第二章 わたしの海 第六話 わたしの宇宙
暗がりの向こうに小さな光が見えている。わたしは、走っている。わたしより、少しばかり大きな手にひかれて。その手は柔らかくて、温かくて、そして、優しい感触があった。
でも、わたしの歩幅は、その手の主より小さくて、賢明に走るのだけど、次第に追いつかなくなってしまう。
「あ、○○ちゃん」
そして、つまずいてこけてしまった。膝の方から徐々に痛みがこみ上げ、床についた手のこうに暖かい涙がこぼれ落ちる、わたし。これは、昔の記憶?
あふれる涙で、目の前の光景がゆがむ。建物の外では、大きな爆発音がしては、歓声があがっている。
「カレン、急がないと、始まった!」
わたしは、差し出された手につかまり、立ち上がった。相手の顔は白くぼやけてわからないが、髪は肩まで長く、とてもいい匂いがする。その人はわたしのひざをみて、何かの薬を塗ってくれた。すると痛みも和らいできた。
その人は、にっこりと笑った。その笑った口元から白い歯が光っているかのように見えた。暗がりで歯は光らないんだが、わたしの記憶のその人は歯どころか全体がまばゆく光っていたのだ。
「カレン、もうちょっとだ、がんばろう」
わたしたちはまた走り出す。細い暗がりの中の光のところを目指して。徐々に、徐々に光は大ききくなっていく。やがて、わたしたちは、光の中へ入っていく、すると、目の前にはとても広大な宇宙が広がっていた。見渡す限り、そこには広大な宇宙の天井が広がっていた。
子供部屋からみる夜空など、比べるまでもない。濁りも、淀みもない、澄んだ宇宙空間がそこには広がっていた。
「す、すごーい、すごーい、すごーい」
わたしは、「すごい」以外の言葉を知らないかのように何度も、何度も叫んでいる。
「カレン、見ろ!見ろ!これが海(宇宙)だ!」
「宇宙だ!宇宙だ!○○ちゃんと、あたしの海(宇宙)だ」
「そうだ、宇宙だ、○○○とカレンの宇宙だ!
カレン、いつか二人で海(宇宙)へ行こう!こんな窮屈な世界を飛び出して、広大な海(宇宙)へ船出しよう!」
「うん、あたしは行きたい、○○ちゃんと行きたい、○○ちゃんと・・・・
・・・・○○ちゃんと・・・・!!!!」
「どうした、カレン?」
満天の星々で満ちている天井と、その中間で炸裂しては小さな星の花を盛大に飛ばしては儚く消える花火をバックに聞こえた声は、あの時の声のように聞こえた。
「う、うん、なんでもないよ。ちょっと、懐かしい思い出と出逢えただけ」
「なんだ、初恋の人か、・・・」
「どうかな。ずいぶんと、昔の思い出みたいだから」
知らずに目もとが熱くなり、涙をこぼしているのに気がついた。
「あれ、どうしたんだろう、なんだか泣けてきちゃった」
ウルスラは、ハンカチをさしだし涙をぬぐってくれる。
「ありがとう」
わたしは、鼻声まじりに彼女に礼を言う。彼女は、とても心配そうに、わたしを見つめている。
そして、ふとまた、記憶がよみがえった。大人たちが、わたしたちのところへ来て、彼、もしくは、彼女をわたしから引き剥がしたのだ。それはとても強引に、手荒く。
彼、もしくは、彼女は、抵抗する。カレン、カレンと、わたしの名前を叫びながら、大人の顔を殴り、脇腹を蹴るが、薬を嗅がされ沈黙してしまった。
幼いわたしは、敵わぬも必死に大人たちに挑むが、片手で簡単に弾きとばされた。この頃のわたしは、カルロス兄貴のトルネードパンチも身につけていないようだ。
弾きとばされたわたしを身を呈してかばってくれた人が居た。カルロスだった。カルロスは、わたしに何かを語っているが言葉は記憶に無い。彼は、大人たちに深々と頭を下げ、わたしの手を引いて親たちのもとへ戻してくれた。
わたしは、出迎えてくれた父の胸に飛び込みひたすらに泣いた。
「全く、ひどい話だよ、大切な人だったのに、顔も名前も思い出せないなんて、それに、今のいままで忘れているだなんて、さあ」
ウルスラは、わたしの背後から手を回して、頬をつけて、囁く。
「子供の時の話なら、仕方ないさ。気にやむな、カレン。
その人が、あんたにとって、大切な人なら、いつか運命が引き合わせてくれるさ」
「う、うん、」わたしは、そう返すしかなかった。ウルスラは、わたしの肩をたたき、胸の谷間から変な金属製のペンダントのようなものを取り出した。
「なーに、それ」
「あたしのお守りさ。母さんからもらったんだ」
