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死に損いのデッドレス  作者: 長岡壱月
Phase-1.白髪紅眼の男
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1-(3) ヴァンダム商会

 いつの時代も、政治とカネは粘着質な繋がりを以って結び付いている。

 それは商人の国であるここ共和国レイリアとて例外ではない。むしろ根深い部類であると言って

いいだろう。

 不意打ちに近い青年の呟きの後、ハッと我に返ったエリスは慌てて彼の背中を追った。

 思わせぶり。やっと掴んだかもしれない手掛かり。

 彼の方もまた、時折肩越しに振り返ってはこちらを見ていたので、きっと「ついて来い」

と暗に言っているのだと解釈する。

「──うわぁ……」

 そうして彼の後をついて行くこと暫し。

 エリスの目の前には、大きな大きな屋敷が広がっていた。

 場所はメインストリートの一角。何より商人がひしめくこの都でこれだけの敷地を有して

いるというのは、間違いなく相当な財力だと分かる。

「……ヴァンダム、商会?」

 屋敷──ではなく店舗らしい──の軒先にはそんな屋号の書かれた看板が下がっていた。

 エリスがぽつと読み上げ、記憶の中がざわざわと雑音を上げる。

「ああ。聞いたことないか?」

 横には青年が立っていた。ズタ袋な鞄を肩に引っ掛けたまま、その様子は気安そうだ。

「ない訳ないじゃないですか。有名ですもん」

 そうだ。記憶が正しければヴァンダム商会は共和国レイリアでも屈指の豪商である。

 国内は勿論、自分の出身地であるトーア同盟諸領、北の聖教国エクナートといった大陸全土、ひいて

は海を越えて他の大陸へも手広く商売をしていると聞く。

 でもそんなお金持ちの本拠地に、何を……?

