4-(1) 屍の上で
──とりあえず、積もる話は本営を離れてからにしましょう?
デトは渦巻く戸惑いに身を任せて問おうとしたが、当のリノンは眼下の討伐軍を一瞥する
とそう言って林の中へと歩き始めていた。
仕方なくその後を追う。傭兵達も戻る訳にもいかず、成り行きのまま後ろに続く。
「……ん。ここまで来ればもう大丈夫かしら」
そうして、どれぐらい歩いた頃だったろうか。
黙々と雑木林の奥へと分け入り、やがて討伐軍のざわめきが耳に届かなくなったのを確認
するように繁茂した空の視界を仰ぐと、彼女は仲間の術師らと共に改めてこちらに振り返っ
てくる。
「だといいんだがな……。それよりもいい加減、話して貰いたいんだが?」
「話せって言われてもねぇ。本当に言葉の通りよ? 私達は貴方の協力者になりに来たの」
「……そこじゃねぇよ。何故かって訊いてるんだ。目的は何だ? 俺がお尋ね者だと分かっ
てて何でわざわざこっちにつこうとする? お前らは一体、何を企んでる……?」
だがあくまでデトは警戒を怠らなかった。
傍らのエリスがきゅっと自身の袖を取り心配そうに見上げているが、どうにも自分はこの
娘のように素直にはなれないらしい。
だがある程度こうした反応は想定内だったのだろう。リノンはそれまでの何処か茶目っ気
のある雰囲気から一転、表情をスッと真剣なものに変え、答える。
「……この世界を“目覚めさせる”為よ」
はたと、水を打ったような沈黙。
エリスがぽかんと立ち尽くし、カミナとアヤの父娘も仲間の傭兵達と互いに顔を見合わせ
て困惑の表情を浮かべている。
「……」
だがただ一人、デトだけは異なる様子をみせていた。
まるでこの返答の意図を知っているかのような、深く深く皺を刻んだ眉間。
彼は少なからず睨むような目つきで、じっと真っ直ぐに彼女を見据えている。
「エリスちゃんには話したのだけど、私達は術師の中でも研究者に近い立場でずっと輝術に
関わってきたわ。国軍傘下のラボを選んだのも、資金や設備といった面で存分に研究に没頭
できると思ったから。私が新たな技術を開拓する、そのことによってたくさんの人々がより
豊かな暮らしを送ることができると……信じていたから」
まだデト達は黙っていた。そんな中でエリスはゆっくりと小首を傾げる。
信じて、いた?
彼女の呟いた“過去形”に少女の感性が反応する。
「……エリスちゃんは、何故輝石というものが存在するか考えたことがある?」
「えっ?」
「──ッ。おい」
するとリノンは再び問い掛けてきた。
急に話を振られたこともあり、一層エリスの疑問符は大きくなる。
自身の肩に乗ったチコと顔を見合わせる。かと思えば何故かデトが気難しい表情のまま、
リノンを諌めんとするかのようにずいっと一歩、エリスの前に踏み出してくる。
「やっぱり分かっているのね。でも、何故と訊いたのは君の方よ?」
だが威圧を向けられても、リノンは止めなかった。
むしろこの話をすることそのものが彼女にとっての本題であったようだ。
真剣なさまは更に濃さを増し、二人の間で戸惑うエリスを見遣ってから、彼女は少し間を
置いて“告白”する。
「デト君。君は輝術を使える。……本来、私達のようにこうして術玉を杖などに装填した状
態でないと使えない筈の奇跡を、君は何の道具もなしに使うことができる」
「そういえば……」
「……」
「大事なことだからよく聞いて。結論から言うわ。輝石の原料は──生命なの。まだ生まれ
来なかった生命が集まり結晶化したもの、それが輝石の正体なのよ」
『──ッ!?』
二度目の沈黙が走った。
だが今度は単なる静けさではない。驚愕のあまりに声が出なかったためだ。
リノンが冷静に告げる言葉。輝石は生命から出来ている──。エリス達の脳天を強打した
その告白は、彼女達の前後左右を不覚にさせるにはあまりにも強烈過ぎた。
「考えてみればおかしい話でしょ? 莫大なエネルギーを秘めた鉱物がこの世界の地下には
ゴロゴロと埋もれている。私達はそれを当たり前のように発掘して、利用して、その恩恵を
受けているけど、そのエネルギーそのものが何処から来たのかは誰も答えようとしない」
『……』
互いに顔を見合わせる。言われてみれば、確かにそうだ。
輝石は自分達の暮らしを支えているエネルギーの塊──そういった“常識”はあっても、
では何故? という思考に至っていなかったことに気付かされる。
てっきり詳しいメカニズムなどは、専門家である輝術師が知っているものだとばかり思っ
ていたのだが……。
「デト君、君もとっくに気付いていたんでしょう? 貴方も形態は違っても輝術の使い手。
私たち他の輝術師と同じように、経験的に知っていた筈。……輝術は輝石を──誰とも知ら
ぬ無名の生命を消費することで引き出すものだから」
リノンの言葉に、デトはじっと見据えた姿勢のまま黙っていた。
エリスら場の面々が、グラグラと目を丸くして彼に振り向いている。
つまりこうだ。
デトは抱えているからこそ扱えるのだ。彼女の言う通りなら、輝石とイコールである生命
力そのものを、彼はほぼ無尽蔵にその身の中に抱えている故に術具を必要としない──。
(じゃああの時、デトさんが力を使っていなかったのは……)
エリスは思い出していた。
待合所で彼に呟かれた、チコを飼っていることと術師の素養。
賞金稼ぎ達に襲われた時、彼が何故か死に損いとしての力を出し惜しんでいるように見えた
こと。
もしかして……見せたくなかっただろうか?
