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星屑のリング  作者: 星歩人
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第二章 わたしの海 第五話 にぎやかに行こう

 一致団結したあとのクルーの働きぶりはみちがえった。


 最初はだだこねていた地味な貨物運搬業も精力的に動いてくれた。積載が困難な運搬物や時間のかかる場所への移動を積極的に請け負ってくれたおかげで、儲けも相当にあり、彼らへの支払いに特別ボーナスを支給できるほどだった。

 確かに仕事の面では申し分なかかった。ブリーフィングも、会議もスムーズだった。


 食事の時は、昔の馬鹿話も飛び交うし、船の中は一変した。いい雰囲気だ。わたしが悩んで、悩んで出来なかったことが、テッドの一声で叶ってしまった。

 わたしは、父に追いつくどころか、あいつと肩をならべることさえほど遠いと知らされた。普段は何を考えているやら分からないやつだが、本当に面白い奴だ。


 ああ、もちろん、無防備なわたしの胸を背後から揉みしだいた件は、チャラにする気は無い。いつか別の形で仕返してやるつもりだ。


 サンチョスはとてつもない底なしの大酒飲みで、普段もアルコールが入っているんじゃないかと思うくらいな雰囲気の男だが、仕事ぶりはいたって真面目で、早かった。

 アーニャさんとの連携もばっちりで、まさにツーカーの仲だ。大型のロボットアームのついたローダーマシンや小型船舶もちょちょいと乗りこなせるし、無重力の場所でも、小型ブースターを巧みに操ってしまう。


 マリアもコンピュータの扱いは小慣れていて、金銭のやりとりには帳簿の隅から隅までさぐりをいれ、ごまかそうとする業者もぎゃふんと言わせるほどだった。

 ウルスラは、航行時の安全を確保しつつ最短ルートを割り出し、その過酷な条件にテッドが応えるというものだった。

 何週間も審査がかかる運行パスも、彼女の力でなんなく通過できてしまう。改竄の痕が残らないというから見上げたものだ。


 昔、父が言ってたっけ、この仕事はまじめにやれば生活に困らないくらいの稼ぎはだせる。だが、それじゃあやりがいがない。やるなら、業界のトップになって、より過酷な仕事をこなして、名を馳せる。

 それこそ、この世に生まれてきた価値があるというものだ、と。子供の頃は、意味も分からずに聞いていたが、今はなんとなく分かる気がする。彼らの働く姿がそう語っている。


 マルコは食材に事欠かない環境にもかかわらず、立ち寄る先々で、奇妙な動植物を買いあさってくる。そのくせ、絶妙な味に仕上げてくるのだから、もはや、やめろとも言えない。

 実際、彼がとんでもない材料でどんな料理を作ってくるのかを楽しみにさえしているのだ。昔、芋虫のスープをだまして飲ませた件はここで許してやることにしよう。


 だが、やはり気になるのはウルスラだった。彼女だけは、仕事を離れた場合での距離がさして縮まらないのだ。子供の頃もそうだった。

 彼女は、わたしと目を合わせると、ぷいっとしてしまい、自然に距離をおいてしまうのだ。だが、不思議なことに彼女はいつも遠くの物陰からわたしを見ている節があった。


 まさか、恋愛感情が・・・。いやいや、待て待て、わたしは男っぽい素行もあるが、基本は女だ。実際、女だよ。生物学上も雌だ。何だったら、医療ラボで調べてもいいさ。


 それに、自室は、少女趣味満載なんだよ。ムーピーという毛並みの良い白い毛皮のホワイトヴォルフのぬいぐるみ(中身は、人工模造生命体なんだけど)、赤ちゃん言葉で話しかけて、抱いて寝てるんだよ。

 まかり間違っても、クルーたちには絶対に見せられない有様だ。いい加減、卒業したいのだが、唯一、父がわたしの少女心にかなったものを買ってくれた品なのだから、手放すに手放せ無いし、やめられない。やめれば、心の中の父がいなくなってしまう気がしてしょうがないのだ。


