第二章 わたしの海 エピローグ
「左舷後方4000宇宙キロから小型雷撃機多数接近中、左舷および右舷前方から大型戦艦突進中。艦長どうします」
「0.5亜光速で突っ切って、200宇宙キロ前進して反転し、電磁波フィールドを展開して、敵部隊を沈黙さる。戻って、右舷の敵大型戦艦の艦橋部付近に突っ込み白兵戦をしかけ、全コントロールを掌握する。
左舷の大型戦艦は主砲でメインエンジンを破壊しろ。サンチョスと姉貴はマシンスーツでエアロック待機。デクたちを引き連れて潜入してくれ」
『あいよ、わかった。こっちはもう、サンチョスとハンガーデッキにいる』
『こっちもOKだぜ、ボス。一分で片付けてやるよ』
「それと、相手は殺すなよ。例え、抵抗してもだ。衝撃弾使って、一時的に気絶させるだけでいい。生身はそれでどうにかなる。
但し、デクは壊せ、半デクは両手、両足吹っ飛ばせ」
「マリア、これセキュリティが二重になってる。あたしが解析をやるから、あんたは解除をやって」
「二つ一緒は無理だよ。こいつ、解除の時間誤差は、1分しかないんだよ。一個解除すんのに二分はかかるんだよ」
『おい、テッド。マシンスーツの光電子カッターで切断して、ビーム砲で撃ち抜きゃ楽勝だろう!』
「そんなことしちまったら、制御室ごとぶっとんじまう。いいか、サンチョス、敵戦略の脅威は、後方から来る五百機もの小型雷撃機だ。こいつらが押し寄せてきたら、全部打ち落とすのは不可能だ。コントロールを制御して沈黙させるしか手はないんだ」
「あたしが、やる。やれる、経験あるし、こうみえてもコンピュータの技師資格持ちだよ」
わたしは、腹をきめた。犯罪っぽいからと今まで、公にはしてこなかったが、こちつらを仲間にしたんだ。
危ない橋をこいつらだけ渡らせる訳にはいかない。飛んでもない仕事とっちまったけど、承認したのはわたしなんだ。
なんせ、わたしらは、пират(ピュレット)なんだからな。無法者は無法者らしく、やってやるさ。
わたしは下にいるウルスラと、マリアに親指を立て合図を送った。ウルスラは、天使のような微笑みでわたしにウィンクしてくれる。
なんでこんな凄いとになってるかといえば、連邦政府のレベルSの仕事を取ったら、十年前に内宇宙独立戦争をけしかけた連中を鎮圧しに行った軍隊が、辺境地の寂しさもあって敵将にまるめ込まれて、連邦の敵になっちまったんだけど、使ってた戦艦が試験船で、使っている連中に知られるとやばい物が入っていて、それを無傷で奪還して来る郵送任務なんだなこれが。
それは輸送じゃなくて、戦争だろ。連邦政府のレベルSの仕事って、反抗勢力の宙域で輸送するだけかと思っていたら、てめーらの尻拭きみたいな仕事ばっかじゃねーか。まあ、その為の偽装戦艦なんだろうけど。とんだお仕事だよ。
「よし、みんな、ちゃっちゃと終わらすぞ。これが終わったら、ダイモス星で感謝祭だ。マルコ、簡単な食事はしたいから、ディナーの準備頼むわ」
『あいよ、ボス。期待してくれ』
しかし、大型戦艦というのは本当に空を飛行機みたいに有視界で飛んでいるわけでもないからすべてが計器とのにらめっこだ。戦闘時は重力制御もないから戦艦がどう向いているかさえ分からない。
そして、船は大型戦艦の中央を突破した。距離メーターが上がっていく、200宇宙キロに達するほんの手前で、急ブレーキをかけている。どうやら前転していることがわかる。なるほど、これが一番早い方法だな。
わたしなら旋回してしまうところだ。そうなったらこのスピードだから大回りになっちまって、敵の攻撃を受けやすくなっちまう。動力系まわりはテッドが見ている。少人数だと思ったけど、なかなかどうしてわりふれてるじゃないか。
おっと、砲撃は、サンチョスがいないけど、誰がやるんだ。あ、テッドが掴んでる。出力は動力と直結してるからってか。反転中も慣性移動しながら回転する。テッドは出力を切り替えて、フルスピードにする。反転が終わって、突進が始まる。左舷の大型戦艦のメインと補助、そしてエンジン部に砲撃し、沈黙させる。左舷の大型戦艦はメインエンジンだけを撃ち、再び急ブレーキをかけ艦橋付近に接岸した。
