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星屑のリング  作者: 星歩人
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第一章 出逢い 第一話 砂上船

 目覚めたのは、ベットの上だった。とてもふかふかで、体を柔らかく包み込んでいた。窓の外は果てしなく広がる砂の平原が見えた。

 部屋の中は、天井も壁も真っ白だ。決して広くはないが、小奇麗で、小さな花瓶やテーブルなどが置いてあった。見たとことろ客間のようだ。

 あたしは、部屋自体がゆっくりと移動しているのを感じた。不思議とエンジン音のような物音はしなかった。船全体が何かの力を受けて、ずずずっと、うなりを上げて砂の上をゆっくり動いているという感じだった。


 これって、砂上船さじょうせん


 意識がなくなる前に、あたしを見つけた男が俺の船に乗れと言っていたことを思い出した。これが、あの男の船なのだろうか。

 あたしはゆっくりと体を起こし、床に足をつけた。砂漠服を来ていないことは、確認するまでもない。

 目覚めたときに既に気づいているし、壁側の鍵付きのシースルーのクローゼットにヘルメットと砂漠服の一式が置いてあるのだから。


 だが、問題はそこではない、下に着ていた服だ。


 一応、女ものではあるが、あたしのものではない。下着も同様だ。この事実に動揺しない訳ではないが、騒ぎ立てることが最良でないことくらい判断できる。

 少なくとも、あたしはそれなりの歓待を受けていることは察しがついた。


 そうでなければ、今頃は汚れた下着のまま家畜のように鎖につながれ、さるぐつわをはめられ、薄暗い牢獄で唸り声を上げながら冷たいコンクリートの床の上で芋虫のようにもがいていたことだろう。


「やっと、お目覚めのようね」


 声の方角に振り返ると部屋の入口に寝癖のようなつんつん頭をした赤毛で、少し浅黒い肌に、澄んだ青い瞳の女が立っていた。


 女は、少女のようにも見えた。


 大人っぽい感じはあるが、肌のはり具合を見ても少女という方がしっくりきそうだ。

 彼女があの時、あたしを羽交い締めにしたのだろうか。


 砂漠服越しでは、声使いや体格を比較することは出来ない。あたしも人工筋肉繊維と人工外骨格で覆れた砂漠服を着ていたんだし、それよりも今の話しぶりなら間違いなくあの時の女に相違ない。


 あたしを見つめる彼女の目線は、鋭利な刃物の刃先でほっぺたをチクチクいじるように痛く感じられた。


「ねえ、知ってる。あなた三日間も眠り続けてたのよ。

 あたしは、カレン。カレン・バッカス。よろしくね。えっと」


 カレンという少女は、あたしの名前を聞こうとしている。


 未開地の多い辺境の惑星とはいえ、素性の知れない者に本名を名乗るのはまずい。ここは偽名を使うべきだと自分に言い聞かせた。


「ねえ、あなた名前は?」


「あっ、はい! マキナです。マキナ・グレン」


 何をあわてたのか、わたしは、咄嗟に自分の本名を答えてしまった。あれほど、偽名を使って来たのに。あたしは、このカレンの鋭い目つきに嘘がつけなかったのだ。


「よろしくね、マキナ」

 カレンは優しい顔になり、にこやかに微笑んだ。

「えっと、あなたの服、臭うから洗濯しといたよ。それと、体も洗わせてもらいました」

「あ、はい。すみません」


 どうしたことか、あたしはカレンの迫力に押され、いつの間にか年上の姉に従う真面目な妹になっていた。


「あんたが着ていた砂漠服。見慣れない服ね。どこの物なの?」


「えっと、あれは」


 あたしは本当のことを言うことを避けようと思った。名前はうっかり本名を喋ってしまったが、あの砂漠服の出処は今は彼女に話すべきではないと思うのだ。


「あれはですね。オアシスゼロのジャンク市場で買った掘り出しものなんですよ」


「オアシスゼロの市場で手に入るものを直すなんて、あなた相当に腕が立つのね?」


「えっと、あたし、こうみえても手先が器用なんですよ。それで、あたしが修理して使えるようにしたんです」


 あたしは可能な限り嘘を言わないことにした。嘘は事実との乖離が大きいほど話に無理がでてしまい結果、相手に疑念をいだかせてしまう。あたしの身分も行動も明かすわけにはいかないのだ。