 クルーの息のあった働きにより、取引先の仕事が予定よりも三時間も早く完了したので、わたしたちはショッピングモールへ繰り出すことにした。次の仕事に発つのは三日後。わたしも、久しぶりに羽目を外したいところだった。


 それに、もうじき、カルロス兄貴の誕生日でもある。つい先月、バーカーサースクラムのグランドチャンピオンシップっで、再び、チャンピオンに返り咲いた知らせが入ってきたんだ。これは、愛する妹として、祝福せねばなるまい。


 幸い、ここはイーステラ、ウェステラ、ノーステラ、サウステラの中心に位置し、双方の惑星連合国家からの乗り入れが盛んで、ステーションの規模も相当に大きいときている。モールとは言うが、これはひとつの商業国家だと言っても言い過ぎではない規模だ。


 久しぶりの自由行動とあって、クルーたちもひときわ浮き足立つ。さあ、モールに直行だと飛び出そうとする間際だった。

 突然に、アーニャさんが、「あ!」っと大声を出し、思いついたかのように、というか、絶対に思いつきなのだが、仕事も一段落した打ち上げもかねて、飯を食いに行かないかと持ちかけた。


 ちょっと待て、ここにある店といったら、どれも五つツ星レストランで、この星系でも名高い高級レストランなんだよ。わたしらが、いくら高給稼ぎだとはいっても、ハイパーセレブ相手の店に、場違いだろうと思えた。

 だけど、さすが、太っ腹というか気前いいなあ、アーニャさんは、自分の店に、タダでご招待だなんて。いやー、頭が下がるよ。

 わたしなら、絶対、丸一日ただ働きを最初にいいつけるけど。でも、ここには治安の問題もあって、うちの系列会社は店を出してないんだな。


 セレブの食事処は、巨大マネーが動くが、その分、危険も大きい。うちの外食チェーンを経営している親族は、お堅い人だから危険には手を出さないんだな。

 場所が場所でもあるので、アーニャさんは、全員に正装を命じた。セレブ御用達とあって、単に食事をするだけで止まらず、ホテルはもちろんのことカジノ、舞踏会場、スポーツ施設、劇場となんでもござれだ。ただ、身なりには厳しい。


 わたしも名門のお嬢様なのだから、正装と聞いてどよめくことは無いが、ドレスに袖を通すのはかなり久しぶりだ。母はわたしのドレスをすべて新調してくれていた。寸法の調整にそれぞれ一回は袖を通し、祖父の誕生日会に着たくらいで、後は、クローゼットにしまっておいたものだ。


 貨物船業を始めた折りに、わたしの自室をまるごと移送したので、貨物船がわたしの別荘というか家になってるのだ。

 クルーには話して無いが、部屋には執事やメイドまでいる。提督室ってのは、屋敷なんだよねこれが。全く、惑星連合の軍隊というのは、本当に戦争できるのだろうかと思うくらい優雅な軍隊生活してやがる。


 でも、機動歩兵の兵舎になる区画を見たときはびっくりしたよ。あれは棺桶だね。死んだら部屋ごと宇宙へポイできるってな作りだった。ひどいもんだな。結局は、一部の特権階級が富みを握ってるんだよな。こんなこと考えると辛気くさくなる。さっさと、着替えて広間に出よう。


 ドレスは決まった。父と最後に出かけた、兄カルロスの統一チャンピオンの祝賀パーティに来ていったドレスだ。

 縫製もハウスキーパーのクレアが胸の成長にあわせてちゃんと手直ししてくれている。父が唯一買ってくれた服でもあるし、お気に入りなんだ。


 部屋を出るとき、執事のアルフレッドやハウスキーパーのクレア、そしてその配下の使用人達がうやうやしく頭を下げ、一同声をあわせ「行ってらっしゃいませ、カレンお嬢様」と送り出してくれた。


 せっかくの一人暮らしなのだから、執事やメイドはいらないよと言いたかったが、彼らは、わたしのおつきなので、それはクビにすることになる。

 給料払って、半年も留守にするのも気が引ける。仕方なく、仕事場に引き込んだが、鉄火場に民間人を引き込むなってか?


