第二章 わたしの海 第七話 進め!パイレーツ
わたしの興味は、ウルスラのおっきな胸に集中していた。彼女の背中に密着し、背後から胸をまさぐる。なんという弾力、そして形の良さだろうか。大きいとはいっても、つんと立ってて垂れてはいない。
ここが往来で無ければ、間違いなく、わたしは、彼女の胸あてをはぎ取り、つんと突き出た乳首を吸ってしまっているだろう。いや、いつその気になっても、おかしくない。
彼女の困り顔は、いつになく、キュートで母性本能をわたしに起こしてほしいくらいだ。
「こ、こらカレンやめろ!」
無理だとわかっても、もがくウルスラをわたしは余裕で抱き込んでいる。素の腕力や握力は、わたしの方が強いのだ。今は、彼女お手製のパワードスキンも着けてはいない。さっき、手を握ったときに分かったんだ。
パワードスキン特有のわざとらしい湿り気がなく、人のそれだと分かったもの。
「やだ、やめない。ウルスラ、さんざん、わたしの胸を揉みしだいてたから、これはその仕返しなの」
わたしは、頬をぷうっと膨らませ、小さな子供のようにふるまってやった。これまでの彼女のつっけんどんな態度へもお返しをしたくなったのだ。
でも、不思議だ。胸元のスイッチが外れて、胸だけがふっくら大きくなったように見えたが、顔つきも、多少ふくよかになり、表情も柔らかくなっていたのだ。
クルーの皆に付き合わせたら、きっと、どこぞのお姫様かと勘違いして、敬語でも話してきそうな雰囲気だ。わたしも、知らなければ、そうしたことだろう。今の彼女は、作りの無い気品と美しさが滲み出ているのだ。
「そうだ、このまま、皆に会いに行こう!」
「だ、ダメだ」彼女は、いつになく余裕が無い。
「ウルスラがこんなにボインだと知ったら、テッドが毎晩、夜這いかけてきちゃうかもね。そして、そのまま恋に落ちて来年、お母さんになっちゃってるかもよ」
「冗談でも、それだけはやめて。わたしは、まだやりたいことがあるの。家庭に入るつもりなんかないわよ。あいつとつるんでいたのは、あんたみたいな、面白い人物と出会うチャンスが欲しかっただけ。
別に嫌いじゃないけど、体を許せるほど、好きな訳でもないのよ。あいつとは、仲間であって、それ以下でも、それ以上でもないわ」
「あたしのような、面白いやつ、あたしって、面白いの?」
意外だった。自分が面白いだなんて、考えたことも無かったから、どう反応していいか戸惑った。
「十分面白いだろう。その若さで、宇宙戦艦並みの大型貨物船のオーナーで、宇宙のあちこち飛び回れて、男勝りな仮面の下には、頬ずりしたくなるような可愛い少女趣味だよ!こんな面白いやつ、そう滅多にお目にかかれないって!」
何だか半分馬鹿にされてるように感じるのだけど。
「なあ、カレン。あんた、ラフレシア宙域にあると言われるグレンゾーンって、知ってるか?」
「グレンゾーン? 何それ」
「別名、レッド・トルネード・ワームホールとも呼ばれていてな、そこに入ると、私達人類の祖先の天の川銀河と呼ばれる場所に到達できるという伝説さ」
「伝説って、時間かかるけど、亜光速航行とか、ワープでも普通に行けるんじゃないの?」
わたしは、宇宙商船アカデミーでそう習ったし、歴史書にもそう記されている。
「甘い。それは、惑星連合政府が吹聴している大嘘。
長い惑星間戦争が終わった後にさ、世界を取れ無かった残党の子孫たちと、惑星連合政府が何度か小競り合いやってさ、今から三百年ほど前に、惑星連合政府がか、残党だか、はたまたどっかの阿呆だかが、封印されていた禁断の超兵器を作動させてしまってね。
時空にねじれが起きちまって、ブラックホールのような宇宙海溝が何億光年キロに渡って避けてんのさ。
しかも、裂け目の形状も場所も移動してて、追尾が難しいてんで、二十光年手前までしか近寄れないから、どうしようもないんだって」
「そうなんだ」わたしは、素直に納得した。何せ、他ならぬウルスラ様がおっしゃるんだ。情報の出所は政府と軍部の機密情報をハッキングしたに相違ないんだ。