アーニャさんがエアロックを吹っ飛ばし、船内へ入る。回路接続が確認されて、ウルスラが解析と解除を始める。解除が終わったら、わたしと、マリアがブリッジのドアのセキュリティを外し、そこにサンチョスとアーニャさんが三十秒位内に入り込むって寸法だ。
「マリア、カレン。行ったよ」
わたしは、一心不乱にコードを解いた。マリアもほぼ同時に解いた。制御ドアが開き、サンチョスとアーニャさんがロケットダッシュで滑り込んだ。相手の船は沈黙した。やがて、船の指揮系統が、こちら側のモニターに表示された。やった、勝った。五百機もの小型雷撃機は、その力を発揮する前に沈黙させられた。
やった、助かった。上がってきたウルスラが、わたしを抱いて祝福してくれた。おまけに唇にキスまで。ちょっとちょっと、感激しすぎだよ。まだ、一個こなしただけだよ。夢の先はまだまだ遠いよ。
でも、わたしも、キスをしたくなった。お返しの抱擁と、ディープキスを仕返ししてやった。忘れていたけど、今日は、わたしの誕生日でもあったのだ。これは忘れられない誕生日になった。
キャビンではささやかなパーティーが行われた。豪華で、盛りつけも美しい料理が所狭しと並べられた。ところどころに怪しげな食材で作られた料理も混じっている。
テッドは来客があるからと、そのお客が来るまで乾杯は待てと言った。
そして、時間厳守にその来訪者は訪れた。モニタに大昔のレボルバー拳銃のような形をした小型の宇宙艇がドッグに入るのが見えた。
やがて、シャリ、シャリと足につけた金属製のアクセサリーが鳴るような音が近づき、ドアが開いた。
その人物は皆の大拍手で迎え入れられた。身の丈は二メートル近くあり、大柄でがっしりした中年の男性だった。口髭がぼうぼうで口元は見えない。髪はロン毛で後ろで束ねてある。中年男は無言であたしの横を大股で通り過ぎ、ウルスラの方へ歩いていく。わたしは通り過ぎた男の横顔に見覚えがあった。
「旦那さま、お帰りなさいませ」
アルフレッドの声がした。どうしてここに居る。来ちゃダメだと言っておいたのに。それに旦那さまって、・・・
「旦那さま、お久しゅうございます。お嬢様たちも立派におなりですよ」
ハウスキーパーのクレアの声、それにメイド達の声もしている。お嬢様たちって何? あたしは一人だよ。でも、待って、待って、あの人は、二年前に・・・・、事故で。
男はウルスラに何か渡している。さらに屈んで、彼女を抱いた。
「誕生日プレゼントありがとう、パパ」
ええ、パパ。今、パパってった。ウルスラが、あの人をパパっていった。え、今日はウルスラの誕生日なの。わたしと一緒なの。嘘、違うでしょ。
年だって彼女は四つも上だもの。わたしは気になって、ブレスレッド端末を使って、ウルスラのプロフィールをホログラム投影する。そこにはクルーとしての彼女の経歴が出ている。だが、いつもと何か違うと感じた。
生年月日がわたしとおなじなのだ。いったいどうなっているのか。家族構成も調べてみた。戸籍名、ウルスラ・アリシア・バッカス。妹、カレン・イリアス・バッカス・・・。父・・・、あたしはウルスラとならず者風体の男を見た。
ウルスラはプレゼントを抱えて、わたしの方を見て指をさして笑っている。男もこっちを見る。
そして、男は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いて来る。ちゃり、ちゃり、とブーツに付いている金属の金具が小気味良い音を鳴らして、わたしの方に向かってくる。男の身長は二メートル近くあり、筋骨粒々で無精髭をたくわえ、とても鋭い目付きだが全身からは暖かいオーラを放っている。この感じは間違いない。間違うはずがない。男はわたしの前で、片膝をついた。
「いよ、カレン立派になったな。十六歳の誕生日おめでとう!」
その顔は忘れもしないあの人だった。
「パパ!」