 いやあ、地上にいたって自然災害もあるんだし、この戦艦は生活するという点では、宇宙コロニーよりも安全性は高いさ。さてと、わたしはクルーに私生活を見られぬよう、こっそりと、シークレットドアをかいくぐって、待ち合わせの大広間へとでた。大作戦がある時など兵士を集めて、指揮官が演説したり、客人を招いて舞踏会を行ったりするとか船の説明書に書いてあったっけ。

 待たせてしまったかなと思ったら、案の定、わたしが一番のりだった。全く、どんだけ時間がかかるんだ、あいつらは。着替えくらい十分で済ませて来いよ。まったく。


 かりかりしてきた、わたしの頭ごしに、後ろから軽薄な声がした。


「カレン、おめー、すげー色っぺーな。その背中、ぐっとくるぜ」


 タキシード姿のテッドだった。モデルばり、とはいかないまでも、なかなかどうして、胸の奥がキュンと締め付けられそうな程に、その出で立ちは優美だった。


 だが、田舎もの丸だしの口調がどうにも似合わない。髪もぴしっと固めて、黙っていれば、どこぞのセレブと見まごう程の容姿になるはずなのだが、根っからのならず者っぷりが板についてるからかえって野暮ったい。

 しかも、こいつ、わたしを年中弟分とか言いながら、しっかり、わたしの胸の谷間をガン見と来やがった。なんという、顔面土砂崩れで、なんて嫌らしい顔してんだ。その辺の酔っぱらいの中年オヤジかおまえは!


 だが、すぐさま顎をウルスラに捕まれ、引っかかれていた。哀れな奴だが、怪我の直りも、心の直りも早い奴だから効果なしかな。


「それにしても、カレンちゃん。やっぱ、いつもより十倍はきれいだよ」


 ちょっと、マリア。十倍はって、普段のわたしはいったいどう見られているんだ。


 布地の少な目のきわどそうなドレスを羽織ったマリアは、わたしを舐めるように見回す。その頭をアーニャさんはこづいてたしなめる。


「こら、マリア。そんなに見つめちゃ、カレンちゃんが怯えるよ」


 アーニャさんも布地の少ないセクシーな出で立ちだった。さすが姉妹、ボディラインも見事というほかはない。これで、二人とも大食いなのだから信じられない。よほど惑星開拓民の子孫たちは、新陳代謝が高いとみえる。


「でも、カレンって、髪がストレートだと、どことなく、ウルスラに似てる感じがするな」

「ほんと、気づかなかったけど、デユナンにいるときは、髪の毛が針のように立ってるのに、こっちだとストレートなんだよね。今は少しウェーブいれてあるけど、ウルスラちゃんにくりそつだよ。髪の色もシルバー系でそっくり」

「まあ、乳はぜんぜん似てねーけどな」


 テッドが”乳は”と言いかけたあたりから、鉄板に傷をつけるような悲壮な悲鳴とも雑音ともとれる音がした。彼の意外な発言に釣られて、わたしはウルスラをまじまじと見てしまった。確かに似ている、鏡を見ているようだとまではいかないが、知らない人が見たら姉妹か従姉妹か見間違う程は似ていた。


 おまけに、彼女はわたしとほぼ同系統のドレスを着ていた。ブランドは同じだった。彼女の身分からすれば、もっと豪華なものを着ていてもおかしくないのに、どうしてなのだろう。


「どうした?カレン」


 ウルスラはわたしの視線が気になったのだろう。めずらしく、わたしに言葉をかけてくれた。あれ、今、名前を呼んだ。いつもは、”乳女”なのに、カレンと名を呼んでくれた。いったい、どうしたんだ。しかも、笑っている。夢でも見ているのかな。


 でも、ウルスラは貧乳とは言いがたい。確かにボインじゃないけど、腰はきゅっとしまっていて、いい感じなんだ。毒舌さえなければ、どこぞのお姫様と偽っても、誰も疑わないだろう。そのくらい、美しいんだ。


