第二章 わたしの海 第二話 処女航海へ
わたしがあいつにうちの宇宙貨物船の船長の依頼話を持ち込むのは、決して容易ではなかった。ただ、あいつらの主生業である虫漁は年中やっているものではなく、半年間ほどのオフシーズンがあることもわかっていた。
乱獲をしないためでもあると同時に、砂の海の下から殆ど上がって来ない時期が本当にあるのだ。冬眠だとも、子育てだとも言われているが、砂虫の生態はまだあまり研究が進んでなく、実際のところは分からない。
とにかく、砂虫漁師は年の半分は、まめな奴は出稼ぎし、そうでない奴らは悠々自適に過ごすらしい。
長年、見ていて分かったが、テッドの親父さんは、悠々自適派だった。船長の椅子をテッドに譲る前からそうだった。母親の証言では、一人で連絡もせずにぷらっと出かける癖があった。
それでも、砂虫漁解禁の時期になると、帰って来て、エネルギーチャージしまくっている状態だったらしいから、あいつの母親は文句も言わなかったらしい。
あいつの母親は、『出来た奥さん』っていうのだろうか。
宇宙貨物船のオーナー権利と船員の雇用管理権をとれたわたしは、これから惑星連合直轄の雇用データーベースへアクセスして、雇用対象者を色々調べることにした。
とはいっても、わたしは雇用者としては、一番下のレベルなので、身分相応までのアクセスしかできない。
そこでその助けとなるのが、今回、個人的に雇った調査員のデータである。彼らのデータと連携させれば、彼らのちょっとした私生活も分かるというわけだ。
え、プライバシーの侵害にならないかって?
こっちは身の安全もはからなくちゃいけないんだ。悪用するわけではないし、きちんと裁判所の許可も、軍の情報局の許可もとってあるから問題はないはずだ。
まずは、パスワード入力になるが、これが二十四桁もあって、多重構造入力となっていてかなり面倒くさい。
しかも、入力待機時間が決まっているので、入力に失敗すると最初からやり直し。三回失敗すれば、次にアクセスできるのは、一ヶ月後というナンセンスな仕様。
再度使うには、情報局へのアクセスロック解除申請をしなくてはならない。それほど年寄りでもなかった父が若者に譲るのも無理は無い。
目がしょぼついてくると、この作業は拷問に近い仕打ちになる。わたしにとっては、三回あるパスワード入力を規定時間内に打ち込むのはわけなかった。そして、テッドを初めとするグラーノフ一家とその関係者の情報を引き出すことにした。
千年前からある家系だけにそのデータ量も半端なかった。だが、調べるのは現在なので年代で切れば大したことはないだろうと解析機にかけたところ、もっと絞り込む必要があるという結果が出た。
あいつはあの若さにも関わらず、人のパイプが多いようだ。たぶんそれは、商売柄ということなんだろう。
しかしこれでは、情報を端末に持ってこれないのだ。そこでわたしは、思案することにした。
まず、あいつは四人の兄貴と三人の姉と妹が一人の九人兄弟姉妹だというも調査済みで、上の兄貴は父親とは独立した砂虫漁師になってたし、残りの二人は星を出てたまにしか戻って来ないという事は調査済みだった。
一番上の姉貴は、漁業組合長に嫁ぎ、二番目は最近名前をあげてきた危険関係大歓迎の運屋、レッド・バーサーカーの通り名も持ち、恒星間ネットでは、かなり噂になっている所謂、やりてのイカス女社長ってやつのようだった。
しかも、自ら現場出ってのがあいつの血筋って感じだ。わたしなら、自分は管理にまわって、下っ端使い回すが、そうしないのが彼女自信が商品なのだとわたしは直感した。
ここまでの人達はあいつより十以上歳上なので、話だけでわたしは一度も会ったことは無い。だが、同時にあいつをうちの宇宙貨物船の雇われ船長にする障害にもなってはいないので、心配なのはこれよりも下の姉妹と本人と、そのお仲間たちであると実感した。
わたしは自ら絞った条件下の人間だけの情報に絞った。すると、今度はどうにか端末の一時メモリに納めることが出来た。個別調査員が調べた情報との連携もばっちり行えた。
わたしの手元の空間には、レーザーで象られたモニタが投影された。