 本名を名乗り、医療行為をされたが、その程度では素性はバレない。たかが数日でそれを探り当てるなど到底無理なのだ。

 それに、あの砂漠服をあたしが使えるようにメンテしたのは本当の話である。なにせ、この砂漠服はあたしの父の設計だが、改良を加えたのはあたしなのだから。


「テッドもそれ脱がすのには相当に手こずっていたよ。あたしにはさっぱり、わからなかったからさあ」


「え、テッドって?」


「あんたの威嚇射撃にもひるみもせずに、手を差し伸べてきた馬鹿がいたでしょ。あれがテッド。そして、良くも悪くもあたしの最高の相棒よ」


 やはり、このカレンが砂漠で出会った女だ。そして、あたしを捕まえたのがテッドと言う奴らしい。

 それにしても、あいつはただ者じゃない。あの砂漠服を破かずに脱がせただなんて。どうやってロックを解除したのか。しかも、こんな短時間で。

 それに見ず知らずの男に意識もないままに裸体を晒すとは、次期グレン家頭首の名折れだ。


「起きたんなら、上で食事でもしない? 丁度、昼飯時だし、うちの乗組員とも会わせたいしさ」

 カレンは、握り拳に親指を立てて背後に振り上げ、こっちへ来るように合図をした。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 あたしは、冷静になろうとしたが、なれなかった。あたしの服を脱がしたのがカレンではなく、あのお調子者そうな、テッドだったという事実があたしを辱めたのだ。

「あなたの体はね、あたしが洗ってあげたから、心配しないで」

「心配しますって、みず知らずのおと、男の人に裸を見られたんですよ!」


 カレンは階段に足をかけたところで立ち止まり、険しい顔をして、つかつかとあたしの方へ歩いて来た。


 しまった! 思わず、言い過ぎた! 感情的になってはいけないと肝に命じていたのに、あたしのバカ!


 あたしは、無意識に身を屈める始末である。


「あのね、マキナ。勘違いしないで聞いてくれる。テッドはこの砂上船の船長で、七十七名の乗組員の命を預かる責任者なの。素性のわからない人を搭乗させるのだから、そのぐらいして当然よ。それにあなたは、武器をあたしらに向けてたのよ。これは敵対行為じゃないのかしら?

 あたしらは、そんなあなたの命を助けたの。裸見られたくらいで、おたおたされるようなら、もといた砂漠に返すけど、それでもいいの!」


 あたしは、カレンに言葉が返せなかった。彼らのおかげで命がつながったことに何よりも感謝しなくてはならないのに、あたしはまだまだ甘いと実感させられた。


「すみません。些細なことで取り乱してしまって。命を助けていただいて、テッド船長さんにも、カレンさんにもとても感謝しています。ありがとうございます」

「わかればいいのよ。こっちもきつく言ってごめんね、でも、けじめは必要なんだよ」

 カレンはあたしの右肩にそっと手を置くと、無言であたしを抱き寄せた。彼女の懐は、まるで母親のように居心地が良かった。あたしとそう変わらない年齢のはずなのに、彼女はしっかりとした大人の女性の匂いがする。

「さ、仲直りしよ。マキナ。そして、上であんたの歓迎会をしてあげるよ」


 あたしに差し伸べられたカレンの手を握ると頼もしいカレンに身をまかせた。いや、彼女があたしの肩を抱き寄せたのだ。


「それとね、あんたと合流予定だった二名のバックパッカーだけど、オアシスゼロに引き返してたそうよ。

 救難信号も役に立ったようね。あんたが無事なのを知って、再度合流したいから、引き渡し日時と位置情報を送って欲しいて言ってたわ」


 偽装行為が役に立ったと分かって、少し安心した。彼らは現地で雇ったお墨付きのガイドだが、あたしが遭難した時の保険だった。

 もちろん、同行などしてなかったが、うまく口合わせをしてくれたようだ。あたしは、ほっとした表情をして、今度は自分からカレンに身を任せることにした。


 もちろん演技だったが、カレンは、やさしく肩を抱きとめてくれたのには、心苦しさはあったが、彼女の体温はあたしに安心感を与えてくれた。


 階段を上った先は、船の甲板らしき場所だった。やはりこれは砂上船だったのだ。


 空を見上げると、あいもかわらず太陽がさんさんと照りつづけていた。二連の太陽の位置加減から見て、丁度正午あたりのようだ。だが、気のせいかいつもと太陽の位置が違っているようにも見えた。


