕の糸のようなものにまとわれた裸体の少女が姿を表した。どうやらコクーンを形成していたのは、砂漠服の素材だったようだ。
アダムは、いずれ必要になるだろうと、彼女が着ていた砂漠服と寸分違わぬコピーを作っておいてくれた。一旦、コクーン化すると砂漠服は分解され元には戻らなくなるので、コクーン化する前の情報を維持しておき、事がすんだら再びもとの場所に戻して、行動させるのが良いと言うのだった。
とりあえず、あたしたちは、アダムの指示に従い、医療室へ少女を移送した。始めて入る部屋だったが、まさか荒くれ男の巣窟にこんな清楚でつつましやかな女医がいるとは知らなかった。女医は自己紹介してくれた。
「わたしは、シェスカ、いいえパトリシア・カーロフ。イーステラ医大出身の新米医師です」
「カーロフって、まさかローラの?」
「ジェットローラー、いいえローラ・カーロフはわたしの妹です。妹共々、テッド船長のお世話になっています」
漁業組合長の家も、基本、テッドの家と変わらない豪快な家系なはずなんだけど、ローラといい、彼女といい、タチアナさんやアーニャさん、マリアのようなめちゃくちゃオーラを全く感じないんだな。この家、娘だけはマジでお嬢様に育てているのかも。パトリシアの動きはとてもきびきびしていて、新米医師とは思えない的確さを感じた。
アダムの指示により、室内は無菌状態にされ、あたしも無菌服を着た。少女を薄く覆っていた繭がゆっくりと外され、やがて、美しい黒髪の透けるような肌をした少女があらわれた。その姿は、まるで天使か女神かと思わんばかりだった。体毛は薄く、白くきめ細やかで、つるっとした肌をしていた。
パトリシアとアダムは、屈曲した少女の体を徐々に広げて、別のベットに寝かせた。胸はまだ小さいが形はそれほど悪くなく、開いた脚の付け根は見るには罪悪感を感じるほどに美しかった。まるで、そのまま生まれたと思えるほどだった。
コクーンは、人体を正常な体に治す役目もあるようで、骨折や、裂傷があってもそれを治癒する効果もあるということをアダムは解析したようだ。実に素晴らしい。最先端の科学技術だ。
医療室の外では、お姫様の蘇生の情報を聞きつけたテッドが、船長の俺に会わせろとうるさく騒いでいた。
「はじまったか」と、吐き捨てるようにパトリシアさんがぼやいた。
「若いのに気配りもよくて、いい船長なんだけどさ、デリカシーの無さだけは誉められたものじゃないんだよね」
「そうだね。あたし、ちょっと撃退してくるよ」
あたしは無菌室を出て、医療室の入り口へ行き、扉を少しだけ開けた。すると、案の定、あいつが顔を突っ込んで来たので、思いっきり引っ掻き、肘内打ちをかまして、仕上げは蹴飛ばして追い出してやった。
あたしも最近は、カルロス兄貴やカレンの手解きを受けて、護身術とかやってるから、昔みたいに人工筋肉のついたパワーアシストスーツに頼らずに、テッドの撃退が出来ているんだ。
兎に角、あのお姫様の裸体をテッドなんかに見せたら絶対、鼻近づけて匂い嗅いだり、脚の付け根の窪みに指先を入れたりしかねないから危険だ。
昔、子供のころ、カレンが女の子じゃないかの疑惑があって、といっても気づいてなかったのテッドだけだったのだけど。テッドの家の寝室でカレンが昼寝をしていた時に、なんとあいつは、皆を引き連れ、いきなりパンツをずり下ろして、股間をまさぐってしまったんだなこれが。
何考えてんだこいつ!と思ったけど、「こいつ、玉もサオもねーぞ!」と叫ぶわ、内側に入り込んでしまったのかと指突っ込んで引き出そうとしたりしはじめて、あたしも卒倒しそうだった。女の子だと気づけよって、何度も心の中で叫んだけど、何か面白かたから止められなかったんだなあ。
運が良かったのは、子供時代のカレンは寝てるとき、暑いとパンツ脱ぐ癖があったんで、気付きそうになって、みんなベットの下に隠れたんだけど。カレンたら、パンツを自分で脱いだと勘違いしてくれて助かったわ、カレンがトイレに行った隙に逃げたけど、あのときは肝が冷えたわ。あいつ、拳骨まで入れようとしてたから、時々、あいつは実はアホじゃないのかと疑うわ。
「へえ、そうだったんだ。わたしそんなことされてたことがあったんだ」
「そうなのよ。あのテッドたら、マリア以上に天然なところがあってね。それを見せられるのもはらはらして面白かったんだけどね・・・・」
あたしは、振り返った先で声の主を見て目線が固まった。目線の先は、大型肉食爬虫類が獲物を捕らえた時のような目があった。
「げ、カレンちゃん。お帰り、早かったわね」
あたしは、もの凄く気まずくなった。
「コクーン解凍の知らせを送ってくれたのお姉ちゃんじゃない、ちょうど、近くを通っていたから立ち寄ったのよ」
「そういえば、ドアの外静かになったわね」
気まずさをごまかすために言ったのだが、本当に静かになっていた。
「ええ、大きなゴキブリがいたんで、ついでに駆除しといたわ」
相変わらず、おいたをした時のテッドには容赦ないなこの娘は。
「それから、お姉ちゃん」
「はい?」
カレンは、あたしの首もとにある医療用のインカム装置を掴み、ツマミのスイッチをいじった。
「インカムのスピーカーモードは、室内にしておいてくださらないかしら」
あたしは、何かよからぬ失敗を自分がしでかしたと自覚した。心なしか呼吸も乱れてきたし、何よりもカレンの顔がとても怖かった。
「さっきのお姉ちゃんの独り言、船内に駄々漏れだったんだから」
あたしは、その場にへたり込んでしまった。多分、テッドを撃退した時、スイッチが誤って入ったんだ。
ごめんなさい、カレン。悪すぎるお姉ちゃんを許してね。