 マルコは、服に着られてるって感じで、予想通りだったが、驚いたのはサンチョスだ。髭も剃って、髪もオールバックで、まさに貴公子だった。


「ええ、サンチョスって何者?」


 わたしは、開いた口がふさがらなかった。


「カレン様、お手をどうぞ」


 はあ、と、わたしは、彼の華麗な迫力に翻弄され、エスコートされた。店に入ると、お出迎えがずらりだった。衛兵のような奴までいたのだ。何だ、何だ。何が起こっておるんだ。

 わたしは体中を狐につままれながら、迎えのリムジンへ乗り込みモールの中心街へと向かった。中では、普段とは違った口調で、ゆっくり丁寧に話してくる。アーニャさんとのツーショットは、どこぞのお金持ちセレブの夫婦、いや、ボスとその情婦という感じだ。

 ほんのいちょっと暴力組織系な臭いもするけど。もしかして、その予感はあたりかもしれなかった。


 車を降りたとき、店の出迎え方がそれっぽかったからだ。赤い絨毯が車の降車場まで敷かれ、支配人が出迎えてくれた。着いた店は、アーニャさんの店から一ブロック隔てた別の店だった。


 え、アーニャさんの店に行くんじゃないの。マジ?


 この店のオーナーって、ちょっとヤバ目系の人だよ。宇宙ステーションで喧嘩とかいうのは、仕事上、かなり不味いんだけど。ねえ。わたしの、肩は無意識に震えだした。足も少しがくついている。びびっている。腕っぷしのならず者にはびびらないわたしも、政治的な解決力にはまだ自信が無いことが体にでてしまった。だが、震えるわたしの肩にそっと手をあて、抱き寄せて、アーニャさんは耳元で囁く。


「あら、カレンちゃん。びびってるの?心配しないで、あたしたちは食事に来ただけだから。別に戦争しに来たわけじゃないのよ」


 戦争!?いや、大食漢引き連れて、オーナー直々に敵城視察ですか?まあ、アーニャさんのオーナー写真、軍人時代のメークだからこれでごまかせているんだろうけど、バレたらヤバいですよ。

 わたしは、荒っぽいこと好きっ子だけど、マジなプロの喧嘩はだめですよ。せいぜい、酔っぱらいの荒くれ者相手が関の山なんだから。大丈夫なの本当に。


「んー、確かに十五でこの胸は犯罪だね」


 またしても、わたしは無防備となった両の胸を両脇からかぱっとお椀でもかぶせるように手のひらに納められ、揉みくだされた。くそー、テッド、またかよ。わたしは、指の間接をこきこき鳴らしながら両肘打ちをバックに見舞おうと準備した。

 って。声が違った。ウルスラだった。わたしは、どう反応していいか躊躇してしまった。そこそこっと、言って揉み位置を指図するか、いいや、素直に怒ろうか。どうしたらいいんだ。


「こら、ウルスラ。そんなに揉んだら、これから飯食おうってのに、カレンちゃんがイっちゃうと、計画がおじゃんになるさろう。あんたは少食で数に入ってないけど、カレンちゃんはこれでも結構、食うんだから、しっかり食ってもらわないと困るんだよ。

 いくらあたしでも、今から食う食事の全額なんて支払う金持ってないんだから」


 なに!? 今、とんでもないこと聞いたよ。インカム越しに。声に出して無かったよね。出してたら今からやばいよ。アーニャの姉ご、マジですかあ。


 わたしたちは、座った目でにこやかな笑みを浮かべる初老の支配人に案内されて特別室へと招待された。入り口から敷かれた赤いカーペットの上を、しゃなり、しゃなりと歩かされる。馴れてはいるが、ここのところ、こういった世界にいなかったので、どこか歩きがぎこちなくなっている。

 以外と、と言っては失礼だが、テッドやマリアがこんなにも規律正しく歩けるとは驚きだった。そういう躾をされていたとは露ほどにも思わなかった。

 そして、超の上に王冠が着くほどウルスラ嬢は、本当に気品が感じられる歩きをなさるのだ。彼女が歩くと光の粒がこぼれ落ちていくようにさえ感じるのだ。


 入り口から五百メートルは歩いただろうか、ようやく目的地の入り口らしいというか、そこしかないところに来た。入り口には門番らしき衛兵が二人いる。

 連合宇宙軍級の装甲甲冑を来て、レーザーとス鉄鋼貫通散弾のハイブリット小銃を持っていた。こんなんで撃たれたら挽き肉間違いなしだ。死体はパック詰めされてしまいそうだよ。