 それしても、大きな船だ。頭上には大きな帆が何本も立っていた。それはまるで、遙、何千年も大昔に、水の豊富な惑星で、我々の祖先が、内燃機関の動力も持たない時代に、風の力を利用して水上を航行する船に使っていたもののようだった。それと砂流の流れも利用して、この船はその巨体をものともせずに砂の上をゆっくりと動いているのだ。

 天井には大量に降り注ぐ紫外線や宇宙線を遮断する半透明のシールドが張られているようだ。そうでなければ、こんな薄着で、炎天下の外に出られるはずがない。この星の紫外線を素肌に浴びようものなら、たちまち皮膚は火ぶくれを起こすに違いないのだ。


 甲板の中央では既に酒盛りが始まっていた。あたしは、カレンに連れられその真っ只中に入っていく。テーブルの隅々に豪勢な料理に果物、スイーツ、スープにパンにチーズや漬物といったありとあらゆる食べ物が処狭しと並べられ、その周囲で荒くれ者風の老若男女が入り乱れ、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎの真最中だった。


 あたしは、砂上船という砂漠の海を渡る乗り物があることは知っていても、テッドという男がこの乗組員たちを率いて何をしているのかは全く想像がつかなかった。

 乗組員たちの見てくれは、太古の地球で金銀財宝を略奪していた海賊の雰囲気なのだが、この砂漠の海の惑星デュナンは辺境の星で、金銀財宝を載せた豪華客船など居はしない。たまには物好きな金持ちが外遊しているかもしれないが辺境の星にいるような金持ちなら軍隊並みの重装備なので戦うのも容易では無い筈なのだ。


「お嬢ちゃん、やっと起きたな。駆けつけに一杯やるかい」


 あたしは、人垣の中からひょっこりと顔を出した白髪混じりの縮れ髪に口鬚を蓄えた筋骨隆々の老人に声をかけられた。老人は右手に何かの液体が入った小さなグラスを持っていた。


「おお、ノックスの爺さん、気が利くじゃないか」


 カレンはノックスという老人が手にした小さなグラスを取ろうとしたが、老人はカレンに奪われないよう巧みにかわして、あたしに一礼して手渡してくれた。「ありがとう」と言いながらもそれがなんだか分からない。


「ちぇ、あたしにくれたんじゃ無いのかよ」


「お前は、お嬢ちゃんじゃね~だろ。生物学上は女でもなあ、この船でお嬢ちゃんと呼べるのは、ミランダが面倒みてるガキと、見習いのジェット娘だけだよ。お前さんは、船長のダチで相棒で、弟分だろう。お嬢ちゃん、てガラじゃなかろう」


「シェスカはどうなんだい」


「シェスカ? 誰でえ、そいつは。そんなしおらしい感じの女なんかこの船に居たか」


 老人は通りかかったウェイターが台車で運んでいたジョッキグラスをひとつ取り上げて一気に飲み干し、大きなしゃっくりをした。


「ジェット娘の姉貴だよ」


「ああ、ドクか、ありゃあ、じゃじゃ馬というかアバズレだろう。おまけに、ガキの頃の船長の筆下ろしちまったんだろう。まったく、」


 老人はウェイターを呼んで二杯目のジョッキグラスを取った。だが、ジョッキグラスの縁に老人は唇をあてることが出来なかった。なぜならば、老人の鼻先には銃剣の剣先が突き付けられていたのだ。


「誰がじゃじゃ馬で、アバズレで、ついでにガキの頃のテッドの筆を下ろしたって、ノックス」


 銃剣を突きつけているのは、白衣を羽織った姉さん風の女性だった。


「いやあ、ドク。居たのか。相変わらず美しいな」


「はあ、美しい? いったいどの口が言うの? この飲んだくれ」


 ドクと呼ばれる女性は銃剣の先を徐々に縮め、引き金のついた柄が老人の鼻先に来たところで止め、引き金を甘く引いた。


「ドク、シェスカ。待った、降参だ。降参!」


 老人はジョッキを床に落とし、両手を上げて大声で叫んだ。


「ちょっと、副長も姉貴も止めなよ。お客の前だよ」


 一食触発の二人の間に金髪の少女が割って入った。


「ジェットの言う通り。ノックスもドクターもこの場を引きな! それとお客の前では、いついかなる時も身内の見苦しい事情は見せるな!だよ」


 カレンも見かねてか、ドクの銃剣を下ろさせ、ご老人を引かせた。二人ともカレンには素直に従う。さっき、テッドの相棒と言ってたけど、船長並みの権限を持ってるってことなのだろう。