わたしは空間のパネルに指を当てながら、情報の検索をはじめた。まずは、あいつの五つ上の姉貴。アーニャ・グラーノフだ。
昔は、誰彼にも優しい、天使のような存在だったが、つきあっていた男を追って宇宙傭兵部隊へ入隊したら、先祖の兵士の血が覚醒したらしい。
気がつけば、彼氏を追い抜き部隊長まで出世して、あちこち暴れ回って、通り名までついて二年前に帰って来た。
戦いにも男にも飽きたらしく、今は、デュナンの連絡ゲートステーションで居酒屋経営に奔走中。漁業組合の姉とも連携して、派遣労働者の斡旋とかもやってる。
彼女とは親しくさせてもらっているから、わたしもその派遣労働者とかの口を回してもらえないかと頼んでみたいところだ。
テッドの親父さんの砂上船は、こちとらの宇宙貨物船を転がすより難しいし、そういうのを転がせるような熟練乗り組員を雇えるなら儲けものだ。乗組員には無理だとは思うが、彼女とのパイプは欲しいところだ。
お次は天然培養娘で、テッドの妹、マリア・グラーノフ。年齢は十八歳。わたしよりも三つも年上であったことに、今更ながら驚いた。最後に逢ったのは、三年前だったけど、あれが十五だったなら、少し幼い感じはする。
わたしは、彼女の近況を調べることにした。すると、就労最低年齢に達したのを期に、二番目の姉であり、運び屋のナスターシャ・グラーノフ、通り名、レッド・バーカーサーの秘書兼助手として奉公に出たとあった。
最近では活躍めざましく、リトル・レッドとの呼び名も高くなっている、という報告だった。
「写真あり」のポップがまるで「早く見てください!」っとばかりに出てきた。
それをタップすると、今のお姿があれよあれよと出てきた。
わたしは、自分が好んで着ない服装であるから余計に鮮烈に映ったが、あまりものスカート短さに、躾に厳しいお母さん目線になってしまった。
白いパンツをちらりと見せているところがチャームポイントと書かれていた。見せているけど、全部は見せない!が彼女の可愛さ美学だと報告されている。
確かに、男はこういう娘にはズキュンと胸に来ることは、うちの若い使用人達の雑談聞いていてもそんな感じはする。
兄貴にべったりで、男に疎いかと思っていたが、甘えどころを心得ているというところには頭が下がる思いがした。
確かに彼女は、昔から、可愛いかった。だが、兄貴といるときは、ぽやんとしていて、ずるい感じが無かったが、それなりに社会経験を彼女もふんだということなのいだろう。
調査員はよほど彼女が気に入ったようで、次から次へと悩殺ブロマイドが嵐のようにだだ漏れて来る。
「おい、調査員、何やってる」
思わずモニターに向かって大声でツッコミを入れてしまった。
金の使い方をあまり知らない成金金持ちの悪い癖だ。仕事の報酬は、成果をきちんと吟味してから支払うべきだ。
今回、わたしは、人の身辺を調べるということで、どこかに引け目を感じ、人づてにさせてしまった為に、こうなってしまった。反省しなければならないとつくづく思い知らされた。
ともあれ、彼女がレッド・バーカーサーの助手として勤まっているなら欲しい人材ではあるが、忙しい仕事のようだから、スカウトは諦めるしかなさそうだ。
だが、テッドを船長にすることに関して、この娘が障害にならないってことだけは分かった。
それともうひとつ大いに注意すべきことがある。この娘、見かけによらず大飯喰らいなのだ。と、いうか、あいつの一家は、全員そうだった。
そのくせメタボは皆無。まったくどんな胃袋しているのか。あいつのところのコックが、げてもの食材使いなのも、食費面での節約があるとしたら、納得できる理由だろう。
わたしは、手元の機械を操作してハーブティーを作った。高級茶葉を使っていることは香りからすぐに分かった。飲み物は手元で操作というのがなかなかいかしている。
お茶をしながら優雅に操縦するのだから、昨今の宇宙戦艦は本当に実戦経験があるのだろうかと少々、不安にはなる。
この戦艦は今回、新調されたものだが、親父の代でも大きな戦闘は三年に一回あるかないかくらいだったそうだ。最も、親父はうちの母の婿になる前までは、年中ドンパチの中をかいくぐって超速の運送業やっていたそうだから、こっちの仕事は少々物足りなかったかもしれない。