彼女が見せてくれたペンダントの飾りは実に不細工というか、形の悪いものだった。それは金属製で今にも折れそうだが、特殊な合金らしく、パワードスーツで最大握力で握っても変形しない強度があるとのことだ。
「これはさ、我先祖、といってもダントスじゃなくて、母方の方でさ、そこで先祖代々伝わるお守りでさ、運命の人と引き合わせてくれるって、シロモノなんだって。ものすごく嘘臭いけど、この歪な形がなんかそれっぽくてね、嘘でも信じたくなるのさ」
「運命の人って、白馬の王子さま?」
「おいおい、あたしは、そんなの信じているうぶな少女に見えるのかい?」
「運命を、いや、人生を共有できる友を得ることだって、言う話だけどな。あたしもさ、小さいときに大切な人が居たような気がするんだよ」
ウルスラの話を聞いて、うちの家にも似たような言い伝えがあることを、わたしは、思い出し、彼女にブレスレッドを見せた。ブレスレッドには一ヶ所穴があり、そこに有刺鉄線のような形の小さなワイヤーがあり、数ヶ所がなにかがはまっていたかのように歯抜けになった箇所があった。
「なんだ、それ」
「我がバッカス家にも、同じような言い伝えがのある曰く付きの品よ。運命的な出会いが奇跡を起こすみたいな、嘘臭いお話がさ。
もっとも、これは一族で海運業やる者に受け渡されているから、結構どころか、かなり眉唾ものなんだけどね、うふふ」
ウルスラもつられて笑いだす。
「あたしらは、意外と似た者同士かもな」
「生き別れの姉妹ならいいんだけどなあ。それはないか。
うちも、あんたのところも、その辺はうるさいから、可能性は限りなくゼロに近いなあ」
ウルスラは、うつむいて、目を閉じ、うんと首を縦にふって、つかつかと広間の中心へ歩き出した。彼女は広間の天井の遥か遠くの銀河を指さした。
「見なカレン、あたしたちは大宇宙にいる。宇宙は広い、その大きさは果てしない。
わたしたちの祖先は小さな惑星に留まることをやめ、この広大な海原に船を出して旅立ち、安住の世界を作った」
「だね」
彼女は、右膝を立てて、宇宙を仰ぎ見ながら、右手で頭上の広大な宇宙を仰ぎながら、抑揚のある声で話出す。
「願わくば、我が君は、この退屈極まりない、この案明で、安住になり果てた我らの哀れなる世界を飛び出し、新たな光の世界を拓かん」
いつの間にか、声を出して、ウルスラの口調に合わせていた。
「知ってるのか」
「なんとなく、かなぁ」
「なんとなく?」
「なんとなく、あの人が、あんたと同じように右手を頭上にかざして、そのセリフを喋ってた。まるで、おとぎ話に出てくる王子様みたいに、」
「王子様?貴族や王族なんて、強欲な金持ちと何も変わらないと思うな」
「もう、やめてよ。おとぎ話の王子様、ってのは、女の子の憧れの象徴のような理想の想い人だよ」
「あ、意外。カレンって、少女してるんだ。男勝りな普段の態度は、作ってるな。ま、あの少女趣味全開の部屋と、執事とメイドさんたちの集団の居候が、言わずもがなだけどね」
「もう、ウルスラの意地悪」
急に仕返ししてやいたい気分になり、背後から腕を回して、貧乳は言い過ぎだが、キュートなお胸をいじってやりたくなった。
だが、胸の周囲に何かの突起があることに気づいた、「何だこれ」。
「こ、こら、やめろ」焦り声で体をくねらせ、わたしの腕の中から逃げ出そうとしはじめる。
怪しい。このボタンを押すと何かの術でも解けてしまいそうな慌てようだ。はてさて、男になるとか。それは、かなり一大事だな。あのお美しい、ウルスラ嬢が実は、男性だった。
いや、待てよ。チビでハゲデブの中年オヤジでも出てきたらどうする。わたしの方が、立ち直れない、トラウマになっちゃうよ!そんなの嫌だよー。
「誰がチビでハゲデブの中年オヤジだ!」
ウルスラは、わたしの手を外し、すり抜けたが、カチリと何か金属的な音がした。
「しまった」そんな感じの顔を一瞬見せるウルスラ嬢。魔法が解けてしまう寸前の彼女の表情は、とても気まずそうだったが、直ぐに冷静さを取り戻し、わたしを見つめた。腹を決めたってことなのだろう。
間もなく、変化は起こった。容姿は特に変わらなかったが、胸が二倍くらいは大きくなっていた。何それ。
立派だった。わたしと同じくらい、女の果実はたわわに実っていた。
ウルスラの偽装の意図はなんとなく、わかった。馬鹿にされないためと、クールさを装う演出だ。
「えーっと、これはなぁ、カレン」覚悟は決めたのに、言葉につまっている。
「腫れものだ!」ニッコリ笑ってごまかした。
「んな、訳あるか!」。