 第一印象からそのようには感じてはいたが、こうして目の当たりにするとカレンは惚れ惚れするほど勇ましい。数年後にはグレン家の当主になろうかという自分を考えるとまだまだ精進が足りないと考えさせられるばかりである。


 副長のノックスさんとドクターの間に入ったのがこの船のお嬢さん、ジェットさんだとあたしは認識した。けれでも、こんな綺麗なお嬢さんがジェット娘と呼ばれる所以は皆目分からない。

 その姉シェスカさんがドクターと呼ばれているのも気になった。何かの学者なのか、それとも医者なのか。白衣を羽織っているのだが、どちらにも見える。まあ、長期航海してそうな船だし医者は必要だと思うから、この場合は医者と考えた方がしっくりきそうだ。


「お嬢ちゃん、さっきのヤツ、クイッとやっちまいな。疲れも取れるぜ!」


「そうね、マキナ。この船に乗ったのだから、乗船許可証代わりやっちまいな!」


 あたしは改めて手渡された小さなグラスを見た。何かの結晶石をカッティングしたグラスに琥珀色の液体が入っていた。

 液体の表面からは気化した気体が立ち昇っていた。これは、噂に聞くショットという酒だと理解した。ノックスさんは、あたしの目の前でショットをあおって見せてくれた。カレンも、ジェットもシェスカさんも次々にショットをあおった。


「くー、逝くー」


 ふたりとも目をパチクリさせ、笑い出す。


 ショットは、アルコール度数が高めで、糖度と辛味が混じり花の匂いのような独特の芳香のある酒だと聞き及んではいたが、実際どんなものかは知らない。


「さあ、早く逝きな」


 カレンの勧めにのって顔を真上にして、初ショットをした。滅多に出来ない体験なので、そのまま一気にあおってみた。喉を越すとともにこみ上げる熱気のようなエネルギーが頭に登り、急激に落ちていく体感をした。ほんの一瞬だが星が見えるようなハイな気分になった。


 そして、例えようのない爽快感が沸き起こるのだ。医学的には脳の活動が高度に活性化され、感覚も冴え渡り、周囲の空気や音を通常とは異なるものに感じるのだと言われているが、確かにこれは凄い。この状態を常に維持し続けたらかなりヤバイかも知れない。

 あたしは目をパチクリさせる。これは無意識の行為だが、それを見た周囲は、どっと笑い出した。


「どう? 結構、逝けるでしょう」


「すろい、すろいよ、こえ」


 言葉が迷走している。しかもなぜか上機嫌である。視界もぐるぐる回っている。足はリズムの悪いタップを踏んでいる。後ろによろけたところを肩を捕まれた。


「あんた大丈夫」


 ジェットと呼ばれたさっきの女の子だ。


「だいじょび、れす」


 良かった制御がきいた。今のはわざと言った。やや遅いが体が慣れて来たようだ。家系的にアルコールには強いので、良いつぶれたりはしないのだが、ここまで強烈なアルコールを一気飲みして、体がびっくりしたのだ。

 

 あたしは、ばれないように、敬礼をして、悪酔いを演出した。


「何それ、あんた面白いね」


「お嬢ちゃん、いい飲みっぷりだ。もう一杯、どうだい」


 あたしはノックスさんに差し出された小さなグラスを受け取ると、またも一気に飲み干した。酔いつぶれないと分かると酒好きが高じて、ひょいひょい飲んでしまう。


 おい、何やってるあたし。これでは隠れ酒好きがバレてしまったではないか。抑えるんだ。

 だが、酔いつぶれないまでも、飲むと一瞬で気持ちがハイになりすぎてしまい、その直後はマジで呂律がまわらない。更には、気持ちがハイになって、とてもいい心地になってしうまうのだ。