多少の負傷を採ってでも、力を輝術を使うことで自身の中の生命──輝石の元──祖父の
魂をもしかしたら消費してしまう、その瞬間を。
きゅっと、エリスは胸元を掻き抱いてデトの横顔を見上げた。
全て知っていたのだ。チコが「生まれた」本当の理由も、自身がその力を振るうことで
背負っていくことになるものも。
「……研究環境としてはあそこは文句なしよ。でもね。私は世の中の人間を騙したまま自分
の好きな事をやっていいなんて思わない。そんなの、私の誇りが許さないのよ」
「に、にわかには、信じられませんが……」
「そうだな……。だが古来より、冥府は地の底にあると云う。彼女の話が本当だとすれば、
先達はそういった創作に真実を込めていたのかもしれん」
そんなエリスの揺らぐ瞳を、リノンは暫く見つめていた。
それでもやがて彼女は、キッと相変わらず自分を睨んでいるデトに視線を向け直し、まる
で決意表明かのように語る。カミナら傭兵団の面々も、少しずつながらこの告白による動揺
を収めようと努めて始めている。
「だから、私は今回の軍事作戦を聞いた時チャンスだと思った。デト君、貴方という生ける
巨大輝石に接触するというね。……皆が黙ってる。この世界を支えている力が、たくさんの
無名の犠牲で成り立っていることは他の輝術師だって分かっている筈なのよ。私たち術師は
輝石と交信する。少なからずその内に閉じ込められた“声”を聞いている筈なの。なのに誰
も声を上げようとしない。報復を恐れ真実を話そうとしない……。そんなの間違ってるわ。
人々を騙し続けて、犠牲を当然としたままなんて……間違ってる」
「……」
「目的はただ一つよ。貴方という生き証人を得て、輝石の真実を世界の人々に告発するの。
論文で著しても駄目だった。同胞が何人も握り潰されてきたわ。エクナートもガイウォンも
他の国も、世界中がグルになってこの事実を隠している。貴方を執拗に付け狙うのだって、
一番の理由はこのことが明るみに出るのを恐れているから。抹殺して……あわよくば生け捕
りにして、永遠の命を解読する──大方やつらはそんな魂胆なのよ」
まるで限界まで堰き止めていた水を吐き出すように、リノンは捲くし立てた。
エリスが、ササライ傭兵団の面々が、リノンの部下達が、それぞれに緊迫した面持ちで場
に立っている。
「だからお願い……。デト君、私達と一緒に闘って」
だが──。
「………てめぇの言いたいことは、それだけか?」
「ぇっ?」
デトは首を縦には振らなかった。
むしろその鋭い眼光は、痛いほど真っ直ぐにリノン達を突き刺すように向けられている。
「化け物なんだから追われて当たり前だろ。んな事、俺なんかに構わず勝手にやってろ」
「なっ……!? あ、貴方本気!? いつまでも逃げ続けられると思っているの!?」
「こ、これは貴方の為でもあるんですよっ?」
「一緒に真実を明るみにできれば、貴方に掛けられた罪だって──」
「阿呆が。人殺しは人殺しだろうがよ。無かったことになんぞできるか」
リノン達は大いに慌て、口々に説得を続けようした。
だがデトはそんな彼女達の言葉に応じる様子は見せない。ザリッと、少しだけ身を返して
斜めを向くと、ついと肩越しに彼女達を見遣って言う。
「なにが闘ってだ。俺からすりゃあ、てめぇらも他の輩と同じだよ。自分達の目的の為に俺
に近付いて利用しようとする。正義の味方ごっこはガキの内に卒業するもんだ」
「が、ガキ──」
「……それにな。俺は今、無性に腹が立ってる。今てめぇは誰に向かって喋った? ここに
いるのは俺だけじゃねぇぞ。エリスも、成り行きのまま一緒に引っ張られてきたシキブの傭
兵連中もいる。なのに、聞いてしまったら『賊』になりかねない話を揚々と語りやがった。
それが一番許せねぇんだよ。てめぇの“誠意”なんてのはニセモノだ!」
「──ッ!?」
それまで知的で誇り高かったリノンの表情が、大きな音を立てて崩れたように思えた。
引き攣った、まるで絶望したかのような顔。ガッと胸元を抱きしめて間もなく、その手は
力なくだらりと垂れ下がる。
そのさまを、デトは暫し眺めた後、
「自分の感情を他人に押し付けたって……虚しいだけだぞ」
「……!」
エリスがハッとなる、いつか彼女に向けて呟いたのと同じ嘆息を呟く。