 エリスは頭に疑問符を浮かべながら、傍らの彼をついっと見上げようとする。

「……あれ? デトさん?」

「お戻りになられていたんですね」

 そんな時だった。

 それまで厳粛に軒先を警備していた傭兵らしき一団が彼の姿を認めると、急に態度を軟化

させるようにして声を掛けてきたのである。

「今朝こっちの港にな。ヒューは居るか?」

「はい。確か朝一の会議の後からずっと会長室におられたかと」

「連絡してきましょうか」

「ああ、頼む」

 一方で青年──デトは実にこなれた様子だった。傭兵達に軽く挨拶を交わしながら、何や

らその場でアポイントを取っている。傭兵らしき男が二人ほど、本店の中へと消えていくの

を見送ると、他の面々がようやくエリスに気付いて言った。

「ところで……そこの女の子は?」

「途中で拾ったオノボリさんだよ。こいつも含めて話があるんだ」


 ヴァンダム商会本店は、田舎者エリスの想像していた富豪像とはまたタイプが違うものであった

らしい。

 てっきり華美な装飾で彩られているのかと思ったが、店内は存外こざっぱりとしている。

調度品などはむしろ奥行きのある、主張しない佇まいの類が多いようだ。所謂「成金」では

なく、地に足のついた「商人あきんど」という印象である。

 店内でも、デトは商会の面々に手厚く迎えられていた。

 暖簾を潜ったのを認めるや否や、あちこちから掛けられる「おかえりなさい」の言葉。

 それらに「おう」と気安くこなれた様子で応える当人の背を追いながら、エリスはもしか

しなくても、実は彼はとんでもない大物ではないかと思い始める。

「こちらにいらしたんですね。デトさん」

 そうして店内の片隅──間仕切りで囲われた応接スペースの一つで待っていた二人に、や

やあって一人の男性従業員が顔を出し、声を掛けてきた。

 撫で付けた髪と、淡黒の礼装の上からでも分かる引き締まった身体。

 身なりからしても、彼という人間が商会でも相応の地位にあることが窺える。加えて彼の

姿を認めて顔を上げたデトもまた、フッと心なし安堵した横顔のようにエリスには見えた。

「おう、ロッチか。どうだ? ヒューの手、空いてるか?」

「それは勿論。それよりもすみません、こんな場所で待たせるなど……。下の者にはきつく

言っておきますので」

「気にすんなよ。むしろ俺の方が色々集ってる側だからな。案内頼む」

「……畏まりました。どうぞ」

 ロッチと呼ばれたこの男性に案内されて、デトは席を立って歩き出す。エリスもとてとて

とやや遅れてその後を追う。

「会長。デトさんをお連れしました」

「ああ、通してくれ」

 従業員専用の通路を通り、案内された先は会長室のプレートが下がった部屋の前だった。

ロッチが軽くドアをノックし用件を告げると、部屋の中から別の男性の声が返ってくる。

「お待たせしました。少々書類仕事が残っていましてね。おかえりなさい」

「ああ。お前も元気そうで何よりだ」

 ドアを潜った先で出迎えてくれたのは、小柄だが恰幅の良い一人の中年男性だった。

 彼はデトが歩み寄ってくるや否や率先して手を差し出し、彼としっかりと握手を交わす。

そんな様からしても、この二人は相当に交友があるらしいことが分かる。

「エリス。一応紹介しとくよ。こいつはヒューゼ・ヴァンダム。商会ここの会長だ」

「かっ、会長さん……!?」

 部屋のプレートやロッチの言葉からして予想はしていたが、それでもエリスは驚きを隠せ

ずに喉が詰まる感触を覚えていた。

 レイリア屈指の豪商・ヴァンダム商会の会長。

 それだけで、今自分はとんでもない場所に連れて来られていると認識せざるを得ない。

「おにいさ──えっとデトさん、でしたっけ。あの、会長さんとはどういう……?」

「ん? まぁ腐れ縁だな。それよりヒュー」

 エリスの言葉にそれだけを返し、デトはそそくさと肩のズタ袋をテーブルの上に下ろして

呼び掛けていた。まるで何時ものように。彼とヒューゼは互いに向かい合って座り、すぐに

何やら談笑を始める。

「おほ~っ!」

 デトが袋からテーブルに広げたのは、色とりどりの鉱石だった。

 紅に蒼、翠に黄色。掌大のそれがざっと五十個以上はあるだろうか。

 ヒューゼが目の色を輝かせていた。デトはそれを「一応、土産だ」と言って彼に渡す。

「今度は何処に行ってたんです?」

連邦サザの方だ。こいつらは途中の山ん中で掘ってきた」

「ほう……。あっちにも“輝石”の鉱脈は残っているんですなあ」

「そりゃあ在るだろう。大体、お前らは掘り方が極端なんだよ。理屈の上じゃあ何処の地面

にもこいつらは埋まってるんだろ? 掘るならもっと分散しねぇと枯れちまうぞ」

