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死に損いのデッドレス  作者: 長岡壱月
Phase-2.輝石の大地
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2-(0) 虚飾のセカイ

 妙なことになったなと、デトは思った。

 しんと、夜闇の冷たさと月明かりがすぐ横の窓から差し込んでいる。

 ヴァンダム商会本店敷地内の一室、いつもの宛がわれる部屋のベッドの上で、彼はぼんや

りと仰向けになったまま中々寝付けぬ夜を過ごしていた。

 先日、自分が気まぐれで声を掛けた、お上りの少女・エリス。

 行方知れずなままの祖父を捜しに来たという彼女の話は、思いもかけぬ名を自身の記憶に

呼び起こすことになる。

 かつて失ったもの。それでもまだ生きていて欲しいと、少女は願った。

 だからだろうか……自分は柄にもなく、彼女の困った顔を放っておかないことを選んだ。

 まったく、らしくない。

 今更自分が「贖い」をしてみせた所で、一体何が戻ってくる?

 真実を伝えたところで、あの娘に一体何が生まれるというのだ?

 面倒──困惑。

 今まで掘り固めてきた溝を、まるで不意に埋められたかのような気分。床に就いてみてか

ら小一時間、そんなもやもやとした心地が胸奥をしつこく撫で回している。

(何でこんなことになっちまったのかなぁ……)

 月明かりの覚束ない灯りの中、そっと片手を真っ直ぐに伸ばしてみる。

 いっそのこと、今からでも情けなんぞ掛けずにここから追い出してしまおうか。

 この街の悪意にやられる奴はごまんといる。でもそういう経験を経て、この街の住人は良

くも悪くも強かになっていくのだと思っていた。それが当たり前だと思っていた。


『デトさんは──きっとホントはいい人です』


 先日、あの娘がスリどもと一戦交えた自分にそう言い切った。満面の笑みで言っていた。

 普段なら馬鹿だの甘っちょろいだのと一笑に付していたろうに、彼女にはその罵声を浴び

せる気が起こらなかった。

 多分……あまりにも真っ直ぐだったからだ。

 眩しいなと思った。とうの昔に自分が棄てたものを、あの娘は大事に持っている。疑問を

抱くよりもきっと無意識の内に誇りにしている。

 自分だって、本当はああ在れればと思っていたのだろう。

 だが伝染する悪意げんじつの中で、日和らざるを得ないこの世の中にあって、その志は往々に

して大きな枷になる。

 喰えぬ誇りよりも、腹を膨らせる利を──。

 それに頷けぬ者は弾かれ、場合によっては惨めに死ぬことになる。それが、現実だ。

(……エリス・ハウラン、か)

 伸ばした掌をぎゅっと握り、心の中であの娘が名乗った姓名を呟いてみた。

 彼女は、まだ若い。きっとこの先あの子も少なからぬ悪意と出会うことだろう。自分を可

変させ、現実と折り合わなければならない時が訪れるだろう。

 それが五年後になるか、十年後になるか、自分には分からない。

 だがそんな頃、そんな未来、この世界は今よりも良くなっているのだろうか──?

「……。らしくねぇな」

 そうして自問自答しながらデトはフッと自身を、その思考の詮無さに哂った。

 今更、良くなって欲しいなどと願っている自分がいる。あの娘のために、あの娘が絶望し

ないような未来であって欲しいと想起している自分がいる。

 馬鹿馬鹿しい。

 でも──これはきっと、長らくしまい込んでいた感情だと思った。

 ポスンと、伸ばしていた腕をベッドの上に下ろした。気のせいか差し込む月明かりが少し

眩しいくらいに感じられる。デトはもう片方の手を持ち上げて庇を作り、そっと夜闇の中で

目を顰めた。

 面倒なことになった。

 だがこれも、縁という奴なのだろう。

 どちらにせよあの子の故郷まで行って帰ってくれば全て終わる。ゆったりと旅程を組んで

おけば、戻ってくる頃にはスラム街での一件もほとぼりが冷めているだろう。

 彼女──エリスはヒューが宛がってくれた別室にいる。もう夜も遅いから今頃はぐっすり

と眠っているだろう。あのチコとかいう仔狐と寄り添い合っているかもしれない。

(……なんてことはねぇさ。いつも通り、巧くやればいい)

 それだけのことだ。

 そっと目を瞑り、デトはそう自分に言い聞かせた。

 絶望させないようにとか、そんな気遣いは二の次でいい。二の次で……いい。

(いつも通り、巧く──)

 夜は、深く静かに只々更けていく。

 そんなデトの手に、磨き直されたと思しきロケットが一つ、月明かりに淡く照らされ、提

げられたまま。

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