 飲むのを止めようという抑制が次第にきかなくなろうとしている。そうなんだ気持ちがいいんだ。爽快なんだ。


「はーい、やめ、やめ。あんたもよ」


 ジェット娘に肩をかつがれ、テーブルにつかされた。そして、首筋に冷たい金属製の棒のようなものが当てられ何かが首筋からすうっと入って来た。


「どう、すっきりした」


「あ、はい。とても、気分爽快です」


 本当にすっきりした。打ったのはシェスカさんだった。シェスカさんはさっきの銃剣の柄を握っていた。長かった銃剣の先はいつの間にやら短くなっており、今度はキセルに火を着けている。


「これ? 便利でしょう。前世代の置き土産よ。銃剣が形状記憶合金で出来てるの。柄の握りで電流を調整して銃剣の長さを変えれるの。さっきあんたの首に打ったのはパルス電磁波よ。どう、すきっとしたでしょう」


「はい、気だるさがすっかり取れました」


「よかった。少々、荒療治だけど。効果あったわね。じゃあ、あらためて乾杯しましょう。こっちのは度数低めだから、子供でもOKよ」


 わたしは、シェスカさんとグラスをあわせた。そしてジェットさんとも。なかなかフルーティな芳香のお酒だった。目の前にある料理もいかにも田舎の郷土料理という感じだ。


 材料がなんだかわからないけど、まずはこれからと出された琥珀色のスープは濃厚な味わいで、飢えた体にやさしく伝わった。まさに五臓六腑に染み渡るというやつかな。

 なぜにこんなに豪勢な宴会なのかとノックスさんに聞けば、昨日で今年の仕事が終わったので半年の休み入る前に打ち上げの宴会にしようと船長のお達しがあったというのだった。


 あたしは、船長のテッドがあたしのの身ぐるみをはがしたことが、ずっと気になっていた。裸を見られたことは、この際どうでもいい。問題なのは、所持品からあたしの素性や目的がわかってしまっていないかという事だった。

 砂漠服に内蔵されているコンピュータは、グレン社製のもので、オペレーティングシステム自体も汎用のものでは無い。仮にテッドがどんなに科学に精通していようとも三日程度で簡単にわかるはずもないのだ。そう考えると、取り越し苦労だと思えてきた。


 そうやって安心すると体は正直なもので、ぐきゅーっと腹の虫が音をたてた。これには赤面した。婆やにでも聞かれようものなら、叱責を買うところだ。


「お嬢さん、お腹が空いているんだろう。丁度、砂竜の丸焼ができたところだ」


「ジュリアーノ、砂竜なんか良く捕れたな」


「さっき、買い出し中の弟が通りかかってね。岩にはまって、もがいていたのを見つけたんだ。たぶん引潮で運悪く岩の隙間に胴体を挟ませたんだろう」


 ノックスさんは、砂竜と呼ばれる体長六十センチメートルの大トカゲの丸焼きの後ろ足を無造作にもぎ取って渡してくれた。

 ノックスさんは私を見て、かぶりといってしまいなというジェスチャーをした。私は、肉にかぶりついた。

 表面は香ばしくパリッとした触感で、肉質は柔らかく肉汁があふれるジューシーな味わいだった。とにかく空腹のあたしは肉にかぶりついた。


 「美味しい!」幸せだ、果物も野菜も見た目は色彩鮮やかだがどれもみずみずしくて美味しかった。

 このジュリアーノという料理長は若者だが腕前は一流だ。惑星連合都があるアルカディア星の五つ星料理人にもひけをとらない腕前だ。


 中央のステージに目をむけると楽隊に合わせて、歌い、踊り回るクルーたちがいる。この砂上船が何をする船なのか今は皆目検討がつかないが、男も女も筋骨逞しいことから察すると肉体労働的な何かなのだろう。

 そう言えば甲板の後部に大きな扉がある。何かを入れる扉だが甲板は溝があり、中央がやや膨らんでいる。フェリーと言う訳では無さそうだから、これは漁船と考えるのが妥当だろう。

 一体、砂の海でどういった魚介類が穫れるのか興味は尽きない。でも、今は、重要な任務中だ流行る気持ちも好奇心も抑えねばならないのだ。


 それにしても、テッドとはいったいどういう男なのだろうか、威嚇射撃をした素性も分からぬあたしをこんなにも、もてなしてくれている。荒っぽそうだけどクルーは底なしに明るく、人も良さそうだ。あたしのことは偽装した逸れたバックパッカー程度に扱ってるのだろうか。


