第二章 わたしの海 プロローグ
「星屑のリング」の第二部の始まりです。
宇宙は果てしなく広い。宇宙には水平線も、上も、下も無い。ただただ、無限の空間が果ても無く広がっているだけだ。
太陽系のとあるちっぽけな惑星の住人だった人はいつしか、夜空に見える星に興味を持ち、その動きを観察し、そして、自らがいる場所も球体の惑星だと知り、宇宙へ出て、自らの惑星を認識し、外宇宙へと移民をはじめた。わたしたちはそんな移民の末裔である。いつ、どういった理由で地球を飛び出したのかは知らない。人口爆発、大気汚染、いろいろ言われているが真相はわからない。古い文献を探すが電子化されていた情報はとっくに消滅し、はっきり残っているのはこの世界が出来上がるまで含めた千二百年分までしか無いのだ。それ以前のものは間が二、三世紀抜けていたり、途中で年号の表記が変わったりして、断片的にしか残っていない。二千年以上前の文献には円筒型の人工の町を持った巨大なコロニー船が存在したらしい。恒星間航行の発達した現在では、何千世紀もかけて宇宙を漂う必要も無いため、その手の宇宙船は建造されていない。こんなものも造っていたんだなと、半ば馬鹿にした目線でそれらを冷ややかに見ているというところだ。わたしたちのいる世界は、人が管理するには行動範囲が広すぎて、いつもあちこちでもめて、騒動が絶えない。だから、わたしたちの商売も成り立つ。まだまだ、冒険の芽はそこかしこに転がっている。
わたしの名は、カレン・バッカス。この星間国家連合標準時刻に乗っ取ると今年で、十五歳となった。十五歳といえば、この世界では大人の世界、仕事に就ける最低年齢だ。十五と聞いてガキだと思うなよ。さっきも言ったようにわたしたちは何千も前に宇宙移民として世代を隔てた果ての末裔だ。人類はその間、自らの遺伝子もいじくり幼少期と老人期を短くし、平均寿命を延ばしている。十五は肉体的には大人なのだ。ただし、見た目は数千年前と大差はないらしい。年のとり方が緩やかなだけなんだ。数千年前には体組織が衰え皮膚も弛み、ろれつも回らない程の老人が年長者の特徴だったが、今の世界にはそういう容姿の年長者はいない。外見をある程度維持したまま、内臓組織が衰えて死にいたるからだ。
うちの家業は代々、惑星間の貨物運送業や最先端技術の開発、造船、建築、エンターテーメント産業などを生業としている。最近では、もっぱら、最先端技術の開発へ傾きつつあるが、惑星間の貨物運送業もなかなかどうして、面白さのある仕事だった。なんと、星間国家連合軍へ払い下げする戦艦の試運転のモニタもやっているのだ。故に、戦艦を貨物船として使っている変わった業者だ。もちろん戦艦とはわからぬよう偽装が施してあるが、当然のことながら武装も積んである。紛争地域で攻撃をうければ、反撃をしても良いとの許可もある。
どことなく、海賊ぽくって、荒くれ者がよく似合う家業だが、わたしには困ったことがひとつあった。それは、女は家督と貨物船の所有権は継げても、貨物船の船長にはなれないというものだった。今更、男尊女卑もあるものかと、わたしは父や祖父に反発したが、彼らは、揃って婿養子だったのだ。我が一族は、伝統的に女子が家を継ぎ、健康な婿を迎えて、繁栄してきた。家を守り、その舵を握るのは女の役目を何百年だか実践してきたかなり風変わりな一族なのだ。
わたしは、昨年、父を事故で亡くし、母は、他の姉妹がことに姉たちが家督も家業も継ぎたくないというので、最も興味を持っていたわたしに譲ってくれた。だが、貨物運搬業をやるには、船長を雇わねばならなかった。船長はもちろん男性である。
わたしはこれでも名家のお嬢様なので、それなりにいいご身分の殿方の知り合いは沢山いる。でも、母や祖母らはこの仕事にはタフさが必要だと分かっていたので、少々、素行は良くなくても、そこそこ紳士で、体力があって、決断力のある荒々しい男を、どういう訳か見つけられて、その者達を船長とし、自らの夫としてきたのだ。
故に、父も祖父も絵に描いたように男らしい男だった。背も百八十センチメートル以上ある長身で、筋骨隆々のナイスガイだった。そうなってくると、わたしの男の好みもなよなよした貴族や金持ちのボンボンよりも、野生児のような男が好みとなってしまうのだ。
そんな男とお嬢様のわたしがいったいどうやって知り合ったのかって?身代金誘拐されて、雇われた賞金稼ぎに恋をしたなら、格好いい話になるのだが、わたしは、とんでもなく、デリカシーがなく、バカで、スケベで、女たらしな無法者を好きになっちまった。
出会いは、七年前だった。バカンスにとやって来た辺境惑星のジャンク街にそいつは居た。銀髪のクールな少女と、金髪まじりの茶髪のショートの少女と、プラチナの髪の少女との中心にそいつは居た。あいつも、金髪まじりの茶髪で、同じ髪の連中は、皆、エメラルドのような明るいグリーンの澄んだ瞳をしていたので、兄妹と思えた。銀髪と妹らしき少女は、そいつにベッタリだった。どちらかというと、そいつは、銀髪の少女の尻に敷かれている感じもした。遠くから見ていても目立つ連中だが、何故かとても愉快で暖かなオーラが感じられた。
なんで、そんなに詳しく見れるかだって?それは、わたしは双眼スコープで道行く奴らを観察してたのさ。わたしはその時点ですでに、宇宙船の貨物業を引き継ぐことになっていたので、その船長候補になるような人物をさがしていたのだ。
「お前、見かけない奴だな」
あいつが先に声をかけてきた。わたしが使っている双眼スコープが珍しかったのか、わたしのような子供が珍しかったのか分からないが、いつの間にかそいつらはわたしの死角をついて目の前に迫ってきていた。
「あたしはお前じゃないわ、カレン・トルディア・バッカスよ」と言う前に、そいつはわたしのシルバーゴールドの天然の癖毛をいじりはじめた。ホテルでシャワーを浴び、まだ乾ききらないうちに外に出たわたしの髪の毛は、一気に乾燥して丸まり、そのうちのまとまりの無いアホ毛は無数の小さな角のように立っていたのだ。
「何だこれ、お前、面白い頭してんなー」
けらけら笑いながら、わたしの髪の毛をいじり倒すあいつ。
「兄ちゃん、これ何だ?」
兄貴につられて妹もいじり出す。こいつらはわたしの頭に興味がいってしまい、わたしの話など聞いてはくれないようだった。しかも、彼らにいじられたわたしのシルバーゴールドの髪の毛は、化学変化をおこしたのか、みるみる赤毛へと変色していったのだ。バッカス家の次期党首が偏狭の田舎者どもに舐められてたまるか、と、わたしは、思わず、「オメーらいい加減んにしろ! 俺はカルロスだ。カルロス・バッカス様だぞ!」と叫んでしまった。
カルロスとはわたしの兄の名前である。とにかく、メチャクチャ格好よくて、タッパもあって、喧嘩も強くて、優しくて、大好きな兄なのだ。幼かった頃のわたしは、勉強や運動に努力すれば、いつか兄のような"立派な男"になれる!と思い込み、馬鹿にされる度にそう叫んでは、バーカーサースクラムのグランドチャンプである兄の必殺のトルネードパンチを相手にぶちかまし、完膚なきまでにぶちのめしていたのだった。
今、思えば、これが、わたしとあいつの不幸でもどかしい関係の始まりだったと言えるだろう。