わたしは、ハーブティーを口にしながら、テッドの幼なじみであるウルスラ・ダントスについて調べることにした。
実は、彼女とはテッドやマリア、ローラと同様に子供の頃からの知り合いではあるのだが、いかんせんわたしとの折り合いは良くない。
テッドがわたしを弟分にすると言って、仲良くすればする程、その態度は硬くなっていった。はっきり言って、わたしには毒づいた言葉を返すか、無視だった。
では、彼女の生い立ちを見てみよう。
彼女は、テッドの親父がオフシーズンにぶらぶら放浪旅をしていたときに知り合った男の末娘だった。その男は、ダントス重工の代表取締役、クリストファー・タイベリアス・ダントスが、仕事に余裕が出来た頃に、若い秘書とちょっとした火遊びをして儲けた子供だった。
既にひ孫までいたダントスの他の年齢違いの兄弟姉妹との折り合いはよくなかった。一時期、自閉症にもなったが、テッドとの出逢いが彼女を勇気づけた。
しかし、少々ねじ曲がった方向に成長してしまい、容姿の可愛らしさ、美しさからは想像もつかない毒舌を吐き、周囲をどん引きさせることになった。
付けられたあだ名は”氷の女王”。
目下のお悩みは、貧乳、もとい美乳なこと。確かに、わたしや、マリア、アーニャと比べれば立派とはいえないが、ぺったんという訳でもないのだが。恋する乙女としては、ライバルの乳は警戒心も高まるということなのだろう。
テッドとウルスラの出逢いは、クリストファーの八十歳の誕生パーティー時に知り合った。ひとりぼっちだったウルスラを見て、テッドがダンスに誘ったのがきっかけで急速に仲良くなったとのこと。
この当時、二人は六歳だった。秘蔵写真を見ると二人とも人形のように可愛かった。しかし、ウルスラはこのあどけない顔で「バカ、カス、マヌケ」を連発してたらしいから、言われた大人はさぞやショックだったことだろう。
彼女が気を許すのはテッドの一家だけで、彼女の毒舌は今なお健在とのこと。口を開く度に周囲を困惑させているらしい。
更に、このウルスラは、IQがかなり高く、十歳で既に惑星連合大学の修士課程をとり。現在、十九歳の彼女は、惑星連合国家の科学開発機関で人工知能の開発チームの主任技師であるらしい。
彼女の能力は欲しいところだが、性格が問題すぎる。単独では絶対に雇えない。仮にテッドがいても、正直、あまり呼びたくはない存在だ。
その次は、ローラ・カーロフ。彼女は、惑星デュナンの漁業組合長の孫娘。箱入り娘かと思いきや、かなりな天才で十四歳の現在は、通信教育ながら大学院にて惑星デュナンの砂の海の生物の生態系の研究中で、論文の執筆中。砂上船など大体の乗り物や漁の手ほどきは、テッドをはじめとする漁業組合員から直接指導を受けているためひと通りできるらしい。
現在は、実地研究するためにテッドの砂上船へ上船し、砂虫漁を手伝いながら、論文の執筆にあたっている。砂上船自体、動く家みたいなものだからかえって、部屋にこもっているより刺激が多いだろう。
この娘も能力としては欲しいが、漁業組合長の娘となると、仕事の内容が説明しにくいことが懸念される。誘わないという選択が最も正しい判断のように思える。
さてさてお次は、サンチョス・ロドリゲス。
テッドの砂上船で砲銛手長である、ホセ・ロドリゲスの弟で、年齢不詳。兄貴同様に腕っ節が強く、かつ、重火器やメカニックに強い頼りがいのあるタフガイ。
アーニャ・グラーノフとは傭兵時代に知り合い、よき相棒としてあちこちの鉄火場を潜り抜けて抜けてきた兵。
今は、テッドの傘下にいるが、テッドにとってはある意味、兄貴的存在。一戦構えるときには、是非ほしい人材である。
ジュリアーノ・フェローニ。
テッドの砂上船の専属コック。父親の代から、グラーノフ一家の元で働いている。父親は、グラーノフ家の専属コックをやりながらオアシスゼロではレストランを経営。
三年前に独立して、砂上船専属のコック長になる。料理は信じられない素材を使い、見事な味を出すことだって。
巷ではゲテモノ料理人と揶揄されることも多いらしいが、腕は確かで、内外にもファンは多く、砂の海のクルージング客の大半は、彼の料理がお目当てらしい。