「それで、あなたは天の川銀河に行って何をするの?」
「聞きたい?」
「あ、分かった。地球へ移住するんだ。そして、ウルスラ王国を建国するとか、かな?」
「惜しい。ちょっと、違う。地球との時空バイパスを作って、自由に往き来できるようにしたい、かな。
それをわたしの代でやるんだ。どうだ、面白いだろう」
「確かに面白いね。成功できなくても、夢はあるよ。やり遂げたい気持ちも高まるね。
でも、伝説ってのは引っ掛かるね。本当にあるの? そんな都合のいい話が」
「それは分からない。成功の可能性も未知数だ。でも、退屈な人生をすりつぶすに値するものだと、わたしは思うわ。例え、夢でもやり遂げたい。それが、この世に生を受けた者の使命だとわたしは、思うんだ」
「素晴らしいよ、ウルスラ。できたら、わたしも、便乗させてもらえるかな」
「いいとも。カレンの席は最初から予約済みだ。わたしと行こう! 前人未到の宇宙の旅へ!」
差し出されたウルスラの手をとると、直前まで詰めより、互いの瞳を見つめあった。互いの瞳には、互いが映り込んでいる。
だが、わたしは、肝心なことを思い出した。
「あのさ、ウルスラ」
「なんだ、カレン」
「わたしのライセンスだと、ウルスラが言うラフレシア宙域は、行けないんだよ。行くには、航続距離で十万光年無いと、ライセンスが降りないんだよ。
もちろん、距離だけじゃなく、港への立ち寄りの他、惑星連合政府のレベルSの仕事を百はこなさないと、行った時点で恒星間高射砲でズドンだよ」
「.............え、」
「野郎ども起きろ!」
出航の朝、へべれけのクルーたちをウルスラが、非常警報音を響かせ、サーベルガンの先で小突いて、皆を叩き起こした。この数日で堕落しまくったクルーは、寝癖つきまくりの爆発髪、服ははだけ、秘部も露わにモザイクが必要な程に悲惨な状態だった。
さっそうと勇ましく出てきた彼女の出で立ちは、いつぞやの海賊服だった。わたしも今日は着ている。着たい気分なんだ。
ウルスラとわたしは、黒と白のツートンで、お互いが並ぶと、シンメトリーな模様が対になるデザインだ。あたしの分まで用意されているとは知らなかったが、まるであつらえたようにピッタリだった。もちろん、彼女の胸は、いつもの美乳サイズ。今回はわたしも彼女の特性ブラを借りて、同じ美乳サイズにしてみようとしたが、自分の偽装がばれるからやめてと言われた。
わたしたちは、昨晩、このサプライズを考えた。ビッグスペンダー号の執務室に戻って、アルフレッドも交えての作戦会議をしたんだ。でも、驚きだった。社交性には疎いと思っていたウルスラ嬢は、意外や意外、執事のアルフレッドやハウスキーパーのクレアとは、妙に打ち解けて話をしていた。まるで旧知の仲のような親しさだった。素の彼女は案外いい娘なんだよね。
どうして、ウルスラ嬢が張り切っているかと言えば、例の航続距離のことだ。あたしが、超光速距離の運行ライセンスを取らないことには、ラフレシア宙域など、ただの夢に終わってしまうからだ。わたしは彼女の意気込みを認めて、副船長兼管理補佐の地位を与えた。惑星連合政府の仕事を多く受ければ、報酬も高いし、航続距離も稼げる。その為には、クルーを馬車馬のようにこきつかうしか無いと気づいたのだ。
海賊服は、気合を入れる為のものだけど、彼女は、船外作業ロボットに命じて、船体にпират(ピュレット)の文字を書かせた。その意味は海賊だ。宇宙海賊では?
いや、必要ない、宇宙が海なら、それを我が物として、自由に旅する一行ならば、海賊なのだ。
「者ども、準備はいいか、出航準備にかかれ、ボヤボヤするんじゃない!」
ほらそこ、っとばかりにウルスラは、サーベルガンから微量の電気ショック波を出し、皆を感電させて、ホテルの部屋から追い払いだした。彼女は、わたしの方に振り替えって、舌をペロッと出してウィンクした。わたしも、彼女に続いて叫ぶ。
「者ども急げ、そして、進め!海賊どもよ!」