「そう言われましてもねぇ……。ジルヴェールはともかく、あっちは何かと物騒なものですから。資本

を投入しても回収出来る見込みが、ね……」

「はん。傭兵もたんまり抱えてる奴の言う事かよ」

 口調は荒っぽいが、気の置けない間柄らしい。エリスは傍で聞いていてそう思った。

 現にヒューゼは──商人特有のものかもしれないが──デトからの土産に目を輝かせて嬉し

そうだし、対する彼の方もぶっきらぼうながらに友情らしきものを感じさせる。

「あ、あのっ!」

 だがエリスも、このまま二人のやり取りをぼうっと見ている訳にはいかなかった。

「いい加減教えて下さい。おじいちゃんが死んだって、どういう事なんですか?」

 何となく成り行きでついて来てしまったが、そもそも彼が祖父を知っているかのような発

言をしたからだ。

 気が付けば、安堵よりも不安が胸奥をすっぽりと浸してしまっている。

「デトさん。そういえば誰なんです、この娘は? 報告じゃあ拾ってきたとか」

「ああ……それなんだが」

 そんな彼女の叫びに、デトとヒューゼは沈黙と怪訝、それぞれの表情をじっと返す。

「こいつはイアン・アラカルドの孫なんだそうだ」

 あくまでその口調はそっけなく。

 だが次の瞬間、ヒューゼやドア傍にいたロッチが驚きで目を見開いたのを当のエリスは見

逃さなかった。

「で、消息を辿りに来たはいいものの、スリどもに荷物を盗られちまったらしい。偶々そこ

を俺が通り掛かってな」

「……なるほど。そうでしたか」

 呟いたヒューゼの表情が、明らかに暗いものに変わっていた。

 正面に向き直ったその背中越しでデトの顔色は窺えなかったが、間違いない。

(この人達は、おじいちゃんの事を知っている……)

 思い掛けない形ではあったが、見つけた。

 エリスはそう、ぎゅっと握る掌に力を込めて──。

「だからよ、ヒュー。こいつの帰り賃、出してやってくれねぇか」

「えっ」

 だがそんな内心の意気込みを、デトはそうヒューゼに言いながら挫いていた。

 短く驚いたエリスの声。デトはそこで再び彼女にちらと振り向くと、有無を言わせぬ雰囲

気で以って言う。

「エリス。そういう訳だからお前はさっさと故郷に帰れ。祖父は死んだ──悪い術師に利用

されたって家族に伝えるんだ」

「い……嫌です!」

 反射的にエリスは叫んでいた。ふるふるっと首を横に振り、肩のチコが不安そうに彼女の

顔を見上げてクンクンと鼻を鳴らしている。

「その話、本当なんですか? デトさん達は本当におじいちゃんの最期を見たんですか? 

私を厄介払いする為じゃないですよね?」

 矢継ぎ早に言葉を放ったが、それがむしろ自分の首を締めているのは分かっていた。

 彼が祖父を知っている──だからこそ見知らぬ彼について来たのに、自分からその仮定を

否定するような真似をしている。

 ……怖かった。

 もしかしたら既に死んでいるかもしれない。そうは頭の片隅にこそあったけれど、いざ突

き付けられると……ただ恐ろしくて、頷けなくて。祖母にも何と詫びればいいかという思考

よりも先に、エリスの全身を急にそんな暗いおそれが覆おうとする。

 視線が泳いだ。直感が告げる。

 このまま帰ったら、もっと大切な何かを失うような──。

「そ……それに、いくらおじいちゃんの知り合いだからっていきなりお金を貰う訳にはいき

ません。に、荷物なら街の警備隊に通報すれば──」

「止めとけ。連中が田舎娘一人の為に真面目に仕事するとでも思ってんのか? 肩書きを傘

に威張ってるだけの雑魚より、個人的に人を雇った方がまだマシだぜ」

 だが対するデトの表情は冷淡だった。

 何とか食い下がろうとするエリスの内心を見抜いているのか、彼の眼は酷く強く、そして

何故か──哀しく感じられた。

 言うなれば諦観。その中で生きるしかないんだと言わんばかりの、窮屈な自由の弁。

 その視線は、必死になる彼女を何処かそうして“諭そう”としているかのようで……。

「……仕方ねぇな」

 そうしてエリスが半泣き寸前で立ち尽くし、どれだけの沈黙が流れただろう。

 ふとデトはそれまで着いていた席から立ち上がると、まだ座ったままのヒューゼに声を投

げながら歩き始めていた。

「ちょいと出て来る。ヒュー、それまでにこいつの帰り賃用意しておいてくれるか」

「ええ。それは構いませんが……何処へ?」「わ、私はまだ……!」

 ヒューゼの肯定とエリスの否定、二種類の声が同時に重なる。

 だがデトは端から彼女の言葉は聞いていないようで、代わりについっと肩越しに彼の方を

振り向くと、言った。

「こいつの荷物を取り返しに行く。全くあてがない訳じゃねぇしな」

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