そういえば、この船の宇宙食もフェローニが関わっていたことをわたしは思い出した。ジュリアーノ本人は自然が好きなので宇宙へは移動以外ではいたくないとのこと。
まあ、素材が手に入らないからね。彼にはマルコという五歳年下の弟がおり、兄貴の下で修行中。当然、兄貴仕込みの為、残飯からでもうまい料理が作れることが自慢。
テッドは彼の修行の為にと、時折、身近な友人たちを招いてのパーティでは彼に料理を任せ、腕を磨かせているとのこと。
「へー、いいとこあるじゃん」
彼の得意料理は昆虫と爬虫類の料理。中でも芋虫のクリームスープは、若い女性たちに大人気だが、相手が超セレブなだけに原料が知られたら暴動がおきかねないと、関係者たちの間では厳重な緘口令が敷かれているらしい。
わたしは、そこまで読むと、何かぎくりとする感じがした。先月、あいつの砂上船でわたしとあいつの出逢いを祝したパーティーがあったのだ。
そこで食わされたディナーが無性に気になったのだ。そこにも写真があった。それは、正にディナーの前菜で、スープをおいしそうに飲んでるわたしを背景に、手前で原料の芋虫もってにっこりしている。
あろうことか、その主は、マルコ。実はこの日の料理長を務めていたと書かれている。
「やられた!」というか、調査員に腹が立った。
こいつらは。雇い主を馬鹿にして何が面白いのか。だが、そうされてしまうのがわたしの人望の無さなのかもしれないと思えることに、わたしはいささか落胆した。
あれこれ悩んでいてもしょうがないので、わたしは、テッドに直接依頼をすることにした。
恒星間映像電話で直接打ち合わせ予定を入れさせたわたしは、惑星デュナンの衛星軌道上に貨物船ビッグスペンダーを停泊させ、彼が船に来るのを待つことにした。
衛星軌道上から眺める砂の海の惑星の砂模様はなかなかどうして面白いものである。自然がつくる砂の幾何学的な模様は、作られては消え、また作られる。
実際、模様がはげしく変わっている場所などは、禁漁区になっており、その砂嵐はすさまじいのだ、わたしは、何度か漁業組合長の屋敷で、砂の海の上に一定間隔で設置されてる気象観測用ブイに搭載されているカメラのライブ映像を見せてもらったが、とても船が航行可能な状態ではなかった。
航行など行こうものなら、あっという間にうねりをもった流砂に引きづりこまれてしまうことだろう。そうなれば、当然、生きては帰れない。
幸いにもこの嵐は居住者がいる地帯では発生しないとのことで、ほっとしている。
約束の時間に遅れること四時間。あいつは、元気はつらつとやってきた。勘違いした扮装で、お供を従えて。ぞろぞろと。わたしの眉間は痙攣を起こし始めていた。
「いよー、カレン。すまんなあ。みんなと待ち合わせてたら、なかなか来なくてよ。やっと、集まったと思ったら、マリアちゃんがさあ、衣装作ろうとか言い出して、デザイン画入れると即席で作れるサービスが中継ステーションにあるじゃねーか。
でも、待ちが長すぎるんで、姉貴呼んで、縮めてもらって、どうにか衣装あわせもやってさあ、それでも最速で来たんだぜ。四時間は遅れすぎだろうけどさ、俺とお前の仲だろ。許してくれよ」
ドアが開くなりの第一声がこれだ。何の礼儀も、謝罪の心も無いときやがった。時間にうるさいわたしがこんなにもイライラしながら、顔を熱くしてふてくされて立っているのに、にこやかに笑って挨拶しやがる。
しかも、どこで何を聞き違えたのか全員、太古の地球の海賊スタイルだ。
「テッド、マリア、ウルスラ、サンチョス、マルコ、そして、アーニャさんまで。あたしが呼んだのテッドだけなんですが。それにそのあんた達の格好は何だ!うちは宇宙貨物運送業であって、宇宙海賊ではないんだけど!」
「乗組員も連れて来た方がすぐ航海に移れるだろう。どうせ、俺の船長就任なんて儀式みたいなもんだし。内定くれといて、取り消しもないだろうしなあ」
テッド、あんた、相変わらず計算ずくだな。そこまで、徹底的だと悪意を感じるよ。
「でも、こっちの方がかっこいいし、雰囲気あるよ、気持ちもうきうきするし」
あんた本当に、凄腕運び屋の秘書兼助手なのか。だいたい、赤いミニスカのパンチラ海賊などおるか!