 中央のお立ち台では、女性の乗組員がきらびやかな衣装を纏って、華やかな踊りを披露して、喝采を浴びていたが、急にクルーが慌ただしくなって来た。どうやら、お立ち台の真下に昇降口があり、誰かが登って来たのだ。

 上がってきたのは、ライトブラウンのロン毛に筋骨逞しい若者だった。そいつは両脇の女性乗組員を抱き込むようにひょいと抱えあげ、交互にキスをするがお返しに交互にパンチを食らって、歓声が上がり場が盛り上がる。


「野郎ども、景気はどうだ!」


「最高ですよ、船長!」


「今期はたんまり出していただきやしたから、言うことありませんよ、お頭」


「来月はみんな父ちゃんや母ちゃんのもとに帰れるぜ、今日は無礼講だ!」


 父ちゃん、母ちゃんというのは、伴侶ということなんだろうな。みんな所帯持ちって年齢だし、この船は出稼ぎ先みたいなものなのだろう。

 テッドという船長は、年齢は不明な感じだった。鼻下や口元の無精髭が年齢を高く見せているが、髭は十代でも生えるし、声の感じや身のこなしからどう見ても三十代には見えなかった。


「マキナ、テッドが呼んでるよ」


 右肩を叩いたカレンが指出すテッドはこちらを興味深く見やって、手招きしている。お嬢さん、こっちへいらっしゃいという感じだ。彼には命の恩人なのだから断るわけにも行かない。でも、裸体を見られたという気持ちが、あたしの足を怯ませる。


 けれども意志に反してあたしの体は軽快にテッドの方へ進んでいる。カレンとジェットがあたしの両肩を担いで、歩かされていたのだ。


「ちょっと、ふたりともやめて」も言う間も無く、テッドの前に差し出されてしまった。


 テッドは差し出されたあたしを獲物を見つめる大トカゲのように上から舐めるように見つめている。澄み切った碧色の目は、宝石のように美しく、じっと見つめられると吸い込まれそうな錯覚に陥った。


「あれ、どうしたのマキナ」


「固まってるね」


 ジェットがあたしの目の前で、手のひらを上下させているのに気づき、後ろによろけそうになったところをテッドに抱きかかえられ留まった。テッドは、あたしを起こし胸元に抱き寄せて、聴衆に注目させて大声を上げた。


「よし、野郎ども、よく聞けよ。今日の宴には、美しい客人を紹介する」


 テッドはあたしにウィンクをする。


「このお客人はなあ、仲間とはぐれて砂の海をたった一人で旅をしていたんだ。学者の卵らしいんだが、偉いもんさ。一ヶ月近くもサバイバルしてたんだぜ。お前ら真似できるか」


 テッドの大げさな言葉に聴衆はどよめいた。


「そりゃあ大したお嬢ちゃんだよ。すげーぞ」の歓声があたしの耳に入る。


「そ、そんなことないわよ」と照れてしまい、モジモジしてしまうあたし。


 ――――、ちょっと待て、これ上手く人を担ぐ、扇動じゃないのか。でも、皆に担がれてリスクを負うことがあるのかしら。ないわ。あるはずないもの。


 あたしは、自問自答するが何も思い当たらない。さっきも、決断した筈だ。たったの三日であたしがリスクを負う状況に至ることは無いのだ。


「おい、お嬢ちゃん、名前はなんてんだい」


 いかにも肉体労働者っぽい、筋肉質で毛深い大男が赤い顔をしてたずねてきた。あたしは名前くらいならと答えようとしたのだが、テッドがそれを遮った。


「マキナだ。マキナ・グレンと言うのだそうだ」


 あたしは自分の耳を疑った。


 確かにテッドはあたしの名前を正確に言ったのだ。カレンにはさっき自己紹介したばかりなのに。あたしは、テッドの目を見つめたが、テッドは目線もそらすことなく、澄み切った碧色の瞳で、自信に満ちあふれた顔をまじまじとあたしに指し向けた。


