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死に損いのデッドレス  作者: 長岡壱月
Phase-1.白髪紅眼の男
5/35

1-(4) 記憶モザイク

「お待たせしました~」

「おう」「……」

 確か、彼は自分の荷物を取り返してくれると言っていた筈だ。

 なのに──何故自分達は今、料理店に来ているのだろう?

「どうした? 食わねぇのか?」

 店員が数人掛りで運んできた料理を前に、デトは早速フォークを伸ばしている。

 エリスはその声には応えず、じとっと半眼を作って彼を見返していた。

「荷物、取り返しに行くんじゃなかったんですか?」

「行くさ。でもその前に腹ごしらえをと思ってな。船内食じゃあ全然足りねぇしよ」

 何というか、彼とは出会ってからずっとこんな肩透かしばかりを受けている気がする。

 確かに彼とは今朝であったばかりの他人ではある。だけど……向こうだって事情まで聞い

てくれた身だ。もうちょっと親身になってくれてもいいんじゃないかと、思うのだが。

「ぶすっとしてないでお前も食っとけ。間違いなくお前みたいな田舎者じゃあ一生食えない

ようなもんばっかりだぞ?」

 言いながら、既に大きな骨付き肉に齧り付いているデト。

 確かに……テーブルの上に所狭しと並べられた料理はどれも、十六年生きてきた中で見た

事もないご馳走ばかりだ。ざっと見渡した限り、この店の内装自体も相当金が掛かっている

と見える。

「……大丈夫なんですか? その、デトさんのお財布とか」

「ん? ああ、気にするな。ここはヒューのやってる店の一つだからよ。支払いは経費って

形で落ちるからさ。感謝しろよ? 腹一杯美味いもん食って、旅の土産にでもしとけって」

 そこまで聞いてようやくエリスはハッとなった。

 何も彼は考え無しに自分を──いれば邪魔になるかもしれない自分を──ここに連れて来

た訳ではなかったのだ。

 不幸の穴埋めというと「負けた」ような感じだが、酸いの後の甘いを彼は用意してくれた

のだと思った。エリスは一度コクと小さく頷くと、一気にそれまで身体が訴えていた食欲に

身を委ね、暫しデトと二人でこのご馳走達を貪ることにする。

(お……美味しい……っ!)

 実際は口いっぱいに肉汁やら何やらが含まれ喋れなかったが、きっとエリスは周囲の客の

眼を気にせずに叫んでいただろうと思う。

 村にいた時の、いつもの黒パンやミルクなどとは別格・別ベクトルの豊潤な味わい。

 彼が言っていたように、確かにこの経験はいい土産話になりそうだ。思いながらもエリス

は料理を味わう手が止まらない。そもそもこちらに来ても、旅費の節約の為にずっと食事や

宿代も切り詰めながら祖父探しをしていたのだ。

「……」

 そんな彼女と、テーブルの上でスープに顔を突っ込んでいるチコを、デトは横目でそっと

見守っていた。とはいえ彼も、その間も食事の手を止める事はない。

「んっ、ぐ……。ふはぁ、幸せ……。凄いですね、デトさん。いつもこんなご飯を食べてる

んですか?」

「いつもじゃねぇよ。こっちに帰って来た時とか出る前の食い溜めの時に来るぐらいだな。

いくら俺とあいつとの仲だって言っても、毎日来てたらあいつが破産しちまうよ」

 最初のがっつきが一段落し、エリスの質問にデトが壮快に笑って答える。

 確かに彼の方を見てみればその大食漢ぶりは明白だった。体格差があるとはいえ、ざっと

エリスの五倍は皿を空にしている。

「……会長さんと仲がいいんですね」

「言ったろ。腐れ縁だって。あいつとは、商会が立つ前からの付き合いだからなあ……」

 大ジョッキの麦酒を一気に。

 語るデトの横顔は実に嬉しそうだった。

 昼間から飲むなんて……。エリスは半眼を作りかけながらも、思わず頬を緩めて──。

(……あれ?)

 ふと、脳裏に一抹の違和感が奔るのをみる。

 おかしい。計算が合わないのだ。

 確かヒューゼは中年だった。そして今目の前にいるデトはどう見ても彼よりも若い。推測

が間違っていなければ二十代半ばだ。ヴァンダム商会の歴史には詳しくないが、もし設立以

前からの付き合いだとすれば二人の年齢差には少なからぬ矛盾が生じる。

 何より……五十年も前に姿を消した祖父を、何故彼は知っているのか?

 最近まで祖父が生きていた。そう仮定すれば辻褄は合うが……。

(──ッ!?)

 すると刹那、エリスは頭の中に不快なノイズが紛れ込むのを感じた。思わず表情を歪め、

掌でこめかみを押える。

 砂嵐のような像。総じて笑顔で並ぶ人々。その中心にいる若き頃の──。

「デト様」

 そんな時だった。

 ふと二人の席に店員がそっと、耳打ちするようにやって来て声を掛けてきた。視線を向け

てみれば、店の戸口に着古した服装の男が一人立っている。

 エリスも分断され、徐々に遠退くノイズとイメージから立ち直ってデトの遣る視線に倣っ

ていた。離れた距離同士で頷き合う男とデト。するとデトは「案外早かったな」と誰にとも

なく呟くと、頬の中の肉を咀嚼し飲み込んで立ち上がる。

「目星がついたみたいだ。行くぞ、エリス」

「ふぇ……? は、はい……」

 言い放ち、さっさと歩き出していくデト。

 エリスは慌てて立ち上がるとポーカーフェイスな店員に一礼し、ちょっぴり料理達を名残

惜しそうに見遣ってから、トテトテとその後を追っていく。

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