「もー、細かいことはいいじゃないか、さっさと出航しろ!この乳女!」
今日は、ガン無視ないけど、あいかわらず、一発がきついな。この冷血姉ちゃん。
「取り込み中のところ悪いが、俺とマルコはしばらく船室で寝かせてもらうわ。ドンパチになったら呼んでくれよ。さっきまで飲んでて、頭が痛いんだよ。ベルトは付けとくからよ」
あんた、いつもマイペースだな。まあ、マルコは飯時以外は何しててもいいけどさ。
「ごめんね、カレンちゃん。みんなでおしかけちゃって。でも、宇宙戦艦とか聞いちゃったらみんな、うれしくなっちゃってさ」
やはり、お姉さん。あなたも昔の血が騒ぐというような手合いなのですか?
あなただけは常識人だと思っていましたのに。呆気にとられているわたしの脇で、テッドとマリアはさっさと操縦席に座り、出航手続きをはじめだした。
何も用意していないようなそぶりだったが、彼らはしっかり、予備学習をしてきたようだ。船をドッグから出す手続きをどこで調べたのか、テッドとマリアは、管制官の指示に忠実に作業をこなしている。
一方、ウルスラは、副操縦席横のレーダー及び通信、航路計算などの航行補佐技士の席についていた。
わたしの出る幕などなかった。当初の計画では、テッドの船長就任式をやってから、クルーの選定をして、一ヶ月後に出港の予定だった。
予定宙域にはワープ航法で到達する航行プランだったが、テッドはそれを書き換え、時間のかかる亜高速移行に切り替えていた。
プランには「エンジンならし」と書かれていた。そのほかにもいろいろと細かなチェックが入っていた。わたしは、既にこの船は調整済みと考えて、即、使用する考えでいたが、メカの操縦になれたテッドの考えはまったく違っていた。
彼らは、勝手を知りすぎた手際のよさで、コクピット背面の透明防壁を上げて、わたしを操縦席入れさせないようにしていたのだ。最初から素人扱いされていることに、怒りがこみあげてきた。
わたしの雇い主だというプライドが、無駄だと分かっていながらも防壁をたたかずにはいられない状況にしていた。
その姿をみかねたのか、アーニャさんは、騒ぎ立てるわたしを背後から羽交い絞めにすると、強引にわたしを後部座席に背中ごと投げつけ、ベルトをかけ座席に固定した。
にっこりして、こんな手荒なことをやってしまうアーニャさんは本当に悪魔だ。彼女も座席に座りベルトをかけた。
既に船は、ドッグをほとんど出てしまい。亜高速移動に移ろうというところなのだ。この時のマリアは、本当にレッド・スパローの秘書兼助手だと思えるほど、沈着冷静で真面目だった。声もさっきとは異なり、落ち着いた大人の女性の声に変わっていた。
記念すべきわたしの処女航海は、かくもわたしの思い通りにはならず。ひっちゃかめっちゃかにされた。
この船は、わたしの初仕事に合わせたかのように、一週間前に交換されたばかりで、わたしとしては、もっと優雅に出港したかったのだ。処女どころか、いじり倒されて、わたしの船はすっかり、あばずれにされてしまった。
だが、そんなわたしのセンチな感傷をよそに、既に船は亜高速移行の秒読みに入っていた。マリアがカウントを読み上げている。残りは既に五秒を切っていた。
五、四、三、二、一。わたしは、新しい世界が開ける瞬間を感じた。