 支配人が右手を上げると、衛兵は門のロックを解除し、中へ通してくれた。ドアが開くと、照明が部屋の中央から周囲をとりまくように点灯していき、最後に天井の大型シャンデリアに光が灯り、周囲が明るくなった。

 この部屋の名前は、宇宙回廊。窓の外は広大な宇宙が見渡せる。時折、巨大スクリーンで天体ショーを見せてくれる懲りようだ。


「では、心行くまでおくつろぎください」


 入り口の外側に立つ支配人の言葉とともに部屋の戸が閉まると、全員は一気にしなだれた。


「やっと、終わった」

「緊張した」


 部屋の中は、高級レストランとかいうレベルではかった、セレブの別荘、豪邸、いや、これは、大貴族の宮殿だ。


「さて、諸君。これから作戦を言い渡す」


 どこから取り出したか不明な鞭をアーニャさんは握りしめ、豚どもを調教せんばかりに演説を始めた。


「今日、わたしたちは、この店最大のセレブフルコースをゲットした。このコースは最高に贅沢なコースだが、食べ残すと、部屋賃も含めて全額支払わねばならない。その額は、惑星連合の中型宇宙戦艦がフル装備で一隻買えるほどだ。とてつもない額だ。

 毎日一部屋だけ開いているが、年間十件とられるかどうかの極上の席だ。勝負は今から二時間。全員、死ぬ気で頑張れ」


 わたし以外は、ウオー!の雄叫びをあげ料理にがっつき始めた。ウルスラも場の勢いにのっちまっている。冗談、きついよ。超高級フルコースな七人分を六人で平らげろって、無茶だよ。

 フルコースはもともと残るように組まれているんだぜ。こいつらが、いかに大食いでも二時間じゃ無理だよ。絶対に。だって、○んこになって出るのに二時間は短すぎるよ。


「なーんてね。嘘だよ、カレン」


 アーニャさんは、舌をぺろっと出して、ウインクした。


「ちょっと冷やかしただけ。あんたが堅いんで、ちょっとリラックスさせてやろうと、みんなで一芝居打ったの。


 あんたは若いのによく働くし、頭もまわる。商才もある。だけど、突っ走って、ばっかりじゃ、身が持たなくなるよ。

 それに、男みたいないかつい格好ばっかりじゃ、せっかくのイイ女が台無しだよってさ。できる女は、女の磨き方も心得てなきゃね」

 アーニャさんはわたしの鼻の頭をちょんとひとさし指でついて、笑う。


「この店はさあ、サンチョスの一族が経営してんだよ。わたしたちは、その招待客ってな訳だ。

 今日は、サンチョスのおごりだから、気兼ね無く、くつろいで食べて寝な。出航は三日後だろう。それまで、ここでのんびりしよう。食事が終わったら、舞踏会場でも行って、ボンボンからかって、それからゆっくりモールにでもなんでも行けばいいさ。ここは眠らない街だからね」


 アーニャさんの言葉にわたしは、腰が抜けそうだった。これはサプライズどころじゃない。何者だよ、サンチョスは。そんな経歴、どこからも出てないのに。


「あたしが改竄しておいたからね。いろいろ、訳ありなんだよ、テッドの一族の関係者は」


 ウルスラが背後から手を回し、耳元にキスをして。小声でささやいた。


「あんた以外は隠しておかないといろいろやばいのよ。カレンお嬢様」


 ウルスラが”お嬢様”と言ったのを聞いてわたしはぎくりとした。その口調がクレアのイントネーションに似ていたからだ。ウルスラの顔を見ると、彼女はにへらと笑う。


「あんた!」

「ごめんね、悪気は無かったけど。あんたの部屋すごいプロテクトかかってたから、破りたくなってさあ。つい、破っちゃった」


 ウルスラは信じられないくらいに可愛い天使のような笑顔で、舌をぺろっと出す。まいった、これは強烈すぎる攻撃だ。これじゃあ、怒れない。


「おどろいた。あんた、屋敷ごと船に持ってきたんだ。すごいじゃないか、うちも金持ちだけど、子供に屋敷なんてくれないよ。その辺の大金持ちの屋敷並にでかい部屋はくれても、独立した屋敷はウサギ小屋レベルでもくれないんだよ」