「船長、俺たちゃあ、そのお嬢ちゃんのお口から聞きたいんだぜ。勘弁してくれよ」


 テッドは船員たちのぼやきに、「まあ、そうぼやくな」といなし、飲めや騒げで、ごまかしてしまう。

 あたしの紹介が終わると彼の手は肩からすっと離れた。


 さっきまで血気盛んで真っ直ぐな気持ちのようなオーラは急激に引き、それと引き換えになんだか嫌な感じのオーラが彼を覆った。

 彼はお立ち台から飛び降り、周囲の料理をむさぼった。酒樽からは直接、手柄杓でごくごくと浴びるように煽り始める。


 たらふく、飲み食いして、満腹になると、今度はお立ち台で踊っていた女達を呼び集めテーブルの中央へとなだれ込んだ。

 真っ直ぐな目と不敵な笑みでじっと見つめられた時は、何かあると思ったのだが取り越し苦労だった。

 この手の山師は、何かあると見せ掛けるのが手であって、実際は何もないのだ。こいつも、地方のただの荒くれ男なんだ。特別な男じゃない。

 知識で知ってはいても、目の当たりにすると迫力負けしてしまう。人生何事も経験なのだ。





 夕方になると、船は付近の大きな岩礁近くに錨を降ろし、停泊した。

 日も落ちて外はすっかり夜になっていた。この星の二重惑星であるルナンの明かりが周囲を青白く照らしている。宴は、なおも続いていた。


 あたしは、乗組員ひとりひとりから丁寧に紹介された。ぶっきらぼうな体力馬鹿の荒くれ者という印象が消し飛ぶほど、彼らはとても紳士な態度をふるまった。


 まずは、最初に出会った副長のノックスさん。砂上船歴はこの道六十年の大ベテランで、テッドの師匠でもあるとのことだった。

 あたしの名前を聞いてきたのは、機関長のガルーダさんだった。この船一番の力持ちで、故郷にはお子さんと奥さんを残して来たそうだ。


 料理長のジュリアーノさんは、オジさんばかりの乗組員の中では、テッドとカレンを除けば比較的若い方だ。なんでも、テッドのお父さんの代からこの船に乗っているらしく、ジュリアーノさんもお父さんの跡を継いだという話だった。弟さんも一緒にいるとのことだったが今は食材の買出しで居ないとのことだった。

 ジュリアーノさんが作る料理はどれも絶品だった。材料を聞くと気の弱い人なら引いてしまいそうだが、彼は実にいい仕事をしていた。


 あたしも、これまでサバイバルしてきたから、まともな食事をとれる状況ではなかった。空気中の水分から水を作り出す装置が故障したときは、岩の間に生えている植をすすり、非常食を落とした時は、岩場にいる岩トカゲや、砂の海の表面を這う砂ドジョウを焼いて食べたりもした。

 だから、特異な食材で凹んだりはしないけど、あの食材たちが、こんなご馳走に変わるなんて、まるで魔法でも見せられているようだった。


 砲銛長のホセさんは、砂虫と呼ばれる体長五十メートルは優に超す惑星デュナンの砂漠の海にのみ生息する巨大な生物を捕獲するプロ中のプロだということだった。

 彼は思いがけなく得意のハーモニカの演奏を披露もしてくれた。あたしの周囲の音楽と言えば、電子化され音を出すこと自体にアシストがあるものがほとんどなのに、何千年も前のこんなアナログな楽器を今でも奏でる人がいるのには驚きだった。


 この砂上船はサンドクロール号というらしいのだけど、戦艦のように巨大なのも砂虫がとてつもなく巨大な生物であるからということで納得できた。

 映像でしか見たことないけど、あれを昔ながらの人手で捕獲するなんて驚きだったわ。


 でも最近は、積荷の輸送やVIP客のクルージング兼護衛のような仕事の方が多くなってきているから、銛撃ちはイベントでやることが多いとか言ってたかなあ。


 ホセさんは、砂虫漁が主流だった頃からの乗組員だけど、漁業のことは何でも知っていて、何でも出来るから船員の食材調達や、副業の食品加工品の工場長も兼務しているとか言ってた。


 あとは、航海士のリサさんに、ホーマーさん。船員のモーリーさん、コルカスさん、ユーリーさん。さっき、操舵室を案内してくれたけど、みんな紳士だった。荒くれ者ばかりと思っていたら、そうでない人達もいたからびっくりした。