サァッと場に吐き出された熱量が冷めていくような錯覚がした。
ショックでふらつくリノンは慌てる仲間達に支えられ、傭兵団の面々──以上にエリスは
チコと共にこの気まずい空気で自身が押し潰されそうな気分になる。
「……。それよかさ」
だが次の瞬間、ぽふっとエリスの頭が軽く撫でられた。
見上げればデトがあらぬ方向を眺めたまま、自分の頭を掌で包んでいる。
……大きくって温かい。そんな状況ではないと分かってはいたが、エリスの心は不思議と
安らかになる。
「俺は何よりこいつを故郷まで送ってやらなきゃいけねぇんだ。……正義の味方ごっこは、
その後になるぜ?」
「えっ……?」
はたと我に返ってリノンが顔を上げていた。
ちらとデトは彼女を見返し、そっとエリスを撫でていた掌を除ける。ザラリと片手に下げ
ていた剣を鞘に収め、皆が戸惑って動けない中を一人ゆっくりと歩いていこうとする。
「デト……君」
「……やるな、なんていつ言ったよ。ただこっちが色々立て込んでるだけだ。エリスを送り
届けるにしたって、こうも軍隊がスクラムを組んでちゃおちおち路も行けやしねえ。それに
お前さんが巻き込んだそいつらの事も考えないといけねぇしな」
数歩進んで足を止め、デトはカミナたち傭兵団の面々を見遣った。
濡れていたり汚れていたり手負いだったり。
少なくとも、もう元の雇い主の所へは戻れないことは彼らも薄々理解はしていたようだ。
本営内で受けた味方からの砲撃──デトもろとも始末してしまってもいいとする意図。
反故・裏切りに対するショックやこの先への不安。そんな陰鬱に沈みかける彼らに、デト
はある提案をする。
「ものは相談なんだが……。お前ら、俺に雇われる気はないか? どうせ元に戻ろうにも今
の時点で“共犯”扱いして処刑の準備をしてるだろうし、だったら鞍替えしねぇかってさ」
「貴……方に?」
「ああ。まぁ形の上では別の人間が雇用主になるだろうけどな。ヒューゼ・ヴァンダム、俺
の昔からの知り合いで数少ない味方さ。お前らも傭兵なら名前くらい聞いたことはあるだろう?」
傭兵達はざわめいていた。
レイリア共和国屈指の豪商ヒューゼ・ヴァンダム。その名は出稼ぎ民である彼らにもよく
知られている所だ。
「確か、ヴァンダム商会の……」
「でもいいのか? 俺達はあんたを殺ろうとしてたんだぞ?」
「何だよ。まだやろうって思ってんのか? 俺は殺され慣れてるから一々気しねぇよ。それ
よりも今ここでお前らシキブの戦士を味方に引き入れておいた方が合理的だ。こっちは討伐
軍を追っ払うのに兵力があると心強い。あんたらも仕官先と稼ぎが確保できる。事さえ済ん
じまえば国に帰るなりヒューの所でもっと稼ぐなり好きにすりゃあいい」
最初、傭兵達は戸惑っているようだったが、ニカッと笑ったデトにすっかり毒気を抜かれ
たようだった。
互いに顔を見合わせている面々。その中でも特にカミナとアヤ、一団のツートップが意を
決したことで即席交渉はやがて成立することになる。
「……いいだろう。我々の武と義、貴方達に貸すと誓う」
「そ、その。個人的にも貴方には危ない所を助けて貰いましたし……」
「よし、交渉成立だな。じゃあ一先ず退路確保に動いてくれてる俺の仲間と合流しようか。
商会にはその時に話を通そう」
了解。デトが再び歩き出し、エリスがササライ傭兵団らがその後についていく。
加えて、ぼうっと突っ立っていたリノン達にも「おーい。何してる、お前らも来いよ」と
デトからの呼び声が掛かり、彼女達も戸惑いからやがて安堵へ、喜色をまとった武人と術師
の一団が新たに彼の傘下に加わる格好となる。
(──なんだか、一気に大所帯になったなあ……)
とてとてと、エリスはそんなデトの横をついて歩いていた。
思わず頬が緩む。
本当は今も凄く気の抜けない状況だというのに、彼が独りじゃない──たくさんの仲間達
を連れて、そして自分もその中にいるんだと思うと、ホコホコと嬉しい気持ちが湧くのを抑
えられなかったのだ。
「~~♪」
だから横目にこっそりと、エリスは時折自分の歩幅に合わせて歩を緩めてくれるデトを見
上げていて……。
「……?」
気のせいだったのかもしれない。
だが見上げた彼のその横顔は、何処となく微笑っているように見えた。