「プ、プライバシーの侵害よ!」


 わたしは、ひとさし指をつきたて、彼女に迫った。幸い、みんなは飲み食いに夢中で、わたしたちの会話など、聞こえていない様子だった。


「だから、ごめん。みんなには黙っててあげるよ。お嬢様のお部屋のこともさ」


 くー、弱みを握られた。一番、やっかいな奴に。この娘に破れないプロテクトなんかないか。うかつだった。最初から屋敷の存在、教えておけばよかった。


「大丈夫。別に、ゆすったりしないよ。たまに、部屋に呼んでくれればいいくらいかな」

「わたしの部屋に。どうして」

「実は、あんたとは話したいことがあってね」

 わたしと話だって? いったい、彼女はなにを話したいんだ。さっぱりわからない。

「でも、今は楽しもう」


 ウルスラは、まずは食前酒で軽く乾杯だとばかりに、小さなグラスに香水瓶のようなボトルからお酒をそそいだ。

 それは”ショット”と呼ばれる一気飲みする高アルコールの酒だ。最初は香りを楽しみ、そして、一気に喉に流し込む。あまりの衝撃に一瞬記憶が飛びそうになるが、酔いも瞬間だけまわるので、あとはほろ酔い加減になり、心地よくなるのだ。


「どうだ。カレン、気持ちいいだろう」

「すご、これすごすぎ。今までで最高にきいた」

「辺境の氷の惑星、グレイシア産の果実を発酵させたグレイシアショットだからね。永久凍土の下に生息する苔のような植生物の実を一年間発酵させて作られるアルコール度数九十八パーセントで、軽い幻覚作用のある珍品さ。もう、一回逝く?」

「いや、逝きたいけど、帰って来れないかもしれないから、とりあえず食う」

「賛成、わたしも食うぞ!」


 なんだかウルスラといい感じで話していることが不思議に思えなかった。ずっと以前から、テッドたちと出会う前から、彼女のことを知っているような気さえしている。彼女は、本当に笑顔が素敵で可愛くて綺麗だ。同性のわたしでさえ、惚れてしまいそうなんだ。


 サンチョスの指示なんだろうか、前菜とか、料理の順番とか関係なく、テーブルの中央から様々な星の料理が所狭しとせり上がってきた。

 デュナン星産の希少種、砂虫のエラ肉ステーキや表皮に寄生する芋虫のような幼虫を圧力釜で蒸したあとカラカラに揚げたスナック、マルコの兄貴のジュリアーノが得意とする砂トカゲのスープもあった。

 味は、ジュリアーノの方が一枚上手だが、こちらもどうしてハーブやスパイスの隠し味がきいていて美味だった。ジュリアーノは秘伝の技で堅い表皮と骨をゼラチン状に柔らかくしていたが、こちらは脱皮後のものを使っていた。


 テッドと、マリアはとにかく食いまくる。全く、こいつらの腹は底なしか。だが、ちゃんとテーブルマナーは守っている。行儀良く食べる彼らの姿は、それはそれで面白い見世物だった。

 マルコは料理の材料と作り方を解説しているが、誰も聞いちゃいない。サンチョスとアーニャさんは食べるより、飲み倒している。高い酒ばかりを、さながら浴びるように。


 場の勢いとは怖いものだ。気分がよくなったわたしは、ウルスラとバカ話をしながら、ツーショット、スリーショットと重ねていた。そして、これでセブンショットだ。いやー、いい、気持ちいい。逝って帰ってくる度に、わたしは、ウルスラと大笑いをする。もう、何がおかしいのかさえわからない。箸が転んで、いや、マルコがしゃべっても十分笑えるって感じだ。