 それとー、さっき見たお母さんみたいな人は、ハウスメイドだったみたい。名前は確か、ミランダさんだったかな。

 小さな子供たちは、キリクとミキ。そしてその教育係が、ジェットさんだったかな。年は結構若い感じもしたけど、ちょっと見、大人っぽい感じもした。

 何より言葉使いが丁寧だった。賢いことも直感で分かったし、通信教育で大学生というのも頷けた。この星の生態の研究者のようだから、後でうちでスカウトするのもいいと思えた。


 船長のテッドは、昨年、不慮の事故で大怪我を負った父親から家督を譲り受け船長になった。

 カレンはノックスさんに続く二人目の副長だった。テッドとは幼なじみらしいが恋人という感じはなかったなあ。性別を超えた相棒的な友情の結びつきがあるような雰囲気もあった。


 あたしは、そこそこ気を許せるようになったジェットにテッドやカレンの年齢を聞いてみた。


 しかし、その回答には驚いた。テッドが十七、カレンが十五、ジェットが十四だった。ジェットはブレスレッドの端末を空中にパネル投影して見せてくれた。公的機関のデータベースの情報だから本物なのだ。

 いやいやそれはない、あたしとジェットが同じ年、どうみても彼女の方が年上だ。だが、聞いたことがある。偏狭惑星の住民は惑星連合への出生申請が数年単位で遅延している。惑星連合の出生申請は、実年齢の管理ではなく治安の管理である。出生届けをゼロ歳として、その十五年後から職に就けるということだけなのだ。


 いやいや待て、待て、マキナ。そんなことより何か肝心なことを忘れていないか。どうして、船長のテッドはあたしの名前を知っていたのか。あれは、あたしの顔色を伺う引掛けだったのかもしれないのだ。それを忘れるなよ!


 あたしは自問答しながらも、気のいい乗組員たちの温かさに身をゆだねてしまっている。ここ一ヶ月あまり、人に触れてなく、人並みの寂しさを感じていたのだろう。時間はあるとは言っても、先の見えないゴールを目指しているようなものなのだ。


 あれが見つけられ無ければ、わたしの家族はおしまいだ。もちろん、90パーセントそれは目指す場所にあるのだけど、油断は禁物だ。

 現にあたしは行き倒れかけたのだ。彼らに拾われたのは、必ずしも偶然とは言えないようだ。


 あたしが雇った業者と話がつけられたということは、案外まともな連中だということでもあるのだ。

 あたしの偽装は成功したと思う。そうでなければ、こんな状況には無いと思う。いざとなれば、あの雇った連中が仕掛けてくれる。


 そういう礼は十分はずんで有るし、寝返られる心配も無い。まだ手の内なのだ。


 テッドは、あたしにはさほど興味がないのか、皆にあたしを紹介した後は少しも話しかけて来なかった。

 相も変わらず船員の綺麗どころと戯れ、酒を浴びるように飲んでいる。十四歳の少女の片思いを傾けることなど不可能なほどの醜態である。

 一方のあたしは、ショットを飲んではバカ笑いしている。最初は酔いながらもふざけた演技を入れていたが、次第に酔が回りだし、自分の意思とは違った行動をし始めている。


 これはいけないぞ。いけないんだが、クセになる。飲んだ瞬間、意識が飛ぶというか、その飛んでるときがとてもハイになって楽しいのだ。

 もはや、立っているのも難しいくらいにらふらで、すっかり今はお眠の状態だ。ジェットがどうにか肩を支えてくれているので倒れずにいれる。


 皆はそんなあたしを見て指をさして大声で笑っていたが、あたしは何故かそれにおおおっと、応えている。何やってんだ、あたし。


 この辺境の惑星に降り立って、早、一ヶ月。まだ時間はある。焦るな、マキナ。休むべきときは休むのだ。


 あたしは、ジェットに肩をかつがれて、よろよろと階下の客間に戻った。


 そして、ふかふかのベットを見るなり、そこに飛び込んだ。


 運んでくれたジェットには「ありがとう」と言ったか、言わなかったかも分からないうちに再び目は虚ろとなり、瞼は重くなり始め、深い眠りが襲ってきた。

 でも、無理にあがなおうとはしなかった。


 何故なら、ここは砂漠じゃないからだ。もう、何も抵抗しなくていいんだ・・・・、何も、何も・・・・

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