 やがて、テラスの向こうで盛大に花火があがった。この科学万能の時代に、古代文明とも言えるくらいの火薬を使った爆発ショーは、時代を超えて今も残っていた。

 火薬の爆発コントロールが自在になり、これだけでドラマをつくることさえあるが、おもしろいことに電子制御はいっさい禁止となっていた。

 すべてアナログで行うのがこの業界のルールらしい。かなり前時代的ではあるが、花火は世界を席巻するトップアートのひとつを担っていた。


『たまやー、かぎやー』


 大花火が炸裂する度に、何を意味するのか分からない言葉が、宇宙ステーション商業都市空間に響き渡る。その時、わたしの脳裏に何かが浮かんできた。誰かが、わたしに微笑みかけ、『さあ、表に行こう』と手を差し伸べてきた。

 顔は真っ白で、誰だかわからない。声も男なのか、女なのかわからない。ただ、差し出したわたしの手はとても小さかった。


 ふいに、ウルスラはあたしの手を引いて、化粧室へと向かいはじめた。途中で、テッドの下品なもの言い「もう、○んこか?」には、その辺にあった彫像を投げつけていた。

 だが、テッドの身のこなしは軽く、不幸にもおマヌなマルコの後頭部に当たり、マルコは床に倒れ込んでしまった。哀れマルコ、化けて出るな。


 化粧室に入ったと思った先は、隣のバスルームだった。彼女は、ドレスを脱ぎだした。ドレスの裏側のジッパーを軽く引くと、ショートスカードの身軽なおしゃれ着に早変わりした。

 そして、彼女はわたしのドレスも同様に扱うと、わたしも同じような服装になった。


「どう? おもしろい服でしょう。これはね、とある大金持ちのお嬢様だか、王国のお姫様だった人が、密かにドレスをこんな風に改造してね、おつきの者たちの監視をすり抜けて、街のカーニバルに出かけたことがあったんだって。

 そこで一緒に踊った少年と後に結婚したんだよ。

 その人は大人になって、カリスマ的なファッションデザイナーとして名を馳せたんだけど、旦那が若くして事故で亡くなってね、その通夜に、旦那と出会った頃を思い出してさ、そのときに着ていたドレスをデザインして、長くセレブの令嬢たちに人気だったんだって。ふふうん、知らなかったでしょう」


 気付かなかったが、ウルスラは話し方が変わっていた。いつものように、ぶっきらぼうじゃない。いいところのお嬢様というか、とても女の子っぽい話し方だ。年齢よりもかなり若い感じもした。


 わたしは、柔らかくて暖かいウルスラの手に導かれ、風呂場の壁の隠し戸から制御室へ続く通路へ入ると、さらに内部の奥の扉の錠を開け、地下へと降りて行く。

 そして、彼女は、髪の毛の上にカチューシャのようにかけていた暗視メガネらしきものをおろし、色々な管が走っている狭い隙間へわたしを誘導して行く。


 何十年か前にもこんなことがあったような気がした。誰かに手を引かれ、ちょうど、こんな薄暗く狭い道を進んでいた。大人たちに見つからないようにと、わたしはびくびくしていたが、「大人たちには、見えてないさ、見ないのさ、あいつらは」とその子は言い、わたしの手をしっかり握ると、引っ張って走り出した。その子がいったい誰だったのか、

今となっては全く覚えていない。


 そこ子が、男の子だったのか、女の子だったのかさえわからないのだ。でも、その子に手を引かれているわたしは、何かかわくわくしていた。手を引いてもらい、一緒に走っていることが楽しかった。


「カレン、早く、カレン」と名前を呼んでくれるのも嬉しかった。わたしの周囲は大人ばかりだったので、年の近い子と一緒に遊ぶのが楽しかっただけなのかもしれないが、それでも楽しい思い出なのだ。

 ウルスラに手を引かれているわたしには、丁度、その時と同じわくわく感に包まれていた。わたしは無我夢中で走っている。どこに行くのかさえも聞かずに、ただただ、走っている。

 向かうその先に何があるかをわたしはなんとなく知っていた。知っている気がしてならなかった。


 あれだ、あの広場にわたしは向かっているのだ。あの大きな満天の星空の宇宙が広がる大広場に

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